6月19日、『一心信心 とも祈り』をテーマに、創立89周年記念青年大会が開催され、自転車冒険家で小学校講師の西川昌徳氏が、『ザ・ジャーニー・オブ・ライフ―旅すること、生きること―』という講題で記念講演を行った。本サイトでは、数回に分けて本講演の内容を紹介する。
西川 昌徳氏
|
▼電車に乗って来る自転車冒険家
皆様、こんにちは。自転車冒険家の西川正憲と申します。本日はこんな貴重な機会にお呼びいただき有り難うございます。今日は皆様に私のこれまでの経験をお話ししようと思いますが、僕自身まだ33歳ですので、皆様のほうがよっぽど人生経験を積まれていると思います。ですので、むしろ私のほうが皆様に教えていただきたいくらいなんです。私は、普通の人とちょっと違った生き方をさせていただいてますが、私が皆様に教えられることなどひとつもありません。ただ、私はこの場で自分がいのちをかけて自分の体を使って世界中を旅してきて感じたこと。自分なりに心の中に凄く響いたことをお話しさせてもらい、その中でもひとつでも良いから、今日何か持ち帰っていただけるよう、自分なりに一生懸命お話しさせていただきますので、どうか最後までよろしくお願い申し上げます。
本日、前方にスライドをご用意しています。僕の話に合わせてスライドがドンドン映っていきますので、交互に紙芝居のように見ていただきながら、話を聞いていただければと思います。今日、本当はこちらの教会に自転車を持って来たかったんですが、入口の受付の所にご挨拶に伺ったところ、受付の方がこう仰いました。「西川さん、大雨の中ご苦労様です。駐輪場判りましたか?(会場笑い)」実は私、昨日は群馬県に居たため、今日は電車に乗って大正駅まで来まして、こちらの教会まで歩いてきたんです。
僕は今、自転車冒険家として1年の半分は外国に居て、残りの半分は日本に居ますが、日本に居る間は何をしているのかと申しますと、別に家でゴロゴロしている訳ではございません。普段から、小学校、中学校、高校といった学校関係をたくさん回って、講演活動や出前授業をやっています。昨日と一昨日は群馬県の小学校。その前日は福島県の小学校で、それぞれ授業をしてきました。できることならその間も自転車で行ったり来たりしたいんですが、そこまで自転車で走ってしまうと、到着した頃にはもう僕の出番が終わってしまっているので、今日は電車で来させていただきました。
西川昌徳氏の熱弁に熱心に耳を傾ける青年会員たち
では、本題に入っていこうと思います。最初にちょっと真面目な話をさせていただこうと思います。昨年の10月に、世界でも有名なオックスフォード大学の研究者が、あることを発表されて、それが大きなニュースとなりました。それは何かと申しますと、こちらです。「今後、10年間から20年間の間に、現在の社会にある仕事の半分は無くなってしまうだろう」という衝撃的な予測が報告されたんです。もう少し具体的に申しますと、現在人間がやっている仕事の半分ぐらいが機械に置き換わってしまうんです。それぐらい文明が発達していて、今でもロボットが工場で動いているのをご存じだと思います。自動車もそのうち、自動運転に切り替えられると言われてます。そういった技術の発達により、今まで人が担ってきた仕事をロボットが代わりに担うようになってくるんですね。僕が普段関わってる学校の子供たちは、私たちが想像もつかないくらいすっかり変わってしまった将来を生きることになるんです。「僕たちには予想もつかない世界を生きていかないといけない子供たちに、今、伝えられることは何だろう?」と考えて、僕は今こういった活動をさせていただいてます。
これからの社会や人にとって大事なものって何だろう…? 僕は世界中を周る中でいろんなものを見て、体験して、人と出会う中で得た気づきを人に伝えたいといつも思っています。私の職業として、「自転車冒険家、世界を走る学校の先生」と出ていますように、こう見えて、実は私は小学校の非常勤教師として、現在全国四地域の学校で授業を担当させていただいています。北から順に、福島県、東京都、奈良県、徳島県、この4つの地域で定期的に授業を担当させていただいています。この小学校での授業に加えて、今日のような講演形式で、日本に居る間もあっちこっち行ったり来たりして、旅のような生活をさせてもらっています。学校に呼んでいただく講演では、最近は、その学校の先生から「こう言うことを伝えてください」と言われます。ひとつ目は、よく聞く言葉ですね…。「夢」や「チャレンジ」。これから社会に出ていく子供たちに、大きな夢やチャレンジ精神を持って育ってほしい。そういう学校で先生方が伝えたいメッセージを私に託してただき、お話しします。
