1月13日、金光教泉尾教会信修館において、人類共栄会の平成14年度総会と創設50周年記念シンポジウムが開催され、日本有数のNGOとして、国際的にもめざましい活動を展開しているAMDA(アジア医師連絡協議会)の菅波茂理事長が記念講演を行った。本サイトでは、同講演ならびにシンポジウムの内容を順次掲載して行く。
▼AMDAのおかげで夫婦仲が良くなった
すみません。医者の職業病で、いつも手に何かを持っていないと落ち着かないもので、マイクを持って話させていただきます。私たちはAMDAという団体なんですけども、頭の良い人が、「ア・ムダ」と、間に点を入れてくれまして、無駄なことをしているから「アムダ」だと……。「人の金使ってまで無駄してはいけません」と、よく言われます。けれども、私自身こういった国際協力に携わって30年になりますが、けっして無駄でなかったと思っています。
まず、妻との仲が良くなりました。こういう活動をやっておりますと、夫婦仲が本当にうまく行きます。それで、女房ばかりか、親の姿を見て、子供がまっとうに育ってくれたということが、最大の効果だろうと思っております。
こういう活動をやっておって、なぜ、妻との仲が良くなったかといいますと、非常に簡単なことで、『大学』(註=儒教の経典「四書」のひとつ)にもですね「小人閑居して、不善をなす」という言葉がありますが、私、医者をやっておりますから、少しばかり小銭も入ります。なんとなく世間では良いように見てくれますので、もし暇があったら、たぶん二号さん、三号さんを作ってたんじゃないかなと(会場笑い)……。そして、金もたぶん博ばく打ちに使ってたんじゃないかなと……。ところがAMDAをやってましたので、そういう暇ができずに「多忙にして、不善はなし」ですね。時間がなかったと……。これが一番、夫婦仲がうまくいっている理由じゃないかと思います。
菅波茂先生の基調講演に熱心に耳を傾ける人類共栄会会員
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人類共栄会の50周年ということは、そういった意味でも、たくさんの人が、人類共栄会の支援の対象になったたくさんの世界中の人たちも、その恩恵を蒙(こうむ)っていると……。そういった意味で、人類共栄会の働きというものは本当に素晴らしいものだと思いますし、50年も前からそういったことをやられていたこと自体がすごい話だと思います。
▼ 宗教団体に対するメディアの偏見
ところで、キリスト教関係の方々が海外協力活動をやっていることはよくメディアに採り上げられるんですけども、日本ではなぜかメディアの偏見がございまして、クリスチャン関係の人がそういったことをするのは当たり前だと……。ところが、神道とか仏教系の方が救援活動をやりますと、それは、自分ところの教勢を伸ばすための布教宣伝活動に違いない(だから、採り上げない)という、メディアの側の偏見がありました。
私も本当に、つい最近まで、50年も前からこういう活動をやっておられる素晴らしい団体があるということを知らなかったですね。それは、なぜかといいますと、メディアが紹介しないからなんですね。ところが、同じことを小さなキリスト教の教会がやると、どんどんメディアが紹介するわけですね。そういった意味で、まだまだ日本には「西洋に起源を持つキリスト教は立派な宗教で、社会活動をするが、神道や仏教にはそのような社会奉仕活動の理念がなく、もしそんなことをする連中がいたら、それは宣伝か布教目的からだ」という差別と偏見があります。
人間は誰でも、「人に対して役に立ちたいという気持ちを持っているんだ」ということを、まずメディア自身が知っていかなくてはいけないだろうと思います。今日はそういった意味で、人類共栄会の皆様方とお会いさしていただいたことを非常に嬉しく思っております。
▼AMDAの活動は私自身の一部
私たちAMDA(アジア医師連絡協議会)は、正式には1984年に設立しましたけども、私自身の活動は昭和46(1971)年に、最初の医療チームをタイとビルマの国境地帯に派遣したところから始まっていまして、30年間ずっとやってきているんですけども、はじめは人類共栄会のような大きな目的ではありませんでした。
最初の医療チームを出しました時に、私たちは寄付を募って行きました。ところが、寄付をする人は必ずこう言います。「あんた、まさか今年だけで止めるんじゃないでしょうね」と……。そりゃあそうですよね。皆さん大切なお金をくださるわけですから、私たちも活動の主旨を述べますと、良いことを言いますとですね、必ず「来年もやるんだろうな」と、こういう質問をされます。私たちも当然、「来年もやりますよ」ということで、皆さんが貴重なお金を下さってきた訳ですね。それで、また新しい年が来ますと、去年発行した手形を今年も切らなきゃいけないと……。こういう形で、これを30年間ずっと繰り返してきた訳ですね。
