6月21日、創
立七十一周年青年大会が開催された。元神戸製鋼ラグビー部主将で株式会社WRC代表取締役の大西一平氏が「戦闘集団における人間学」の講題で記念講演を行った。大西氏は、大工大高校明治大学神戸製鋼と、高校大学社会人のすべての段階で、全国制覇を経験したラグビー界のエリートである。神戸製鋼で7年連続「日本一」の偉業を達成した後、一部上場企業である同社を退職。わが国ラグビー界初の「プロコーチ宣言」を行い、ラグビーをより多くの人々に理解してもらい、プレー環境を整えるために、昨年、株式会社ワールドラグビーコネクション(WRC)を設立し、その代表取締役に就任
して活躍されている
只今ご紹介いただきました大西です。ほとんど今ご紹介いただきましたので、話すことがあまりないかなと思うくらいです。最近、こうやって人様の前でお話させていただく機会が多いのですが、最初に必ず、まず皆様にご質問させていただいていることにしていま まず、ラグビーというスポーツをご存知の方、失礼ですが手を挙げていただけますか? (ほとんどの人が挙手した会場を見渡して)たくさんおられますね。では、ラグビーの試合をテレビで視たことがあるという方、手を挙げていただきましょうか? (3分の2くらいが挙手)どうも有り難うございます。それでは、実際にラグビー場まで行って生なまで試合を観たことのある方は?(5分の1くらいの人が挙手)結構おられますね。じゃあ、実際にご自分でプレーをしたことがあるという方はおられますか?(3名程が挙手)あっ、おられますね。いや、どうも有り難うございます。
先日、知り合いから、ちょうど本日と同じように、「話をしてくれ」と頼まれまして、滋賀県のだいぶ山奥の方だったのですが、行きましたら、演台の前に20人くらいのおばあさんが座られておりまして、そこで30分ぐらい、いろいろ試行錯誤しながらお話させていただいたのですが、最後に一言、一番前のおばあさんがですね、「いつ落語を始めてくれるのか?」(会場笑い)と言われまして。「ラグビーと落語は"ら"しか一緒じぁないですか?」という話をした記憶があります。
*パキスタン航空での貴重な体験
それと最近、こういう講演会で、ちょっとおもしろかったのはですね。昔のビルマですね−今のミャンマーなんですけども−20人位のツアーで行きまして、そこで講演をさせていただく機会があったのですが、まぁミャンマーといいますと、本当にまだ未開発というか未開拓というか、本当に砂埃と裸電球というイメージが強い国だったんですけども、このミャンマーからの帰りにタイに寄るということで、1時間位の飛行なんですが、旅行代理店の手違いで、「飛行機が飛ばない」ということで現地で大慌てになりました。
幸い、2日間位余裕がありましたので、代理店ツーリストの人が一生懸命に別の飛行機フライトを探しまして、ようやく見つけてきた飛行機フライトが、先月、ハイジャックに遭いました。ましたパキスタン航空の飛行機でした。本来ならミャンマーには来ないことになっているのですが、たまたまチャータ便か何かで給油のために立ち寄るということで、多分、(ミャンマーへは来るのは)最初で最後だろうといわれましたが、あまりパキスタン航空なんて聞いたことがないし、飛行機も見たこともないようなデザインで緑と白なのですが、「これは危ないんと違うんかな?」と思いましたが、この便に乗らないと日本へ帰れないので乗ることにしました。
ちっちゃな航空会社ということで、国際線が2機しかないんですね。それで「整備なんかもちゃんとできてるのかな?」と心配しながら、給油で1時間半位、飛行場に停まるということで、本来なら全員飛行機から降りて空港ロビーで給油の時間を過ごすことになるのですが、気温が42度もあるんですが、実際、その飛行機にわれわれが乗るときに待合ロビーには20人位、つまりわれわれの団体しかいないんですね。で、搭乗する時に「これは飛行機ガラガラやな」と言いながら乗り込んで行きますと、飛行機の中はすでにほぼ満席になっておりまして、給油中の1時間半、パキスタンから乗ってきたお客さんが全員、42度という気温の中で(エンジンが止まっているので)エアコンの効いていない飛行機の中で待っていたということになります。
飛行機のチケットは普通15−Cとか28−Eとか数字とアルファベットが書いてあるものですが、ここのチケットには数字だけでそのアルファベットが書いていなくて、スチュワーデスに聞きますと、「その数字の列だったら何処に座ってもいいんですよ」ということで、われわれが今まで体験したことのないシステムでした。席を探してみますと、その列のどこも席が空いてないので、われわれのグループにはビジネスクラス、ファーストクラスの偉い方もいたのですが、そういう席も一つも空いていなくて、前から順番に皆様詰めておられまして、ヤーヤー言いながらスチュワーデスに「どうしたらええねん?」と聞きましたら、「空いてるところに座って下さい」ということで、とりあえず席を探していますと、飛行機が突然動き出しまして、結局、大慌てでみんな席を探したんですが、3人ほど席が見つからないいまま、椅子に掴まって立ったまま飛んだという、非常に珍しい出来事がありました。価値観の違いというか、よい勉強になりました。