次に、「キャリア教育」。この言葉は何かと申しますと、子供たちが将来について考えるきっかけをもらえるような話をしてくださいと言っていただくこともあります。それから「グローバル教育」。世界にはいろんな文化や考え方があり、さまざまな人が生きています。今の子供たちは物知りで、僕が講演会に行くと、すぐにこうやって手を挙げて「西川さん、僕それ知ってます」と言います。「どうして知ってるの?」と尋ねると、「『世界の果てまでイッテQ!』で見たことがあります」といった答えが返ってきます。
私は「じゃあ、それについて教えてくれないか?」と子供たちに尋ねると、「知っているだけで、よく分かんない…」と言うので、僕は「僕は皆が情報としていろんなことを知っていることは知っているよ。ただ、いろんなことを知っているけれど、そのことについて深く考えたり、人に説明するぐらいはまだ知らないんだね。じゃあ、実際に世界で生きてる人のことを考えたことはある? 会ったことはある? 実際に行ってみないと分からないことってたくさんあるよ」と続けます。子供たちは学校に行って勉強をするのがお仕事です。学校から飛び出して、パスポートを持って飛行機に乗って、外国にピューッ飛んでいく訳にはいきません。僕の行った国の中には貧しい国もあります。宗教的にいろんな考え方の方が生きてる国もあります。そんないろんな環境で生きている人たちに出会ってきた体験を通して、実感の伴った実際のリアルな世界というものを子供たちに伝えたくて、学校での講演をやっています。
▼自転車冒険家ってどんな仕事?
学校に講演に行きますと、僕がいつも苦労することがございます。それは何かというと、子どもたちとの関係性づくりなんです。今の子供たちは、なかなか難しいです。普段から会っている先生方や親御さんだったら、もうお互い信頼関係ができてるからフンフンと聞いているんですが、相手が全然知らない人になった瞬間、「これ誰? この人なに言ってんの?」という感じになっちゃうんです。それはなぜかと申しますと、そこへ来た人の視点が、彼らが日頃考えたり見たりしてることと全然違っていたら、なかなか考えていることが伝わらないし、子供たちの言ってくれることも分かりません。講演の場合、子供たちとは1回きりしか会えませんから、まず子供たちとの関係性づくりをして、それから自分の思う話をするようにしています。
関係性づくりといっても難しく考える必要はありません。子供たちに「なんでも聞いてごらん。思うことあるでしょう? 『自転車冒険家』と聞いて何を浮かべる? 何をしている人だと思う?」と質問を投げかけたら、子供たちがたくさん手を挙げてくれます。今日は、子供たちの質問トップ・スリーを皆さんに紹介しようと思い、準備してきました。第3位は「今まで旅をしていて、一番楽しかったことや苦しかったことは何ですか?」僕はこれまでの10年間に、自転車で26カ国を旅してきました。楽しかったことや苦しかったこと…。子供たちも気になるみたいですね。そして、毎日テントで寝ていると話したところ、出てきた同率3位の質問が「お風呂に毎日入ってますか?」でした。こういうことが気になっちゃうみたいですね。
こんなやり取りを繰り返すうちに、子供たちは「この人はこんな人」とイメージを膨らませていきます。だんだん打ち解けてくると、出てくる質問の第2位はこちらです「彼女はいますか?」小学校高学年や中学校になると、勉強や将来の夢もそうなんですけれど、誰かのことが気になっったり、好きな子ができたりするみたいなんです。打ち解けてくると、そんな自分に当てはめて考えるんですね。「西川さんは1年の半分外国に居ると聞いたけれど、彼女がいたらどうするんだろう? いや、1年の半分も居ないんだったら、彼女なんてできないだろうな…」といった調子で質問してくれます。実は、こういった質問よりたくさんなされる質問があります。
その質問数第1位は何かといいますと、ビックリしますよ。「自転車冒険家って趣味なんですか?」(会場笑い)。子供たちは今まで職業欄というものを見ながら自分が将来就きたい仕事を考えてきた訳です。そういう中で、僕は彼らが人生で初めて出会った「自転車冒険家」という人なんですね。その僕に対して、子供たちは「西川さん、自転車冒険家を趣味でされてるのは分かるんですが、どうやってご飯を食べているんですか?」と聞かれるんです。なので「じゃあ、今日は皆に仕事の話をしようか…」といって、自分の話をするんです。そんな出前事業をいろんなところでやっているんですが、今日は皆さんにもその授業の感覚を少し味わっていただきながら、話を進めようと思います。