実は私、尺八を習っているのですが――これは学生時代からやっているんですけども――ある時、尺八のお師匠さんにこういう質問をしたことがあるんですね。「先生、いつになったら私は尺八が上手くなるんでしょうか?」と……。こういう質問をしましたら――その先生は都山流の竹林七賢の7人のうちの1人という、本当に内弟子で入って上手くなられた方なんですけども――そのお師匠さんが私に言われたのは、「菅波君、10年やりなさい。10年やると、上手いとか下手でなくて、もう尺八がないと君、淋しくなるよ」と……。「そのときに君の音色が出るんだから。とにかく10年間やりなさい」と、いうことを言われたことがありました。私もこういった活動を30年やってきまして、もう、人のために役に立つとか立たないとかですね、そういうレベルじゃなくて、AMDAの活動が自分の生活の一部になってしまいまして、国際医療協力をやらないと、なんとなく自分自身が落ち着かないという、こういう状態になるんですね。
▼困難が尊敬と信頼を創り出す
あんまり理念めいたことを私が言いますと、ちょっと苦しいんですけども、いろんなトラブルがありました。私も病院(の経営)をやっておりますんで、もしAMDAという団体が潰(つぶ)れれば、同じく病院のほうにも被害が出ていく。それから、病院が潰れれば、このAMDAの活動もできなくなるという二股人生をやってましたもので、いずれにしても、女房も捲き込んでますので、トラブルが起きる度にですね、女房といろんな話をして「どうしたらいいのだろうか?」と、相談しながらやってきました。
それで、私は思ったんですけども、「トラブルは大切だな」と……。うちの女房も医者なんですけども、もし、私たちが別々(の病院に勤める)の勤務医だったら、本当に深い話をすることがなかったと思うんですけども……。病院経営には倒産ということがありますし、それから、こういったAMDAという皆さんの貴重な寄付金や税金も使わせてもらってますから、もしスキャンダルがあると「それで終わり」という危機感が常にありました。倒産とスキャンダル、これが私たちにとって一番の問題なんですけども、そういうことが起こるかという状況が度々あったんですけども、その度に、女房と真剣に話をしてきました。
今、男女共同参画社会と言いますけども、困難と直面する毎に、女房の私にない素晴らしい面というものが解ってきて、女房に対して尊敬の念が出てきました。問題解決する時に、自分にない素晴らしいものを相手に見つけ出した時に尊敬の念が起こってきます。
それから、どんな困難に陥っても、女房が決して逃げないということが解ってきますと、信頼の念が起こってきます。ということで、この活動を通じまして、私は女房との間に尊敬と信頼という人間関係をみることができたわけですね。ただし、女房が私に対してそういうものを持ったかどうかは別で、聞いておりません(会場笑い)。皆さんも、聞いてみて下さい。それで、AMDAの基本的な理念というのは、私がいろんな本を見て感じたことではなくて、女房と私自身の夫婦関係の中でですね、私が気付いたことをAMDAの人道援助の三原則とか言って、いろいろやっております。
▼トラブルは財産・知恵の泉
AMDAは、世界で30カ国に支部があります。そこで、ものの見方、考え方の違った人たちが、どのように一緒に生きていけるか……、そういった意味で人類共栄会と同じ方向を目指しているんですけども、その方法論において、どこが違うのかといいますと、AMDAは私と女房との関わりの中でいろんなものを創り出してきたところが極めて生臭いしですね、本当にそれが普遍性を持っているのかどうかというのは、私も解りません。
しかし、ものの見方、考え方の違う人が一緒に何かをする、その一番の基本は夫婦関係だと思っております。そもそも、男と女という深い溝もありますし、それぞれ違った親の下で、違った考え方の下で育てられた2人が、本当に上手くいくためには、そこには相互に尊敬と信頼という人間関係がなければ無理だなと……。そして、その人間関係というのは、トラブルを克服していく過程で初めてできてくるのだと思いました。
すなわち、良い人間関係を作ろうと思ったら、トラブルを共有した方が良い。絶対に逃げないほうが良い。トラブルが大きければ大きいほど、関与している人たちの間の尊敬と信頼の関係というものを獲得できるのだと……。そう思ってきました。「トラブルは財産、トラブルは知恵の泉」というのが私の経験なんですけども、そういった意味で、私たちもいろんな活動をやっております。その活動の基本は、ものの見方、考え方の違う人たちとの間に、どうやって尊敬と信頼という人間関係を打ち立てるかということを私たちは最高目標にしております。その過程の間に、本当に困っている人たちのお役に立てれば、それは、なおさら良いことだと……。
そこで、一番のポイントは、トラブルをどこで探して、どうもっていくかということです。私自身は、人間のご縁というものを感じていまして、縁というものは向こうから来ることもありますけども、自分たちが積極的に出て行くことにより、そういうご縁を結ぶことができるのではないかということで、特に私たちは「災害があった時は必ず出て行く」という形にしております。
◆自分の存在を認めてもらうこと
災害を通じて私たちが感じましたことは、「国家の論理」と「市民の論理」の違いです。国は国として、その国に所属して税金を払っている国民の利益を守る、すなわち国益を守るという論理がありますけども、私たちは、非政府団体(Non
