人類共栄会
2nd Quater2002 |
4月18日(木)、内外での災害時に人命救助犬を派遣して国際貢献を行っているNGOである日本レスキュー協会(本部:豊中市)の大山直高理事長が、人類共栄会本部を表敬訪問し、三宅善信師と会談した。
日本レスキュー協会は、阪神淡路大震災の時に、海外から救助犬が駆けつけてくれたことに感動して、結成された民間のボランティア団体であり、近年のトルコや台湾には、救助犬を派遣して、国際的にも高い評価を受けた。本年、内閣府からNPO(特定非営利法人)として認可を受けたことに対する報告などがなされ、現在NPO法人化を目指す本会にとっても有意義な会談となった。 また、同協会は、保健所に収容されて殺処分を待つだけの犬を貰い受けて訓練を施し、老人福祉施設などでセラピードッグとして新しい生き場を与える活動も開始し、注目を受けている 5月26日(日)、金光教泉尾教会の境内において、第22回チャリティーバザー『すべての子供たちの笑顔のために』が開催された。
今年で22回目を迎える難民救済チャリティーバザーでは、新緑の眩しい6,000坪の泉光園(泉尾教会の境内地)で、この日のために集められた新品を格安の値段で販売する「友愛セール」や、婦人会による大相撲佐渡ヶ嶽部屋力士秘伝の「ちゃんこ鍋」や、青年会員たちによる餅つき・たこ焼き等をはじめとする各種の模擬店をはじめ、ボーイスカウトによる特設のフィールドアスレチックなどのアトラクションが行われ、近隣の住民約3,000人が参加して、楽しみながら世界各地を行われている人類共栄会の支援活動が学べるようになっている。
また、東海地区や和歌山、兵庫県下などから持ち寄られた産地直送の農作物などのコーナーも、新鮮な魚介類が人気を呼び、あっという間に売り切れてしまった。
例年は3月末に行われていたこの催しが、今年から5月末に変更になったが、初夏の好天に恵まれ、汗ばむような陽気の中で、終日、人々の歓声がこだました。なお、今回のバザーの売上金1,880,764円は全額、人類共栄会を通じて海外での救援活動に寄付される。 5月7日〜15日までの日程で、三宅光雄理事長は、国連本部で開催された『子供のための特別総会(通称:国連子供サミット)』および関連諸国際会議に参加するため、ニューヨークを訪問した。
今回の「国連子供サミット」は、2001年6月にコフィ・アナン事務総長が"We the Children"という、1990年に開催された第1回の国連「子供のための特別総会」(註:当総会には、人類共栄会創設者、故三宅歳雄師が世界の宗教指導者の代表として公式に招待され、ノーベル平和賞受賞者である南アフリカのD・ツツ大主教らと共に「祈り」を行った)で設定された目標に向けて、「達成されたこと、されていないこと」を示した報告書を作成したことを受けての会議であり、180数カ国からの代表国(うち60数カ国は首脳が参加)と、3,000を越えるNGO(非政府団体)が参加した。 8日、三宅光雄理事長は、世界各国首脳らも参加する特別総会の開会式(NGOの3,000団体にわずか50席分しか与えられていない)のための国連総会場へのWCRP(世界宗教者平和会議)の正式代表として列席することができた。
9日は、昨年9月11日のいわゆる「同時多発テロ」事件によって瓦解し、多数の死傷者を出したWTC(世界貿易センタービル)の跡地「グランド・ゼロ」に隣接し、奇跡的に倒壊を免れたカトリックの聖ジョン教会で行われた「諸宗教による追悼と平和の祈り」において、日本の代表の一人として祈りを捧げた。 この日の午後には、ユニセフ米国委員会の本部において、WCRPとユニセフが共同して開催した協議会に出席し、ユニセフの代表者から、長年にわたって南アジア各国で孤児院や学校を運営してきた人類共栄会の活動実績について、高い評価がなされた。また、立正佼成会のニューヨーク教会で開催された妙智會教団「ありがとう基金」主催の「子供会議」(三宅光雄理事長の次女がメンバーとして参加)を見学した。
10日には、国連チャーチセンターで開催された「ありがとう基金」主催の「子供会議」にオブザーバー参加した。また、この日は、国連本部総会場で、世界の宗教者を代表のひとりとして、宮本丈靖妙智會教団会長がスピーチを行い、大いに注目を集めた。
