四月二十五日、前国連事務次長の明石康広島平和研究所長が春の大祭に参拝するため、また、四十年間務めた国連を退職した挨拶を親先生にするため、泉尾教会に来駕した。その際、明石康氏と教会長は、昼食を挟んで一時間半にわたって、現在の国際情勢の諸問題について話し合われた。本誌では、その一部を紹介する。
明 石: 本日はおめでとうございます。お招きにあずかりまして光栄でございます。
三 宅: ようこそご参拝くださいました。
司 会: 本日はお忙しいところありがとうございます。一九九四年にイタリアで開催された第六回WCRP世界大会の際に、明石先生とは、教会長とも副教会長とも一日違いですれ違い(註:親先生はバチカンでの開会式と第二会場となったリバデガルダでの初日の全体会議にだけ参加して、帰国。その翌々日から、代わって二代先生が世界大会に参加されたが、ちょうどその中間の日に、明石氏がWCRPで基調講演をした)でしたから、教会長も、本日、明石先生にお目にかかることを「本当に久しぶりのことだ」と大変、懐かしがっておりました。
明 石: あの時は、ユーゴスラビアから専用機で駆けつけた(註:当時、明石氏は、国連ユーゴ問題事務総長特別代表として、ボスニアヘルツェゴビナ紛争の調停に東奔西走していた)のですけれども、一足違いでお目にかかれず残念でした。
三 宅: それにしても、明石先生はあちらこちら(カンボジアやユーゴ)でのご活躍、本当に大変でございましたね。
明 石: いえいえ。大したことではございません。
司 会: 時代も変わってまいりました。明石先生と教会長とは国連軍縮特別総会の時にお目にかかりました。あるいはウタント事務総長の時代に「二十世紀の百人委員会」に教会長が広島の山田市長さんと一緒に選ばれて、ワルトハイム事務総長の時代によくまいりましたですよね。立正佼成会の庭野開祖先生とご一緒に……。 教会長が、最後に海外に行ったのはWCRP世界大会がイタリアで開催された一九九四年でした。その後は、やはり海外まで出るのは「長いフライト、短い会議」ですから、難しいですね。日本に来られる場合であればいいんですが、今はもっぱら代わりに副教会長の方が参ってますけれども、本当にそういう点では昔からお世話になっております。
明 石: 三宅歳雄先生は、本当に早くから日本の宗教界の大指導者として、平和のために世界中を駆け巡ってお歩きになられまして……。
三 宅: ところで、国際連合の方もずい分と変わってまいりましたですね。以前のことと比べまして、ここまで変わることかと……。
明 石: そうでございますね。活動範囲もかなり広がりましたし……。
三 宅: それから、価値観も変わってまいりましたですね。ただ、単なる国同士の力関係だけでなく、内容が変わってまいりましたですね。先生の長い間のお働きの成果でございましょう。
明 石: いえいえ、それほど大したことはできませんでしたけれども……。
三 宅: 私が初めて国連に参りましたのが昭和四十年でございまして、あの時、確かサンフランシスコで国連創設二十周年式典がございまして、たまたま、日本人はデレゲーション(代表権)の関係で四五人ほどしか入れてもらえませんでした。その時に、国際司法裁判所長官のザフルラカーンとジョンソン大統領が来られて、ケネディー暗殺の直後でしたから、警備がものものしゅうございました。
サンフランシスコでそのようなことがございました後、ニューヨークの国連本部を訪問したいと思いましてね。今どのようになっているか知りませんが、玄関の大ホールに、高い天井から巨大な振り子の重りのようなもの(註:「常に同じ方向にゆれるという振り子の原理を用いて、「静止している」と思われる床(地面)の方が、実は回転していることを実証することによって、「地球の自転」を現わすモニュメント)がぶらさがってありましたですよね。あれに感動いたしました。人間がいろいろごちゃごちゃやっとるけれど、地球が時々刻々と自転しているというこの事実は変わらんのですから……。地球が自転しているということを目に見せようという構想に感動いたしました。
明 石:そうですね、印象的ですね。
三 宅: 日本から贈られた「平安の鐘」がございましたが、これは、あまり印象に残りませんでした。それから、中国から贈られた巨大な象牙の彫刻を見て、「中国の文化というのはすごいなぁ」と思って、別の意味で感動いたしました。ところが、この頃では、象牙を使うこと自体がワシントン条約(国際野生動物保護条約)でご法度はっとですが、その当時は、そんなこと思うてもおらんでしょう。 一方では、今の地球の変わらないもの(自転)がある中で、もう一方では、人間の活動によって圧倒されたもの(絶滅危惧種の野生動物)こういうすべてのことに心を配ってゆかねばならなくなった時代ですからね。
明 石: 確かに国連のあり方を象徴していますね。しかし、三宅先生、本当によく覚えていらっしゃいますね。
三 宅: 感動しましたからね。それから、ちょうど二十年後に、先生もアストリアホテルのレセプションにお出ましになっておりましたですよね。あれは、一九八五年(昭和六十年)でございましたが、あの時は、ミッチェルという元宇宙飛行士とパネルでご一緒したことがありました。あの方も国連の何か嘱託か職員かでいらっしゃったんですよね……?
