『いちばん大切なものを捧げる』 実は、今朝ほども、昨日(の三宅家宅祭で)お祝い下さった人々が代わる代わるお結界にいらっしゃって、お祭りが有難かったことや、引き続いてホテルで開かれた祝宴の際に、出社【でやしろ】の先生方や役員さんたち同士、8、9人ずつ同じテーブルに座っていただきましたので、「充分話し合いができました。言いたいことを言えて、聞きたいことを聞けて良かったです」と聞かせていただきました。その中で、「できる限りの誠を尽くさせていただこう」ということについて話が出たそうです。しかし、信心の世界では、その「できる限り」というのがかなり怪しい。 先代恩師親先生がよくおっしゃいました「なんでもの願い」というのは、世間でよく言われるところの「私のできる限りのことはさせてもらいました」というのとは違います。「誠を尽くす」というのも、そういう中身から押さえなければいけません。今朝は、今日の新聞と明日の新聞と2日分の新聞が入っておりました。つまり、明日は新聞休刊日ということです。世間はこんなことしているんだなあ。世界の現状は時々刻々と変化して予断を許さない状況だというのに……。泉尾教会の信者さんたちは、もう目一杯頑張っている。確かに、真剣に物事に立ち向かっていなさる人は目一杯かも知れん。 私、それでふと思ったんです。一生懸命にしてなさるということについて……。今から10数年前に、京都で、パレスチナ問題をはじめとする中東和平について話し合う宗教者の会合がありましてね。中東からユダヤ教・キリスト教・イスラム教の宗教指導者たちを日本に招いて平和会議を行いました。どっちかというと先鋭的な人の集まりでしたね。こんな会議、日本じゃないとできませんよ。地元へ帰ったら、皆さん背後にそれぞれの立場の主張や利害関係を背負っていますから“敵”同士ですよね。 私もその会議に参加していたのですが、京都に本山のある有名な宗派の宗務総長さんが出て来られまして、歓迎の挨拶をされました。その最中に、表でどわっと雪が降ってきましてね。私もびっくりしました。会議場の窓の外に雪が舞っているのが見える。さぞかし、砂漠の国から来られている方々には珍しかったでしょうね。その機を捉えて、その方が、「日本では“雨降って地固まる”と申します。ちょっと不都合なぐらいのほうがかえって結果的には良くなるという意味です。ですから、パレスチナの今日の困難は、きっと将来の幸いをもたらす原因となるでしょう」と申されました。 そしたら、同時通訳の人が困ったような顔をして私のほうを見て「言葉どおり訳してもよろしいか?」という表情をされたので、私は両手を胸の前で交叉するゼスチャーで「(いちいち詳細まで)訳さんでもよろしい」と伝えました。ご本人はそれを上手な比喩【ひゆ】としておっしゃってるつもりですけれど、日本の諺【ことわざ】を(歴史や風習の異なる外国人に)説明するだけでも大変だ。「雨降って地固まる」と言っても、雨もめったに降らへんとこだし、たとえ降ったとしても、すぐに砂漠にしみ込んでしまうしね……。 「では、代わりに何の話をしましょうか?」と通訳の方が尋ねて来られたので、彼らの共通点といえば、みんな「アブラハムの子孫」ということになっていますからね。アブラハムの神(ヤハウェ)が、ユダヤ教になって、キリスト教にも、イスラム教にも伝わった。「皆さん方は、そのアブラハムの子孫だから仲良くしなさい、ということばかり言うとったら良いんです」と申しましたら、通訳の方が「そりゃ、いい考えですね。話がよく通じます。しかし、通訳といっても無茶苦茶になりますよ」ということで、「まあ適当に」ということになりました。そして、会議が進んで行ったんですが……。 そのアブラハムという人は、何千年も前の人で、中東の各部族の共通の先祖になった人ですが、自分自身の子供を授かったのは90歳をとっくに過ぎてからのことです。この私よりまだ齢が上ですよ。それで、「初めての子供」を授かります。これが、後に「イサク」と呼ばれる指導者になったのですが……。まあ、もともと一夫多妻制社会の族長ですからね、正妻に子が授からなければ若い女をあてがわれるんですが、なかなか子供が生まれない。そして、ようやっと子供ができた。 ところが、その時に、彼らの絶対神であるヤハウェ神のご命令で「その子を犠牲(生け贄【にえ】)に捧げよ!」とのお告げがあったんですね。待ちに待って初めて授かった子なんですよ。なんという理不尽でしょうか……。それでも、アブラハムはとても信仰心の篤【あつ】い人だったので、神様の言葉どおり山の頂上までその子供を連れて行って、燔祭【はんさい】(生け贄)用の薪【たきぎ】を組んで、わが子イサクを縛ってこの上に載せ、神様の仰せだから、今まさにその子供に刃物を突きたてようとした時に、「ちょっと待った! お前の信仰心はよく判った。そのひとり子の代わりに、雄羊を1頭生け贄とするがいい」(『創世記』第22章)と啓示が出て、それから何千年も経っていますが、今でも、ユダヤ教やイスラム教では、何かことある際には、犠牲を差し出すんです。今でもですよ。 パレスチナやイラクなどで、しょっちゅう「自爆テロ」とかが起きますよね。これって自らの身を生け贄にするということです。今でもその思想が残っているんですね。神様のために、大切な長男を差し出して、信仰の証【あかし】をしたのですね。日本でも、お供えのことを「お初穂」と呼びますでしょ。その国際会議はユニークな成果を上げたのですが、中東問題に対する日本人の意識の差が如実に表れた冒頭の「雨降って地固まる」という挨拶が、最も印象的でございました。 いずれにいたしましても、私が未だにそのエピソードを覚えておりますのは、本物の信仰というものは、何らかの形で、自分にとって「一番大切なものを捧げよう」というものがなかったらあかん(ダメだ)ということです。信仰とは、「できる限りのことはさせていただく」といったような甘いことではなくて、「とても受け入れ難いことでもさせていただく」という、神様に対して捧げきることなんです。 先代恩師親先生は、そのことを一生続けてこられました。私も、足らぬながら同じ道を歩ませてもらおうと思っています。そういう私に、今日は生誕祭ということで海老まで下さって、「腰が曲がっても頑張って下さい」という皆さんのお心を有難く頂戴しました。私も、いろいろとご迷惑をかけたり、煩【わずら】わせたりしますけれども、気持ちとしては「どうぞお役に立たせてください。腰が曲がってでもこの御用を続けさせてください」という気持ちでいっぱいです。 たまたま来年が、77歳というまた大きな節目に当たります。喜寿の山坂を越えようというのです。ですから、「できれば先代恩師親先生の齢(96歳)までその修行を続けさせていただきたい」と思っている次第でございます。皆様方も、それぞれ「これだけは!」と思っておかげを頂いて下されば、私も有難い。私だけでなくて、それがだんだん拡がってゆくことができたら、先代恩師親先生の神霊様にも一番喜んでいただける。それらのすべてがこの70何年間の歩みの一貫ですね。皆様、どうぞ、しっかりとおかげを蒙【こうむ】ってください。有難うございました。 (2月8日 親先生御生誕祭での教話) |