小学校の授業では「目当て」というものが出てきます。例えばこれは何でしょうか? これはジグソーパズルですね。ジグソーパズルなんですけれど、真っ白です。子供たちに「この意味を考えてごらん」と言いながら、僕は授業をなぞなぞのように始めます。今日は皆さんにもご協力いただいて、手を挙げる形で、ちょっと答えていただきたいので、ご協力よろしくお願いします。
▼地球の大きさを実感してもらう
さて、日本地図が出てきました。日本列島の長さは、だいたい何キロメートルぐらいだと思いますか? 三択問題です。1番、1,000キロ。2番、3,000キロ。3番、1万キロ…。まず、1番だと思われる方はどのぐらい居られますか? 居られないですね。では2番だと思われる方は? 半分ぐらいでしょうか…。3番だと思われる方は? こちらは2番より少し少ないですね。有り難うございます。答えは2番です。日本を北海道から沖縄まで斜めに測ると、約3,000キロあるんです。こんな風に、僕は子供たちと世界を考える前に世界の大きさを考える授業をやっています。では、次はもう少しスケールを大きくして地球の場合を考えてみましょう。地球の直径は約何キロメートルでしょうか? こちらも三択問題です。1番、5,300キロ。2番、1万3,000キロ。3番、4万キロ。1番だと思われる方は? いらっしゃらないですね。2番だと思われる方は? 少し居られますね…。3番だと思われる方は? 3番が一番多いですね。でも、正解は2番。地球の直径を測った場合、約1万3,000キロあります。今度は目の前の地球儀の赤道に注目してみましょう。この赤道に沿って地球を1周グルリと測ってみた場合、地球の外周はだいたい何キロメートルでしょうか? 1番、4万キロ。2番、8万キロ。3番、10万キロです。1番だと思われる方は? 2番は…? 3番は…? 実は、僕はよく子供たちにこれを引っかけ問題として出しています。実は地球1周の距離が4万キロなんです。こんな風に、頭の体操をしながら授業を進めていきます。
では、次は問題の出し方を少し変えます。これからある数字が皆さんの前に出てきますが、これはいったい何を表す数字でしょうか? 67,600キロ…。ちょっと中途半端な数字ですが、これは何を表す数字でしょうか? 1番、地球から月までの距離。2番、私がこれまで10年間自転車で走った世界の距離。3番、私の足の長さ。1番だと思う方? 2番だと思う方? 3番だと思う方…。これはさすがにいらっしゃらないですね。これは私がこれまでの10年間に走った距離ですが、実は、地球1周分よりも長いんです。今、スクリーンに映っていますが、この自転車とそこに付いている荷物だけで、僕は外国で生活しています。あれは僕の家財道具一式です。そうやって回ってきた世界を線を引いて地図上に落とすと、10年掛けてまだこれだけなんです。世界は自分の想像以上に大きいです。僕は今月の26日から、また関空から飛行機に乗って世界に飛び立ちます。次の行き先はカナダのトロントという街から出発して、東海岸沿いにアメリカとの国境を抜けて、そこからさらにメキシコ、グアテマラ、コスタリカと中南米を旅して半年後に再び日本へ帰ってこようと思っています。
(スライド画面を見せながら)これまでに、こんなところを旅してきました。これは東南アジアのカンボジアという国を走っているところですが、世界にはまだこのように道路が舗装されていない国がたくさんあります。僕はこれまで、このような日本とは比べものにならない厳しい自然環境の下でも旅をしてきました。次の写真ですが、とても暑そうですよね。この写真を撮っている時点で、気温は50℃近くありました。当然、クーラーも扇風機もありません。そんな環境下で私は自転車で1日約100キロ走る旅をしました。
こちらの写真は、タイヤを持って困った顔をしていますが、自転車で世界中を旅していると、厳しい自然環境だけではなく、自転車そのもののトラブルもたくさん発生します。パンクしても、チェーンが切れても、その場で修理します。つまり、外国で1人旅をするということは、自分で何でもできないと先へ進めない訳です。この写真は、私がある場所で測った結果、腕時計に「5,360」という数字が出ているのですが、これはヒマラヤ山脈での標高です。実は、私は自転車でヒマラヤ山脈を越えたことがあります。中国のチベット自治区からヒマラヤ山脈を越えて、ネパールへ行ったのですが、そこにある峠が5,360メートルで、富士山より1,500メートル以上高いところを自転車を漕ぎながら越えたんです。標高5,000メートルを越えると、空気も相当薄いです。平地ならば平気なんですが、空気が地上の半分となると本当に大変です。ハアハア言いながらひたすら走って、高山病と闘いながら、ヒマラヤ山脈を越えていくんです。その時の僕はこんな風にすっかり日焼けして、まるで現地人のようでした。
