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大恩師親先生教話選集『聖地を頂く時』より

泉尾教会では、2027年にお迎えする御布教百年記念大祭を目指して、全信徒を挙げて信心の立て直しを図っておりますが、あらためて大恩師親先生のご信心を頂き直すための縁(よすが)として、本誌の誌面を借りて、大恩師親先生のご教話を年代順に紹介してゆくことにしました。

最初は、無残な無条件降伏によってゼロからの再出発になった日本の復興という厳しい時代背景に加えて、相次ぐ自然災害や経済的困難の中を雄々しく立ち上がり、6000坪の聖地泉光園を頂かれるまでの大恩師親先生のご信心の軌跡を昭和22年(1947年)から紹介してゆきたいと思います。

『叩き割るまでの信心』

新約聖書に「叩(たた)け。さらば開かれん」(『マタイ伝』7章7節)という言葉があります。どんなに固く閉まっている鉄の扉でも、叩いて叩いて叩いてゆけば、きっと開かれます。それを人は、よく「私は、こんなに力任せに叩いているのに…。こんなに努力しているのに…」と、もう弱腰になっておりますが、「なあにっ!」自分の運命の扉が開かれるまで、力のあらん限り叩ききるのです。「開かぬ」と言うのは、自分の叩き方がまだまだ足らんのです。

井戸を掘るのでも、「これほど掘っているのに、なぜ水が湧かんのか?」と言うようでは駄目です。あと一鍬で水がジワッと湧き出るところを止めてはなりません。「まだか! まだか!」と、水が湧くところまで掘りきるのです。

「これほどやっているのに…」と、泣き言を言う人の中身には、信仰はありません。神様には、「もう、これくらいでよかろう」ということはないのです。絶えざる努力、倦(う)まざる求道の人…。自分を時々刻々、切り刻んでゆく人こそ神様が拝めるのです。人に頼らず、あくまで自分で自分の運命の扉を叩き開いてゆく…。私は、これを信心の道と思うのです。


もしも、地獄や極楽があるとすれば、私は、地獄と極楽とは決してかけ離れたものではないと思っております。また、「地獄の釜」というものがあるのならば、その釜底をドンと叩き割ったその下に、極楽が待っているのだと思います。

「苦しい。苦しい」と、そこから逃げようとしている人には、極楽は決して開けません。逃げたいところを「なあにっ!」と釜底を踏み破った、その釜の下に極楽があるのです。神様が拝めるのです。お互いの本当の幸福というものも、苦労をパッと突き抜けた紙一重のところに見出されるのではありますまいか?

「親先生、信心すればなんとか助けていただけるでしょうか?」と聞かれる人に、私はいつも「楽に神様に助けてもらおうと思うような人では助かりませんよ」と応えるのです。皆さんにも「私はどこまでも神様を信じ、お縋(すが)りして、どんな苦労でも辛抱させていただきます」―これが私の信心であると判っていただきたい。「どんなことが起こってまいりましょうとも、神様の御力を頂き、きっと打ち開いてみせます。まあ、親先生見ていて下さいませ」―これだ! これですよ。是非、こうあって欲しいですね。

ですから、信心すれば、お互いは神様から楽を授けてもらうのではないのです。「苦労を乗り越えて来いよ」という力を身に頂くのです。苦の中の喜びを見出してゆくのです。それを信心と言うのです。

信心…。信心とは、自分の心の中に絶えざる開拓の鍬を入れて、立派な心を作ってゆくというのがお互いの信心なのです。たとえ私は、その人がどんなに悪い運命、また、どんなに辛い立場にあってもよいと思います。その嫌な辛い中から「ようし!私の信心によって、きっとこの運命、この立場を開拓してみせるぞ!」という決心で起(た)ち上がった時には、既にその人には救われる運命の道が開かれているのです。また、その人は信心の道を歩んでいると言えるのです。


世間ではよく「うちの親父(おやじ)は、わしにこんなに借金を遺(のこ)しよって…」と愚痴を並べる人がありますが、そんなことでは、もうその子の腰が崩れていますね。「親の借金、子の宝」と言うじゃありませんか…。不足を言うどころか、親の借金が有難いのです。それによってその子がしっかりするんです。一人前になれるのです。もし、親が財産を遺してくれたら、もうその子は、心の勇みようがないでしょうね。また、心に腐りができぬように、よっぽど苦労せねばなりませんから、一面、却(かえ)ってその子は可哀想なのです。