明 石: いいえ。ミッチェルさんは国連とは直接の関係はなくて、宇宙に行って小さい地球を見て、「やっぱり地球に住んでいる人間は平和を大切にしないかん」と、そういうことを感じたということを国連に報告したわけです。
三 宅: あの方と隣り合わせでパネルディスカッションをやりましたが、隣に座っている「この人が宇宙まで行った人か」と思うと、何か変な感じがしました。その時でございましたですかね、国連の施設をご案内して下さった人がアメリカの領事を日本でしていらっしゃったことがある関係で、日本から行った者に日本語で説明して下さるんですよ。
それは何かと言いますと、海底資源を採掘するのにどうとかこうとかいう問題が当時起こっておりまして、ちょうど私共の隣にね、開発途上国のアフリカの方がいらっしゃいまして、その人にはアフリカ出身の国連職員が説明してるんですね。それで、日本人への説明とアフリカ人への説明の両方を聞いておりますと、あっちでは「先進国が海底資源を全部取ってしまうのはおかしい」と……。それでね、「採ったものの半分を世界(途上国)に出さなければならない」と……。ところが私どもの案内している方(アメリカ人)は、「あんな勝手なことを隣(途上国)は言っているけれども、海底資源を採掘するのに費用もいるし、努力もいるのに、只で半分持っていく話はおかしい」と、同じ国連の中でも全然違うことを言っておりました(笑い)。
国連というのはですね、一方からいいますと、ユナイテッド(連合)ネイションズ(諸国家)ですからね。自分の国の国益を、もう一方では、地球の自転に象徴されるところの全人類的課題を解決するという両面の機能がございますね。
明 石: おっしゃるとうり両面ございますね。この辺のバランスをいかにうまく取るかが大切なことです。
司 会: 「グローバル(地球的)」というものは、一方では「インターナショナル(国際)」という、ネイションステート(国民国家)が前提になっておる。その一方で、全地球的課題と両方あるんですよね。ネイションステートそのものの数は増えましたが、いろんな問題がございまして、旧ユーゴスラビア連邦みたいに民族別に大雑把に六つの国民国家(共和国)に分裂したら、今度は、それぞれの共和国で少数派になった人々がまた「分離独立」を主張し、無限大に国家を割っていかないけませんからね。かつてのマイノリティーが独立して、自分たちが多数派となったら、今度はその中で別のマイノリティーをいじめて、ソ連でもそうでしたが無限に細分化していかないと、いけないようになりますからね。
明 石: 細胞分裂みたいになって……。
司 会: ですから、国連は一方で、そういうネイションステートの集合体という要素と、もう一方でWCRPのような国際的NGO(非政府団体)という関心別の(ネイションステートという壁を越えている)団体の働きが必要となってくるわけでございますね。環境でしたら環境。資源でしたら資源というようにテーマ別のNGOですね。
明 石: まったくおっしゃるとおりです。
三 宅: その意味で、明石先生は、国際的なお仕事を「国際」の立場でなさったのでしょうが、日本人としてはやっぱり「お国(日本)のために働いて下さった」という気持ちが非常に強い。やっぱり国連はユナイテッドネイションズだから……。
明 石: 私は、国連の一員として国連のために働いたという意識がありますけれども、他の国の人たちは、私を「日本人」として見ておりますから……。私が昨年の十二月に国連を辞める時も、各国の大使が送別会をやって下さいまして、ロシアの代表とか韓国の大使なども来て下さいました。韓国と日本の間にはいろいろな問題がありますけれども、「明石のやったことは、非常に客観的でフェア(公正)であった」と言って下さいましてね。非常に嬉しく思ったんです。きちんとまじめに仕事をやれば、国が違ってもきちんと評価してくれますので……。
三 宅: そりゃそうでございますね。それが、まわりまわってお国のためになっておると私は思いますね。日本がそういう面を持っておるということを、先生が体現してくださったわけでございますから。司 会 日本という国は、そういう点ではフェアなんでしょう? 国際的に聞くと思いますね。ただ、グローバルスタンダード(世界評準)ということから言うと、いささかはずれてますけれども……。
明 石: ちょっと遅れておりますね。
司 会: でも、グローバルスタンダードといっても、なかなか本当のグローバルスタンダードじゃなくって、これが結構アメリカンスタンダードであったりすることが多いんです。アメリカ人は、必要以上に「自分たちのスタンダード(基準=ルール)がグローバルスタンダードだ」と思っておられるところがあるようです。逆に、日本人は必要以上に「日本は特殊な国だ」と思っているところがあるようです。両方とも間違いです。
明 石: そうそう、全くおっしゃるとうりです。
司 会: 特殊っていったらアメリカほど「特殊な国」はございませんよね。アメリカ人は自分たちが自分たちのことをどう(普遍的国家だと)思おうとも、世界の他の国から比べたら、むちゃくちゃ特殊な国ですよね。
明 石: そうですよね。小澤一郎(自由党党首)さんは、「日本は特殊だ。普通の国にならなければ……」といいますけれども、「普通の国」なんて、世界中どこを探してもないですよ。みんな特殊なんです。