それで、その飛行機は、どうみても払い下げの払い下げの払い下げという感じで、僕の席の肘掛けなんか椅子にのめり込んでいるんですね。で、ちょっと軽い食事が出るということで、スチュワーデスさんが食事を持ってきて下さったんですけども、どうしてもテーブルが座席の所から出ない。「肘掛けがめり込んでいて」という説明をしたら、軽食の乗ったトレーを僕に渡してくれて、何をするのかな? と思ったら、僕のトレーの中からナイフを一本抜きまして、バスッと肘掛けに突き刺して開けた(会場笑い)。それでまた、そのナイフを僕のトレーに返してくれた。まぁそういう荒っぽい飛行機でしてミシミシいいながらようやく最後の着陸態勢に入りまして、ちょうど陸が見えてきたころに、「背もたれやテーブルを元の位置に戻して下さい」というアナウンスがありました。そうしますと、お客さんの4、5人がおもむろにシートベルトをはずして立ち上がりだして、上の棚から荷物を出し始めて、で、そのまま荷物を持って、出口の方に並び始めました。5人位はそのまま扉の前に並んだまま、着陸したという非常に珍しい出来事があったんで、最初にちょっとお話させていただきました。
*ラグビーとの偶然の出会い
最近は、こうやって人前でお話をさせていただく機会が多くなってきたんですが、本来、僕自身は、プロのラグビーのコーチをやっております。ラグビーというスポーツは、「アマチュア主義」を頑なに守っておりまして、日本にプロの選手は一人もいないのですが、もちろん、プロのコーチもいなくて、私自身一人しか存在しておりません。という中で、非常に風当りがきつい中で、先程ご紹介いただいた株式会社WRC(ワールドラグビーコネクション)を去年の6月に設立しまして、日本ラグビー協会と別に対抗する訳ではないのですが、何とかこううまくやろうとさせていただいております。
僕自身がラグビーと出合いましたのは、中学の時です。大阪というのは非常にラグビーが盛んな土地でして、普通、東京とかでは、義務教育中のクラブ活動では(危険だということで)ラグビーが認められていないのですが、大阪の場合は、ラグビー部のある中学校が100校近くありまして、きちんとした大会も行われるということで、わりと熱心な土地にたまたま僕もいたということで、ラグビーと知り合うことができたのです。
最初は、子供の頃からずっと野球をやっていたんですけど、早朝6時から学校へ行くまで練習をさせられて、朝起きて直ぐ100球も200球もボールを投げさせられて、小さな成長期の頃というのは、関節なんかも非常に痛めやすいということでですね、僕もその犠牲者の1人で、関節を支える軟骨の一部が欠けまして、専門用語で「マウス」というらしいですが−まぁネズミですよね−関節の中を軟骨の破片がうろうろして、靱帯なんかを痛めたりするということで、俗に「野球肘」といったりするんですけれども、僕もその野球肘になって野球を断念せざるを得ないことになりました。まぁ休部していたんですが、そしたら、たまたまうちのクラスにラグビー部員が7、8人いて、そいつらと非常に仲が良かった。野球みたいにボールを何百球も投げることもないし、「ラグビーというのは、ボールを持って走るだけのスポーツだから1回やってみないか? ということで、ラグビーの世界に入りました。
中学の頃は、学校が終わってから部活動をせずに一度家に戻りますと、それからまた遊びに出るために親の許しを得るのがなかなか難しい時代でして、部活動をみんなで一緒にする時間が唯一の楽しみであった訳なんですけど、それでまぁラグビー部に入ったという訳です。
僕はラグビーのルールも何も知らなくて、ただ「みんなと同じ時間を過ごせる」ということで、遊び半分でスタートしたんですけれども、まぁそれが始めてみますと、練習を1日やりますと、「爽快感のあるスポーツだ」と実感いたしました。
野球というのは、比較的ジッとしている時間が長いですから、どちらかというと汗のかきかたがジワッと、何となくダラダラと気持ちの悪い汗がでる感じで……。ラグビーでは、初めから終わりまでグランド全面100メートル×70メートルの枠を走り回る、とにかく汗のかきかたが違うことでの爽快感を感じました。
ラグビーを始めて2日目のことですけれども、今の管理教育社会においては考えられないことですが、ラグビーについて全然何も知らないのに、監督さんが僕を試合に使ったのです。当然、ルールもよく知らないのに……。練習試合のハーフタイムに「大西、大西!」と呼ばれるのですが、大西という名は僕しかいないので、「ひょっとしたら僕かな。まさか試合中に呼ばれることもないしな」と思い、返事をせずにキョロキョロしていましたら、「大西おまえのことや」と監督さんに怒られまして、傍に行きますと、「後半一度試合に出てみろ」といわれ、「でも僕はルールを全然知りません」と答えましたところ、「ボールを前には投げてはいけない。ボールを持っていない人にタックルしてはいけない。この2つを知っていればラグビーはできるんや!」と言われまして、無我夢中でボールを追いかけた記憶があります。
試合が終わりまして、ラグビーというのはご存知のように体全体全身を使って、例えば、走ってくる敵に、人間に飛びかかってしまう。こんなことは日常生活の中ではほとんどないことで、当然、体には痛みが走るし、一生懸命走るわけですから息は切れる。汗はどんどん流れる。その頃のグラウンドというのは、特に大阪のグラウンドは粘土質ではなくて、川砂のような土のグラウンドが多くて、小石が転がっている。一回転こけますと擦り傷がガバーッとついてしまう。その中でボールを追っかけて、味方がボールを持ったら味方の選手を追いかけて、一生懸命倒れて、それで日頃絶対あり得ない「人間に飛びかかる」という行為をして、試合が終わると膝から下が血だらけで、そこら中打撲、ちょっと脳しんとうになったような感覚がある。汗がグワッと出て、本当に体全体を使ってひとつのことを成し遂げたような感覚が、肉体を伝わって脳に来るといいますが、非常に爽快感と満足感、今までの人生の中で得たことのないような感覚を得まして、試合後の何ともいえない感覚に感動してたんでしょうか、どうしてたのか自分でも判らないのですが、何となくボーっとしているところに監督さんが来まして