(次の写真を見せながら)また、何処か大自然の中を自転車で走っています。横に雪山が見えると思いますが、ブルックス山脈と呼ばれる雪山で、この山を越えると北極圏が広がっています。北極圏は聞いたことはあるけれど、実際に行ったことはない。いったいそこにはどんな景色が広がっているのかを見たくて行ってきました。けれども、北極圏には何もなかったです。北極海まで800キロ、人っ子一人住んでいません。そこを僕は10日間かけて、自分の鞄に入っている食糧と体力だけを信じて走って行きましたが、この時はさすがに大変でした。「もう引き返そうか」と思ったことも何度もありましたが、それも経験ですね。
これは冬のカナダを越えた時の写真です。この時は針がついたスパイクタイヤを装備して氷の上をガリガリ言わせながら、ひとつの町から次の町まで2週間かけて行きました。その間、すべて凍っています。気温を測ってみると−25℃。指先がちぎれるんじゃないかと思うほどの寒さです。けれども人間の身体って凄いですね。こういう環境下でも生きようと頑張ってくれるんです。「身体にも感謝せなあかんな」とつくづく思います。夜、テントを張って朝目覚めると、こういう感じで雪に埋もれています。こういう時の朝一番の仕事は、ガソリンを燃やして鍋を熱して、周りの雪を掻き集めて放り込んで溶かします。そうして初めて水が手に入ります。
▼体験を通じて学ぶこと
こういったことは、私が特別な人間だからできる訳ではないんです。そこへ行った瞬間は、私にとってもすべてが初めての経験です。もし、私がそこへ行って「こんなことやったことないから無理だ。こんなやり方、習ったことないよ」と、何もしなかったらどうなるでしょうか? おそらく、あっという間に死んでしまうのではないでしょうか。こういう環境に直面しても「やるしかねえぞ。何とかしよう!」と、その場その場でベストを尽くしてきたからこそ、いろんな経験をさせてもらうことができたと思います。そして身に付くのが「考えて動いてみる力」です。まさに、普段子供たちが小学校で教わっていることのひとつなんです。「言われたことをただやるだけじゃ駄目だよ。やったことないことや体験したことがないことに直面した時に、それでも考えてやってみることが、きっと君たちにとって大事な力へ変わっていくんだよ」ということを、僕は自分の体験を通して子供たちに伝えたいと思っています。考えて動く力が身に付けば、社会の中で何が問題なのかを自分で発見し、どうすれば良いかをいろいろ考えることができるようになっていくのではないでしょうか。
もうひとつは生み出す力です。最初にお話ししたように、これからの社会は、人に求められる仕事の需要が変わっていくように、世の中はどんどん変わっていきます。しかし、そんな新しいものを生み出しているのも「人」です。だから、僕は子供たちに「自分で考えてみたアイディアや思いを何とかして形にしてごらん。それがきっと新しいものに繋がるからね」、「例えば算数で、解いたことがない問題が出てきた時、『習ったことがないから無理』と言わないで。これまでに習ったことで何か役立つことはないか考えてみてやってみるって面白いよ。その先にある発見って凄く大きいよ」と、いつも話しています。僕は冒険を通して考えて動くことを学びましたが、これは学校で学ぶ子供たちにとっても非常に大切な考えではないかと思います。
この写真は、僕が寒いところで苦労して手に入れた、自然からのご褒美です。毎日毎日−25℃で、テントの中で「早く朝が来ないかな」と震えていました。夜中に目を覚まして見上げても、外灯がひとつもない真っ暗闇ですから、ただテントの真っ黒な布が視界に入るだけなんですが、ある時目を開けると、テントの天井がぼんやり明るいんです。何が起こっているのかと外へ出てみると、このオーロラが空一面に広がっていたんです。頑張ってみるって良いもんです。理屈抜きに美しいものを手に入れた時って、気が付いたら涙がボロボロ流れています。この時気が付いたのですが、−25℃でも涙は肌の上を伝っているので、目から溢れた涙はその瞬間は凍らないんです。「身体って温かいんだな」と、この時またひとつ学びました。
▼人との出会いが大切
