泉光園の南側の公道を進む献燈隊行列一行 |
2010年12月23日、冬至の翌日ゆえ、辺りはすっかり暗くなった午後5時50分、祈りの塔拝礼殿前の参道には、「御神願」と白く染め抜かれた法被(はっぴ)姿の60名の青年会員および若婦人会員が集結して、火の出るようなご祈念を上げた。親先生は、拝礼殿正面の石貼りの犬走りに直に正座されて、共にご祈念を頂かれている。「泉光園御遷座六十年」献燈隊行列の出発である。
会堂正面の参道を進む献燈隊行列一行
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60年前の昭和25年(1950年)12月23日深夜、現在の境内地から南東へ約150メートルの距離にあった旧教会(北泉尾町1丁目)から、6000坪の現境内地「泉光園」への遷座(註:社に祀られているご神体が別の社に移動すること)行列が行われた。松明(たいまつ)と鼓笛隊の先導に続いて、装束姿の大勢の斎員と雅楽を奏する伶人に前後を護られたひと張りの御帳(みとばり)の中には、ご神璽とご霊璽を奉戴された大恩師親先生と二代親先生…。沿道には、手に手に提灯(ちょうちん)を持った何千人もの人々が土下座して、しずしずと進む御帳を拝跪(はいき)した。旧教会から泉光園の正門まで150メートル、正門から新広前のご神殿まで150メートルの合計300メートルを2時間かけてご遷座された。
真っ暗な会堂広前で献燈隊行列一行を迎える
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あの日からちょうど60年…。冬でも樹々の茂れる泉光園の境内は見違えるほど整備された。今回は、ご神璽ご霊璽が遷座する訳ではなく、また、すでに旧境内地はなくなっているが、当時の雰囲気を少しでも追体験するために、親先生を先頭に、当時のことを全く知らない60人の若者がLED製の燈明を掲げて「御神願ありがとうございます」と唱えながら、西門から出て、泉光園前の歩道を行進し、会堂「拝める宮」を正面から拝する正門からあらためて入場し、御遷座六十年を記念して開墾された御神田の横を通って、会堂の正面階段を一歩また一歩と昇って、会堂内へと進んだ。
特大スクリーンに映し出された「60年史」の一場面
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午後6時、真っ暗に消灯された会堂広前で大勢の信者がペンライトを振って待ち構える中、聖歌隊による御布教八十年記念讃歌『ひびきあうこころ』が合唱され、LED製の燈明を持った若者が一人また一人と広前に入堂し、それぞれの席へと着いた。続いて、神殿向かって右側(お結界側)に特設された180インチ(高さ3.6メートル×幅2.7メートル)の特大スクリーンに、泉光園に遷座された昭和25年から一年毎にその年の大きな出来事を紹介した映像とナレーションが流れ、LED製の燈明を持った若者が一人ずつスクリーンにその燈明を掛けていった。20分間に及ぶ映像と音声による泉尾教会の歴史紹介の終わる頃には、スクリーンに貼り付けられた燈明によって描き出された「ごせんざ60」の文字がくっきりと浮かび上がって参拝者から拍手が起こった。
御遷座六十年御礼祭中の広前
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この後、広間の明かりが一斉に点り、親先生ご祭主の下に「泉光園御遷座六十年御礼祭」が仕えられ、感激に満ちたご教話が行われた。最後に、親先生、親奥様、恵先生、善信先生、神戸灘教会長先生らから、お祝いの餅撒きが行われ、大広前に歓声が沸いた。なお、大広前で餅撒きが行われたのは、17年前の大恩師親先生卒寿の祝賀式典以来のことである。
歓声の沸く広前での餅撒き
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