、「大西おまえは非常にセンスがある。おまえラグビーを一生懸命がんばってみろ。この道で大成するかも判らんぞ」という言葉を頂きました。
よくよく考えてみますと、僕はどこのポジションをやったのかも判らないし、たった1日の練習、1回の試合を見て、良い選手か悪い選手なんかなんて判断できないんですが、僕自身も満足感とか感動とかがある中で誉められた。今まで何かを一生懸命やって誉められるということがあまりなかった。勉強もろくにできない。野球も決して飛び抜けてうまい選手ではない。そういう中で自分が満足感のある時に誉められることのすごさ、昨年、引退するまでラグビーを続けてこれたのは、最初にスタートしたときに得た感覚に対し、監督から誉められたということがあったからこそ、20年近くもラグビーに取り組めたのではないかと思います。
今のコーチングの基本としましても「誉めるやり方」を採っていまして、悪い所を常に指摘して指導していくやり方は採らないで、良い部分、特に個性をしっかり出した自分が一生懸命そのものに対して取り組んだことに対する表現、良いところを特にピックアップしてあげて、できるだけその部分を強調して育てていくやり方を採っております。
*個性を育てる
それで今、「個性」という話になりましたので申しますと、最近のラグビーのチーム―またそれ以外の集団でも同様ですが―比較的個性の少ない子供をたくさん育てている所が非常に多いのではないかと自分自身思っております。
「個性」というのは、ラグビーの中では非常に重要なものでして、神戸製鋼ラグビー部のチーム作りの理念をお話ししたいと思います。例えば、何か一つの勝負を制するには、「人の和」というのが大切です。ラグビーは一チーム15名で試合をする訳ですが、チームを構成するベストな人数は45人といわれておりまして、1つのポジションに3人ずつで、大所帯のチーム構成になります。その中で、その「人の和」の考え方というのは、それぞれのチームによっても違うのですが、特に神戸製鋼の場合は、個性を重んじた「和」を考えておりました。
そのことについて、ある企業のトップの方と先日お話をさせていただく機会がありました。その方は70歳ぐらいの方ですが、非常に適切な表現をされていましたので、それを最近使わせていただいているのですが、その方いわく、「日本は『和』とか、チームに溶け込むというのを『角がとれて丸くなったね』と言われるが、それは、正三角形があれば、その三つの角を削ったら丸ができるやろ。これが日本式の『和』の考え方である。『チーム』というものがあれば、そのチームは、枠を最初から決定してしまって、いろんな個人の個性を削って、そこに合わせていこうとする」と言われまして、僕も「まさにその通りだなぁ」と思いました。
逆に、欧米諸国はそうじゃなくて、正三角形があれば、角―個性―をどんどん出していく、そして正三角形の外側に丸が出来る。日本の「和」は内接円型で欧米は外接円型の「和」であると、その方は表現されていたのです。
まぁこれは、精神的な部分、人間性の部分での「和」ということなのですが、神戸製鋼のラグビーチーム作りにも生かされておりまして、例えば、僕と一緒にコンビを組んでいた選手がいるのですが、その選手は非常に足が速い。僕のポジションはフォワードといいまして、ボールが50メートル先に移動すれば、その選手は誰よりも先にボールに触ることが出来るのです。当然、敵が散らばって少ないわけですから、抵抗も少ないので確実にボールを取ることができる。逆に、僕自身は速さでいえば、彼の半分とはいいませんが、飛び抜けた速さを持っていない。僕の場合のプレースタイルは強いプレーが出来る。お相撲さんまではいかないですけれど、非常にコンタクトプレー、すなわち人とぶつかることが強い。決してぶつかって倒されたり、負けることがないので、たくさん人数が集まった状況でもプレーが出来てしまう。
それで、僕は、その速い選手は武藤という選手なんですが、彼は走ることに関しては100点満点としたら120点ほどの力、ところがコンタクトプレー、人とぶつかる力に関しては60点くらいしか点が付かない選手なんです。逆に僕自身は、人とぶつかることに関しては120点くらい。ところが、スピードに関しては60点くらいなんですね。ただし、われわれは120点のところを両方が持っておりました。例えば、日本代表というチームを作る時に、10人の選考委員の人たちがひとつのポジションの選手を選ぶとしますと、10人の中で、それぞれが「速いのが好き」、「強いのが好き」などと、1人のポジションにいろいろ意見が挙がります。そうすると、10人が納得して、自分が妥協して、自分の好きな部分を殺しながら、他の人の部分も認めてしまうと、平均点が90点になってしまう。走るのが90点、ぶつかるのが90点。非常に平均点の高い安定した選手を選ぶことになってしまう。
ところが、実践の局面で、走るだけの中の勝負で、90点の人間は120点に人間に勝てない。人とぶつかり合う時もそうなんです。90点の人間は、絶対に120点の店主には勝てない。ただし、平均点が90点を上回る選手がいれば、いろんなポジションにいるのですが、各ポジションの選手は、逆にどこの選手よりも強い部分を持っている。
