★★ 布教八十年 記念祝宴 (大阪国際会議場 特別会議場) ★★

 

■ 祝 辞

ひたすら祈りを捧げられて

一燈園 当番
西田 多戈止

ただ今ご紹介いただきました一燈園の西田多戈止でございます。先ほど、光雄先生が後方(下座)の台でご挨拶されましたが、私も同じ場所で挨拶させていただくほうが本当は相応(ふさわ)しいんじゃないかと・・・・・・。大勢の諸先生方がおられますのに、「冒頭でご祝辞を述べよ」ということでありますが、そうなりますと、余計にあちら側(後方)に行きたい気持ちでございますが、ご指名でございますので、お許しいただきたいと思います。

三宅歳雄先生がご布教されて80年ということでございますが、私の祖父である西田天香と歳雄先生とのお近づきは、たぶん70年以上遡ることができるのではないかと推測しております。当時、金光教に高橋正雄先生という大変立派な先生がおられましたが、確か金光町のご本部の奥の山にある庵のようなところへ天香は時々参りまして、夜通し語り合い、また一枚の毛布で共に寝たりしたことがございますが、私はその高橋正雄先生と歳雄先生が、大変お近しかったと側聞しております。

そして、戦争が終わってすぐの昭和22年に、同志社の当時の総長でありました牧野虎次先生、大本の出口伊佐男先生、祖父の天香、そして三宅歳雄先生で国際宗教同志会というのを創りましたが、その後、昭和26年に現在の境内地である泉光園に最初の会堂ができた時に、牧野虎次先生と高橋正雄先生と私どもの天香が三宅歳雄先生に招かれて、記念講演をしております。そういうような関係から申しますと、70年以上続いているんじゃないかと思います。

昭和43年に私どもの祖父天香は96歳で亡くなりましたが、歳雄先生もまた、96歳でお亡くなりになられました。祖父の亡くなった年に、泉尾教会の現在の会堂が完成されましたが、昭和26年に立派な旧会堂が落成したその日から、歳雄先生は「これ(旧会堂)は仮の宮です。神様のお住まいとしては小さい。もっともっと神様に相応しい会堂を建てなければいけない」というようなことをおっしゃっておられたと伺っております。

実は、その会堂完成のお祝いに天香は出席できなかったため、まだ若輩でありました私が代わりに出席させていただいたのですが、その翌年に、歳雄先生が一燈園に来られまして、「来年(昭和45年)世界中から宗教指導者の方々が日本に集まって、平和のために語り合うから、勉強のためにあんたも出てこい」と、誘ってくださったんです。代表みたいな形ですとおこがましいですが、「勉強のために・・・・・・」とおっしゃってくださったので、「それならば出させていただきます」と有り難くお応えしました。

聞くところによりますと、第1回世界宗教者平和会議の正式代表として出席した人の中で、今もなお生き残っておられるのは、そこにいらっしゃいます妙智會の宮本けいし先生のお父様である宮本丈靖先生と私ぐらいだそうです。その間、立正佼成会の開祖であられます庭野日敬先生、そして三宅歳雄先生、松緑神道大和山の田澤康三郎先生にご指導をいただきましたが、本当に有り難いことだと思っております。

100回以上になったんでしょうか・・・・・・。三宅歳雄先生は、本当に「平和の巡礼者」として世界中を回っておられます。その中で、昭和36年に三宅歳雄先生が団長で、私は天香の代理として参加して渡米したことがあります。アイオワ州立大学の比較宗教学のマーカス・バッハ博士がお招きくださったのですが、「日本の宗教者は、宗教が違っても皆仲良くやっているのに、アメリカの宗教者は、同じキリスト教の中でも、誰かが高い塔を建てると『こちらも負けじ』とさらに高い塔を建てる。といったように、張り合ってばかりいる」と嘆かれて、「そういう所へ、日本のいろんな宗教の代表の方々に来ていただいて、一緒に行動していただくだけでも有り難い」という主旨でした。

本当に、三宅歳雄先生との関わりを申し上げていきますと、いろいろございますが、世界の諸宗教間の対話や宗教協力に関しては、他の方がご紹介くださると思います。私はただ、三宅歳雄先生を見て「これは学んでいきたい」と思ったことは何かと申しますと、神様の前でひたすら祈りを捧げておられる三宅先生のお姿であります。神様にお仕えをし、神様に奉仕をし、そして神様の祈りである人々を救うこと・・・・・・。それから、世界の平和のお役に立つこと・・・・・・。そのために、ご高齢になられましても、祈りの塔の前に石畳がありますが、どんなに寒い時でも、この吹き曝しの石畳に座して午前5時から40分間、ずっと祈りを捧げておられたと聞いております。「私はそのような深い祈りを捧げているだろうか?」と思うと、恥ずかしい思いをしておりますが、それだけは、なんとかして学びたいと思う次第でございます。

そんな歳雄先生と、私どもの天香の強い絆(きずな)は、そのまま龍雄先生に受け継がれて、私も可愛がっていただきました。龍雄先生は、昨年お亡くなりになってしまわれましたが、その後、光雄先生や泉尾教会の方々との繋がりは、さらに深まってきているような気がいたします。今は私どもの愚息(西田宗敬)が光雄先生たちに可愛がってもらっておりますが、互いに三代にわたる絆に感謝をしている次第でございます。

