・・ 2017年 新春メッセージ ・・

『今、宗教者に求められるもの』(順不同 敬称略)

全世界が連帯して

第257世 天台座主
森川宏映

今、世界では宗教に名を借りた無差別テロが横行しております。

私は、昨年9月には、フランシスコ・ローマ教皇と親しくお目に掛かり、本年比叡山で開催いたします「比叡山宗教サミット世界宗教者平和の祈りの集い」へご臨席賜りたく、ご招待の親書をお渡しいたしました。同サミットでは、世界の代表的宗教指導者が集い、世界平和実現にむけて対話し祈ります。このサミットを成功に導くことこそ、ただ今、私達がなすべきことでありましょう。

世界の代表的宗教指導者の共通した認識は、神仏の名の下に殺戮を行うことは神仏への冒涜であり、その理不尽な暴力には強い怒りと悲しみを感じるというものであります。全世界が連帯して一日も早く蛮行が阻止され、平和が訪れることを切に祈ります。


日々最善を尽くして、今を生きる

神社本庁 総長
石清水八幡宮 宮司
田中恆清

謹んで新年の賀詞申し上げます。

教会長様、総長様をはじめ皆様におかれましては、日頃から格別のご交誼を頂きますこと、改めまして厚く御礼申し上げますと共に、本年も相変わりませぬご厚情を賜りますようお願い申し上げる次第であります。

さて、昨年も私たちは、熊本地震をはじめ、台風、大雨など数多くの災害に直面しながらも、リオオリンピックでの選手たちの活躍を誇りに思い、募金活動やボランティア等の復旧事業に全力で取り組んできました。

このような日本人の助け合いの精神は、古来伝えられてきた日本人の心であります。その時代に生きる人々が、その時にできる最善のことを全力で尽くしたならば、その行いと心は必ず後世に伝えられていくのだと思います。

神道では、日々最善を尽くして、今を精一杯に生きることを「中今」の心として伝えてきました。

私たち日本人は、先人達の教えである敬神崇祖、感謝、和の心を後世に伝えることを使命として、今を精一杯に生きるべきでありましょう。


相手を許す心

立正佼成会 会長
WCRP日本委員会 会長
庭野日鑛

スペイン市民戦争でご主人を亡くされた女性がいました。彼女は、子供たちに、こう話していたそうです。「お父さんを殺した人を怨んではいけません。許すことを一生の仕事にしなさい」と。心に響く言葉です。

この女性のような心情になれば、日常の人間関係や民族・国家間の問題なども、大半は消えていくのではないかとさえ思えます。

人間は誰もが、貪(むさぼ)り、怒り、愚かさと共に、慈悲、愛、智慧などの心を持ち合わせている者同士です。そして何より、神仏から見れば、おそらく一人ひとりが「神の子」「仏の子」であるといえるのでしょう。

こうした人間性ないしいのちの一体感を見出し、伝えるのが宗教の役割であると申せましょう。それが、相手を許し、怨みの連鎖を断ち切る根本になると信じます。


心を静める

融通念佛宗 管長
総本山大念佛寺 法主
倍巖良舜

世の中は物質的なものと精神的なものからなりたっています。物質的にはかなり豊かになっています。問題はやはり精神的な面です。自分の心によってすべてを動かそうとしており、自分の心が「主(あるじ)」であると思っています。ところが心はたえずゆれ動き、ざわざわとしているのが現実です。

自分の想い通りにならないことが「しばしば」起ってきます。

これを冷静に受けとめていろいろなあり方を考える。物事が100パーセント満足することはまずないと思って辛抱することが大事です。

それができないですぐ反抗して思わざる方向に進み、ひどい場合は精神的荒廃病になり人生を狂わせてしまいます。

われわれは神仏をはじめ、沢山のおかげによって今日(こんにち)あることを思い荒廃に向う心を静めることが大切であります。


神仏習合の歴史を世界に

和宗総本山四天王寺 管長
森田俊朗

新年に当たり、神仏のご加護に感謝を捧げたいと存じます。

世界一安全で世界一清潔で世界一親切な国日本を支える日本人の心は、神仏習合の千数百年の歴史の中で形作られました。

仮に神仏いずれかの国であったら今日の姿はまるで違ったものになっていたでしょう。2つの全く異なる宗教が本質を残しつつ習合するという世界に例の無い大らかな形は、遡れば宗祖聖徳太子の「和」に至ります。