そういうわけで、われわれは、そのアベレージのチームを選ばずに、どちらかというと個性のチームを選んで、常に120点を充てることを選んだのです。つまり、速くボールに触る、もしくは持って走るポジションには足の速い選手。それで、いかにその選手が弱いところを持っていても、強い選手がいかにカバーするか。そのチームワークの中で120点を80分維持することを優先してチーム作りをしまして、当然、その局面、局面では破りきる力をうちのチームは持っておりまして、非常に策がはまったといいますか、その人間的な性格の部分、和の部分、調和の部分も含めて、個性を優先したチームであったんではないかと思います。
*モチベーションを揃える
チーム作りということで、今、ちょっとお話したんですけれども、最近、近畿大学のラグビーチームをコーチングしております。2年前からチームを見ておりまして、成績は、関西BリーグのトップであったりAリーグの最下位であったり、その境を行ったり来たりしているチームだったんですが、「なんとか関西で3位以内に入る(全国大学選手権に出場できる)チームにならないか」という相談がありまして、そのチームを引き受けたのですが、最初集まりますと、部員が70〜80名いまして、ラグビーのチームといいますのは、ただランとかパスとか技術的なことを教えたら良いのではなくて、最も重要なこと、これは神戸製鋼でもそうですひ、一般の仕事でもそうですが、集団で何かを行う時に最も重要なことですけれども……。
まぁ、簡単に説明しますと、80名の選手がいます。その中で試合に15名が出るのですが、敵がボールを持ってこちらに向かって走ってきますと、2人で同時にタックルをして、その相手を止めなければならない。非常に危ないなぁと思うし、非常に怖いなぁと思うようなことがあるのです。その2人の選手の内どちらか1人の選手が、「どうしてもこの試合に勝ちたい。絶対勝つんだ。ここでタックルにいったら、首の骨が折れるかもしれない。非常に怖いけれども、骨が折れても今日の試合は絶対勝つんだ」と思ってタックルするとします。そして、もう一方の選手が、今日の晩ご飯のことを考えてプレーしている。
同じ近畿大学のラグビー部の選手が、試合前に「一緒に死ぬ気でやりましょう。頑張りましょう。絶対、勝ちましょう」と、それぞれの選手が話し合ってゲームに臨んでいるにもかかわらず、実際、ゲームに出てしまうと、1つのプレーの中で、晩ご飯のことを考えている選手は「何でこんな危ないプレーの中をするのやろう」と思い、逆に、一生懸命プレーをしている選手からみると「何故、この選手はタックルをしないのだ」と思ってしまう。こうなると、全然、ゲームとしてラグビーとして成り立たない形になってしまう。これは日本語だけでなく英語でもそうなのですが、本当にひとつの言葉の解釈の幅というものはものすごく広くて、「今日は死ぬ気でやります」と言っても、その「死ぬ気」という意味がそれぞれによって全然違う訳なんですね。
で、最初にラグビーのチームにおいて、集団において一番大事なことと言いますと、やっぱりそのもの自体、その環境自体、そのスポーツ自体、例えばラグビーというものが、「いったい、自分の中の順番としてはどこにあるのだ?」ということです。自分の命であったり、その次、家族であったり、いろんな順番というものがありますよね。遊びがあったり、お付き合いがあったり、彼女がいたり、いろんなものがある。大事なもの、守らなければならないもの、たくさん順番があるんですけれども、「いったい、ラグビーというのは何番目だ」ということを考えることから入ります。近畿大学を指導し出した時、最初に、まず「近畿大学自体が、このラグビーチームをどうしたいか? グランドコンディションはどうなのか? その環境の中でどこまでの目標を持って、どこまでのものを目指せるものが一般的に準備されているかどうか?」それで、その中で学業とラグビーを両立させながら、どこまでラグビーというチームに強力することが出来るのかということを考えた訳です。
で、その中で常識的に狙える範囲、目指せる範囲、というのが決定してきまして、それを目指して集まるチームを結成しますと、そこに集まってる人たち、「自分たちの中でラグビーというのは一体何なんだ?」つまり、これをわれわれはアイデンティティーと呼ぶのですが、自分のラグビーっていうのは、自分でやろうとしているもの自体は、今の自分の価値観の中の一体何番目に当たるんだ? そういうものをそれぞれのプレーヤーと話します。それで話していくうちに、徐々にラグビーチームの目標というものが見えてきて、皆の中で決して無理がなく―「無理がなく」というのは「自分たちの力の範囲で出来るもの」という意味ではなくて、それを少し越えたところで、成長を常に促しながら狙えるような目標設定をして―それに対して、その中で1年間のスケジュールであったり、練習のプランであったりを見出していく。
当然、各自の中に「ラグビーというものがどういうものか」ということが決まってきますと、絶えずみんなが集まって、一緒に練習する必要というのがなくなってきます。
ラグビーってのは特にそうなのですが、実は一番大事なことというのは、個々の選手の中で、走ることであったり、怪我をしない体を作ることであったりといった、個人まかせというのがベースにあって、その上にそれを集めて、いろいろな戦術とかいうものをマネジメントして乗せていく訳ですから、そういう意味では、個人でトレーニングする時間というものは、ものすごい重要であって、個人の中のモチベーションというのでしょうか、自分の中の「やる意味」であったり「やる気持ち」であったり、そういうものを常に促すものがないとラグビーというチーム、ひとつの15人のチームは強くならない。
そういうことで、そういう環境整備に1年くらいかかりまして、近畿大学ラグビー部の骨格がようやくできて、「ラグビーというものがどんなものだ」ということを共通に、みんなで話ができるようになって、それぞれが同じ価値観でラグビーの話をし出しますと、今度はプレーの中に違ったものが生まれてきます。
