6月16日、『御布教百年へ向け 助かり立ち行く道を進もう』をテーマに創立八十六周年記念青年大会が開催され、医療法人桜翠会 武井クリニック院長の武井雄一郎医師が、『住み慣れた地域で自分らしく安心して暮らすには』という講題で記念講演を行った。
本サイトでは、数回に分けて本講演の内容を紹介する。
武井雄一郎医師
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▼往診と在宅ケア
皆さんこんにちは。武井クリニックの武井雄一郎と申します。今日は『住み慣れた地域で自分らしく安心して暮らすには』という講題でお話をさせていただきます。最初はどういったことをお話ししたら良いか悩んだのですが、「青年大会」ということで、二十代の方が多いのかと思いましたが、比較的僕と年齢が近い方(三十代後半)も大勢居られるようですので、同年代の方にも楽しんでいただけるような話をするように頑張ります。
先ほどご紹介にありましたように、私は神奈川県小田原市の出身です。難攻不落と言われた小田原城には、最後まで豊臣秀吉も手を焼いたようですが、私も高校生ぐらいまではブラブラして親の手を焼かせていました…。医学部を出て最初に勤務したのが、静岡県の熱海市にある病院でした。年配の方には「熱海」といえば新婚旅行先として有名な観光地というイメージが浮かぶかもしれませんが、最近は海上花火大会が有名で、夏場は週に一度必ず行われます。12月にも3回やっていますが、今やこの花火を見物するために大勢の観光客が熱海を訪れています。熱海は別名「東洋のアマルフィ」と呼ばれています。アマルフィをご存知の方はいらっしゃいますか? これはイタリアのソレント半島の急峻な斜面の海岸べりに築かれた都市で、世界遺産にも登録されている一都市なんですが、熱海とよく似ていると言われています。
今日のお話は、内容を主に3つに分けて、現在、私が取り組んでいる課題を紹介させていただこうと思います。あまり具体的なことを話しますと時間もなくなってしまうので、追々話をさせてもらいます。最初に、往診と在宅ケアについてお話しいたします。遠い方は見えにくいと思いますが、このグラフ上の赤い線が、これまで病院で亡くなられた方のパーセンテージを表しています。反対に、青い線は在宅で亡くなられた方のパーセンテージを表しています。昔は自宅で亡くなられる方が多かったんですが、1976〜77年を境に両者の比率が逆転しました。亡くなられる場所は、基本的に病院か自宅ということですが、私が生まれた1977年に、病院で亡くなる方が自宅で亡くなる方を超えています。今でこそ、「人は病院で亡くなるもの」ということが当たり前のように感じられますが、私が生まれた頃(70年代後半)は、まだ転換期だったといえます。
諸外国と比較してみますと、日本では5人に1人は病院以外の場で亡くなっておられますが、残る5人中4人の方─実に全体の80%に及びます─が、病院のベッドで亡くなっておられる訳です。スウェーデンは医療・福祉が発展した国として有名ですが、実際は看護付きケア住宅(ナーシング・ホーム)日本で言えば老人ホームみたいな所で亡くなられる人が多い。今、私が取り組んでいる「在宅」とは何かと申しますと、病院と老人ホームのいずれでもなく、自宅に居ながらにして終末期医療を受けることができる医療体制作りです。当然、年を取れば誰でも病気になりますし、病気にならずとも歩いて買い物に行ったり、洗濯物を干したりすることが大変になってきます。それは仕方のないことなんですが、だからといって病院に行けば解決するかといえばそうでもなく、できるだけ病院の大部屋とかではなく、自宅で自分の好きなように、家族友人たちと過ごすことを望んでいる方も大勢居られます。私は猫が好きですから、年を取ったら少し腰が痛くても猫を膝の上に載せて日向ぼっこをしながら過ごせたらいいなと考えています。この年齢でそんな先のことを言うと叱られそうですが、自分がどんな風に老後を過ごしたいかを考えた時、そんなイメージが浮かびます。
在宅治療の場合、当然、医師や看護師が往診しますが、私も往診ばかりしているのではなく、普段は病院での診療が主な仕事になります。2000年の時点でのアンケートでは「もし自分が病気になったら病院で医療を受ける」と答えた方が非常に多いですね。近くに診療所は沢山ありますので、○○クリニックや○○医院に出向いて、点滴をしてもらったり風邪薬を出してもらったりするのが今は当たり前になっていますが、それがいつまで続くかという話です…。いくら近くに診療所があっても、長時間待たされることもありますし、お金のある人は病気になる前から病院で人間ドック等の保険がきかない検査を受けることができますが、必ずしもそれが良いとは限りません。在宅で、医師や看護師のほうが往診に来てくれるというのも、ひとつの医療のあり方ではないかと思います。
終末期医療といっても若い方にはなかなかピンとこないと思いますが、在宅で患者さんを診察していると、本当にいろいろな方がおられます。患者さんの中には「私はちゃんと大きな病院で治療したい」と希望される方も沢山おられますが、今私が力を入れているのは、主に自宅で往診を受けながら、家族や猫に囲まれて過ごす時間も大切にするという考えです。実際、そういう考えの方も増えてきています。昔はすぐ病院に連れて行き、カンフル剤とかを打っていたんですが、必ずしもそういった選択肢だけではなく、逆に「何もしないで自宅のベッドで家族に囲まれて手を握ってもらうだけでも良い」という考え方もあります。