「人皆心有り、心おのおの執るところ有り」と個人主義の上に立って接点を求める太子の和の精神と神仏習合の歴史、更に分離以後の失敗は、百かゼロかの宗教対立する世界の教材になります。何かにつけて是非世界へ発信していただきたいと思います。


大切なこと

金峯山修験本宗 管長
総本山金峯山寺 管領
五條良知

穏やかな新春をお迎えのことと存じ上げます。

昨秋の先代教会長夫人三宅壽賀子様ご逝去に心よりお悔やみを申しあげますとともに、一時代を支えてこられたその浄行に敬意を表する次第です。

今、いのちあり生かされている私たちは先人の歩まれた道を大切に思い、自身が今あることに感謝し、反省しなければならないと思います。

懺悔(反省)と感謝と祈りこそが人として宗教者として生きる上で大切なことであると思うのです。

物欲と経済にのみ支配された時代は終わり、他人のために何かできるようになった今、もっと神仏、先祖と向き合い、反省し感謝して、他者の安楽を祈りたいと思うのであります。そして、多くの方々にもお伝えしないといけないと思うのであります。 合掌


平和への小さな取り組み〜私たちの限界を超えて

日本聖公会 首座主教
植松 誠

新年おめでとうございます。

世界平和に向けての御教団の熱心なお取り組みとお働きに心より感謝し、深い敬意を表します。

私たちの日々の平和への取り組みを嘲笑うかのように、世界では今も戦争や抗争、テロのような暴力が続いており、それにともなう難民、貧困、飢餓などの問題も起こっています。そのような状況で、私たちは自分の力の無さや限界をつくづく感じます。

以前、パレスチナで出会った難民が、「日本の人たちは、私たちがこのような苦しみや困難の中にいることが分かっているのか」と聞いたことがあります。遠く離れた私たちが、彼らを覚えていること、彼らのために祈り、小さな取り組みであっても、続けていることは、彼らには大きな励ましと希望になるのです。

今年も平和に向かってたゆまず祈り、励みましょう。


ローソクの持つ使命に平和実現の鍵

カトリック大阪大司教
トマスアクィナス前田万葉

新年と貴教会布教九十年記念大祭のお慶びを申し上げます。

さて、貴教会は、布教開始以来常に人の幸せと平和の実現に尽力してこられました。宗教行事でよく使うローソクの持つ使命に平和実現の鍵があるのではないでしょうか。ローソクは、自らを溶かしながら相手や周りを照らしていきます。みんなが、そうして照らし合えば暗闇でさえどんどん明るくなっていきます。

それと同じように、世の中のみんなが相手や周りを生かし、大切にし、それも夫婦の間で家族の間で地域、職場、社会、国、全世界でこれができれば、本当の平和が訪れるのではないでしょうか。

そんなこと実現できっこないではなく、実現できると信じて努力していくことこそが大事です。それが宗教者の使命ではないでしょうか。感謝と祈りのうちに!


すべての宗教は世界平和の構築に寄与しなければ

大本 教主
出口 紅

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

金光教泉尾教会さまには、初代三宅歳雄先生、二代龍雄先生、現教会長光雄先生と三代にわたり宗教協力による世界平和実現に日々ご尽力されておられますことに深く敬意を表します。

昨年9月の「イタリア・アッシジ世界宗教者平和の祈りの集い30周年記念集会」では、「平和の祈りの祭典」において三宅善信先生にご同拝をいただき、共に世界平和の祈りを捧げさせていただきました。

本年8月には「比叡山宗教サミット30周年記念平和の祈りの集い」が開催されます。今こそすべての宗教は相互理解と協力関係を深め、宗教間の対立・紛争の根絶と、世界平和の構築に寄与しなければなりません。