三 宅: 「平均的国家」なんてございません。
明 石: ございません。観念にすぎません。
三 宅: 経済の分野とかは、まだ「マネー」という共通の言語(尺度)がございますが……。
明 石: そうですね、会計の基準とか金融機関の情報開示とか、そういうものをグローバルにしないとだめなんです。
司 会: ところが、文化などの分野では、比べようもない。「日本の歌舞伎と中国の京劇のどちらが上か?」などと比べること自体意味がない。どっちが良いとか悪いとか初めっから比べるものではないでしょう。
明 石: それぞれね、みんなそういったものであり、文化相対主義というのは、別の文化は等しい価値において置く。どっちが良いとか悪いとかはくだらんことです。
三 宅: 未だに十九世紀末みたいな間違った意味での「進化論」で、経済でも、途上国から段階を経て先進国になっていく。文化にしましてもですね、いわゆるプリミティブ(未開)社会があって、宗教でも「インデジナス(土着の)」というような表現をしますでしょう。それが、いわばだんだんと「高度な宗教」に進化して、遂には、(キリスト教のような)一神教に行き着くといったような間違った意味での……。 私なんか海外に行った時には「私は日本の神道シントーイストでインデジナスな人ですからね、皆さんのようにあんまりソフィスティケート(洗練)されてませんから、ちょっと失礼なことを言うかもしれませんので……」と、先にバーンと欧米人の無意識の中にある一神教優越主義への皮肉を言ってやったら、相手も留意するみたいです。「あなたがたみたいに、進化したソフィスティケートされた人種ではありませんから日本人は……」と先に嫌みで言ってやるんですけれども……。
明 石: 大事なことです。人間環境が非常に重視されているなかでは、多宗教的な考え方というのは、非常に大事になってきていると思います。一神教の人達は、とかく争いをもたらす傾向がありまして、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教ですね。
司 会: 一神教の人たちは、変に「正義」とかを説きますからね。「こっちが正しく、あっちが正しくない。だから、正しくないものが正しいものの言うことを聞かなければならない」という論理です。しかし「絶対的な正義なんてあるんだろうか?」と私たち(日本人)は思ってしまうのですが、彼らは「唯一なる神が存在するように、(唯一なる)正しい正義が確固としてある」という信念をお持ちなんでしょうね。われわれからいうと、「そんな絶対的に正しいことなんてあるわけないじゃない」と思ってますからね。
絶対的に悪だと思われている殺人ですら、場合によっては正当防衛とかでやむおえない場合も生じてくるわけです。あるいは母子のうちどちらかを見殺しにして、どちらかを助けないかんという場合も究極の状態では問われるわけですから……。絶対的な正義などないと思われるのですが、(一神教の人たちは)あるかのようにおっしゃいますね。
三 宅: ピースアンドジャスティス(平和と正義)という表現があるのですが、私ある国際会議でまとめの文章を作成する時、「やめてくれ。どうもジャスティス(正義)という表現は日本ではあかんのや。ピースウィズジャスティス(正義をともなった平和)だとまだいけるのだけれども……」と言ったら、(欧米人の参加者が)「分かった、分かった」と言ってくれましたけれども……。
明 石: それね、非常に大事なことなんです。タンザニアの元大統領でニエレージという国民から聖人のように崇められている人がいます。もう大統領職を辞しまして、水戸黄門みたいにして全国を歩いておる素晴らしい人なんですが、「ピースだけでは駄目だ。やはり社会的な不公正があったり、貧富の差があったりするところに本当の平和は来ない。だから、そういう意味では、正義に裏付けられない平和は本物ではない」と言うんですね。 だから、日本人はよく「平和は最高の価値である」と言いますけれどね、やっぱり世界中の人に耳を傾けた場合に「ピースウィズジャスティス」でないとですね……。
司 会: いろんな意味の「平穏な状態」というのはありますが、悪逆な独裁者の力がすごく強くて、結果として「平和に見える」ということもございますからね。
明 石: そういうケースがよくありますからね。例えば、パレスチナの人間にとっては、「平和」というのは、イスラエルによる武力支配を認めることにつながってくることですね。
三 宅: だからですね、ウィズでいくかアンドでいくか、微妙になってくる話でして、「ピースアンドジャスティス」というと、なかなか難しい(一概に言えない)ですよね。
明 石: そのとおりです。そこらへんが国際政治の難しいところなんです。
司 会: 水戸黄門ではないですが、悪代官の不正を摘発して最後に三葉葵の印篭を出して「控えおろう!」と言いますよね。自分は天下の副将軍で、徳川幕府の権威というのは絶対なわけで、悪代官であろうと城代家老であろうと、印篭さえ出せばそれで良い訳ですが、もし自分より偉い公方くぼう様(将軍)が悪人だったら、こんな方法を使えないわけです。これは、徳川幕府という絶対的支配体制の権威の下における一種の「平穏な状態」で、「控えおろう!」ということになるわけで、そこまで疑ったら娯楽時代劇にならないですけれども……。そういうものは、われわれはうっかり見逃してしまいがちです。