つまり、「同じ目標と同じ価値観を持ってプレーをします」と言っても、先程、申し上げたような、晩ご飯のことを考えているやつ、死ぬ気でやっているやつ……。それもその「死ぬ気でやろうじゃないか!」と言って、その中で価値観が同じになってくる訳ですから、自分が「危ない!」と思っている場面の中に、自分の価値観を超えるような意志とか誠意をもって自分を助けてくれる。
*人間性が露(あら)わになる競技
ラグビーというスポーツは、ボールを後ろにしか投げられませんから、ボールを持った瞬間というのは、敵を前面にして自分1人(味方はすべて自分より後方)になってしまうんですね。つまり、いくらすごい選手“神戸製鋼では、最近よくテレビとかに出ている大八木さんという方がいまして、身長が192センチ、体重が110キログラム”本当は130キログラムぐらいあると思うのですが、まぁラグビーの選手は自分の体重を軽く言うくせがありまして、大きい人は軽く言う、小さい人は身長を高くいう傾向があります。
その大八木さんはすごく強い選手でありますが、例えば、お酒を飲みに行くとします。これはここだけの話しですが、大八木さんは非常にお酒が好きなんですね。ビールを3ケースくらい飲んで、その後、ウイスキーを3本飲んで、当然、酔っぱらいます。で、酔っぱらったら、今度はテーブルをひっくり返したりする時があるんですね。そうしますと、ラグビーのチームプレーとしては、絶対(ボールを持った)大八木さんをサポートしなければいけないのですが、瞬間的にその前の晩のことが頭の中をよぎったりすることがありまして……(会場笑い)。それで、例えば1秒、2秒サポートするのが遅れますと、いくら強い大きな良い選手であろうが、どんな人であろうが、3人対1人、4人対1人で戦っていますと、絶対に持っているボールは敵方に取られてしまうわけです。
ところが、例えば、堀越選手という165センチぐらいの選手がいるんですけれども、彼は非常に思いやりがあって、いつも一生懸命プレーして、常にコミュニケーションをとって、そういう「ものの迷い」を相手に持たせないような努力を常にする子でありまして、まぁそういう選手がボールを持ちますと、周りにいる人間は、ためらいなく彼をサポートしてしまうので、結局、3人とか4対1人で戦うシチュエーション(状況)というのがなくなってしまうんですね。結局、堀越選手が持っていたボールは、味方にちゃんと計画的に供給されたり、非常に安全な場所にボールを運ぶことができるんですけれども、結局、同じ価値観で同じ重みを持って、プレーをするということです。まぁ、今の例はちょっと別なんですけれども……。
プレーすることによって、実はラグビーというのは結局、どれだけ勇気を出すか。チームメイトと同じ価値観でそのものに対して、トライをしてそれで自分が危険な場面、きつい場面の中で頑張ったり、その中で勇気を振り絞ってプレーしていることをちゃんと認めてくれたり、評価してくれたり、勇気を越えるぐらいの勇気で、助けてくれたり、ひとつひとつのプレーの中に小さい感動をしながらプレーをするのがラグビーです。小さな感動がゲームの中に何回も数多くあるチームは、必ずいい試合をする。で、それぞれが必ず大きな感動(勝利)となって、返ってくる。
こういう指導を今もしているのですけれども、自分自身の実感でもあり、ラグビーというスポーツ自体の良さでもある。英国なんかでは、ラグビーは「紳士のスポーツ」と言われてまして、「紳士のスポーツ」というのは、なにも紳士的にスポーツをするというのでなくて、昔、英国の紳士たちが最も好んでしたプレーをしたスポーツという意味です。ひとつはラグビーの試合の後にアフターファンクションというのがありまして、試合が終わって、ひとつのクラブハウスに入って、敵と味方が一緒になって、お酒を飲みながら感動とか勇気みたいなことについて話をし合う。普段、名刺を出していろいろな外見をよく見させて、いろいろないい話しをして、自分をこうつくろって、ご挨拶をしたり、お話をするのですが、例えば、商談であったり、初めて会った人にいろいろな話をする。そこには、飾りがあったり、人間の本心本性がなかなか見えないのですが、ラグビーにはさっき言ったように、ひとつの目標とかひとつのチームの中でお互いが自分の全てを露さらけ出して、取り組まないとすぐにバレてしまうから、例えば、晩ご飯のことを考えているやつは、、絶対危険なプレーをしないわけだし、自分(大西)
がボールを持っても助けに来てくれるわけではない。こういう中で彼自身のそのことに対するひとつの目標に対する意志の強さであったり、勇気であったり、そういうものを逆に、ラグビーの中で分かり合ってしまう。ラグビーの中でその人間みたいなものを掘り起こしてしまうことに活用されていたと言われています。
英国の紳士たちは、ラグビーの試合をすることで、名刺交換であったり、いろんな前置きの話を省いて、その中で人間同士の心の中で、こう語り合って、ゲームの後に初めて、そのビジネスの話をしたと言われまして、人間として分かりやすい、非常にいろいろなものが表に出やすいスポーツではないかと思います。試合や練習に至るまでの過程、結局、人間同士の中で、普段からちゃんとコミュニケーションを取ったり、きちんとしておく。それがまずラグビーにおける最初の段階であって、ラグビーだけでなく何事にでも、例えば、会社の中でもそうですし、何かをするのに、必ず、必要なことだと思うのですが……。
