開会のご挨拶
金光教泉尾教会長
三宅 龍雄
先程は玉水教会湯川正夫親先生のご祭主で、先代教会長の一年祭をお仕えいただき、只今から「三宅歳雄大人を偲ぶ会」を開会させていただきます。
このように大勢の先生方にお出ましいただきまして、賑々しいことが好きでありました故人は、先生方のお出ましを嬉しく、ありがたく思っていることと存じ、心から御礼申し上げます。
ごゆっくりご歓談いただければ、この上なく幸せに存じます。
来賓の挨拶
妙智會教団会長
宮本丈靖
大勢の皆様の前に際し、最初からお話出来ますことを大変恐縮に、また光栄に思っています。先程は、三宅歳雄先生の一年祭に参拝をさせていただきました。まことにありがとうございました。私にはたくさんの思い出がございますが、今日は時間もありませんから、ふたつばかり聞いていただきたいと思います。
(立正佼成会の)庭野開祖さまは、「私にとって三宅先生は平和活動の大先輩です」とおっしゃいましたが、まことに三宅先生のご自分をいとわずに、日本各地そして世界中を平和のためにご尽力なさいましたお働きは20世紀を代表する宗教者であり、そのご功績は多大なものでございます。
和服姿の先生は、厳粛さの中に磨き上げられたお人柄が漂っていらっしゃいました。私とお会いすると先生はいつも、「おお、法友が来ましたね」と、あの優しい笑顔で、兄のように迎えてくださいました。そして淡々と世の中のことを話されました。
「戦争の時代」といわれた20世紀も終ろうとしています。今、世界は環境問題をはじめとする、地球規模での共存・共生という言葉が叫ばれております。
まさに三宅先生がご生涯をとおして捧げられたご精神・ご活躍が実を結び、「個人の幸いのみでは真の平和は訪れない」ということを自覚し、来る21世紀を迎えようとしています。
微力ではございますが、私はWCRPをはじめとする先生のご活躍とご遺志を心に、宗教協力の実践と平和への祈りに、なおいっそうの努力する所存でございます。
三宅先生、どうぞお見守り下さい。本日はありがとうございました。
立正佼成会特別顧問
長沼基之
会長代理で今日は出席をいたしましたのに、ご挨拶の機会を与えていただいて大変恐縮に存じます。
私は庭野開祖のお供をして、何回となく、国際会議あるいは日本の国内における宗教者の平和会議等に出席させていただきました。庭野開祖がいつもおっしゃっていた言葉は、「三宅先生は、宗教界の世界平和運動の先駆者であり、功労者である」と…。そして、私をはじめ、立正佼成会に対してもご指導を頂戴した、本当に尊敬する友人であり、教えられることが多々ありました。
私も何回となく、国際会議、国内会議におきまして三宅先生の信念の強さというものを教えていただきました。ひとつには、宗教者は平和に対し、真剣に祈らなければならないということ。二番目には、宗教者は、予算の何パーセントかを平和運動のために捧げなくてはいけないと…。「させていただく」ということが大切なんだと…。財的支援の大切さということ。三番目には、理屈だけでなく、宗教者が平和のために何かできることを実践しなければならない。
この三つのことを教えていただきました。庭野開祖も「三宅先生のおっしゃるとおりだ」と、ささやかながら実践させていただいたわけです。
日本の宗教者の中でも世界を回られた訪問回数は、三宅先生にかなう方はいないと思います。いつの会議にも三宅先生は出席していらっしゃいました。また国内におきましても本当に率先して、自分の教団よりも平和運動のために出席された数のほうが多いのではないかと思うほど、いつもその素晴らしい姿を拝見いたしました。
三宅先生の一年祭を、皆様と共に法要させていただき、また偲ぶ会にも出席させていただいて、このような機会を与えていただいたことを、亡き開祖に代わって三宅先生に御礼を申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
献杯の挨拶
辯天宗管長
大森慈祥
誠に僭越ではございますが、ご指名いただきましたので、献杯の発声をさせていただきます。
先代三宅先生のご遺徳をお偲び申しあげ、ご冥福を心からお祈り申しあげると共に、三宅先生が、心から願われた世界の平和を祈念いたしまして、献杯申しあげます。
