第8回WCRP世界大会 特集

06.08/30更新

 8月26日から29日まで、海外100カ国から500名の宗教指導者と国内2000名の宗教関係者を集めて、国立京都国際会館で世界宗教者平和会議(WCRP)第8回世界大会が『平和のために集う諸宗教−あらゆる暴力を乗り越え、共にすべてのいのちを守るために』をメインテーマに開催され、泉尾教会からは教会長はじめ三宅家の諸師、20名の青年ボランティア、100名の信者役員ら、教会を挙げて日本で36年ぶりに開催されたWCRP世界大会に参加した。


開会式で諸宗教を代表して
祈りを行う三宅光雄教会長


▼広島で青年会議開催

 京都での第8回世界大会に先立ち、世界60カ国から約300名の青年が集って、平和のための宗教者の役割について話し合う「世界宗教者平和会議青年世界大会」が8月21日から25日まで、広島市の平和記念講演内にある広島国際会議場で開催され、泉尾教会からは、三宅光雄教会長の三人の娘さんをはじめ数名の青年が参加した。

  今回の青年世界大会の開催に当たっては、1年半前にWCRP第8回世界大会が日本で開催されることが決まって以来、ホストを務めるWCRP日本委員会青年部会幹事長の三宅道人常盤台教会副教会長が中心になって、36年間におよぶWCRPの歴史の中でも最大の青年会議にするべく世界各地を行脚して、南米や中央アジア等、これまでWCRPの基盤がほとんど無かった地域からも代表団を派遣してもらうべく奮闘した。その甲斐もあって、宗教青年が300名も集まって、青年らしい熱の籠もった前向きな議論が戦わされ、五日間のプログラムを通して多くの青年が国境や宗教の壁を超えて友情を築き上げた。


広島市長からの感謝状を掲げる
三宅道人師と田澤清喜松緑神道大和山教主

 

  21日に広島国際会議場で行われた開会レセプションで、三宅光雄教会長が乾杯の発声をし、WCRPの将来を担う青年たちに大いに期待している旨を述べた。また、広島での日程の最終日に当たる24日には、三宅道人青年部会幹事長と副幹事長の田澤清喜松緑神道大和山教主が青年大会期間中に行った募金と宣言文を秋葉忠利広島市長のもとへ寄託して、感謝状を受けた。さらに、青年大会参加者一行は、二班に分かれてバス数台に分乗して、岡山県にある金光教本部と黒住教本部を訪問し、金光平輝教主と黒住宗晴教主から歓迎の言葉を頂戴した。


乾杯の発声をする三宅光雄教会長

  24日夕方、京都市内に到着した青年大会参加者一行は、ウエスティン都ホテルで開催された「お別れパーティ」に臨んだ。この頃までには、各国から集った青年たちはすっかり打ち解けて相互信頼を醸成しあった。この席で、主賓として挨拶を行った三宅光雄師は、WCRPの将来を託する青年たちに力強い励ましの言葉をかけた。

  また、24・25の両日、京都宝ヶ池の国立京都国際会館において、「世界宗教者平和会議女性会議」が50カ国をはじめ内外から500人を招いて開催され、泉尾教会からは三宅壽賀子先代教会長夫人と三宅孝子教会長夫人が参加し、マハトマ・ガンジー翁の孫であるエラ・ガンジー女史をはじめ、ユニセフのアン・ベネマン事務局長をはじめ、多くの女性リーダーたちとネットワークを構築した。


エルメス氏と談笑する三宅光雄師、
その左隣はハッサン殿下ご夫妻

 

  さらに、25日の夕方、宝ヶ池プリンスホテルを会場に、海外からのVIPを招いての歓迎レセプションが開催され、世界大会ホスト(受け入れ)委員会副委員長の三宅光雄師が、WCRP国際管理委員会議長を務められるヨルダン王国のエル・ハッサン・ビン・タラール殿下をはじめ、WCRP国際委員会財務委員長のシモン・エルメス氏ら旧知の賓客らと翌日から始まる世界大会を前に、交流を深めあった。