Governmental Organization = NGO)といいまして、すなわち国家の論理を離れて、どう活動するかということをポイントにしていますので、国家というよりは、ひとりひとりの人間に対して、どう私たちは関わっていったらいいのかということです。こういう視点で見ましたら、人間にとって、一番大切なことは、「存在を認めてもらうこと」だと思います。これがですね、ぎりぎりの原点ではないかと……。
で、存在を認めるということは、2つあります。まず、魂の面での存在を認めてもらうということ。それから、人間が生きている限り肉体があります。肉体の面での存在を認めてもらう。この2つを併せてですね、「人間の存在を認める」と、こういうことじゃないかなと……。
それでは、「人間の魂の存在を認める」ということは、なんなのか?と言いましたら、私たちが、考えていますのは、「人を自殺に追い込まない」ということです。それから、「肉体の存在を認める」ということはですね、「人を野垂(のた)れ死にさせない」ということです。すなわち、「人を自殺に追い込まない」ということは、「人権を守る」ということです。それから、「人を野垂れ死にに追い込まない」ということは、「平和を守る」ということであると、こういうふうに私たちは勝手に定義しております。
それでは、人はいかなる時に自殺に走るのか? それは、絶望的な状況に陥った時に自殺に走るということです。じゃあ、人が絶望的な状況に陥る時はどういう時か? といいますと、それは、3つあるんじゃないかと思います。すなわち、「誰もあなたに対して関心を持っていませんよ。誰もあなたに対して必要と思っていませんよ。誰もあなたのことを覚えていませんよ」と……。これが、人間の魂にとっては絶望的な状況だと……。そのときに、人は自殺を考えるのではないでしょうか。
じゃあ、どうしたらいいのか? それは、その人に対して、「私はあなたのことを覚えていますよ。あなたに関心を持っていますよ。あなたをいつか必要としますよ」というメッセージを送り続けることです。これが、その人にとって、希望という、自ら頑張っていこうという、こういった力を与えるものではないかということで、私たちは難民の人であろうが、自然災害の人であろうが、そういうメッセージをどうやったら伝わるかということをいろいろ研究しました。
結論として言えることは、「希望」という字を見ますと、望とはのぞむ、希とはまれですね。すなわち、本当に絶望的状況に陥る人にとって一番有難いのは、自分たちに関心を持ってくれる人たちが目の前に現れることである。すなわち、絶望の人に対するメッセージは、その現場に参加することなんだと......。これが、私たちが思っていることです。
私たちは、災害がどこかで起こったら、それによってどのくらい相手が助かるかどうかということは二の次にして、とりあえず、できるだけその悲惨な状況の人のもとへ駆け付けて行く。これによって、「私たちはあなたのことを忘れていませんよ。あなた方のことに興味がありますよ。いつかは、あなた方を私たちが必要とすることがあるんじゃないでしょうか」というメッセージを届ける。すなわち、「人権を守る」ということの一番の基礎は、「参加する」ことによってそういう絶望的状況にある人に「メッセージを届ける」、すなわち、「メッセージとは参加である」と、こういうふうな考え方でやっております。
◆人を野垂れ死にに追い込まないこと
それから、「人を野垂れ死にに追い込まない。平和を守る」ということはどういうことかと申しますと、平和の定義を私たちはこういうふうにしております。「今日の家族の生活と明日の家族の希望が実現する状態が平和である」と……。その状況を疎外する要因として、「戦争」と「災害」と「貧困」があると……。それでは、「今日の家族の生活」とは何かというと、いわゆる人権意識の進んだAMDAカナダ支部の人たちも「そうだ」と言わなければなりませんし、つい6年前に、たくさんの人が虐殺されたアフリカのルワンダにも私たちの支部があります。ルワンダの会員も「そうだ」と言い、それから、日本の私たちの会員も「そうだ」と言っていただけるこういった普遍的な定義をしないと、私たちはやっていけない団体なんです。私たちの定義は、「今日の家族の生活」とは「食べられる」こと、そして「健康である」こと。「明日の家族の希望」とは何かというと、これは、「自分たちの子供に教育を受けさせられる」こと。すなわち、「食べられる」こと、「健康である」こと、それから「教育」、この3つが、家族の平和というものを実現するものである。
それを妨げるものとして、戦争とか災害だとかがあります。今、世界の富の8割は20パーセントの人たちが所有して、20パーセントを残りの8割の人たちが所有しているという隔たった状況(格差)がありますけども、そこには貧困というものがあります。この貧困が、いろんな意味で妨げをしています。こういったことから、私たちは平和というものを家族単位で考える。それを克服するためには、戦争というものに対してどういうアプローチをしたらいいのか? 災害に対してどうしたらいいのか? 貧困に対してどうしたらいいのか?こういうことを、考えながらやっています。
◆貧しい人は、なぜ貧しいのか?