混迷を深める世界情勢ではありますが、神仏のご加護を願い、人類の幸せと恒久平和の実現に向け、皆さまとともに努力して参りたいと存じます。

結びに、金光教泉尾教会さまの益々のご隆盛と、皆さま方のご健勝ご多幸を心よりお祈り申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。


生は力強く神秘に満ち、死は誇り高く崇高

神道扶桑教 管長
宍野史生

新年を迎え今年も皆様のご清祥をお祈り申し上げます。

さて昨年11月には貴教会長の御母堂壽賀子さまが帰幽され誠に寂しいことと拝察いたします。歴代の教会長先生を深い慈愛で支えてこられた有りし日のお姿を偲び、大勢の方々が追慕されました。私もお別れの御式に参列を許され、心のこもった葬礼に深い感動を覚えました。

最近は「葬儀を簡略に。無宗教で」などという風潮が持て囃されていますが、大きな間違いです。遡(さかのぼ)る明治17年内務卿口達「葬儀執行方の件」により葬儀の自由、すなわち信教の自由が認められたことからも信仰に基づく葬送儀礼は何よりも重要なものと思います。

「芽出度い正月から禍々(まがまが)しいことを言って!」とお叱りを覚悟(かくご)していますが、私達にとり死は穢(けが)れではなく生も死も日常であり「生は力強く神秘に満ち、死は誇り高く崇高」であります。私は唯々(ただただ)大奥様を心からの感謝と真の哀悼を込めて送られた貴教会の皆様の純麗清楚な葬礼に感銘を受け欽仰申し上げた次第です。

貴教会皆様には一層お健やかでありますようお祈りいたします。

ほほ笑み

松緑神道大和山 教主
田澤清喜

「心の底からほほ笑むことは難しい」と、ふと思いました。

自然の大きさ、世界情勢、経済、人間関係、家庭環境など、ほほ笑みにくいことは考えれば考えるほど湧き出てきます。一方、ほほ笑むことを考えても、すぐには浮かんできません。ほほ笑むことを考えることが、ほほ笑みにくいことになってしまっているのではないのかと。

「汝が顔は常にほほゑみてありや」と教団の教えにあります。

難しい課題でありますが、信者として信仰をいただき、信じるものを確信し、信じて実践するからこそ開けてくることがあります。信じる力を信じきって、勇気をもって進ませて頂きます。

三宅壽賀子先生のほほ笑みを思い出し、実践なさったお姿に学ばせていただきました。


世界の大和(たいわ)を共に祈って

黒住教 副教主・教務総長
黒住宗道

「大和(たいわ)」は「大きな和」という意味で、「平らかな和」である「平和」とは異なります。世界が「平らかな和」であるに越したことはありませんが、あらゆる分野で細分化が進み、個性尊重が当然の時代に「平らか」であることが最優先されるよりも、相互の違いを認めた上で、全てと調和・共存できる「大きな和(大調和)」を祈りたいものです。

昨年と今年は、内外で世界の“大調和”が祈り続けられて30年という節目の年です。30年前、比叡山で「宗教サミット」が初めて開催されました。そのきっかけは、前年にローマ教皇の呼び掛けで行われた「アッシジの祈り」でした。

今年「比叡山宗教サミット30周年記念」の「祈りの集い」が開かれますが、異なる価値観から不和や不信が生じやすい時代なだけに、大和(やまと)の地で大和(たいわ)を共に祈りたく存じます。


祈る

円応教 教主
深田充啓

新年のお慶びを申し上げます。金光教泉尾教会様は、本年御布教九十年をお迎えになり誠におめでとうございます。

大恩師親先生は「人よ幸いであれ」とのご信念で、終始人様のために心と身を捧げてこられました。そのお姿を拝し、皆様は勇気と希望をいただかれ、教えの種を心に宿し育み、歩んでこられたことでしょう。

「何よりもまず、人様の幸せを祈る」、この働きは時代を問わず、信仰者としての原点と思います。今、世の中を見渡しますと、自分の事に囚われ、道に迷う方が増えているように感じます。常に神仏様と共にあることを感じ、生かされていることへの感謝の念を捧げていきたいものです。その中に、人として大切な働きがあり、働きを通じて心も共に育てて下さるように思います。信仰を通じ、自他共々の心の平和を祈る大切さを伝え続けることが、先達の先生方のご遺志を継承することと信じています。