▼初代、二代教会長の神霊も共に喜んで

  8月26日、午前10:30、日本で36年ぶりに開催されるWCRP世界大会が『平和のために集う諸宗教――あらゆる暴力を乗り越え、共にすべてのいのちを守るために』をテーマに開幕した。色とりどりの民族衣装や法衣を纏(まと)った世界各国からの宗教指導者500人と、国内からの参加者2,000人で満堂となった国立京都国際会館の大ホールには、一燈園が提供したサヌカイト製の「地球感謝の鐘」の音が鳴り響いた。


小泉総理や海外からのゲストと歓談する三宅光雄師

 

  その頃、舞台裏のVIP控室には、WCRP日本委員会理事長の庭野日鑛立正佼成会会長をはじめ同常務理事の宮本丈靖妙智會教団会長、西田多戈止一燈園当番、三宅光雄金光教泉尾教会長らが迎える中、議長のハッサン殿下をはじめ、特別ゲストのイランのモハメド・ハタミ前大統領や教皇ベネディクト16世の特使としてメッセージを持参した濱尾文郎枢機卿や渡邊惠進天台座主が席に着き、日本政府を代表して歓迎メッセージを言うために小泉純一郎総理も席に着いた。開会式の「出番」まで、これらの人々は、自由闊達に意見を交わした。

  司会者の紹介に促されるように、これらのVIPが大ホールの舞台に登壇して、開会式が始まった。開会式では、ウイリアム・ベンドレイ国際委員会事務総長やハッサン殿下が主催者側の挨拶を行い、小泉首相が祝辞を述べた。また、レオニール・キシコフスキー副議長に促されて、世界の十大宗教の代表の一人として、三宅光雄師が金光教の装束を身につけて開会の祈りを行われ、WCRPの創設に意を尽くされた初代教会長故三宅歳雄師、また、その第1回世界大会に、運営部長として実務上の諸準備を行われた二代教会長故三宅龍雄師の神霊様もさぞやお喜びのことであろう。泉尾教会から参加した約100名の信徒代表も、2,500人収容の大ホールの後部座席から、壇上の三代教会長の姿を拝して、亡き初代・二代教会長のことを思い浮かべた人は大勢いた。


開会式で諸宗教を代表して祈りを行う三宅光雄師

  昼食休憩を挟んで、午後2:00から『あらゆる暴力を乗り越え、共にすべてのいのちを守るために』と題する全体会議Tが開催され、ベンドレイ事務総長の議事進行で、核開発をめぐってアメリカ政府と鋭く対決しているイランのハタミ前大統領や、ハンス・キュング地球倫理財団総裁他がディスカッションを行った。

  また、記念撮影に続いて、『共にすべてのいのちを守るための紛争解決』と題して全体会議Uが、世界教会協議会(WCC)中央委員会のアグネス・アボーム博士の議事進行で、イスラエル・パレスチナと隣接しているヨルダンのハッサン殿下や、十数年前には血みどろの民族紛争を繰り広げた旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナのイスラム教最高指導者ムスタファ・セリッチ師他が実態に即した紛争解決のプロセスについて意見交換を行った。


『持続可能な開発』研究部会で
共同議長を務める三宅光雄師

  さらに、午後5:00からは、@『紛争解決研究部会』、A『平和構築研究部会』、B『持続可能な開発研究部会』と三つの部会に分かれて、それぞれの分野の専門家たちが世界大会の期間中に話し合うべき事柄の枠組みについて協議した。中でも、カナダ・キリスト教協議会議長のカレン・ハミルトン博士と共に、「持続可能な開発研究部会」の共同議長を三宅光雄師が務め、世界大会の“運営”だけでなく、“内容”そのものについても、大いに貢献した。

  また、この日の晩は、国際会議場に隣接する宝ヶ池プリンスホテルの大ホールで、日本委員会主催のレセプションが開催され、三宅光雄教会長・三宅善信春日丘教会長・三宅修神戸灘教会長の三兄弟や三宅壽賀子先代教会長夫人・三宅孝子教会長夫人もすべて出席して、世界大会に参加された海外からのゲスト以外にも、日本国内の各教団・宗派の代表や政官界の代表らと交流を深めた。