ですから、苦難も決して苦難ではないのです。本当は、その苦難を「有難うございます」と拝めなければ嘘です。それを、どうもお互いは「ああ、また苦難や、問題や」とばかり思っているから、終いには、苦難・問題にがんじがらめに縛られて、その中から抜け出せぬようになってしまうのです。

結局、問題は自分です。自分なのです。大きな扉に自分という鍵を差し込んで、問題を力一杯引き開けるのです。その努力のない人には、いつまで経っても苦難に打ち克つ大きな力は与えられません。

昨日から、家をも揺さぶるような物凄い勢いで寒風が吹きまくっております。日頃、風のどこに、あんな力が潜んでいたのかと思いますが、吹きまくっているその風の筋には、天地をも引き裂くような力があると思われます。

その静かな海に、想像のできぬ力が潜んでいるのです。海でも、静かな時といったら、まるで畳の上を滑って行くような時もあります。しかし、一旦、荒れればどうでしょう? あの大きな船をも覆すような凄まじさ…。静かな海の時には想像もできぬような力がありますからね。

お互いも、ドッと絶壁に打ち寄せ、何物をも打ち砕くあの怒涛(どとう)のような天地の大きなお力を身に頂かねばなりません。お互いは、その神様、その力を背景に頂き、その信心に徹しきるのです。私も、もっと自分を苦しめ、もっと自分を修行し、心の奥底から神様に徹しきり、任しきってゆけば、最後には、きっと言い知れぬ力を頂くことができると信じております。

もっと求めるのです。もっと叩くのです。たとえ、それがどんな問題であっても、叩いて叩いて叩き開いてゆくのです。「なぜ、水が湧いてこぬのか?」と言うよりも、こんこんと湧いてくるところまで、自分で掘って掘って掘りきる以外にないのです。それを当座当座で誤魔化(ごまか)したり、塗りたくったりしているから、終いには、もうその人はどうにもならぬようになってしまうのです。そのようなことが信心ではないのです。お互い信心させていただいております者は、苦を切り刻み、求めてゆくその下に神様が待っていてくださるのですから、苦が苦ではないのです。かえってその苦によって神様をしっかりと摑ませていただけるのではありますまいか?

ドーンと苦難にぶち当たって「私はこれほど信心しているのに、なぜ、こんなことが…」と泣きごとを言うようでは、その人の信心は、もう止まっているのです。また光を無くしているのです。

なるほど苦しい。しかし、その苦しい中を「これはまだ自分が足らぬのだ」と、なおも一心を打込むところにおかげが頂けるのです。「もうこれくらいでよい」というところを「まだまだ足らぬ」と求めてゆく、叩いてゆくところに道が開けてくるのですから、「これはまだ私が足らんのでございます」と、問題と四つに取り組むその心、その意気を忘れず、ご信心の道を進まれて、おかげを蒙(こうむ)って下さいますよう。

(1947年1月 ある日の教話)

感激で躍り出してゆく勇みの姿

ただ今、布教二十年記念の御祭を頂きまして、ただただ「相済まぬことよ」と思います。私の今の心持ちは、ただ詫びて、詫びて、詫び抜く以外に何もありません。本当に「相済まぬ」と思っております。「至らぬこの私を、これほどまでに、ようも神様は恵んで下さり、守って下さった」と思えば、たまらぬのです。本当に詫びきって、今日を吉祥に改まらせていただきたいと思っております。

この泉尾の地におかげを頂きまして、本日でちょうど満20年になります。恵まれたるままに先生というものになりきっていた自分というものを、この際、徹底的に打ち壊して、もう一度、修行者に立ち戻って、若の一からやり直したいと思っております。

過去20年間において、至らぬ自分の歩んできた信心というものにも、どこかにひとつの線と申すものがあるように思います。ひとつの特徴というものがあるように思います。私の歩んでまいりましたその信心の線というものに添って、是非とも、皆様方もおかげを頂いてほしいと思います。


