1月23日(日)、会堂広前において、布教七十八年記念祭が約1,000人の参拝者を集めて仕えられた。布教記念祭は、先代教会長の三宅歳雄師が昭和2年(1927年)1月24日、弱冠24歳の若さで、この泉尾の地で人助けの布教活動を開始したことを記念して毎年行われている。
祭典に先立って、三宅善信師の
「前講」が行われた
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祭典に先立ち、1時半から、三宅善信執行による「前講」が行われた。午後2時、中正楽(雅楽の一種の吉備楽)に乗せて、三宅光雄副教会長祭主以下、二十数名の祭員が参向して着席、布教七十八年記念祭が始まった。
副祭主三宅善信師の手によって、日本一の大きさを誇る神殿の扉が開かれ、神前には18台の三宝に乗せられた海川山野の神饌物が供えられた。続いて、聖歌『救い主降る』に乗せて、病気療養中の三宅龍雄教会長に代わって三代目にあたる三宅光雄師が神前に「献燈」を行ない、故三宅歳雄師の救済の業の継承の誓いを新たにした。
祭主三宅光雄師による「献燈」を
見守る満堂の参拝者たち
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「献燈」の後、祭主三宅光雄師は、神前に祭詞(のりと)を奏上し、玉串を奉奠した。祭詞では、地震・台風・津波等の相次ぐ天災に襲われた昨年一年間も信奉者一同、無事おかげをいただいてきたことへのお礼と、叢氏子身の上安全、世界真の平和達成に、泉尾教会がとなって取り組む決意であることを親神に奏上した。
その後、祭主三宅光雄副教会長の先唱によって『先代恩師親先生報徳拝詞』が全員で唱えられ、先代教会長故三宅歳雄師の遺徳を偲んだ。さらに、信徒会各機関代表の玉串、各地方出社(でやしろ)代表者、参拝者総代の玉串奉奠行った。
祭典の途中に教話を行う三宅龍雄副教会長
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続いて、祭主である三宅光雄師が教話に立ち、「病気療養中の教会長に代わって、祭主の御用を勤めさせていただいているが、この場にいる私(光雄師)ひとりではなく、先代教会長故三宅歳雄師の神霊、そして、療養中の三宅龍雄師の祈りが今ここに共にあること。このように、人は自分自身よりも自分のことを祈ってくださっている人があることを知らなければならないこと。ちょうど十年前の阪神淡路大震災の際に、先代教会長が身をもって示された“泉尾教会願”を今一度、頂き現さなければならいこと」等を述べて、教話を締めくくった。