体験を通じて学ぶことは、僕は凄く心の奥深くに届いていくように思います。だからこそ、学校という場で僕自身が体験したことを伝えたいと考えています。世界を旅する。「そんな所に俺は行きたくないな」と思われる方も居られるかもしれません。けれども、旅していると、もうひとつ楽しいことがあります。それは何かというと、現地の人との出会いです。外国の治安は悪いかもしれない。言葉が通じないかもしれない。日本で考えている常識とその国の常識が違うかもしれない。そう思って「外国って怖い所でしょう?」と尋ねる子供もいます。実は、僕が最初に行ったのは、大阪港からフェリーに乗って2日かけて行った中国の上海ですが、これはそのままその時の僕に当てはまります。僕は、実際に外国に行くまでは、テレビや新聞、インターネットを通じて外国のことを調べていました。中国を調べると、何やら事件のニュースが一杯出てきます。昔、日本と戦争でいろいろあったと出てきます。不安でした。中国へ一人っきりで行ったらどうなるんだろう…。
怖かった僕は、自分の身を守るために、ある方法を思い付きました。それは、向こうの人と出会わないように、毎日俯(うつむ)いて自転車で走ることにしたんです。けれども、この格好で荷物をたくさん積んだ自転車で走っていると、目立つんですよ。ある時、村を通り過ぎる時に2人おじさんが居て、こっちのほうをじっと見ていました。「怖いなあ。声をかけられたらどうしよう…」と、俯いて通り過ぎた瞬間、その人たちが僕を見て指さして何か叫んでいます。僕は怖くて、おじさんたちが何か怒っていると思いました。そんな場面に遭遇したら、皆さんならどうされますか? 僕は2つの考えが頭に浮かびました。ひとつ目は「頑張って逃げ切る」。2つ目は「何か理由は判らないけれど、おじさんたちが凄く怒っているから、謝りに行こう」でした。根性のない僕は、2つ目の「謝りに行く」を選びました。「ごめんなさい、何か悪いことをしましたか?」と言ってみると、おじさんの様子が僕の想像と違います。怒っているはずのおじさんが、僕にスイカを差し出してくれました。それでも訝(いぶか)しげに見る僕を「お前、全然解ってないな」と言わんばかりの顔つきで、おもむろにスイカを切り分け始めました。そして、一口サイズに切り分けたスイカを僕に差し出し食べるように勧めてくれます。
「もしかして、スイカを食べさせてやろうとして呼んでくれたの?」と思っていると、おじさんも「やっと解ったか、お前」という風に、ニコニコ笑っています。僕はスイカを食べながら、中国語が分からないので筆談で「何故、呼び止めてくれたの?」と尋ねると、「お前が汗水たらしながら頑張っている姿を見たから、ちょっと寄っていけよと思ったんだ」と答えが返ってきました。「有り難う。でもおじさんたち、とても怖く見えたよ」と書いて渡すと、返ってきた紙には「逃げるお前の顔のほうが、よっぽど怖かったよ」と書かれていました(会場笑い)。つまり、僕は先入観というものを持って、世界に飛び出して行ってたんです。その先入観が、凄く優しい人たちを怒った人たちに変えてしまっていたんです。相手を見ているのではなく、自分の頭で考えてやっていたからそうなってしまったんですね。そうして僕は「思っている世界と実際に行く世界は、もしかしたら違うかもしれない」ということを学びました。そうやって、縛られた価値観や考えをほぐしていくことが、僕にとっての旅でした。
外国はいろんな所へ行きましたが、観光客が全然居ない国にも行きました。暑いバングラデシュという国では、気温が45℃でした。暑いので、道中に村があったら売店に立ち寄りジュースを買います。瓶のファンタが20円ぐらいで買えるんですが、ジュースを飲み終わって振り向くと、さっきまで誰も居なかったのに、見知らぬ奴が居るといった感じで村中のおじさんたちが集まっていました。僕は身振り手振りで、日本から来て自転車で旅をしていることを伝えると、ついて来るよう促されて、高床式の住居に連れて行かれました。そこで座っているとご飯が出てきて「食べろ、食べろ」と勧められるんです。お父さん、お母さんが「美味いか?」と尋ねるので、「美味い!」とお腹一杯食べます。「優しい人たちだなあ」と感動しながら、ふと先程と同じような視線を感じて竹で編んだ壁の窓から外を見てみると、さっき僕を見ていたおじさんたちが皆、窓から僕のことを見ていました(会場笑い)。外国人に興味津々なんですね。