先生がおっしゃったパレスチナの問題にしても、北アイルランド問題にしても、ドンパチがない状態が、これ必ずしも平和な状態かというと、抑圧されていると感じている人からいうと「そんなこと(平和で)はない」ということになります。われわれには判りませんけれども、テロ事件なんかがありますと、テレビに映るそのシーンの悲惨さだけを見て「反政府ゲリラは悪い奴らだ」と決めつけがちですが、日本のメディアはその背後にある社会の不公正にまでなかなか目を向けようとしません。
ペルーでも、日本大使公邸人質事件のようなときはテレビでよく取材されましたが、では、あの背後にあるペルーという国の貧困ですとか社会的不正義ですとか、日本人学生の探険隊が政府軍の兵士に、金品を盗むために殺されたとか、しかも、そういう問題はどうなるのかなと……。
三 宅: それは「貧困というテロ」なんです。貧困もテロの一種なんです。まあ、そりゃ貧困の場合、人質事件のように誰が犯人かはっきり判らないし、言いようによっては、フジモリ大統領が犯人かもしれない。不特定多数の人々が犯人になってしまうテロなんです。今の日本の経済事情でだってテロ的ですよ、中小企業の人たちから見ますとですね……。
明 石: かもしれませんね。特に、この大阪地区なんかでは中小企業が困っているようですね。
三 宅: もう「どしゃ降り」でね。大阪の経済状態は今、都道府県別で四十何番目なんだそうですよ。全部で四十七しか県がないのに……。拓銀が潰れた北海道はもちろん悪いですけれども、こういっちゃなんですが、北海道や沖縄はもともと経済の状態がよくなかったところですが、大阪はかつてはトップのほうにあったのに……。地方自治体だから、民間企業のように倒産はいたしませんが、大阪府でも三兆円の赤字でしょ。「これどうすんの?」ということなんですよね。国(政府)は最後の手段で「インフレで逃げる」という手がありますが、自治体は自分ところでお札(紙幣)刷るわけにはいきませんから……。(笑い) ですから、大阪府なんかは、もう万歳(お手上げ)状態になってますよね。中小企業も大変。私共の教会も、大正区という下町にございますでしょ。ご信者さんというのは、やっぱり中小企業の方とかが多いので、ほんとに大変で、人類共栄会などの国際援助活動も、ご承知のように、私どもで救援事業とかいろいろさしていただいていますが、これが円安になってしまいまして、毎年この団体には二万ドル、その団体には一万ドル……とお約束してますでしょ。しかし、相手
様の受け取られる額(ドル建)は同じでも、私共が出す額(円建)は二、三年前と倍ほど違いまして大変です。日本国全体の経済のことは判りませんが……。円安なのともうひとつ、金利が下がっているために、その二つで国際活動が非常に厳しいです。
明 石: いやしかし、このあいだ、大阪商工会議所で話をさしていただいたのですが、「世界の人権の問題」を話をしたのですが、中小企業の社長さん方が、結構、熱心にお聞きになっておりましてですね、東京辺りよりも関心が高い、真剣であるという印象を受けました。結局、アジアに近い地域であるということからか、びっくりいたしました。
司 会: やはり、大阪は在日韓国朝鮮人の方々がたくさんおられますので、大阪府全体では何十万という数で、私の子供のクラスでも二割ほどおられますね。そういう意味からもアジアに近い。東京ですと、外国人といえば、いわゆる、白人とか黒人とか、誰の目にもひと目で「外国人」だと判る人たちですが、大阪では、アジア人が中心ですので、ひと目で「外国人」だと判らないですが、本当にたくさんおられるんです。大正区などでは、新規の住民登録される人口は外国人の方が多いぐらいで、うっかりしてたら、隣におられても、言葉を聞かなければ判からないでしょ。商店街を歩いていると、時々何語か判らないことばで喧嘩などしています。そう考えると、結構、街に多くの外国人の方がいらっしゃいますね。
三 宅: 大正区の場合、銭湯にルールが書いてありまして、五カ国語の言葉で書かれているそうです。
明 石: いや、この前、大阪城を拝観しに行きましてね。一年ほど前にすっかりリニューアル(新装)したそうで、素晴らしい美術館になってるんですよ天守閣が。その中で、いろんな説明が日本語と英語とハングル(韓国語)と中国語と四か国語でされているのは、嬉しかったですね。
司 会: 大阪では、区役所や市営の施設(地下鉄駐車場等)では、日本語ハングル中国語英語で案内されてます。そういう点では、東京よりも国際化が進んでるんです、生活のレベルで……。
三 宅: 学術レベルの博物館では母国語以外では説明案内しないのが原則です。なぜかというと、翻訳すると厳密なレベルで意味が変わってしまいますから……。ところが、大阪城のような学術レベルでない観光用の施設では、どんどんと訳文を書いたらよいと思います。今、申し上げましたように、生活レベルの銭湯のような場合は、フィリピン語などいろいろ書いておりますよ。
明 石: フィリピン語などもですか?
三 宅: はい。日本独特の風呂の入り方がございますでしょ。それでね、「これをしてはいけない。あれをしてはいけない」など、いっぱい書いております。
明 石: 先生も銭湯に行かれるんですか?