そこで、とかく私たちが気を付けなくてはいけないのが、貧困の問題を考える時に、「貧しいのは、貧しい人たちに能力がないからだ」と思ってしまうことです。あるいはこういうふうにされがちなんですね。メディアも、発展途上国で災害が起こった時に、先進国から駆け付けた救援チームの報道はよくします。でも、実際に被害を被(こうむ)った発展途上国の人たちが、現場でどういうふうに考えているかというのは報道をしないわけですね。こうやって私たちの頭の中に摺すり込まれていったのは、「人道援助は先進国の専売特許だ」と、こういうかたちですね。で、そういう報道を受け取る私たちとしましてはですね、「だから発展途上国は駄目なんだ」という、こういう摺り込み方が、どんどん形成されていっているんです。これが、実は一番怖いことなんです。
私たちは、災害時だけじゃなくて、貧困に対してもいろんなプログラムをやっていますけども、基本的な問いかけとして、「貧しい人は、なぜ貧しいのか?」という問いかけがございます。こういう問いかけに対して、1998年にクリントン大統領が――あの人はフリン(不倫)トンともいわれています(会場笑い)けども、まあ、そっちは別にして――貧困対策において、小規模融資の世界大会をワシントンで開きまして、この小規模融資というのが貧困対策のひとつのスタンダードになっているんです。
これはどういうものかといいますと、プロフェッサー・ユノスというバングラデシュ出身のシカゴ大学の教授が、豊かなアメリカの学生に経済学を教えている時に、「本当に貧しい自分の国がどうなっているのか?」ということで、国に帰って、農村を歩いてみました。そうすると、中年の女性で、手工芸品を、しかも、いい製品をたくさん作っている女性がですね、いつまで経っても豊かにならない。「これはどういうことか?」と聞きますと、貧しい人には銀行はお金を貸しません。金持ちの人には金利15パーセントで貸しますけども、貧しい人が材料を買うためのお金は銀行は貸さないので、高利貸から、いわゆるサラ金と同じ35パーセントの金利で借りて、そのお金で材料を買って手工芸品を作ると、働いても働いても、金利を返すために豊かにならないと……。
そこで、ユノス教授が思ったのは、自分の家を抵当に入れて、安い金利でそのご婦人に金を貸してやるということです。すると、見事に金利分だけが富となって貯えていって、そのご婦人は家を直し、子供を学校に行かすことができた。ここでひとつの原則が出てきます。意欲と能力があっても、チャンスを与えられないから貧しさから脱却できない。すなわち、公平さの原理というのは、意欲があって能力がある人には、チャンスを与えて自己実現させるというのがフェアネスの考え方で、もし、差別ということがあるとしたらですね、意欲と能力があっても、チャンスが与えられなくて実現できない。これが差別なんですね。そうしますと、「貧しい人たちがなぜ貧しいのか?」ということに触れますと、「意欲と能力があっても、チャンスが与えられない。そのために自己実現できない」という、こういったひとつの公式を出したのがユノス教授という人です。
この前、ノーベル賞の経済学賞を貰ったプロフェッサー・センという人は、「貧しい人はなぜ貧しいのか?」ということに関して、彼は、中国とインドを比べまして、「インドの政治体制の方が良い」と結論づけました。なぜなら、1950年代に、同じ貧しさの中で、中国では何千万人という餓死者が出ましたけども、インドでは餓死者が出なかった。こういったことから、「民主主義国家のほうがいいんだ」という結論を出しているんですけども……。民主主義国家においては、国民ひとりひとりが競争の中に参加するんですけども、貧しい人が参加する時の、基本的な条件が与えられていない。そういう不平等な条件の中で競争に参加させられては、貧しい人の自己実現が難しいと……。
では、その基本的な条件とは何かということになりますと、彼が言ったのは、「文字が読める」こと、「健康である」こと、「土地改革」の、この3点を国家が保障しないと、「貧しい人は、いかなる民主主義体勢の中ででも、自己実現は難しい」と……。しかも、国家が保障しなければいけないから、これは福祉であると……。こういう考え方で、経済開発の中に福祉の概念を持ち込んだ新しい経済学だということでノーベル経済学賞を貰っているわけですね。