献杯。
来賓の挨拶
祇園八坂神社宮司
真弓 常忠
三宅歳雄先生のご冥福を衷心よりお祈りいたします。
三宅先生とは、昭和40年代より、現代における宗教の役割研究会、略称コルモスでご指導いただきました。戦後、「科学技術の進歩と新しい時代の到来に対して宗教は何ができるか? 宗教者として何ができるか?」ということを、三宅先生は当初から提唱なさいまして、指導者としてご活躍でした。私も、遅れ馳せながら、それに参画する機会を与えていただきました。この研究会は毎年、比叡山にて、昨今は京都市中にて開催されておりますが、その度に三宅先生から広汎な見識を伺っていた次第です。多大のご指導を受けました。
この席には、ご関係のたくさんの先生方がいらっしゃいますのに、私にご指名いただきましたのは、たまたま神道界の代表として参加したからだと思います。
私は戦後まもなく、昭和22年の暮れにシベリアより復員いたしましたが、23年のはじめに父が亡くなりまして――父は当時、教派神道13派のひとつ黒住教の理事者をしておりまして、三宅先生とご一緒していたのですが――私が代わって出席し、神社あるいは教派神道ともども暗い時代でありましたが、その際に三宅先生から「どういうふうな将来の展望があるか?」ということについて的確なご指導をいただいておりました。やがてコルモスの会でご一緒させていただくようになったのでございます。
三宅先生の信念「生かされて生きる」ご信仰、そしてまた平和に対する祈りについても多大なご指導を頂きました。あらためて先生のご指導に感謝いたしまして、みなさまともどもご冥福をお祈りし、お礼に代えたいと思います。ありがとうございました。
真言宗中山寺派元管長
池田瑩輝
「坊さんの話は長い、けれども上手や」というのが定説でございますが、私は「話がこれ以上下手な者はいない」というほどの者ですのに、このような席でご指名いただいて悩んでおる次第でございます。三宅先生という人は、こんな私のような者でもお付き合いいただいたという証明になったかと思います。
「20世紀は殺し合いの世紀だ。戦争の世紀だ」とよく言われます。その世紀のはじめの頃にお生まれになって、はじめの50年は本当に戦争の時代…。それが終り、戦後「これではいかん。世界中が平和にならなければいけない。本当の世界の平和を祈ろう」と、三人の「祈人(キジン)」が現れました。これは私勝手に「祈人」と言っているのですが、「本当に世界の平和を祈る人三人」という意味でございます。もう既に、その三人ともお亡くなりになられましたが、比叡山の長臈(ちょうろう)葉上照澄阿闍梨(あじゃり)。それから昨年亡くなられた立正佼成会の庭野開祖。そして今日、この一年祭を迎えられた三宅先生です。この三人は国の内外を問わず、本当に世界の平和祈願のために奔走されました。三人一緒になってしたこともありますが、それぞれ別々で、それぞれ別の分野で活躍されました。
でも、その三人に共通して言えることは、「自分一人でいくら世界の祈願をしたところで知れている。あとの後継者を作らなければならない」という点で、それぞれご苦労なさったことのように思います。特に三宅先生は、一族郎党と申しますか、お子さんはじめ、お孫さんまで皆さん、平和祈念に参画なさっています。ご自身は一生懸命なさっても、お子さんが全然なさっていない方も多いと思います。実は私自身がそうなので、三宅先生を見習いたいと思っています。
家内から聞いた話ですが、「三宅先生は、世界平和祈願のための大会に出席なされて外国におられても、毎朝きっちり欠かさずお勤めをなさっている。あんたしてるか?」と言われました。「私もそうしなければならんな」と思って、それから後は外国にいてもお勤めをするようにしています。そのように、三宅先生からは陰日向からいろんなことを教えていただきました。これからも教えていただいたことを心に、私自身も平和祈願を、毎朝どこにいても忘れないように過していきたいと思います。ありがとうございました。
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