金光教泉尾教会信徒の皆々様の一年のご多幸を心よりお祈り申し上げます。


己の信じたみ教えとともに

妙智會教団 法嗣
宮本惠司

「行く道は精進にて 忍びて終わり」

これは宮本丈靖大導師の辞世の言葉です。

信仰者は雑念をとり、修行に専心することが肝要であり、その行道を歩むためには、佛教でいう六波羅蜜の忍辱(にんにく)の精神を持たなければならないということです。忍は耐えるという意味ですが、信じた教えを「心を安穏にして保つ」という意味もあります。

昨年も混沌とした社会状況でした。国内では熊本地方の大地震、海外では英国のEUからの離脱決定、米国ではトランプ候補が大統領選に勝利するという予想外の出来事が起こりました。今年も政治、経済ともに大きな波乱が予想されます。

このような中で私たち信仰者は、どのような困難な事態が起ころうとも、雑念にとらわれず、心を平らに保ち、己の信じたみ教えをもとに、一歩一歩着実に進んでいかなければならないと思います。

情報が溢れ、ありとあらゆることが錯綜する今の世の中にあってこそ、このことが最も必要なのではないでしょうか。

私も微力ながら、一人の宗教者として、世界の平和のために精進努力させていただきます。


信仰によってつながる家族の絆

天理教 表統領
中田善亮

現代社会における家族の様態は、戦後から始まった核家族化、また価値観の変化などによって大きく揺るがされ、今や家族の崩壊という言葉も珍しくなくなりました。
さらに離婚率は上昇し、非婚・晩婚問題、子供(きょうだい)の減少などもあり、子供たちにとって「家族」という言葉が示す範囲は、とても狭いものになってしまったのではないでしょうか。

本来家族の絆は太く強く、人間にとって幸福の根本でもありますが、これが欠如するならば非常に由々しきことであり、将来に強い危惧を抱かざるを得ません。混迷する現代社会だからこそ、家族の概念は一層クローズアップされるべきです。

これからは、核家族であってもつながり合える家族観を築くことが、宗教の一つの大きな役割です。離れて暮らしていても、信仰によって葡萄の房のように丸く、そして強い絆で結ばれる。こんなことを発信していきたいと思っています。


「祖先に感謝」して幸せな日暮らし

念法眞教 教務総長
桶屋良祐

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

昔の格言に「先人樹を植えて 後人涼を得」とあります。

それは「昔の人のいろいろな努力によって、後世の人が楽をする事が出来る」ということのたとえであります。昔の人が植えた樹が大きくなり、後世の人が大木になった樹で涼むことが出来る。

まさに現在の私達の生活は、祖先の土台の上に現在の幸福な社会生活があることを忘れてはなりません。先人の皆様が心血を注ぎ、努力を続けて下さった結果の上に日々の生活があるのであります。しかし、現在の私達は自分の努力の上に今日があると思っているのではないでしょうか。

自我をなくし足下を見つめ直して「祖先に感謝」の一年を歩みたいものであります。


“地球に感謝の心”を忘れないで

国際宗教同志会 会長
一燈園 当番
西田多戈止

地球の温暖化の抑止するための“パリ協定”が昨年11月に発動されましたが、協定を会議した人達は、立派な人達ですが、どうも地球に感謝する気持ちは薄いようです。
私は地球に感謝する心の大切さを20年前からテーマパークサンメッセ日南の“地球感謝の鐘”を通じて訴えてきましたが、今年は坂村真民さんの詩を紹介します。


地球の祈り

地球に額をつけて 祈るようになってから
地球が唱えている祈りが わかってきた
ありとあらゆる人間を見つくし 知りつくしてきたこの地球の
どうにもならない業苦の声 それを知ってから
わたしは天に向かって 唱えていた真言を
地球に額をつけて 唱えるようになった
地球の祈りを わが祈りとするために
(坂村真民 全詩集より)

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