この2人は、どちらもベンガル地方の人なんですね。2人が出した結論は「今日の家族の生活、明日の希望」というものに対してどうしたらいいのか。すなわち、「貧しい人は、なぜ貧しいのか」という基本的な問いに対する答えなんですね。こういった貧しさというものに対して、「貧しいのは本人の能力がないからだ」、あるいは「意欲がないから」ではないんだと。「チャンスがないからだ」と……。それから、「本来、貧しい人に対してやってあげなきゃいけない基本的な条件整備ができていないから、貧しい人は勝負ができないんだ」と……。そういう新しい見方を出してくれている人たちがいるわけです。これが、貧困に対する新しいやり方になってきているし、私たちNGOも、そういった面からいろんなプログラムを立ててやっております。
私たちNGOがやってますのは、「ヒューマン・セキュリティー(人間の安全保障)」といいまして、個人個人が人生を全うしていくためにはどうしたらいいかということで、セン教授が言いました、「ものが読める・書ける」すなわち教育プログラムをどうするか。それから、人間、健康でなければ人生はなかなか難しいということで、健康に対するプログラムというのもやっています。
それから、もうひとつは、ユノス教授が言いましたように、貧しい人にはチャンスがないからだ。そのチャンスとは、お金を安い金利で普通に貸してもらえること。そうすれば、能力のある人には実現できるということで、小規模融資マイクロクレジットということをNGOの観点からやっています。
それから、もうひとつは、子供に対する教育をどうするのか。それについては、家庭の中では、母親が大きな役割を占めているので、母親に焦点を当てたプログラムをやっています。母親が意識を改革して、もっと役割を果たせるようにならないと、「今日の家族の生活、明日の家族の希望」というものは、難しいということですね。私たちは野垂れ死にをさせない、平和を守るという意味から、このようなプログラムをやっています。
◆宗教NGOに期待するもの
そこで、私が考えますのは、NGOは何も民間の団体がやるだけじゃなくて、本当に人類共栄会のような宗教NGOというコンセプトが日本にはどんどん出てきてもいいんですけども、なぜか、クリスチャン系のNGOしかメディアで紹介されないという、こういう不平等さがあったと思うんです。
では、宗教NGOに期待するものは何か? 私たちAMDAは医療というものを中心にやっております。で、私たちができるのは「人を野垂れ死にさせない」という健康の部分についてはできますけども、魂の部分についてメッセージを届けるということに関しましては、専門家ではありません。むしろ、人類共栄会、すなわち宗教NGOとしての位置付けをもうひとつされるとしましたら、魂に対する呼びかけ、つまり、「人権を守る」という、こういったところを、むしろ聖職者の方々がですね、大きな役割を果たされるところではないかと思うのです。
AMDAは、緊急人道援助をやっていますけども、私が最近、非常にへんだなと思っていることがあるんです。私たちが緊急人道援助に出掛けていく各所には、いまだに太平洋戦争の傷跡が残っているんですね。例えば、1995年の5月にサハリンで地震が起こりまして、私たちは立正佼成会の方々と一緒にサハリンに行きました。その時に、私たちは飛行機をチャーターしてたくさんの物資を送ったんですけども、それがサハリン全土にテレビ放映されまして、在留日本人の方々からこういうふうに言われました。「私たち(日系人)は今まで非常に恥ずかしかった」と……。恥ずかしいというのは、サハリンでは、敗戦国の日本人は三等市民なんですね。二等市民は朝鮮人の方々、そして一等市民はロシアの方々ですね。ところが、AMDAと立正佼成会が、まっ先に救援機で大量の物資を送り込んだことが地元のテレビで放映されまして、三等市民だと言われていた日本人の方々がですね、「これで私たちも胸を張って歩けるんだ」と、こういうことを私たちに言われたんですね。
それで、太平洋戦争というのは、もう60年前に済んだと思っていたんですが、いまだにそういうことが残っているのかという認識をしたのと、その救援機を送る前に、小型チャーター機で私たちが3人を先に送り込んだ時に、パイロットをされた野口さんという方ですが、この人が非常に喜んで下さったのです。「私は実はゼロ戦のパイロットだったんだ」と……。それで、「太平洋戦争の時は、敵を殺しに行ったんだけども、今回のように人を助けるためにAMDAの皆さんを運ぶということが、私は非常に嬉しいんだ」と、こういうようなことを言われたんですね。
◆魂の世界へ導かれつつあるAMDA