▼連日、大活躍した泉尾教会勢

  世界大会第二日目となった27日は、京都国際会館が開場になる午前7:30には、すでに三宅光雄教会長一行は大阪から到着して、各所で懸命に奉仕している各教団からのボランティアの皆さんに励ましの言葉を掛け、また、朝食を済ませて三々五々開場入りされる各国の代表らと笑顔で挨拶を交わした。世界大会の期間中、夕方の公式行事終了後も、各種の交渉や打ち合わせごとで、連日、夜半を過ぎるまで京都に滞在した三宅光雄師であるが、同時に、泉尾教会の日々の早朝参拝も大切にして、深夜どんなに遅くなっても車で大阪まで戻り、早朝の勤めを済さてから京都の会場へととんぼ返りを繰り返した。これも、どんなに忙しくとも日々の信者との取次を大切にされた初代教会長以来の泉尾教会の良き伝統である。

  会場大ホール前のロビーには、三宅善信師が副委員長を務めるWCRP日本委員会開発・環境委員会の作になる『STOP +2℃』という題のディスプレイが展示され、来場者の好奇の目を集めた。この展示は、「いかに戦争を止めたとしても、人類がこのままのペースで化石燃料を燃やし続けたら、地球温暖化によって早晩、大都市の集中する平野部は南極やグリーンランドの氷河溶け出すことによる海面上昇で水没し、その前(2016年のことと予想される)に、生物種の大量絶滅が起こり、人類が滅亡してしまうかもしれないから、宗教者も地球温暖化防止に大いに取り組もう」ということを一目で見て判るようにした展示である。

大きなバット(金魚すくいの水槽に似る)内に、忠実に再現された各大陸のジオラマが配置され、南極の氷に見立てた“氷柱”が国際会館の室温によって自然に溶け出すことによって、各大陸の低地が次第に水没していくさまを再現したものである。1997年に開催された第3回「地球温暖化防止国際枠組み条約締約国会議(略称:COP3)」の会場として、世界の首脳が集い『京都議定書』に署名した会場でもあるこの国立京都国際会館において開催されるWCRPの世界大会で、是非とも、世界の宗教指導者に訴えかけたい中身のひとつでもある。今年も酷暑の京都の夏であったが、国際会館の冷房の温度設定を2℃高めてもらって、その分、暑さを凌ぐために、海外からの参加者にこの活動のロゴをデザインした特性の団扇も配布した。

  朝8:45から、『共にすべてのいのちを守るための平和構築』と題して全体会議Vが、クリントン政権時代に大統領首席補佐官を務めたトーマス・マクラーティ氏の議事進行で行われ、マリ共和国のオマール・コナーレ元大統領や中国仏教協会のシュェ・チェン副会長他が討議を行った。


三宅善信師のコーディネイトで進められた『環境』作業部会

 

  午前11:00からは、昨日に引き続き、三つに分かれて研究部会が行われ、さらに、各研究部会の中に、専門分野別に三つの作業部会を形成し、より突っ込んだ話し合いが行われた。中でも、B研究部会である『持続可能な開発』研究部会内の三つの作業部会:『子供とHIV/エイズ』・『貧困撲滅』・『環境』のひとつである『環境』作業部会のコーディネータを三宅善信師が務めて、堪能な語学力と幅広い知識をもとに、この日と翌28日の二日間に及ぶ『環境』作業部会をほとんど一人で取り仕切った。

  昼食を挟んで午後12:40分からは、仏教・キリスト教・イスラム教・ユダヤ教といったような各宗教別の会合が行われ、同じ信仰を持ちながら、世界の各地で全く違った気候風土・歴史経済的背景のもとに暮らす人々が、その経験からくる考え方の違いについて話し合ったり、同じ信仰を持つもの同士で、弱い立場にある人たちといかに連帯していくかについて意見の交換を行った。また、この日の夕方は、主に海外からの参加者たちが四つのグループに分かれて、金閣寺・清水寺・平安神宮・八坂神社等、京都の伝統的な社寺を見学した。