三 宅: いえいえ、僕はそれを表示したものをいただきました。銭湯をされているご信者の方から。
明 石: ああそうですか。
三 宅: お風呂屋さんが、何カ国でも話せる訳ではないですから、「役所から『こんなん貼れ』といわれておりますねん」と……。そうしないと、止めるにも、止めることができない。言葉が判らなくて(笑い)。あちらの人は、少しも悪いと思わないからね。浴槽のなかでシャボンを持って洗いますでしょ。それでは、他の方に対して悪いから、「浴槽の中で洗ったらいけない」とかいうことを、みな書いてあるのを見ますとね、そういう意味では、大阪は庶民レベルでの国際化は強うございますね。司 会 生活のレベルでお隣に違う文化の方がおられる。そういう人たちに対する寛容性の問題というのが、やっぱり子供の学校とかでいっても、いろんな国の方がおられたりとか、非常にいいことなんですよね。子供の時に違う文化というものを、お互いが体験しますからね。
明 石: 大人になってから外国に行ってもね、なんら違和感を感じなくなりますしね。変な力も入りませんし、ごく自然に振る舞えるようになると思います。
三 宅: 今年、東西本願寺さんが蓮如上人五百年遠忌をやってます。京都駅のど真ん前に東本願寺の五百遠忌の看板が出ているんですけれども、そのキャッチフレーズを見て驚きました。「LivingTogetherinDiversity」という英語で、日本語が「バラバラでいっしょ。差異(ちがい)を認め合う世界の創造」というものでした。東本願寺というと、どちらかというと、本来の真宗の厳密な教義は別として、典型的な檀家仏教、葬式宗教でございましょ。末寺レベルでは、個人の信心というよりも、「家代々が門徒だから法事の時にお坊さん来て下さるだけ」という方が圧倒的なケースでしょ。その、本願寺教団が「バラバラいっしょ」と言っていいのかしら? とこちらが心配するぐらい……。
明 石: いつも内紛の断えない東本願寺(真宗大谷派)はバラバラで、バラバラで……。(笑い)
三 宅: 「自分のところのバラバラゴタゴタが一種のパロディーになってるのですか?」と、真宗関係の方に申し上げましたら、笑っておられましたけれども。でもね、「差異(ちがい)を認め合う世界を創る」と言うておられましたね。「本願寺教団中興の祖」といわれる蓮如上人五百年のアニバーサリー(年忌)なんですけれども、それを、立正佼成会などの新宗教教団ならいざ知らず、本願寺という「本流中の本流」の伝統教団が、キャッチフレーズに使ってゆかなければならないところが、今日の社会状況とでもいうか……。
明 石: 「バラバラでいっしょ」とは、判りいい表現でね。
三 宅: だけど、誤解を招くことがある。
司 会: 京都駅前は外国人の観光客も多いからでしょうが、「LivingTogether」というのが、今、流行というか、環境問題のキーワードになっている「共生(ともいき)」でございますでしょ。それと、民族宗教紛争のキーワードともいうべき「Diversity(寛容)」という概念を合体させて、「inDiversity(寛容性をもって)」と書いてありますから、「しゃれたことをお書きになっておられるな」と思いました。
明 石: それでも、西と東の本願寺では一緒には(法要を)やってないでしょ。
司 会: はい。どちらも別々に御遠忌をされているようです。その意味でも「バラバラでいっしょ」です。
三 宅: とこらが、今年は、何十年かぶりに両本願寺のトップが相互に参拝されたそうです。
司 会: まず、東のご門首が西の法要に正式参拝されて、続いて西のご門主が東を参拝されました。その前に、お東ではいろいろとゴタゴタがございましたでしょ。去年、東のご門首が替わられて、今年一番大きい蓮如上人五百年のご遠忌で、「お互いに」ということもあって……。トップ交流があるのは素晴らしいことです。なかなか、伝統宗教同士は……。難しいです。WCRPなどは、新と旧とが適当に混じってますからいいですけれど、伝統宗教同士になると、「俺のほうが本家だ」とか、東と西とどちらを前にするとか……。
明 石: 西本願寺は、(自分のところを)単に「本願寺」と言っているでしょ。「西本願寺」とは言ってないでしょ。
三 宅: そのとおりです。ちょうど、茶道で裏千家と表千家のどっちらを前に出すかというようなもので(笑い)。家元がお二人同時に来られたら困るんですよね。国際外交のほうではプロトコールがございますね。まず、国家元首。その中でも、王様が先で、大統領が後。その次が首相。同じ位同士では、着任順とかございますですよね。宗教の世界でも、比叡山宗教サミットの時でも、各宗派の管長方を並べるときにね、法主とか管長とかそれぞれ敬称が違いますからね。来られた以上、並んでいただけねばならないので、そして、並ぶ以上、順番がどうしてもついてしまいますから……。
明 石: ところで、天理教のトップは、何というのですか?