当然、往診となるとお金の問題も発生します。往診の費用といいますと、診療費と薬代の他に出向く先によっては自転車だけではなく車もタクシーも使うケースもありますので、病院に行って外来を受けるよりは多少は値段が上がりますが、私はそれほど高くはないと思っています。高齢者の医療費は1割負担なんですが、所得の高い方は高齢者でも2割負担になる方もいらっしゃいますので、だいたい12,000円から18,000円ぐらいです。最初は皆さん費用のことを気にされるんですが、ちゃんと説明すればそれほど高くないかなと印象を持たれる方が多いですね。
また、治療費だけ比較すれば、往診よりも病院の外来を利用するほうが安いかもしれませんが、例えば、バスに乗って病院に行き、診察まで長時間待たされ、その合間にジュースを買ったりして、またバスで帰ってきたら半日が潰れてしまうことを考えれば、往診の場合、たとえば「金曜日の10時」と約束しておけば、待たされることなく約束の時間に診てもらえますし、家から診察を受けるためにわざわざ出かけなくて済む訳です。
また、病院へ行くといっても病状やその日の天候によってはタクシーを利用せざるを得ない時もあるでしょう。そう考えてみれば、往診もそれほど高くはないんじゃないかと私は思っています。「往診」といいますと、事前に約束した時だけ先生が出てくると思う方もおられるかもしれませんが、私どもの場合、月に2回は定期的に訪問させていただいて体温・血圧等を測る以外に、並行して24時間体制で対応しています。仮にご家族の方から「おじいちゃんが調子が悪いから来てください」と連絡を受けると、私が直接出向くか、担当の看護師に行ってもらうことになっています。
▼さまざまな機関と連携して地域医療を充実させる
次は地域医療機関との連携について話をさせていただきます。よくテレビでも「地域医療」という言葉が使われますが、この言葉を定義するのは非常に難しいです。私は往診に出ている日も多いですが、いざという時に入院ができないと困ります。中には24時間看護師さんが必要な方も居られますので、「在宅医療中心に」といっても、やはり地域医療機関との連携は欠かせないものです。退院して自宅に戻って来られれば、また往診に行くなりいろいろと方法はあります。また、医者が毎回往診するのは体力的にも無理があるので、ある程度の情報提供を行い、訪問看護ステーションと連携して看護師さんでカバーできるケースは看護師さんにお願いしたりすることもあります。その他にも、介護保険を利用してケアマネージャーの方や行政(地域包括支援センター)との多種多様な連携を行い、針治療やマッサージといった東洋医学も含めて、寝たきりにしないための連携が重要になります。
これらの方法は、個々の患者さんによって要望も違ってきます。いわば「100人いれば百通りの方法がある」ので、長い話し合いをする訳ではないですが、家族や本人からこういった要望を聞き取り、オーダーメイドのサービスを提供していく…。これは病院だけではできませんし、クリニックだけでもできません。病院はどうしても看護師さんがマニュアル通りに行ってしまいがちです。そう考えますと、様々な機関と連携して地域医療を支えてゆけば、必ずしも病院に入院しなくとも、しっかりとした医療を提供したり、病気を治さずとも自宅で終末期医療を受けながら充実した生活を送ることができるものと私は思っております。
最初にも申しましたように、病院で亡くなる人のほうがはるかに多いのですが、医療者側の問題や政府の財政の問題も考えると、できれば在宅で医療を受けてもらいたいという願いはあります。実際、国はそういう方針で動いています。おそらく、5年先には「病院」より「在宅」という言葉が当たり前になっていると思います。病院単独ではできることに限りがあります。たしかに、大きな病院はなんでも揃っていますが、長い待ち時間やベッド数の制限の問題が出てくるので、必ずしも大きな病院で全部カバーできる訳ではない。だから地域医療が大切なんです。
私は現在まだ35歳ですが、あと20年も経てば老後のこともいろいろ考え始めるだろうと思います。そういった時に、医者や看護師、ケアマネージャーたちが頑張るだけでは不十分で、周りの方々の協力や連携が不可欠になってまいります。患者さんを良くしようと思うと、僕1人が頑張ってもどうにもなりません。多種の看護師・理学療法士等の協力を得て、1人の患者さんを改善に導く方向に持っていくことが重要ではないかと思います。細かい知識や技術はわれわれ医療従事者が行いますので、患者さんやご家族の方々には、まず興味を持ってもらうことが大切です。例えば、どういったシステムで地域医療が動いているのか、われわれ医療従事者がどういった考えで患者さんに接しているのか知っていただきたい。もし可能であれば、できる範囲で参加したり、法制度のことも理解していただきたい。