  一方、このような穏やかな諸宗教間対話交流の裏側で、日頃、自国では、その政治的・宗教的立場の違いから、決して同席することの許されない者同士(例えば、イラクのシーア派とスンニ派や、スリランカの仏教徒とヒンズー教徒など)が秘密裏に会合を重ね、それぞれの紛争解決の意図を探り合った。ただ、参会者の“身の安全”に気を遣うことに腐心するあまり、約65ある“会合”の内、50以上が非公開という実態については、まだまだ反省の余地は十分ある。世界的なレベルの会議のため、連日、新聞・テレビ等大勢の報道関係者が詰めかけたが、あまりにも「整った会議」を演出したいあまり、公開されているのは、内容が予定調和である「全体会議」とか、既にディスカッションの結論が出てしまってから事務局によって「報道用に調理された」記者会見以外には、ことごとく、宗教者がその実存を懸けて対峙した“生”の議論の場から、マスコミ関係者(時には、“紛争当事者”ではない大会参加者まで)を排除してしまったことには、猛省を要すると思われる。あのベトナム戦争の危機感の中で、アメリカ人宗教指導者とベトナム人禅僧のティク・ナット・ハン師らの間で繰り広げられた丁々発止の議論が戦わされた1970年の第1回世界大会の雰囲気を知る者としては、いかにも惜しい世界大会であった。


▼あらゆる場を通じて諸宗教間対話の機会を

  大会三日目となった8月28日は、いつもと同じように午前8:45から、『共にすべてのいのちを守るための持続可能な開発』と題する全体会議Wが、インドのシャンティ・アシュラム事務局長のビニュ・アラム博士の議事進行で行われ、ノルウェイのクェル・ボンデヴィック前首相やウガンダのイスラム最高会議のシーク・ムバジェ法律顧問他が討議を行った。

  この日も、前日に引き続き、九つの作業部会に分かれてディスカッションが行われ、それぞれの作業部会からの提言がまとめられた。言うまでもなく、三宅善信師には『環境』作業部会のコーディネータとして、『環境』作業部会の結論を如何に多く、これから数年間のWCRPの活動方針(優先順位)を決める国際管理委員会の議題に盛り込んでいくかを腐心した。この後、九つの作業部会に分かれていたものが、三つの研究部会に集約され、『持続可能な開発』研究部会の共同議長として、ハミルトン博士と共に三宅光雄師が議論の集約と調整を行った。


公式の会議の合間にも、
各所で断続的に調整会合が行われた

  これらの諸会合と同様に、この種の国際会議において重
要なのは、休憩時間中のロビー活動や、昼食会や夕食会の席上での、各国指導者との非公式な情報交換である。もちろん、泉尾教会から参加された三宅光雄師、三宅善信師それから来賓接遇部の次長として裏方から会議を支援した三宅修師らは、このような機会を積極的に利用して、日頃なかなか出会うことの少ない、中近東やアフリカや中南米の宗教指導者と積極的に意見交換を進めた。

  いつもこのような機会で気になるのは、せっかくの機会でありながら、日本の一部の教団の指導者の先生方は、壇上での公式挨拶(たいていは原稿の棒読み)行っても、それぞれの教団での立場を超えて、一宗教者としての実存を懸けて相手と渡り合うフリーのディスカッションを極力避けようとする傾向があることである。あれほど危険な身(いのちの安全の保証はない)であるにも関わらずイランのハタミ前大統領やノルウェイのボンデヴィック前首相などは、積極的に一般参加者たちが食事を摂る食堂に顔を出して、これらのできるだけ多くの人々と意見交換、あるいは、自分意見の理解者を増やそうとされているのに、日本の教団トップはたいてい別室で食事をされているのが気になった。


一般食堂で日本委員会環境委員会のメンバーと
気さくに歓談するイランのハタミ前大統領

  他にも、今回の世界大会に際して、日本事務局の“人選”(註:公式見解では「国際事務局からこの人選の指名があって、それを日本の理事会・評議員会で承認した」ことになっているが、これほど詳しい日本国内の宗教事情を知っている外国人がいるとは思えないし、仮に、知っていたとしても、国際委員会を構成する国際委員の人選が各国独自に行われず、国際事務局によってなされるのだとしたら、それこそ議決機関と執行機関の混同も甚だしく、まるで全体主義独裁国家のやり方そのものであって、そのようなあり方を一番嫌う欧米人主体の国際事務局がそのような行為をするとは考えにくい)による「正式代表」が18名選出されたが、これらの人名の多くは、WCRP日本委員会の正式メンバー(理事や評議員)ではなかったり、たとえ正式メンバーであったとしても、年に4回開催されている理事会・評議員会はもとより、WCRP日本委員会主催の研究集会等にほとんど顔を見せたことのない人々であることが問題である。