司 会: 「真しん柱ばしら」と申します。ところが、これまた難しくって国際公法のような明確な基準がありませんから……。変な例えですが、社葬か何かの時に、いろんな会社から代表の方来られた時焼香の順番で苦労するようなもので……。三 宅 それがね、教団のランク表を作ってもね、大きな教団の宗務総長−つまり番頭さんですね−と、小さな教団の管長さん−つまりトップですね−の、どっちが上かと……。しかも、宗教家という人種は皆、自分ところが一番偉いと思っている人たちだから……(笑い)。
明 石: 国連では、小さい宗教(国)でも一番偉い人(国家元首)が、大きな宗教(国)の宗務総長(首相)よりも上になる。
三 宅: そうそう。分かり易い。
明 石 私も(ボスニアに赴任していた時に)あれには本当に悩まされました。カトリックとセルビア正教徒とモスレム人、非常に仲が悪くて……。
司 会 「同業他社(笑い)」というか、かえって近いものほど仲が悪いんですよね。特にキリスト教徒同士は……。
明 石 共産主義者と社会主義者としょっちゅう喧嘩しているのと同じようなものですね。「本家争い(笑い)」で……。
三 宅 「同業他社」が仲の悪い元なんです。近親憎悪……。本当にそう思いますね。
明 石 ボスニアの首都サラエボで、元市長の集まりがあるというので招かれまして、そこに行きましたら、過去に市長をされていた人たち十名ほどが楽しくやっているんですね。そのうち三、四人はモスレム系、三、四人がセルビア系、二、三人はクロアチア系カトリックですが、みんな仲がいいんですよ。だから、宗教の違いを越えて昔は仲良くやってたらしいんですよ。 そのうち、変なナショナリズムを煽あおり立てる野心的な政治家が出てきて、みんなの間柄を切り離してしまった。昨日まで隣人として顔見知りであった人々が殺し合う訳ですから、死体の顔を見るのが辛くて、死した後で、もう一度、顔を損傷したりするようです。
三 宅 千何百年も前から、同じ場所に多宗教が混在しておってね、仲ようしてこなかったらここまで来られなかったんですから。「棲み分け」をしておったのか、何をしておったのか知りませんけれどもね……。近代になって、この百年ほどの間におかしくなってきたのであって、それまではうまくやってきておったと思いますよ。そのもうひとつ前の時代では殺し合いもあったのかも知れませんが……。
司 会 近代になってネイションステイト(国民国家)というものが、国境線を引くようになってから、おかしくなったんですよ。ルアンダのツチ族フツ族などの問題も……。地図をご覧になられたらお判りのように、アフリカなど国境線がまっすぐでしょ。英仏などの列強がアフリカ大陸を「分割」する時に、現地の事情など全く無視して、地図上にまっすぐ線を引いて、「ここからここまでは英国領」などというようになったから、当然、長年そこに住んでいた各部族の生活圏が勝手に分断されてしまい、その結果として、少数派多数派などが出て来るようになりました。もともと〇〇族と××族でやっていたころは、当事者間のルールで長い間おさまっていたんですよ。三 宅 ヨーロッパでは、以前は今ほど自由に行き来できなかったでしょうね。
司 会 いいえ。遊牧民はあっちに行ったり、こっちに来たり勝手にしておったわけで……。
明 石 今でもしてますよ(笑い)。
司 会 日本は目に見える国境線のない島国ですから……。海という自然国境ですから越えようがないのですが、ヨーロッパなどでも、現在はEUで行き行きですが、二十年程前に初めて行った時、「この山を越えたらスイスです」と、地元の人が言うもので、羊が国境を越えるのにパスポートは要らないでしょ。というより羊には「国境」そのものがない訳で、「羊が行ったら羊を飼っている人たちはどうするんですか?」と聞いたら、「もちろん越境するんですよ」といわれて、「そんなものか」と感心したことがありました。「国境」といったらものものしい警備があると思っておりましたが。案外、実際に行ってみたら、羊に国境はない(笑い)わけで、勝手に人間が「国境」と言っているだけですから……。
明 石 そうですね。ジュネーブ(スイス領)はフランスに隣接してますが、ジュネーブでホテルを出て散歩していますと、気がつかないうちにフランス領に入ってしまっているときがありますもんね。欧州では国境は一般行為ですよ。
司 会 国境を越えて走っている路線バスなどもありますからね。料金はどちらの国の通貨でも支払えるようになっていて面白いですね。日本人は国境というものが感覚としてたまたまない国で育っていますから……。 明石先生がボスニアでご活躍されたことによって、東ヨーロッパという地域では、特に日本という国の顔が見えていない。経済大国になった日本という国を意識していますが、「日本という金持ちの国があるのは知っているが、なんか解からない国」という……。それが、先生が行かれてご活躍されたことは非常によかったと……。 しかも、どうもアメリカ人はというと「スラブ人が悪い」という先入観がありますね。スラブ人〓〓以前で申しますと「ソ連(ロシア人もスラブ系)悪し」というところがあって、初めから「セルビアが悪いんだ」と……。クロアチア人とセルビア人とでは、初めっから「セルビア人(スラブ系)が悪いんだ」と……。「セルビア制裁だ」とか言ってますが……。セルビア側から言えば「そんなこと言われる筋合いはない」と、エスニッククレンジング(民族浄化=大量逆殺)でも、セルビア側ばかりが悪く言われてね、どちらかが先にやったのには違いがな