神戸製鋼の場合、じゃ、そのためには自分らは何が必要か? ということで、「5つのC」でくくられる概念を提言しました。まず、コントロール。コントロールというのは、自分の中で自分自身をコントロールすることであったり、コントロールは日本語になっていますのでお分かりかと思うんですが……。次がコンビネーション。コンビネーションというのは、もちろん、チームメイトや周りの人達としっかりとコンビネーションを保つということが重要である。それに、頭の中と体とのコンビネーションをうまく保つということ。これも大事なことだと思います。あとはコンセントレーション、集中力です。もう一つは、コミュニケーション。しっかりと対話を常にするということ。最後にコンフィデンス、これは自信です。ちゃんと自信を持って、常にプレーをしなければいけない。これは「過信」であってはいけないんと思うんですが、常に自信を持ってプレーをしなければいけないということで、「5つのC」でくくる言葉を、自分の中にきちんと保つことがとても重要であると、われわれは提言しました。
*筋力を100パーセント出す方法
今、コンビネーションという言葉が出たのですが、体と頭のコンビネーションというのは、自分の内面的なとこもありまして、これは最近のスポーツ医学の専門用語ではサイバネティックスと言います。皆さんは、多分、頭の中で考えて体を動かしているという意識は少ないかと思うんですが、眼で見たり、音に反応したりするのも全て、人間の体というのは、脳から指令を出して動かしています。例えば、皆さん、グーを握っていただけますでしょうか? 思いきり力をガーッと入れて、握っていただくと判るんですが、実は、その握りこぶしを作るのに必要な筋肉というのは、そんなにたくさん無いのですね。ところが「思いきり力を入れて握りなさい」と言った途端に、う〜ん! と反対の手も握ったり、脚にも力が入っていたり、肩にも力が入っていたりする人がいます。
皆さんも最初は多分そうだと思うのですが、ところが、握りこぶしを作るだけの筋肉というのは一部分なんですね。どのスポーツにおいてもたいがいの場合はそうなんですが、肉離れや、走ってて脚の筋肉が切れたり、伸びたりすることがあります。それなんかも典型的で、例えば、脚をこういう風(註:動作をして)に上げますと、もちろん前の筋肉で脚を上げるわけですね。上げる力を100としたら、実は脚の裏側にも筋肉がありまして、その反対側の太股肉の引っ張るのをゼロの力にすると、前の100の力が最も効きやすいわけです。反対もそうなんですね。後の脚を送る(伸ばす)時は、太股の後ろ側の筋肉を使うわけですから、後ろの筋肉で100の力を出し切ろうと思うと、前側の筋肉の力がゼロでないといけないんです。そういう筋肉の使い方をきちんとできる選手はもちろん、足も速くなるし、スピードもドンドン増していきます。ところが、今、「グーを握りましょう」といって、全身でう〜ん! と力を入れた人は、「一生懸命走りなさい」と言ったら、脚の前の筋肉と後ろの筋肉と全部に力を入れるんですね。当然、前と後ろの脚の筋肉にグワーッと力を入れることになりますので、
弱い方がブチッときれてしまったり、負けてしまうわけです。そうやって、肉離れという現象が起きたり、いろんな怪我をしたりということになりまして、人間というのは、皆さんがお気付きではないかと思うんですが、まだまだ自分では気付かない動かし方とか、そういういろいろな動作というのがあります。
せっかくですから、ひとつ例を挙げますと、どなたか1人、前に出ていただけますでしょうか? どうぞ、女性の方で結構です。どうぞ。よろしくお願いします。(会場拍手)例えばですね、手の掌をこうして(註:動作を見せて)出して、ラグビーの場合ハンドオフと言うんですがね。敵が来た時に敵をバーンと突き飛ばす。日頃、皆さん、人を思いきり突き飛ばすということはないと思うんですが、そのハンドオフというプレーで、例えば、親指を上に向けて、敵をバーンと突き飛ばしますよね。そうしますと、敵はこの手が邪魔だから、上からバーンとはたき落とそうとするんです。当然、皆さんも手を伸ばしていただきますと判ると思いますが、親指側を上にあげますと、肘の関節が上に向きます。それを上側からバーンと叩き落とされますと、肘の関節が落ちます。それと同時に上から押さえられますから……。
ところが、たったこれだけのことなんですが、(註:登壇した女性の手を触って)申し訳ないです。男性の方の方が良かったですね。今、ようやく気付きましたが……。これを小指側を上に上げていただきます。今まで親指を上げていたものを、小指をこう上に上げますと、当然、肘の関節が下を向きます。すると、上から叩いても折れない状況になります。それと同時に皆さん、自分で肩を触っていただけたら判ると思うんですが、関節を外側から筋肉が上に覆い被さってきます。上から押さえた時に、前側か後側からかどっち側から押さえた時の方が楽ですか? 後ろの方が楽ですね。ということで、結局、上からかかってくる力に対して、それを上に支える力、外側に関節に巻いてきた筋肉がその力を生むわけですね。たったこれだけの動作で、例えば、こうやって支えなといけないものを、こうやって支えるだけで(註:動作を見せて)重いものを簡単に持てるわけです。