それから、1998年にパプア・ニューギニアのアイホテというところで現地の人たちが1000人も死ぬという大津波が起こりましたんですけど、この時も私たちは救援チームを送りましたら、名古屋の遺族会の方から電話が入ってきて、こう言われました。「覚えていて欲しいんですけども、ガダルカナルでは、半数以上の人が生き残っているから、ガダルカナルの話(註=幾万人もの日本兵が餓死したこと)というのは後世に伝わると思うんですけども、(パプアニューギニアの)アイホテでは、実は9万人の日本兵が敗走したんだけど、ところが生き残ったのは1万5千人しかいないんだ」と……。で、「だんだんその人たちもいなくなるから、あのアイホテでたくさんの日本兵が死んだという事実が忘れ去られることが自分は恐いんだ」と。「だから、ぜひ、このことをAMDAとして覚えていて欲しい」と……。
それから、私たちがミャンマー(ビルマ)に行きますと、メチーラというところがあるんですけども、そこで、英印軍と激戦になった「インパール作戦」から逃げる日本兵がおりまして、非常に気候が乾いていますので、英印軍の戦車の前に非常に酷い目にあわされたと……。戦後、そこに日本人の捕虜収容所もできた、そういう所らしいんですけども、岡山県のビルマ会の方が、「菅波さん、あそこはぜひ覚えていて欲しい」ということで、私たちはそこでもプログラムをやっているんです。
そういうことで、私たちは緊急救援であちこちに行くんですけども、太平洋戦争の跡が、いっぱい出てくるわけですね。この前もベトナムに行きましたけども、ベトナムでもたくさんの日本兵の方が餓死をしているわけですね。そして、戦争中、100万人からのベトナム人も餓死していると……、そういう事実を向こうの人に話しますと、向こうの人は、そういうことを覚えていることを喜ばれるんです。多くの日本の兵士の方も餓死しているという、そういう場所も判ったんですけども、やればやるほど、「私は、なぜ日本国内では、もう過去のこととして誰も相手にしない、太平洋戦争の傷跡がまだ残っている、そういう現場に突き合わされるのかな?」という疑問を私自身持ってきまして。私は魂の世界というのは知らないんですけども、誰かがAMDAをそちらへ連れて行っているのかなと、そういう疑問を最近持つようになりました。
◆ 「魂と医療のプログラム」
それで、私が思ったのは、人権が守られていないということは、「誰も自分に関心を持ってくれない。誰も自分を覚えていてくれない。誰も自分を必要としない。という状態に自分が置かれていると思った時だ」と定義づけましたが、果たしてこれは、生きている人たちだけに通用することなのかな?という気持ちを最近、持つようになりました。死んでしまった人にも、やはりそういう気持ちがあるんじゃないかなと……。すなわち、「骸骨にも人権があるんじゃないかな」と……。こういう気持ちに私自身なってきました。
考えてみると、私たちAMDAは、アジアに支部がたくさんあります。カンボジアにありますし、それから、フィリピンにもありますし、インドネシアにもあるわけですね。そこで、その地のメンバーにちょっと尋ねてみると、実は、これまで言わなかっただけなんですね。彼らもやはり、あの戦争による巻き添えをいっぱい喰っている訳なんですね。そうしますと、太平洋戦争というのはですね、あくまで日本とアメリカとの関わり合い(戦闘)の中、あるいは、日本と英印(註=英領インドシナ)軍との関わり合いの中で働いていますけど、本当は、象と象がぶつかることによって、足元にいる蟻がいっぱい踏み殺されているわけですね。
そういった巻き添えを喰った人たちもいっぱいいるんだという事実が、だんだん判ってきまして、もし私たちが本当にAMDAとして、平和、すなわち「今日の家族の生活、明日の希望」というものを多様性の共存のひとつの理念として言い続ける限り、そこの事実を外しては誰も信頼しないだろうということが判りまして、実は3年前から、私たちは『魂と医療のプログラム』というのを始めています。これは、どういうことかといいますと、あの戦争で死なれた日本兵の方々と、巻き込まれて亡くなられた現地の方々のために、日本と現地の聖職者の方に、その激戦地の中で慰霊祭をやっていただいて、AMDAとしては、そこでよんどころないことで戦死されて、念だけ残っている人や、そのご家族のために、医療施設を造って、そこをAMDAが面倒みさせてもらう。
それから、現地の支部にそこをお願いする。それから、日本の私たちもお手伝いする、ということですね。亡くなられた方の魂の慰霊は宗教者の専門の方々にお願いして、その人たちが気にしながら亡くなられた家族の方の平和の中の「健康」という部分に関してはAMDAがお世話さしていただきますと、こういう組み合わせで『魂と医療のプログラム』というのを、実は3年前からやっているんですけども……。こういった視点を抜いては、平和というのはなかなか難しいんじゃないかなと思います。
◆タリバンは本当に悪者か?