いのだろうけれども、そこまでするには、お互いなにかがあるに違いない。対抗処置として……。
明 石 おっしゃるとおりです。私はその各派(セルビア人クロアチア人モスレム人)と等距離で交渉をやったわけなんですね。そうすると、これがまた「けしからん」と……。
司 会 アメリカが怒って、「(加害者の)セルビア人と(被害者の)クロアチア人を等距離ではいかん」と……。
明 石 「セルビア系は初めから悪いから、悪いやつはもっとこっぴどくやっつけるべきだ」と、そういうことを言うんですね。そんなことをしていると国連の仕事はできなくなる。
三 宅 交渉をするときに、「初めからどっちが悪い」と決め付けたら、交渉になりませんからね。
明 石 一九九三年二月に、サラエボの停戦協定を取り付けましてね。三月にワシントンに行き、「アメリカにも(停戦監視のための)地上軍を出してもらいたい」と頼んだんです。そうすると、ワシントンポストの社説で「明石の言うことにも一理ある」と書いてくれたんですけれどもね。当時の国防長官のウイリアムペリーという方が「とんでもない。そんなものは派遣できない」と……。「地上軍は出さないで、空爆、空爆」と言うんですね。
三 宅 「自分の手を汚さん(米兵は、危険にさらされない)とこう」と言うことですね。
明 石 そうです。ところが、フランスは六〇〇〇人、イギリスは四〇〇〇人、ちゃんと地上軍を出してくれてよくやってくれたんですよ。あの時、アメリカも地上軍を出してくれていたら、デイトン合意の一年半前にボスニアに和平を達成していたと思うんですがね。そういうことをしないで、裏から文句ばかり言うもんですから……。国連といろいろもめごとがあるわけなんですよね。
司 会 同じ戦争でも、「空爆」という行為は非人道的です。同じ人を殺すのにも、相手が見えるところ(地上戦)で殺すと、相手から血が出たのも、もがき苦しんで死んだのも判かるじゃないですか。そうすると、必ず心にひっかかるものができるはずです。ところが、ミサイルや航空機からの攻撃だったら、あんまり「殺やった」という意識がないんですよね。自分たちは痛くもかゆくもないわけですから……。ゲームとあまり変わらないです。やっぱり、敵と向かい合って、こちら側にも死傷者が出るということから、抑制がかかるわけでね。空爆でしたらブレーキがかかりません。地上戦で相手を百人殺してもこちらが五人死んだら、「こちらも犠牲者が出た」という意識ができますからね。
実は、ペリー前国防長官はユニテリアンの信者なんです。私、たまたまUUA(ユニテリアンユニバーサリスト協会)の前会長さんと親しくて、今では、米国アムネスティの会長になっておられますが、その人が「ペリーさんはユニテリアンで」とおっしゃってましたけれども。ユニテリアンという非常に寛容的な、非常に進歩的な信仰をお持ちのはずなんですけれども……。
司 会 ごちごちのキリスト教徒ではないんです。「ペリー国防長官は実はうちの信者なんです」とおっしゃってたのを承りまして、「そうなのかな」と思ったことがあります。軍縮に熱心に取り組み、WCRPの創設に尽力されたホーマージャックさんにしても、ディナグリーさんにしても、みなユニテリアンでしょ。ですから、われわれが知っているユニテリアンのイメージとペリー国防長官の会見のお話などを聞いていると、「そんなものなのかな」と思いますね。
三 宅 ユニテリアンは、東欧地域に対しては、またちょっと独特の思い入れがあるんです。
明 石 ああ、そうかもしれませんね。
三 宅 トランシルバニアの辺りがユニテリアン発祥の地なんですよね。現在のルーマニア西部で、もともとハンガリー領であった地域が発祥の地らしくて、独特の思い入れがありますよね。
明 石 そうなんですか?
三 宅 一般にユニテリアンはとてもリベラルなんですが、こと東欧問題になりますと、ルーツへの感傷もありまして、そのへんの感覚がいつものユニテリアンと違って、エモーショナルな面があると……。
明 石 イスラエルという国はユダヤ人が作った国ですよね。ハンガリーはハンガリー人が作った国ですよね。ところが、この二つ国については、国内に住んでいる国民よりも国外に住んでいる国民の方が多いんです。まあ、ユダヤ人は世界中に散ばっておりますし、ハンガリー人も、例えばヘッジファンドで有名なジョージソロスという世界の経済を牛耳っているような人ですよね。まあ、マレーシアのマハティール首相からは嫌われている存在ですが、そのソロス氏はハンガリー人ですね。
三 宅 ハンガリー人は人種的にも他のヨーロッパ人(白人)とちょっと変わってますよね。元々アジアから来たフン族の流れでしょ?