11日からは、ニューヨーク郊外のメリノール修道会世界本部の施設を使って開催されたGNRC(宗教者による子供のためのグルーバル・ネットワーク)会議に出席した。実は、このメリノール修道会と人類共栄会とは大変深い関係ある。創設者・故三宅歳雄師が国際的な平和活動をするキッカケになったのは、戦時中から戦後にかけて、米国人であるという理由で、憲兵に拘束されていたP・バーン神父を支援したという特別な信頼関係からである。このバーン神父こそ、このメリノール修道会本部から日本に派遣された宣教師だったのであり、実は同神父は、天皇制の護持や占領下の宗教政策のあり方などを進駐軍に提言することのできる「大物」であった。なお、同神父は、1950年の朝鮮戦争の際には、ローマ教皇の特使として渡韓したが、現地で共産軍に捉えられ、帰らぬ人となった。
5月18日(土)、金光教泉尾教会国際会議場において、この夏、ハンガリーのブダペストで開催されるIARF(国際自由宗教連盟:本部オックスフォード)の第31回世界大会参加予定者のための関西地区事前学習会が開催された。
IARF日本連絡協議会加盟教団一燈園の当番(代表)の西田多戈止師からの開会挨拶に続いて、百年以上の歴史を誇るIARFにおいても、東欧地域で開催される初めての世界大会であり、それ以上に、日本人とっては馴染みの薄い地域だけに、今回の事前学習会においては、東欧研究級の専門家である国立民族学博物館の新免光比呂助教授を講師に招いて『東欧における宗教と民族』をテーマに基調講演を聴いた。 続いて、三宅善信師をモデレータにして、パネルディスカッションが行われた。パネリストは、名古屋商科大学教授のS・ピッケン博士とIARF日本チャプター事務局長の三輪隆裕日吉神社宮司と新免光比呂先生の各氏であり、2,000年間にわたる東欧の歴史を概観した上で、東欧諸国の大半を占めるスラブ民族社会に、カトリック教会・東方正教会・イスラム教がそれぞれどういう影響を与えてきたかについて、熱の籠もった討論が行われた。
最後に、IARF国際評議員でもある三宅龍雄会長が閉会の挨拶を行い、事前学習会は終了した。なお、今回の学習会には、立正佼成会・一燈園・椿大神社等からの参加者も含めて二十数名が出席した。 6月10〜15日までの日程で、『HIV・エイズの子供のためのアフリカ宗教指導者会議』ならびに、WCRP(世界宗教者平和会議)国際管理委員会がケニアの首都ナイロビで、アフリカ各国から約200人の宗教指導者を集めて開催された。日本からは、WCRP名誉会長を務める三宅龍雄人類共栄会会長の名代で、三宅善信師が出席した。
民族紛争・食糧危機・貧困・疾病・環境破壊など「世界中のあらゆる問題が凝集されている大地」と言ってもよいアフリカにおいて、現在焦眉の課題のひとつがエイズ問題である。統計が発表されている昨年末の時点で、全世界に3,950万人いると推定されているエイズ患者のうち、実に4分の3に当たる2,810万人が、サハラ砂漠以南のアフリカに暮らしている。このことひとつをとってみても、それ自体、たいへんなことであるが、それ以外にも、エイズによって両親を亡くし、保護を受ける相手がいなくなった子供たちが大量に発生し、社会問題化している。このような現状に取り組むため、初めてのアフリカ宗教指導者会議がナイロビで開催された。 ナイロビは、18年前に、第4回WCRP世界大会が開催され、本会創設者である故三宅歳雄師がイニシアティブを執って数々のアフリカ救援プロジェクトが実施された場所である。その際、三宅歳雄師は5人の国際委員長の一人となり、また同時に、財務委員長に就任された。その際、「ただ会議を開くだけでは意味がない」と主張し、当時、飢餓や難民の問題に対応するため数々のプロジェクトが企画した。中でも、ケニアの西端のウガンダ国境に近いブンゴマという村に、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)から依頼を受けて、同難民キャンプ収容されている人々のために、パイプラインおよび給水施設を寄贈した人類共栄会にとっては、縁の深い土地である。