いかなることが起きましょうとも、いかなる問題に出遭いましょうとも、スーッと受けられる心。「よくあの人は辛抱しましたなあ」、「あれは泉尾教会の信者ですもの」。「よくやり抜きましたな」、「そら、シッカリ神様を頂いているからです」と言われるような、その線です。どんな苦しいことでもおかげにする。どんな辛いことにでも喜んで、笑っておかげにする。どんなことでもおかげにするのだ。という線なのです。ことあるごとに掘り下げ掘り下げ、自己を反省し、自分を磨き抜くのです。

全ての出来事を、苦を「生ける師」として頂いてゆくのです。たとえ形は潰(つぶ)れましょうとも、精神だけは立ち上がらねばなりません。たとえ形は戦災で焼けてなくなりましょうとも、泉尾教会の信心はスッと立っているというようでなければなりません。

しかも、ただの立ち上がりでなしに、感激の再起、再出発…。「これで清められた」と感激の涙―たまらぬ有難さ―喜び喜び―躍り出してゆく勇みの姿…。その心その信心を皆様に頂いてほしいのです。私はその一線を通るためには、いのち以上の感激的勇みを感ずるのです。

また、その一線が分からねば本当の救いなどないと思います。皆が「もうあかん(ダメだ)」と思うような時にでも、お互いだけはスッと立っておらねばならぬのです。

当所におかげを頂いて20年…。至らぬままにいろいろ御用をさせていただきましたが、私の内容を少しでも知っている人は「不思議だなあ」と思っていらっしゃると思います。それだけ力のない私、頼るところのない私、無学な私、ただ神様にお縋(すが)り申し、神様の御力によってさせていただいたのです。私には、神様より他に、誰も縋る人はなかったのです。私にとってはそれがおかげだったのです。


よく親の膝に泣き寝入っている赤ちゃんを見ます。「辛い、苦しい」と、誰にも言えず、ただご神前に座って、泣いて泣いて泣ききって、とうとう泣き疲れて、そのまま寝入ってしまったことが何度もありました。

けれども、目が覚めて立ち上がる時は「なにくそっ! なんでも!」と、獅子のような奮い立つ力を神様が授けて下さっていたのです。私には神様が守っていて下さっています。神様が私にどんなことでもさせて下さいます。また、「せよ」と命じて下されている感じがひしひしといたします。

どんなに苦難が続いても、きっとおかげを頂けるということを解って下さい。こんな見すぼらしい教会(註:北泉尾町一丁目にあった旧教会のこと)です。広前は借家で、まだ雨の漏る教会です。先日も教会に来られたある宗派の偉い人が「(泉尾教会は)小さくて、汚いところだということは、聞くことには聞いておったが、実際、これほど酷いとは思わなかった。本当に見すぼらしい。汚い教会だ」とおっしゃいました。

事実、教会はこんな状態ですし、私自身、人間もできておらぬ。力もない。けれども、私の後ろには神様がおられるのです。どんなことでも、神様の力でさせていただいているのです。私はこの神様に縋って「宗教とは、こんなものだ」と、はっきり人前に、世の中に示せるようなおかげを頂いてみたいと思っております。


きっと私はやらせていただきます。やらせて下さることを信じています。こんな至らぬ、力もない、何の後盾もない、おまけに叩かれ続けの私が、迎えました布教二十周年の歩みを振り返りますと、いろいろの意味で「かくも大みかげをよくぞ頂いた」と本当に有難いと思っております。この有難いという心では、私はどんな人にでも負けないと思っています。

この恵まれている自分というものを掘り下げ、掘り下げ、自分のどん底まで改まってゆく信心―どんな苦しいことでも喜んで受けてゆく道、その勇み心―を頂くことが私の信心であり、泉尾教会の信心なのです。皆様も是非、親なる神様に縋って、苦に勝っていただく信心をしていただきたい。

この信心によって、本当に人間を作り替えていただくのです。私自身が信心によって作り替えていただいたのですから、皆様方にも、ここを本当に解ってほしいのです。ここを基にして信心を立てていただきたいのです。