このようなご縁で、ここで最初にご挨拶させていただくことになったかと思います。最後に、三宅先生のお言葉で忘れられない言葉がございます。それは「地球を破壊すると言われる核兵器よりもっと怖いものは、何でしょうか? それは人間の持っているエゴです。国家が持っているエゴです。ですから、神様に帰依し、そして御神願を拝して、私たちのエゴを取り除いていくことが一番大事なのです」という言葉なのですが、私はこの言葉が忘れられないのでございます。お導きをいただきまして、本当に心から感謝をしております。ご布教八十年ということですが、ご信者様だけでなく、いろんな方に教えを下さったことに感謝しております。有り難うございました。




言うこと言っても、出すものも出す
円応教 教主
深 田 充 啓

失礼いたします。本日は三宅歳雄先生のご布教八十年記念の素晴らしい祭典にお参りさせていただきまして、誠に有り難うございます。私は今年70歳になりますから、布教された年月よりもまだ10年も若うございます。ここに出てお話をするような器ではないと思いますが、ご指名でございますのでお許しをいただきたいと思います。

「一番はじめに三宅先生にお会いしたのはいつだったか?」と先ほど考えておりましたら、西田先生よりはまだ短いですが、それでも、もうかれこれ40年ほど前に遡ります。昨年WCRP世界宗教者平和会議の第8回世界大会が36年ぶりに京都で開催されましたから、それよりも少し前の話になります。

と申しますのも、第1回目の世界会議を開催するにあたり、われわれ新宗連(新日本宗教団体連合会)は、当時の事務局長でありました大石秀典と新宗教新聞の編集長をしておりました清水雅人がお手伝いに加わってまいりました。その時期と前後しまして、大石さんが私どもの教団――丹波の山奥にございますけれども――にお越しになった時に、「充啓さん、今日また帰りに大阪の三宅さんのところに寄ってくるわ」とおっしゃるのですが、その時私は、まだ全く三宅先生のことを存じておりませんでした。

それから2、3年後、また同じように「帰りに三宅さんのところに寄ってくる」とおっしゃるので、そこで「失礼ですが大石さん、その『三宅さん』とはどのような方ですか?」とお尋ねしましたら、「充啓さん、三宅さんとはね、庭野(日敬立正佼成会開祖)さん、田澤(康三郎松緑神道大和山初代教主)さん、そして宮本(丈靖妙智會教団会長)さんと共に、宗教協力というか世界平和に向かって非常に協力しておられる人でね。その中でも、三宅さんは、一番言うことも言うけれども、出すものも出すんだよ」(会場笑い)というような話を聞いた覚えがあります。それだけ熱心な方でございました。

その後、初めて三宅先生とお目にかかることができたときに「丹波の山奥にあります円応教の深田でございます」とご挨拶すると、「ああ君か、深田君は! これからは若い者も宗教協力で頑張れよ」とおっしゃったことが未だに耳に残っております。その後、いろんな会議の度に三宅先生とお会いする機会がありました。

余談ではございますが、同時によくお会いした田澤先生の印象は、とにかくいつもメモを執っておられたことを覚えていますが、「私もこれぐらい真剣にメモを執らないといかん」と思ったものです。私は昔、ちょっと字を習っておりましたが、その時、先生から「深田君、『恩』というものは石に刻めよ」と言われたことがあります。それほど恩というものは大事だと・・・・・・。同時に、お話を聞くことも大事ですから、メモを執るということも大切なことだと思っています。

昨年、龍雄先生がお亡くなりになりましたが、その後も、三代教会長である光雄先生と国内で、また海外でたびたびお会いしております。光雄先生も宗教協力に大変熱心な方です。今後も、歳雄先生そして龍雄先生の教訓を活かして、光雄先生のご指導を仰ぎながら、私も宗教協力の一端として共に勉強していきたく思っております。

本日ご参加のご縁をいただかれた皆様も、どうか共にご協力を賜りまして、世界平和のために協力、努力しようではありませんか。それがこの素晴らしい八十周年の記念の日になろうかと思います。大変失礼なことも申し上げたかと思いますが、お祝いの言葉とさせていただきます。今日はどうも有り難うございました。




過去・現在・未来を共にする
WCRP 国際委員長
世界連邦運動協会 議長
カレン・ハミルトン

本日、金光教泉尾教会の布教八十年という佳節にお招きに預かりまして、皆様の前でご挨拶させていただく機会を賜り、誠に光栄なことでございます。カナダ教会協議会の事務総長として、WCRP世界宗教者平和会議の国際委員長として、また、WFM世界連邦運動協会の議長として、本日、こうして皆様にお目にかかることができて非常に嬉しく思います。

それは、この世における出会いと同時に、「もうひとつの世(=霊的な世界)」での出会いという素晴らしい体験を分かち合うことができたということでもあります。私たちカナダ人の伝統によりますと、このようなお祝いの機会には、過去と現在、そして将来の人々に対して話すことになっています。

過去における泉尾教会の素晴らしい活動、それは言うまでもなく、三宅歳雄先生の業績でございます。私にとりまして、世界連邦運動であり、また世界宗教者平和会議といった三宅歳雄先生の素晴らしい過去の足跡を一所懸命辿(たど)らせていただくことは、限りなく名誉なことであります。

それと同様、私にとって、今日ただ今、こうして八十年の記念式典にお招きいただき、素晴らしい祭典をこの目で拝ませていただき、また、世界の平和を求める皆様と、こうして祝宴の席を共にさせていただいていることが私の喜びでございます。

それから、過去と現在の幸福について申しましたが、それに加えて、今日この場に居合わせる者が、未来を共有して、一緒に平和活動をしてゆけることが私としては非常に喜ばしいことであります。

本日こうしてご祝辞を述べる機会を賜りましたことを、心から誇りに思います。

(日本語訳 編集部)


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