開会式は、アフリカらしい太鼓や民族歌謡による歓迎で幕を開けた。まず、アフリカの子供に関する救援活動を行っている5大NGOの協議機関であるHACI(アフリカの子供たちの希望へのイニシアティブ)の活動紹介ビデオが上映され、同協議会のP・ヨウリ執行理事から挨拶があった。続いて、HIV(エイズウイルスに感染しているが、まだエイズを発祥していない状態の人)・エイズ問題についての国連事務総長特別顧問のS・ルイス大使、W・ベンドレイWCRP国際事務総長、ケニア国厚生大臣M・モハメド氏らが、開会の挨拶を行った。本会議には、アフリカ各国のうち約30カ国から代表が参加した。開会式終了後、イスラム教・ヒンズー教・キリスト教からの代表が、それぞれ、この問題に対する神学的な応答(信仰的見地からの態度表明)を行った。 昼食休憩後は、十数代の小型バスに分乗して、ナイロビ市内各所で実際に活動が行われている「現場」を視察に訪れた。三宅善信師が参加したのは、スラム街の一角で、とある未亡人が、スラムで置き去りにされた孤児(両親がエイズで死亡)たちを40人以上も集めて、自分の子供として育てている施設を訪問した。
大会3日目の午前中は、全体会議が行われ、昨日までに話し合われたことを受けて、『決議文』の修正やアクションプランの決定等が行われた。続いて行われた閉会式においても、子供たちの芝居やら歌などを採り入れたアフリカらしいおおらかで前向きな会議であった。大会を通じて、モデレータを務めた北欧ノルウェー国教会のG・シュテルセット・オスロ主教(同師は、ノーベル平和賞の選考委員でもある)とカトリックのアフリカ司教会議副議長のJ・オナイエケン大司教両師の卓越した指導力が目立ったのと同時に、宗教指導者だけでなく、国連機関や政府機関関係者も共に会議をもり立て、また、それぞれに抑制の効いた発言で、極めて出来の良い会議のひとつであった。
また、三宅歳雄師の後を受けて、1994年から財務委員長をしているS・エルメス氏からも、昨今の米国金融市場の低調により、運用資産が目減りしていることなどが指摘された。そんな中で、今回のアフリカでの会議のために、人類共栄会が提供した10,000ドルが、いかにありがたかったかということが、あらためて、参加者の前で報告された。 同日午後、三宅善信師は、ナイロビ市内にある日本大使館を訪問し、細谷龍平公と会談する機会を得た。 6月22日から29日までの日程で、三宅善信師は、三宅龍雄人類共栄会会長の名代として、ジョグジャカルタで開催されたACRP(アジア宗教者平和会議)第6回世界大会に出席する目的でインドネシアを訪れた。
本会創設者・故三宅歳雄師と庭野日敬立正佼成会開祖の提唱により、WCRP(世界宗教者平和会議)の姉妹団体として、1977年にシンガポールで第1回大会が開催されて以来ACRPの大会は第6回を数える今回の大会は、ジャワ島東部の古都ジョグジャカルタで開催された。本来は、昨年秋に開催される予定で、準備が整っていたのであるが、「9.11同時多発テロ事件」以後の国際情勢の変化が大会開催の延期を余儀なくしていたが、今回こうして実現にこぎ着けたものである。
第6回ACRP大会は、6月24日の朝ジョグジャカルタのシェラトンホテルの会議場で、アジア各国から約300名の宗教指導者を集めて『アジア:和解者』のテーマの下に開催された。テロ等が警戒される物々しい警備体制の中で、M・マルワットACRP実務議長の開会宣言に続いて、地元の大学生による「宗教による平和」をモチーフにした創作舞踊、インドネシアのメガワティ大統領の祝辞と地元の州知事による歓迎の挨拶で第6回大会は、華々しく開幕した。韓国の金大中大統領からも、祝福のビデオメッセージが寄せられた。
こうして、5日間にわたって各種の講演や分科会・全体集会などが繰り広げられ、中でも、国際社会では大手を振ってまかり通っているアメリカの論理が、各方面において厳しく糾弾されたことが注目された。また、ヒンズー文化とイスラム文化が融合するインドネシアの風土に親しむため、世界遺産にも指定されている世界最大の仏教遺跡ボロブドゥールの見学や、古都ジョグジャカルタのサルタン(藩王)の宮殿でのディナーの招待を受けるなど、終始和やかな雰囲気の中で、多様なアジアの人と文化が交流し合い、相互に理解を深め合った。
なお、大会期間中、前回のアユタヤ大会以後に物故者となったACRPの指導者として、故三宅歳雄師他が映像入りで紹介され、また、今大会から次期大会までの任期で選出された国際管理委員の一人に、三宅龍雄会長が選出された。 |