こちらは、今話題のイスラム教の国です。僕はイランという国に行ったんですが、さすがに僕もイスラム教の国に行く時は不安でした。けれども実際に行ってみると優しい人に大勢出会いました。自転車で走っていると、「ハロー」と呼び止められて行ってみると、「今お茶を飲んでいるから、お前も一緒にお茶を飲め」と勧めてくれるんです。イスラム圏の国は、紅茶にお砂糖を入れて飲むことが多いですが、お茶を頂いてお礼を言うと、今度はパンと煮込み料理などのご飯が出てきます。有り難くご馳走になり、お礼を伝えて再会を約束して自転車で出発。5分ほど走るとまた別の民家から人が出てきて呼び止められます。そしてお茶を飲んでいると、再びご飯が出てきます。お腹がだんだん張ってきたけれど、その気持ちが嬉しいので感謝の気持ちで有り難く頂きます。また、お礼と再会を約束して出発。また5分も走ると民家があり、「お茶でも飲んで行け」と呼び止められます。そして、また大盛りのご飯が出るんです。
たまたま英語を話せる人が居たので「何故、そんなにイスラム教徒の人は優しいの? 貴方たちにとって僕は初めて会った人なのに、誰がそんな風に優しくするように言ったんですか?」と尋ねると、「イスラム教は、本来は助け合いと感謝の気持ちを伝えるための宗教なんだよ。例えば、自分の前に誰か知らない人が来たら、それは神様の使いだと思って自分ができる施しをするようにと僕らは教わってきたんだ。だから君が来た時も僕らは当たり前のことをしているだけなんだ」と言われました。それを聞いて「僕が考えていたイスラム教とずいぶん違うな」と感じました。こうやって、情報だけでなく実際に生きる人と触れ合うことで、いろんなことを感じました。もちろん、今、僕が話していることも、世界のある一面に過ぎません。けれども、皆さんがニュースで見るものも、世界の一面に過ぎないんです。物事には様々な面があり、偏った見方をしてはいけないということも、僕は旅を通して学びました。
イスラム教の国の国境近くを走っていると、迷彩服を着てライフル銃を持った兵士2人が僕のほうへ走ってきました。今回ばかりはヤバいかと思っていると、1人が横に立ち、もう1人がカメラを構えて、満面の笑みで「はい、チーズ!」と(会場笑い)。兵士の人も興味津々なんですね。
▼コミュニケーションに必要なのは人の気持ちを考えること
外国で言葉が通じない時、どうしようかと思っていましたが、身振り手振りでもなんでも伝える方法はあるんです。子供たちから「言葉が解らへんかったら(会話なんて)無理やんか」と言われると、「じゃあ本当かどうか、ゲームをしてみよう」と提案します。「世界で生きていくためのジェスチャーゲーム」と僕は呼んでいますが、どんなゲームかといいますと、僕が実際に外国で現地の人と身振り手振りでやり取りした出来事をカードに書いて、子供たちに引かせます。それを、クラスメートの他の子たちに口を一切閉じたまま、身振り手振りだけで伝えなければなりません。子供たちは皆、必死で伝えようとしますよ。ある子は「私はお酒が好きです」というカードを引いてしまい、お酒好きをどう表現しようかと一生懸命やっていました。こういう風に、子供たちはゲーム感覚でやるとなんでも面白く取り組みます。
よく課題として「子供たちに表現力やコミュニケーション能力がない」と聞きますが、僕はこのゲームを通して子供たちに伝えます。本当にコミュニケーションで大事なことは、言葉が通じることではなく、人と繋がるということ。そのために大切なのは、まず伝えたい気持ちがあって、工夫すること。もうひとつは、相手が何を伝えようとしているか感じてあげることです。最近評価されるコミュニケーション力は、伝える側の工夫ばかりなんです。だから、言葉が通じなければ無理だと思い込んでいる子供も多い。けれども僕が外国に行って、現地の人々と仲良くなれたのは何故かというと、僕が伝えたいだけじゃなくて、向こうが「こいつは何を伝えようとしているんだろう?」と考えながら聞いてくれたからこそやり取りができたんです。ゲームの後、僕が「人の気持ちを考えるのが大事なことだって分かった?」と聞くと、子供たちから「うん、凄く分かった!」という答えが返ってきました。
世界を旅する中で、皆さんもよくご存知のマーライオンの前にも行きました。これは、フランスのリヨンです。この間は羊がたくさんいるニュージーランドにも行きました。大自然の中や海岸沿いを走りながら、いつも「世界は美しいな」と思いながら旅をしています。これは僕のテントですが、今でもこのテントで毎晩寝泊まりしています。考えるだけじゃなく実際にやってみるって面白い。10年経った今でも思います。