この心、この勇む心を人々に取り次いでいただきたいのです。苦に揉(も)まれた、洗練された、どんな苦しいことでも辛いことでも困らぬ、いよいよ勇む心、感激の湧く泉を頂いてほしいのです。この、力もない、価値もない私を、よくもまあ、こんなに神様が使うて下さると思いますと、有難うて有難うてどんなに喜んでよいのやら判りませぬ。なにとぞ、皆様も共に、神様にお縋り申して下されまして、神様の御力で全てにおかげを蒙ってくださいませ。

これが私の祈りの言葉です。なにとぞ、この私の祈りを頂いて下さいまして、正しい、しっかりとした生活者として、今後の苦を大みかげにして下さいませ。

(1947年1月24日 布教二十年記念大祭でのご教話)

「足らぬ」をハッキリと知ること

自分の幸福、人々の幸福、社会の幸福のため、その基盤や土台をどんなところに置くべきでしょうか? その全ての台は自分であります。その自分を本当にハッキリさせておくべきなのです。

それは、自分という者を本当に分かることだと思います。自分という者は、いったいどんな者であるかを本当にハッキリと知ることで、自分を幸福にし、社会を幸福にすることができるのです。

しかし、その自分を知ることがなかなか難しいのです。お互いは、ともすれば、自惚(うぬぼ)れやすいものです。例えば、働きにいたしましても「今は、やっていないが、やりさえすれば、こんなことくらいいつでもできる。簡単にやって見せる」と自惚れているのですが、そんな浮いたものではなしに、徹底的に自分というものを知らせてもらわなければなりません。


それは、私がいつも申しているように、私の話(教話)を聞いて、ただ頭の中だけで解るのではなくて、本当に身をもって分かってもらいたいのです。「本当に自分は足らぬ!」これを皆さんが本当に分かることが、人生の土台がシッカリするということです。自分を、一家を、社会を幸福にする土台でもあると思います。それを本当に分らせてもらうために、自分を掘り下げ掘り下げ、叩きに叩ききって「ここも至らぬ。そこも…」と叩き詰めなければなりません。もっともっと掘り下げなければならないのです。

では、本当に、至らない自分を自覚するということは、どういうふうになることかと申しますと「何からでもさせて下さいませ。尽くさせて下さいませ。私を使うてくださいませ」というものが湧いていなければならないのです。本当に足りない自分ということが分っている姿は、「させていただきたい。尽くさせていただきたい」の念が湧いている状態です。それを「求めている姿」とも申します。ですから「求めている姿」と言うのは「足りぬ姿」なのです。

その「求めている姿」とは、なんでも受けられる姿です。例えば「月給500円(註:現在の5万円くらい)。なんじゃ、これくらいでは…」と言うのでなく、「有難うございます」と言えるか、ということです。これなんです。自分の価値、自分の至らぬ事を本当に分かる者は、なんでも受けられると同時に、自分を磨き、鍛え、作らなければならないという、燃える生活の態度になれるのです。


聞ける心。つまり「あの人には何を言うてもふくれる」というのでは自分の足らなさを知らないということです。「何からでもよい。是非、聞かせて下さい」と言える人は、自分の足らなさを自覚している人です。また、無条件の姿なのです。ですから、求め方が足りない、受けられない、聞けないというのは、自分が足りないということが分からないからなのです。

「至らない」ということは、詫びて詫びて詫びきる姿です。懺悔(ざんげ)の姿です。ですから、「懺悔ができぬ」というのは、至らなさが分かっていないためなのです。

働きで申しますと「この私の根限り、全身全霊のあらん限り働かせて下さい」というのが足りなさの自覚から湧く働きの姿です。「なんで私のような年寄にこんなことをさせて…」と言うのは、分かっていないのです。いくつになっても「何かさせて下さい。この身体の動く限りは何からでも使うて下さい」という元気な態度が、足りなさの自覚から湧くものです。

人々の幸福、周囲の幸福―自分のみではなくて、一家全体、社会全体の幸福―は、自分が本当に分かること、言い換えれば、「自分が足りない」ということが分かり、自分を叩き叩いて「私は本当に至りません」ということになりきれば、なんでもさせていただけるのです。「せずにはおれません」というものが湧いてくるのです。沸きたぎってくるのです。そのままが、詫び、尽くし、祈らずにいられないというものが湧き上ってくるのです。