今回もアフガニスタンがたくさん爆撃に遭っています。私が非常に気になりますのは、タリバンという名前が付いただけで、「殺されて当たり前だ」という何かしらの風潮が出てきたということです。これについては、当教会の三宅善信先生がインターネットで発表されている論文を見させていただきまして、「ぜひこの場に参加させてもらいたい」と思ったんですけども、三宅先生は、「タリバンを狂ったイスラム教の原理主義者と呼びながら、一方、アメリカ自体が『God
Bless America(アメリカに神の恩籠あれ)』と言って、自らの宗教というものを全面に出しているではないか。一概に宗教というもので人を非難するのはおかしんじゃないか」という主旨の論文を書かれている訳ですね。ここまでハッキリと、今回の事件に対して言われた人というのはいないんですね。
そういった意味で、私は、この人類共栄会というのは、かなり本物の理念が徹底されているし、指導されている人たちの思いというのも、これは本当に公平な見方をされている団体だなと思いまして、こういうところで、ぜひ私たちAMDAのことも少しでも理解していただけたら有難いという気持ちで、実は来させてもらったんです。
9月の11日にテロ事件がありましたけども、実は、9月の12日に、ニューヨークタイムズの東京支社からAMDAの本部に電話が掛かってきました。それはどういう電話かといいますと、「AMDAは、このテロがいつされるかということを事前に知っていたんでしょうか?」と……。AMDAもテロ組織と関係があるんじゃないかと(疑われた)、こういう電話だったんですね。なぜ、そう言われたかと言いますと、実は私たちは、タリバンの公共福祉大臣のアクアス氏を2001年の3月に日本に招いていたんです。
その記事を多分見られたかと思うんですけどね。それも、今回が2回目で、1998年にもタリバンを日本に招いています。その時はタリバンだけでなくて、北部同盟の今、暫定政権の外務大臣をやっているアブドゥラさんも招いているんです。なぜタリバンと北部同盟を招いたかと言いますと、1998年の時点では、タリバンは当時、アフガニスタンの95パーセント実効支配していました。一方、北部同盟はわずか5パーセントです。私たちが思ったのは、あの戦乱の中で、死ななくてもいい人たちがたくさん死んでいる……。その中でも、特に死亡率が高いのが子供だったわけですね。
私たちは、医療和平というコンセプトで両者を招いたんですね。死ななくてもいい子供たちが死んでいる。死亡した子供たちのだいたい25パーセントは、ワクチンをしていれば助かっていた子供たちなんですね。だから、「タリバンと北部同盟が合意をしてくれて、全土に医療ワクチンをやりませんか? その間、停戦されてはどうですか?」と、これが、実は私たちの医療和平の構想だったんですね。タリバン政権のアクタス公共福祉大臣も、「それは、いいことだ」ということでOKだったんですね。北部同盟のアフドゥラ外務大臣も――その時は外務副大臣だったんですけども――OKだったんですね。双方が合意して、これを実行できる段階にまでプロセスが行っていたんですけども、今回のテロ事件でご破算になったんですね。そういった理由で私たちは双方を日本に呼んでいたんですね。
◆どんな政治体制であろうと
これはどういうことかと言いますと、難民キャンプにおける乳幼児の死亡率を高める原因は大きなのが3つあります。ひとつは、難民キャンプというところは社会理念というのがありませんから、人間にとって一番大事な飲料水が、なかなか手に入らない。また、人間は排出しますが、その処理がなかなかできないということで、水の問題で下痢を起こします。そうすると、ただでさえ体力の衰えている子供たちは、下痢ということで死んでいくんですね。それが死亡率のだいたい25パーセント。
それから、人間は風邪をひきますけども、体力がなくて、自分たちを過酷な自然から守ってくれる家もない。そうしますと、子供たちにとってみますと、風邪が肺炎になっていって、肺炎で死んでいく。これが25パーセント。それから、麻疹とか、ワクチンをすれば助かるいろんな病気の子供たちが、ワクチンをしていないために死ぬ。これが25パーセントですね。
そういった状況からみますと、今回のアフガニスタンの状況は難民キャンプとは言えませんけども、長い間の戦乱で、医療施設が破壊され、そういった国家システムが動いていない状況で、私たちから見れば、もう難民キャンプ以前の問題です。そういった意味で、ワクチンによる医療和平交渉を呼びかけましたら、双方が応じてくれたということですね。これは、何を意味するかといいますと、どんな政治体制であろうと、「自分たちの次の世代の子供たちのいのちをなんとか守りたい」という普遍性の問題を持ってるということです。
で、私が人類共栄会に非常に共鳴しましたのは、(コソボ空爆の際にミロシェビッチ政権の)セルビアに対しても支援されているわけですね。あの当時、セルビアに対して支援するということがどれくらい勇気がいるかということですね。世界中が(セルビアを)悪者にしていました。でも、セルビアにも子供がいるわけで、セルビアの人たちも子供たちのことは一生懸命考えているわけですね。悪者とされているそちらのほうにも敢えて駒を進めた人類共栄会というのはすごいなと、こう思ったんですね。