僕は学校の授業の中で、こんなこともやっています。スクリーンに映っているテレビに僕が映っています。これは、1年の半分を外国で過ごす僕が、外国から普段教えている日本の小学校の教え子にネットを通じて授業をやっているところです。最近、世の中の文明が発達して、今では世界中どこでもテレビ電話が繋がるようになりました。講演ではいつも外国に行って体験したことを話しますが、それはつまり僕が考えたことを伝えることになります。本当ならば、僕は子供たちに彼ら自身が海外へ飛び出して、いろんなことを考えたり経験したりしてほしいんです。
子供たちはなかなか外国へ行けませんけれども、テレビ電話を学校の教室へ繋ぐと、子供たちは教室に居ながら世界の人たちと話ができるんです。今、僕はこういった授業もいろんな学校でやっています。この写真は、先生が教室にある地図を使いながら、「西川さんは今ニュージーランドのここに居るみたいです。今日は、この場所とこの教室をテレビ電話で繋ぎます」と説明してくれているところです。この時は、山田さんという女の子が僕が泊めてもらった家のお母さんに「ニュージーランドの消費税は何パーセントですか?」と質問しました。お母さんが「15%ですよ」と答えると、山田さんはビックリして「日本は8%なのに。凄く高いのに、何故文句を言わないんですか?」と尋ねました。するとお母さんは「消費税は、損するだけじゃないわよ。そのお金が、私たちの国にとって良いことにちゃんと使われているなら文句はないのよ」と教えてくれました。それを聞いた山田さんは「ニュージーランドの人って、心が広いんですね」と感想を言っていました。面白いですね。彼女は消費税の話から、ニュージーランドの人をそんな風に捉えたんです。これは、彼女が初めて外国の人と話をして学んだ瞬間です。僕は旅先で、現地の小学校へも足を運びます。彼らも「日本の子供たちは何時に学校から帰るんだろう?」とか「日本の小学校は宿題がいっぱいあるのかな?」と気になるようですね。そこでもテレビ電話を繋いで授業をします。これを仕事にしようと思ったきっかけは、僕自身がさまざまな出会いを通じて学んだからなんです。
▼貧しい子供たちから教えてもらったこと
この写真に写っているネパールの子どもは、未だに鼻水を垂らしていますが元気に生きています。毎日行くお茶屋さんに居た子どもなんですが、本当に笑顔が素敵なんです。「子供の頃、自分はこんな笑顔で笑っていたかな」と、いつも思っていました。これはネパールの小学校ですが、小学校5年生の子が、一生懸命英語を勉強しています。何故英語を勉強しているのか尋ねると、彼女は「お医者さんになりたい。お医者さんになって、村で助からなかった人のいのちを助けたい。お医者さんになって、お金を貰って、家族皆がご飯をちゃんを食べれるようにしたい」と教えてくれました。彼女にとって、夢は使命感なんです。こんな風に子供たちが何かに向かっていく姿は本当に尊い……。
けれども、彼らのノートを近くで見ると、消しゴムを使わずに指で消しているんです。何故かと尋ねると、「学校へ行くのは無料だけれど、文房具は自分で買わなきゃならない。ノートや鉛筆は買えたけど、消しゴムは買えなかったから」と教えてくれました。見ていると、ノートを一冊書き終わったら先生に消しゴムを貰って全部消すんです。そして、また一から勉強する(再び最初のページから使う)んです。クラスの半分以上の子たちは来ていませんでした。何処へ行っているのか先生に尋ねると、彼らは学校の外で仕事をしているとのことでした。
僕が道端で出会った子供たちは、リンゴを売っていました。「リンゴを売ったお金をどうするの?」と尋ねると、「お父さん、お母さんの売り上げの足しにしています」と言っていました。世界には、強い役割と使命感をもって、既に社会人として生きている子供たちがたくさん居ました。僕は最初、彼らを可哀想な目で見ていましたが、彼らが役割を持って活き活きと生きる姿を見て、もしかすると、これを可哀想だと感じる自分のほうが間違っているんじゃないか…。それは何故かというと、彼らの表情があまりにも活き活きとしていて、生きている実感を持っているように見えたからです。片や日本は、生きていくのに困ることはありません。けれどもそこで育っている子供たちは「自分は生まれてきて良かったのかな…」と、悩みながら生きている。本当の意味で幸せって何なんだろうと考えた時、僕はその答えは目に見えるものではなく、心の中にあるものじゃないかと思った訳です。こんなこと、誰も教えてくれませんでした。