皆さんは、その至らぬ自分を本当に分かって欲しいのです。信心というのは、この至らぬ自分であるということが、本当に分ってくることに始まるのです。そうすれば、ひとりでに、喜びも働きも、全ての尊いものが湧いてきます。人の言葉も聞けます。無条件にもなれるのです。


拝むということでも「何を拝むのか?」と、拝まされるのではないのです。「拝まずにはおれません」というものが自分に湧いてこなければならないのです。「この神様は有難い神様です」と人に言われて拝むのでなく、「拝まずにはいられない」というものが湧いてこなければなりません。親孝行でも「孝行せよ」と言われてするのでなく、「孝行せずにおれぬ」というのでなくてはならないのです。

私自身も、常に自分を叩いております。叩いても叩いてもまだ本当に固まりません。浮いたところがあります。掘り下げても掘り下げても、まだまだ清水の湧くところまで行きません。日にち皮を剥(む)いていますが、まだまだ芯まで剥ききれません。至らなさに悩む私であります。

例えば、立派な家を建てる時には、まず地固めをいたしますが、必ず最初にドシンドシンと地突きをしてから、さらに杭を打ち込みます。そして、その杭がいくら打ち込んでもこれ以上、入らないところまで打ち込めば、また次の所へ杭を打ち込むのです。地突きをした上に、十二分に幾千本かの杭を打ち込んでこそ、その上に何を建てても大丈夫になります。耐震耐火の立派なビルを建てようと思えば、その土台に十二分に力を入れる事が肝要です。


お互いも、自分を叩いて叩いて叩ききり、掘り下げ掘り下げ掘り下げきって、剥いて剥いて剥ききって、真(しん)に自分の価値が分かり「この私ほど至らぬ者はございません!」という自分に徹しきることです。そこのところまでゆけば、その人はもう大丈夫です。シッカリした土台・基盤ができたのです。

たとえ、人に「お前さんは足らぬのぞ」と言われても、またどんな苦難が起こっても「私は至らぬのでございます」と、それによって自分を掘り下げ、叩き上げ、自分に杭を打ち込むことができるのです。「働きも喜びも足らぬじゃないか」と言われても、「ごもっともです」と、また杭を打ち込んで、自分を突き固めていくことができましたならば、その人はだんだんシッカリと動かぬものになり、固められ、大丈夫になるのです。「お前のような奴はダメだ」と言われても「ごもっともです」と合掌拝受し、一層改りのできるようになると、その人はもう大丈夫です。

(ゆる)みの無い至らなさ、動かぬ至らなさ、「自分が至らなかった」ということが判れば、どんな悪条件でも聞けるのです。受ける心ができる、聞ける心になると、どんなに無理なことでも聞けるのです。また、「そんなに働いてもらっては…」と言われても、「いや、もっと働かせて下さい」というものが湧いてくる。それがそのまま幸福に続く感激行なのです。そこに、自分も人も社会も幸福になる台が基盤がハッキリするのです。


自分をハッキリ判る! 至らない自己の発見! そこを皆さんも分かっていただきたいのです。至らない自分に徹底してもらう。自分の皮を剥いて剥いて芯まで剥いて、剥ききって下さい。芯まで剥いて、真(しん)に至らぬ自己の発見。お互いは恵まれているから、思い上がっているのです。どうぞ、剥いて剥いて剥ききって真(芯)の自分、生地のままの自分を発見してください。

鍍金(メッキ)をされているから判らないのです。自分を金のように思っている。それがどれほど勿体(もったい)ないか。相済まぬか。神様に庇(かば)ってもらっている自分…。その下に隠れて、金のような顔をしている自分を叩き割っていただきたいのです。剥がしてもらいたいのです。剥いてもらいたいのです。そうすれば、皆さんが平生祈っている喜び、改まり、働きもそこから湧いてまいります。

自分だけが良ければよいというのではない、自分が今恵まれているのも「人々に親切を尽くしてゆくように。頂いているお恵みを人々にお分けするように。神様からお授かりを頂いているのだ」ということも判ってまいります。

信心させていただいているお互いは、神様の愛に包まれている自分という殻、慢心を脱ぎ捨てて、生地そのままの至らぬ自分というものをハッキリ判らせていただき、ますますご信心の道に進まれまして、おかげを蒙(こうむ)って下さいますようお願いします。

(1947年2月 ある日の教話)