そこで、AMDAとしては、ひとつ、一番考えなきゃいけないのは、「NGOは何を目指すのか?」ということで、これは、国家と違うところですね。国家というのは、国益を目指すために、常に正当性、レジティマシーの問題、すなわち「なぜ私たちはこれをやるのか」とか、「なぜこれが正しいのか」という時に、常にその判断基準の正当性というのは国家の論理に帰属しますけども、私たちNGOが目指すのは、普遍性という判断基準に基づいて行動することです。政治情勢がどう変わろうとも、時代がどう流れようとも、どんな状況になろうとも、人間として変わらないもの……。これに対して、私たちNGOというものは常に問いかけて、そちらに駒を進めなきゃいけない。それは、いのちという問題でもありましょうし、人間の人権という問題でもありましょうし、それから、もうひとつは、人間を野垂れ死にさせないという平和という問題でもあると思うんです。これが、私たちNGOが常に離れてはいけない普遍性の問題だと思っています。
そういった意味で言えば、私たちは「必要とされればどこへでも行く」という、こういう姿勢は絶対崩してはいけない。しかも、時の国家同士の正当性という面から見れば、「あなたとんでもない(悪者の)所に行くんですね。あなた(がしようとしていることの意味が)解っているのですか?」と公的機関の人々から尋ねられます。私たちがしようとしていることは、国家の論理という正当性という面から見れば、外れてるかも判らないが、でも、「私たちを必要としてくれている人たちがいるんだ」という大前提がある限り、NGOはどこへでも出掛けて行かなくてはいけないと考えています。そういった意味で、私たちAMDAもがんばっていますけども、それ以上に、私たちの大先輩として50年間の歴史を持っておられる人類共栄会さんが、私たちから見れば、私たちと同じようにあの時にセルビアにも行かれていたという、こういう事実を発見いたしました。
◆ 「無原則」NGOの本領
ひとつ例を挙げましょう。たくさんの日本のNGOが、「アウンサン・スーチーさんの問題で、ミャンマー政府に抗議文を送りたいからサインをしてくれ」と私のところに来たんですね。しかし、私たちはサインしませんでした。何故ならば、そのサインをすることによって、ミャンマーに入国できなくなるわけです。私たちは今、ミャンマーでいろいろプロジェクトをやっていますけども、本当に、ひとりひとりの人たちは、人間として一番必要なものを求めています。それは、食べられること、健康であること、それから教育。これは、アウンサン・スーチーさんが政権を執ろうが、現在の軍事政権であろうが変わらないことですね。そういうことに対してタッチするためだったら、私は、こちらの初代の三宅歳雄先生がなさったように、政治的に無原則であったほうがいいと思います。したがって、私たちAMDAは、必要とされるところに出掛けて行くためには、無原則・無節操・無思想という「三無い思想」でやっております。
じゃあ、敵対している国同士の双方へ行くためにはどうしたらいいか? そのために、私たちは各国に支部を作っております。例えば、この間のコソボとセルビアが喧嘩したとき、セルビア共和国には250万人がいますけども、私たちはボスニア・ヘルツェゴビナの支部から日本人と一緒に救援チームをセルビアの首都ベオグラードに派遣しましたし、それから、コソボに関しましては、アルバニア支部を創りまして、私たちのアルバニア支部と日本から派遣したスタッフが一緒にコソボに入っていくという次第でした。
すなわち、敵対している同士は血を流し合っても、その背後にあるいのちという普遍性に対して、私たちがコミットメントする(関わりあってゆく)ためには、世界中にネットワークを作っておけば、どこかのチャンネルからそこに入っていけると……。これが、私たちの考えでですね、支部を世界中にどんどん増やしていっている大きな理由なんです。「必要とされればどこへでも行く」という意味で、私たちは人類共栄会の皆さんがやられているということと、まったく同感です。ただ、ひとつ違うところは、私たちは医療の専門家ですけども、魂の専門家ではないんですね。そこのところは、むしろ人類共栄会の諸先生方がやられていることに対して、私たちはおおいに見習いをさせていただいて、もし、できることがありましたら、またAMDAと人類共栄会の皆さんとのジョイントというものもできれば、私も本当に嬉しいと思っています。
それで、結論としましては、ものの見方、考え方の違う人たちがどうやったら仲良くなれるのか? それは、相互の尊敬と信頼という人間関係しかないんじゃないかということです。それは、すぐ手に入るものでなくて、何か必要とされるトラブルを解決する過程にしかそのヒントはない。すなわち、トラブルというものは邪魔なんじゃない、トラブルがあるからこそ、お互いに関わっている人たちの間に、そういった素晴らしい人間関係が創り出される可能性があるのではないかと、こういうふうに考えております。ぜひ、AMDAのことを「ア・ムダ」と発音されずに、「アムダ」という形で今後ともご指導いただければと思います。どうもありがとうございました。
(文責編集部)
人類共栄会創設五十周年記念シンポジウム応答 井上 昭夫