自慢じゃありませんが、僕はめっちゃ貧乏なんです。学校で出る授業料や講演料など微々たるものです。それでも僕は世界を旅する中で、自分自身の使命感や役割を見つけました。それは何かというと、ありのままの世界と、世界の人の心を僕が代わりに伝えるということです。情報だけでは今の子供の心には響きません。実感を持って経験してきたからこそ伝わることがあると僕は信じています。
自分ができる範囲でできることもやってきました。ネパールの子どもたちに、ノートと鉛筆と消しゴムを持っていったら、もの凄く喜んでくれました。いつもはクラスの半分しか来ないのに、その日は全員来ました。そして、村中の人が僕にお礼を言ってくれました。イランで自転車屋に行ったら、中2ぐらいの子がその自転車屋のメカニック(整備士)として立派に働いていました。僕よりも上手に自転車を扱うので、僕は衝撃を受けましたが、彼にはいっぱい教わりました。年齢じゃなく、経験なんです。バングラデシュのイスラム教のレストランで、ネパールの山奥の自給自足の村で、いろんな人に出会いました。
先日は、ネパールで僕が泊めてもらった家のお婆ちゃんが104歳で亡くなったとお婆ちゃんの家族からメールが届きました。ジャガイモを売っているトルコのおじさんたちに出会った時は、売り物の袋を開けて、僕のために焚き火を起こして「しっかり食え」とジャガイモを持たせてくれました。世界には、頑張って生きている人たちがたくさん居るんです。今、皆さんに見ていただいたように、頑張っている人は良い顔して生きている訳です。僕は、その人たちから生きる勇気と生きている素晴らしさを教えてもらいました。そして「頑張れることがある人は、幸せなのかもしれない」と思いました。誰かのために何かをしようと決めた人たちは、もしかしたら幸せを感じながらやっているのかもしれない…。
▼取りあえず、やってみよう
こういう話をした後、最後に子供たちに「やってみよう。取りあえず、やってみよう」と伝えます。やってみると、パズルのピースが1個貰えます。そのピースの形は様々だと思いますが、ひとつやったことで受け取れるものがパズル全体の何処に当てはまるかなんて判りません。子供たちがそこで頑張って得たことが、何に繋がっているかなんて、自分も含めて判りません。けれども、それでもやるんです。それでもやり続けたら何が起こるかというと、ピースが少しずつ集まってきて、何となく全体が見えてくるんです。僕は、そうやって見えてきたものが「夢」だと伝えています。そうやって見えてきたものが、人生においてこうありたいと願う自分自身の姿なんです。僕は「それが見えるまで、やっていることが役立つか役に立たないか判らなくていい。とにかくやってごらん。そうして、自分自身の人生を自分で作っていくんだ」と、子供たちに話しています。
それが、自分になるということ。たった1人しか居ない自分という人間の人生を全うすることになるんじゃないか…。この間、京都でそんな授業が終わった後、教室へ戻るよう指示する先生の脇をすり抜けて僕の前に走ってきた子がいました。そして僕に「西川さん、僕の夢を聞いてください! 僕は、実はプロのダンサーになりたいんだけど、どうしたらなれるか判らないんです」と言うので、僕は「そうか、俺にも分からん。でも、一緒に考えようか」とその子に伝えました。
「今の子供は将来について全然考えていない」と言う人がいますが、そんなことはないです。子供たちも一生懸命考えていることがあるはずです。「こうありたい」と思っていることがあるはずなんです。では、大人がそれを感じられないのは何故なのか……。それは、僕たち大人が、子供たちをありのままに心を開く環境を作ってあげられていないんじゃないかと思うんです。僕の話を聞いて自分の心を開いてくれた子供たちは、もしかしたら「この人だったら言ってみようかな」と思ってくれたからこそ、来てくれたんじゃないかと思います。先生の指示を聞かずに僕のところへやって来た彼は、その後、先生に叱られたかもしれない。けれども、そうやって勇気を持って行動してくれた彼のことを僕は応援したいと思います。自分の思うことを形にしようと頑張って失敗して、それでもまたやっていく子供たちが、次の時代の社会を形成し、世の中を変えていくんのではないかと思います。そう信じているからこそ、僕は貧乏なままですが、また学校へ行く訳です。そうやって足を運んだ先で、また一人、誰かと繋がるかもしれない。僕はとても自慢できるような生き方はしていませんが、僕ができること、僕だからできる役割は何なのかを考えながら、これからも自分なりに、自分の人生を全うしていきたいと思います。長くなりましたが、ご清聴有り難うございました。
(連載おわり 文責編集部)