こういう関節の使い方を、皆さんはあまりご存知ないと思うのですが、それと同時に、当然、打撃打撲、ラグビーなんかですとぶつかるわけですよね。ぶつかる際に、関節に筋肉が全くない状況でぶつかるのと、関節に筋肉を外から、こう巻かせた状況でぶつかるのとではまるで違います。(註:動作を見せて)これは、例えば、腕を前にした時も同じです。親指を前にして、腕をこういう風に巻きます。そうしますと関節というのは、オープンになった状態なんですが、ところが、小指を前にします。さっき、上にかぶさってきた筋肉が、関節の外側から前にかぶってきます。つまり、こう力がかかってくることに対して、はねのける際には、親指を前にするのではなく、小指を前にした方が有利だということで、これは、満員電車とかバーゲンなんかでも使っていただけると思いますから、人を突き飛ばす時には、ぜひ小指を前にして……(会場笑い)。そういう売場などで、小指を前にしておられる方は強者(つわもの)ですから、皆さん注意された方がいいと思います。こういうちょっとした関節の上か下とか、手が前か後ろとかそういうことだけで、ものすごく力を出せたり、怪我を防げたり、無駄な力を
省いたりすることができるようになります。
*心と体は連動している
だから、最近よく話をするんですが、僕らは五感を全開にして、ラグビーを集中してやりますよね。すると、ボールしか見ていなくて、ゲームのことしか考えていないんですが、決して、自分で記憶しようとしている訳ではないのですが、風の香りを覚えていたりすることがあります。神戸製鋼のグランドというのは、六甲山・海・工場・民家、そういう中に囲まれていますから、当然、風の吹く季節、湿度、吹いている方向によって、全然香りや臭いが変わってくる訳です。
決して、そういうものを覚えようとして覚えている訳ではないのですが、ある時サッと風が吹くと、風の香り・湿度・臭いに独特のものがあって、その独特のもので今までやって来たゲームをバーンと思い出したりすることがある。80分間の試合を全部思い出して、その前にどんな練習をした、終わってからどんな練習をした、その後誰と何処へ飲みに行った。そんなことが一瞬の風の臭いだけで、1週間分くらいのいろんな記憶が蘇ったりすることがあるんです。
これは、他のスポーツ選手でも同じだそうです。Jリーグの選手に、今ワールドカップでフランスに行っている水沼という選手がいるんですが、その人もサッカーのグランドで同じ体験をしているというし、バドミントンの陣内キミ子という選手も、バドミントンの体育館で、普段、外の風が入らないのですが、人のいる臭いであったり、空調機の風の吹く方向・湿度、そういうもので、同じ様なことを思い出したりすると言っていました。僕ら自身もそうですが、本当にまだまだ人間の中には、自分らの知らない能力がドンドンと隠されている。
先ほど「ファイブC」と言いましたが、その中でコンセントレーション(集中力)とあるんですが、これも皆さん、今こうして座っておられますが、正座していますと、1つの痛点といいますか負荷がかかっています。かかっている場所によっては、座骨神経とかが強く圧迫されたりする。ただ座っているだけのことなんですが、座っているうちに、例えば、太い神経が通っているところですと、ストレスがかかってきて、肩がだんだんと痺れてきたり、だんだん眼がしょぼしょぼしてくることがあります。全部繋がっているからです。
人間というのは上から下まで、勿論、頭と体も別ではなくて、その1つの神経を圧迫することで、自分の頭の中では一生懸命考えているつもりなのですが、なんとなく集中しきれなくなったりします。そういう意味では、集中力を保とか、自分の頭の中で解決しないことが、これはまったく「体は心と別ではない」と、いつも考えるということが大事なことです。いろいろな悩みごとがあったら、とにかく体を動かしてみる。これも1つの方法であるし、これは最近いろいろなところで言われるようになりまして、ストレスとか悩みごとがあるとか、そういうものと体は繋がっていて、汗を流したり、スポーツをすること、運動をすることによって、解決されるということが科学的にも立証されてきています。
人生、例えば、80年間生きるとしますと、70万時間の中で、絶対的に必要な時間というのは35万時間。これは寝ること、食べること、トイレに行くこと等です。残った35万時間のうち、20歳から60歳まで40年間働きますと、1日8時間労働で1年間に250日働くと考えますと、生涯の総労働時間は、実は8万時間にしかならないのです。35万時間は必要時間。残りの35万時間から8万時間を引きますと、27万時間は自分の自由になる時間なのです。
1人の人間の人生でいえば、頭の中で、こういうもののコーディネイトを総体的に見据えた上で、具体的なひとつひとつのことに対処していく。常に頭が指示を出して体が動くと考えられていますが、その逆もある訳ですね。例えば、ラグビーのチームで勝つために、集まって一緒にトレーニングをしているのですが、自分自身がキツく(辛く)なって追い込まれてくると「仲間を助けなくていいや」とか「勝たなくていいや」と思ってしまうのです。目の前で仲間が痛い目に遭っているのに、体がキツくて、そこに辿(たど)り着けなくなる。「辿り着けなくていいや」と思ってしまう自分がいたりする訳です。
ところが、辿り着けたり、全然きつくないと思う体力があると、まったくそういうことを思わない。目標を失うこともないし、味方を裏切ることもないし、そういう意味では宗教的な修行か何かで、長時間座っていられる体力をどうやって鍛えたらいいのか僕には判らないのですが、いろいろな意味で頭と体は別ではないので、体の問題がある時は頭に問題がある。頭に問題がある時は体に問題があるかもしれない。まだまだ皆様方の中にも、それぞれの中で理解されていなかったり、気付いておられない点がたくさんあると思います。そういう意味では、少し体を動かしてみたり、もしその中でラグビーに触れることがあるようでしたら、僕がいろいろなチームを紹介します。是非、一声かけていただけましたら、今のありふれた生活が非常に楽しい生活に変わると思うのですが……。
*神様からのプレゼント