そして、生きていく中で何か趣味を持っていただきたい。僕自身は祖父の影響で将棋を始めましたが、中学・高校と競技として取り組み、競技以外でも将棋道場に通ったりしていました。ですから皆さんも何でもいいから趣味をひとつ持ってもらいたい。将棋を例に挙げましたが、ラッキーなことに、この遊びはあまりお金がかかりません。将棋道場に行けば1日1,000円ぐらいで時間を潰せますし、道具も、盤と駒があれば他は何も要りません。昔は付き合いでゴルフもやりましたが、あれは道具を揃えるだけでずいぶんお金がかかりました。結局、ゴルフは付き合い程度で終わってしまい、今は将棋一本でやっています。もちろん、将棋に限らずなんでもいいです。お花でも茶道でもヨガでも何でもいいです。ひとつ打ち込める物があるといいですね。
▼介護保険制度について
最後に介護保険の話になりますが、今後ますます高齢化社会になることを考えますと、誰もが切っても切れない話と言えます。皆さんも、「私はまだ若いからあまり関係ない」と思わずに、「隣近所の方が介護が必要になった時はどうしよう?」といった風に、ちょっと知識を持っておいてもらえれば、いざという時に力になりますので、今日はお話をさせていただこうと思います。
この写真は、私が東京で学生をしている時に勉強させていただいた江戸川区の施設ですが、凄くきれいで「いったいどのぐらいお金がかかってるんだろう」とビックリしたのを覚えています。「介護保険」とは何かといいますと、老後の安心を皆で支える制度です。ですので、医療保険と介護保険は違うものです。2000年から介護保険の制度が始まりましたが、ちょうどその当時、日本の総人口における65歳以上の高齢者の割合が、15歳以下の子供の割合と逆転した頃でした。社会の高齢化が進みますと、誰もが必ず病院で診てもらう訳にいきませんし、たとえ「病気」が治って退院したとしても、家に帰った後に1人で生活できない場合、どうやって生活を支えていけばいいかということを考え、介護保険という制度ができました。40歳以上の方は必ず加入しますが、これは介護が必要な時に利用する社会保証制度です。
65歳以上が第1号保険者、よく「定年は60歳で年金は65歳から」と言われていますが、年金以外に第1号保険者と言いまして、膝が悪くなったり、腰が痛くなりますと、介護を受けることが可能になります。市町村に申請しますと認定調査が行われ、介護を受けることができます。第2号保険者というのもありますが、これは40歳から64歳までの方で、特定疾病を持っている方です。この方も介護保険を利用することができます。例えば、パーキンソン病や脳血管疾患など特別な病気に罹りますと、若くても介護保険を利用できます。介護保険の財政はどうなっているかと申しますと、皆さん40歳以上になると必ず皆が保険料を納めることになっています。介護保険における要介護度認定は、僕が学生だったころは5段階だったんですが、現在は11段階に細分化されており、所得に応じて介護保険料は徴収されます。一番所得の高い方だと、月に1万円以上徴収されています。
実際に介護保険を使うとなれば、まず区役所に申請します。必ず介護保険の窓口がありますので、そちらへ出向いて「介護保険の申請をお願いします」と伝えてください。本人以外の家族や代理人の方でも構いません。申請に必要なものは、申請書類と被保険者証です。65歳の方には必ず届きますから、案内に従って申請しますと、区の調査担当の者が家に訪問調査に来ます(入院中の場合は病院に来ます)。そして─これは私の仕事でもあるんですが─、『主治医意見書』と言う書類を作成し、その後、審査会があって認定結果が出ます。その際、決定される介護度(要支援1から7段階)によって、月にどれくらい介護を受けることができるかが決められます。これは申請してから約1カ月以内に届きます。それから、本人の必要とするサービスを、ケアマネージャーと相談しながらケアプランを一緒に作成し、ヘルパーを利用したり、デイサービスを利用したりして、その人にとって一番望ましいサービスを考えてくれます。ヘルパーさんやデイサービスの利用料は原則1割負担となっていますが、ケアマネージャーは利用者毎にどのようなサービスがこの人にあっているのかを一緒に考えてくれます。
ですから、100人いれば百通りのサービスがある訳です。特に費用は掛かりません。まずはヘルパーさんが食事を作ってくれたり、掃除をしてくれたりします。また、1人で入浴が無理な方には訪問入浴、疾患がある方は訪問看護等を利用できます。皆さんが集まってレクリエーションを行うデイサービスもありますし、家族に休息を取ってもらうためにショートステイ等も利用できます。その他にも「住宅改修」といいまして、自宅に手摺りを取り付けたり、段差を解消したり、介護度によりますが車椅子やベッドを借りたりすることもできますので、是非ケアマネージャーの方とよく相談してください。ただし、介護度によって利用できるサービスの範囲が限られる点だけはご注意ください。
最後に私のクリニックを紹介させて下さい。外来は毎日行っていますが、土日祝日がお休みです。場所は地下鉄都島駅から早い人だと歩いて5分ぐらいですが、ゆっくり歩く方でも10分ぐらいで着きます。市内はこのクリニックを拠点に回り、市外は週1回ですが東大阪の施設などを回っています。ご清聴、有難うございました。
(文責編集部)