たとえ、その先生のお立場や見識が立派であったりしたとしても、長年、WCRP内で地道な活動をされている先生方が「正式代表」になれない一方で、世界大会の時だけ「正式代表」に選出されたとしても、日頃から何も関わっていないので、WCRPの運動に対してまったくの「素人」同然で、それ故、国際会議の場で何も発言することのできない先生方が「日本代表」として「正式代表者会議」に出席している(実際は、出席している先生方すらごくわずか)ということに問題を感じた内外の宗教者やマスコミ関係者は多数いたはずである。こういう点でも、今回の世界大会は大きな課題を残した。


▼閉会イベントと泉尾教会での大会後プログラム

  大会最終日の29日は、諸会合に続いて、午前11:00からアフリカ司教会議議長のジョン・オナイエケン大司教の進行で、三つの研究部会からの報告があった。冒頭、『持続可能な開発』研究部会を代表して、共同議長としてハミルトン博士と共に登壇した三宅光雄師は、同研究部会からの討議の成果の報告と、新しく選出された国際管理委員会に申請する活動の要約を行った。同様に、『紛争解決研究部会』と『平和構築研究部会』からも報告が行われ、今回の世界大会の実務上の会議はすべて終了した。


『持続可能な開発』研究部会の共同議長として、
全体会議で報告を行う三宅光雄師

  この後、キシコフスキー副議長の進行で閉会式に移り、四日間にわたる世界大会の様子が要約されたビデオ映像を見た後、国際委員会のベンドレイ事務総長とホスト委員会の庭野立正佼成会会長の感謝の言葉と、琉球民謡などの文化行事や各国の青年やアフリカ代表のパフォーマンス。大会受入委員会事務局長としてこの舞台を演出した宮本けいし妙智會教団理事長が謝辞を述べた後、21日から広島で始まった青年会議以来、九日間にわたって裏方としてこの世界大会を支えて下さったボランティアの青年たちが舞台上に招かれて、大会参加者からの感謝の拍手を受け、第8回WCRP世界大会は無事、閉会した。


大会を終えてボランティアの皆さんに
感謝の言葉を述べる三宅光雄師

  なお、翌8月31日には、WCRP世界大会後プログラムの一貫として、世界大会に参加した海外の宗教者の内の7名と、三十数年前にWCRPを生み出す母体のひとつとなった大阪国際宗教同志会主催による『平和のための宗教者大阪シンポジウム2006』が泉尾教会で開催された。京都から大阪へ移動した一行は、大阪城の見えるレストランで昼食会を行った後に泉尾教会へ到着した。


大阪城の見えるレストランで
昼食会が行われた

泉尾教会では、まず記念植樹を行い、引き続き、会堂広前において、三宅善信師の進行で諸宗教代表による『世界平和の祈り』が仕えられ、金光教(祭主:三宅光雄教会長)、キリスト教、イスラム教、仏教、神道の順にそれぞれの形式で平和の祈りを行った。


泉尾教会で諸宗教代表による
「世界平和の祈り」が行われた

  さらに、会場を神徳館国際会議場に移して、海外からの宗教代表者と大阪国際宗教同志会の有志によるシンポジウムが二時間半にわたって開催され、WCRP大会で話し合った内容について、ヨルダン、レバノン、ジンバブエ、パキスタン、インド、カナダ、オーストラリアからの参加者がそれぞれその内容を国宗の先生方に報告すると同時に、国宗会員の先生方からレバノン情勢をはじめとする様々な問題について質問が行われた。


大阪国際宗教同志会主催の『平和のための
宗教者大阪シンポジウム2006』の様子

  また、シンポジウム終了後、会場をリーガロイヤルホテルに移動して、懇親会が開催され、海外からの代表と地元大阪の宗教指導者が時間の許す限り、その友好を暖めあった。


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