とにかく僕自身、神戸製鋼を経て、独立してプロのコーチをやっております。神戸製鋼は7年連続日本一になって、そのうちの3年間主将という役目を果たしてこれました。今、自分で独立した会社を創り、ラグビーに対して取り組んでいる訳です。
これを決めたひとつの出来事がありました。僕自身のラグビーに対するアイデンディティが確立された時だと思うのですが、キャプテンになった時、実は僕自身病気になってしまいました。完全に秘密にされて表に公表されなかったんですが、B型肝炎を患いました。B型肝炎というのは、その当時―まだ今から10年前なんですが、ウイルスが発見されてあまり間がない。もちろん、B型肝炎は昔からあった病気なんですが、B型ウイルスが検出されるようになってから間がない―得体が何か判らないようなイメージがあったのですが、うちのチームの選手が偶然に3人がB型肝炎になりまして入院しました。まさか、それが「死に至る」可能性のある病気だと僕も知らなくて……。
ほどなく、他の2人は治っていったのですが、僕の数値(CPT)は40以下に下らないんですね。「入院しなさい」と言われた時は500ぐらいあったんですが。そこでドンドン上がって6,400くらいでピークの時が来ました。普通なら劇症肝炎と呼ばれる状態で、そこから肝機能が止まって、死に至る……。ある日、ドクターに呼ばれまして「もう1回採決して数値が上がっていたら(いのちが)危ないよ。インターフェロンを投与したら、髪の毛も抜けるし、日常生活をすることは難しいと考えてほしい」と言われまして、(ドクターに呼ばれて)ナースセンターへはスキップで向かったのですが、病室へはトボトボと帰ってきました。
ドクターも雰囲気を盛り上げるためかもしれませんが、部屋の明かりを消しまして、ピーピーと止まったら死ぬやつ(心電図を取る機器)があるでしょう。あれも入れて、しみじみと話をされたので余計に印象的だったんでしょう。部屋に帰って僕は夢を見たんですね。忘れもしないです。
それは近所の市場だったんです。遊びに行きますと、お魚屋さんがありまして―そこのおばちゃんが知り合いなんですが―「どうも」と話をしていたら「魚が着いたよ」と言ってトラックからボロボロッと袋が落ちてきて、そのうちの袋一つが破れていたんです。そしたら、その中からだいぶ前に亡くなった魚屋のおじさんがいっぱい出てくるんです。「これ地獄の魚屋さんやんけ!」と言って、自転車で一生懸命こいで逃げたのですが、そのうち坂道を上がってくると、左側でお葬式をやっている家があるんです。右側が駐車場なんです。よく見ますと、右の駐車場は友達の車ばっかりなんですよ。「これは自分の葬式や!」と思って、またワァーと自転車をこいで坂道を上がっていきました。
最後にすごく綺麗な石畳のところに出て、その時に看護婦さんに起こされたんです。「採血ですよ」と言われましたが、僕は「ちょっと待ってくれ」と言って、今、見た夢の様子をすぐに絵に描いた後に採血をしてもらいました。昼頃、その検査結果が返ってきましたら「6,400の数値が5,800まで下がっていた」ということで、どこまでいやらしいのかなぁと思いながら、もう一度採血していただきますと、また、そこから300下がっている。そこから一気に数値が下がったということなんです。
それで、その後、神戸製鋼のラグビーチームが3年間優勝して、キャプテンという大役を仰せつかって、B型肝炎になったあと、「どうしたらいいのかな」と思った訳です。「1年間お酒を飲まないように」とオックスフォード大学の専門の教授に言われたのですが、どうやっていいか判らない。「スポーツをやったり、激しい運動をやってはいけないと言えない。ただ、やるからには自分の命をかけるつもりでやりなさい」という診断がオックスフォードから返ってきまして、「その大役と僕の人生の中で、こんなもの以外にもっと何かあるのだろうか? ラグビーを辞めることが僕にとって本当に大事なんだろうか?」といったようなことを、3カ月間入院している間中ずっと考えてて、それから復帰して徐々にウエイトトレーニング、リハビリをしながら、結局、退院して1カ月後に復帰しました。
やはり、それだけの決意と覚悟を持ってグランドに出て来たということを部員の皆は知っていますから、本当に僕自身カリスマ性はなかったのですが、僕がラグビーに対して、ひとつひとつ、考えて思って皆に言うことに対して、皆が素直に受け止めてくれる。そういう状況というか、僕自身のラグビーというものがどんなもので、ラグビーについて考えている時間、考えていること、自信を持って口から発したことに対して、皆がしっかりと反応してくれた。それによって3年間、ずっとキャプテンを続けることができたのではないかと思います。病気になったことが、神様からのプレゼント。僕自身は本当に良かったと思っております。
最近、友達でB型肝炎になった方が亡くなったり、「ちょうど10年目ぐらいが危ないよ」と言われたりするせいか、びびって採血ばかり行っているのですが(会場笑い)……。とはいえ、僕自身ラグビーに取り組んでまだまだ生きたいですし、一生、ラグビーと離れないつもりでいこうと思っています。一生懸命ラグビーのことを考えているつもりで「プロ宣言」した以上、誰よりもラグビーについて時間を割いているつもりですから、もし皆さん、ラグビーのことで何かありましたら―もちろん、それ以外のことでも何かありましたら―僕が参上させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。ちょっと話がしどろもどろで5分もオーバーしてしまいましたが、お許し願いたいと思います。有り難うございました。