明 石 はい。日本人同様、赤ちゃんのお尻には蒙古斑があるといわれてますね。
司 会 今年(一九九八年)はね、ハンガリー人がオーストリア帝国に反旗を振りかざした何百周年目かのアニバーサリー(記念)の年らしくて、先月英国で会ったハンガリー人が、そう言ってました。
明 石 そうですか。「オーストリア=ハンガリー二重帝国」といいますからね。
司 会 やっぱり、西欧中心の歴史観が、ハンガリー側からいいますと意識が違うようですね。今年はまた、米西戦争百周年で、フィリピンやフロリダがスペイン領からアメリカ領になって百年目なんですよね。一八九八年にアメリカがスペインに勝って、太平洋では、フィリピンやグアム島を奪って、大西洋では、「キューバ危機」をでっちあげてスペイン領であったフロリダ半島がアメリカ領なったんですよね。それをアメリカ人に指摘すると、「そんな古傷あんまり言わんといてくれ」といってましたね。
明 石 アメリカ人らしくないですね。
三 宅 アメリカには、触れられたくない話がたくさんあります(笑い)から……。
明 石 あれ(米西戦争)は、実はニューヨークのマスコミの大変な販売競争がありましてね。ある新聞社は、特派員をキューバへ送ったんですね。キューバに行ってみたら平穏で何もない。「何もないから本社へ帰る」と電報を打ちましたら、「いや、何もなかったら何か事件があるようなことを書いて送れ」という訓令を本社から受けまして、それで、「キューバがガタガタしている」というようなことを書いて、アメリカが出兵する口実を作ったんです。そういういろんなことが、アメリカの外交史を紐解くと出てくるんです。だから、まさに百年祭はきちんとやっておかないとね。
司 会 アメリカが太平洋圏で覇権を確立したのは、日本が真珠湾を攻撃して六〇年ぐらい経ちますけれども、ハワイがアメリカ領になったのは、そのわずか二〇年ぐらい前にアメリカが攻めて行って、乗っ取っちゃったんですから……。有名なカメハメハ大王の一族を追っぱらちゃって、そのことはどうなっているのかなと(笑い)。
三 宅 ところで、明石先生は、ご出身は秋田県でございましょ。東北は、金光教は全く弱いとこでして、各県に五つ、六つしか教会がないので……。
明 石 今でもあるかどうか知りませんが、金光教の教会から頂いた日めくりみたいな、俚諺ことわざのようなことが書かれたようなものを、そういうのを母が持っておって、毎日めくっておったのを覚えております。
三 宅 関西は多いですよ。大阪府だけでも一八〇ほど金光教の教会がございますから。言葉は悪いですが「石を放ったら金光教の信者に当たり」ますね。どこの家にも親戚に一人や二人は金光教の信者がいてるもんですが、東北にまいりますと、ひと県に五つぐらいしか教会がございませんので、よく金光教とご縁がございましたね。
明 石 確かに教会はございませんでしたね。
司 会 ここから車で一〇分程行く間に、いくつも金光教の教会に当たりますが……。でも明石先生、この度、広島の平和研究所の所長になられましたから、少しは、私たち関西のものに親近感が……。
三 宅 やはり、お住居すまいは東京になるんですか?
司 会 常駐されているとこは、東京の国連大学ビルのオフィスですね。広島市立大学の平和研究所ができたんですよね。去年の秋も市立大学に行かれてましたよね。確か、立命館大学に招かれて来日されたんでしたね。
明 石 立命館には一〇月と十一月にまいりました。私、京都が好きなものですから、立命館の客員教授も参加させていただいているのですが、あまり行っていないので、一年に一回ぐらい集中講義をやりに行ってます。学生といろいろ議論したりするのは嫌いじゃないので。
三 宅 先生は、今まではニューヨークにおられたので、あれでしたが、日本に戻られてお願いしやすくなったといったら失礼にあたるかもしれませんが、WCRPとかにもどんどん出ていただいて、いろいろと教えていただいたら、宗教の者もやっぱり、実際に日本人では、国際的な現場で一番現場で修羅場をぐられ、交渉事などメディアでは言えないようなことも、いくらでもあるでしょうから……。
明 石 困ったときの神頼みでね。カンボジアでも、本当に選挙がうまくできるかどうかは危ないところでした。駄目になる危険があった時期もございましたが、カンボジアの仏教が四つの宗派に別れておりまして、その宗派のそれぞれの一番偉い方のところに挨拶に行きまして、向こうはサフラン色の黄色の衣を、何着分かをお土産として持っていくわけでございます。それぞれの管長様から「選挙に協力する」という言葉をもらいまいましてね、まあ、私は日本人として仏教徒というよしみから、そういう人たちにお願いするのに全く違和感はございませんでした。
司 会 カンボジア人も、欧米人のキリスト教の白人が来るよりも、「日本人も仏教徒です」と言ったほうが、慣みというか親しみがありますよね。
三 宅 カンボジアはね、上座部(小乗)仏教の戒律が厳しいでしょ。だから、対立がきついんです。
明 石 上座部仏教の方はね……。
三 宅 確信的な対立ですから……。教義による差別化(宗派)が四派もあるんですか?
明 石 王室に近い宗派がひとつございまして、これが一番大きな宗派じゃございませんが……。
三 宅 タイ国でも王室に近い宗派はマイノリティですね。同じ戒律の厳しい上座部仏教でも、少しオープンな方が大衆的というか、勢力があったりとか……。
明 石 でも、毎朝、あの人たちが托鉢をしながら歩くのは、なかなか清々しい。
三 宅 ああそうです。それは全く……。先生、これまでされてきた貴重な体験をできるだけ皆さんにお伝えしていただければと……。
明 石 これから、一部の新聞に連載したり、そろそろ自叙伝も書きたいなと思っております。
三 宅 それとね、日本は素晴らしい国ですが、少し国際的に音痴なところがありますから、その門を開いていただければと……。
明 石 そうですね。日本人が持っている「世界の人々のために協力したい」という気持ちが、すれ違いで伝わらないところがありますから、それが……。
三 宅 一生懸命しておりますのにね。かえって誤解されたりしたりしましてね。
明 石 その点、早くからこの分野の道を切り開いてこられた親先生をはじめ、三宅先生ご一家のような方々が、ひとりでも多く日本人の中から現れて、国家ではできないようなきめ細かな援助活動や諸宗教理解を進めていただくことが、結局は、世界平和、相互理解への近道になるかと確信しております。その意味で、これからも一層のご活躍をご期待いたしております。
三 宅 こちらこそ、長年、国連の事務次長として国際社会の第一線でご活躍してこられた明石先生に、これからもいろいろとご指導いただいて、少しでも、世のお役に立たせていただきたいものだと思っております。
司 会 両先生、本日はお忙しい中、お時間を頂戴し、ありがとうございました。 (おわり)