大阪国際宗教同志会 平成14年度第2回例会 講演
『今後の日本経済と資産運用 ―ペイオフ解禁後の宗教法人の対応―』

UFJ総合研究所シニアフェロー
原田和明

 6月7日、金光教泉尾教会の国際会議場において、大阪国際宗教同志会(大森慈祥会長)の平成14年度第2回例会が開催され、テレビでもお馴染みのエコノミスト原田和明UFJ総合研究所シニアフェローが『今後の日本経済と資産運用―ペイオフ解禁後の宗教法人の対応―』と題する時宜にかなった講演を行い、神仏基新宗教各派の宗教者610数名が参加した。本サイトでは、本講演の内容を随時紹介して行く。



原田和明先生

 ●100%安全なのは郵便貯金だけ

 はじめまして。ただ今、三宅善信先生からご紹介いただきましたUFJ総研の原田と申します。今日は、関西の宗教界の重鎮の皆様の前でお話をさせていただきますことを、大変光栄に存じております。三宅先生から頂いておりますテーマ、「ペイオフの解禁後、宗教法人はどういうふうな運用をしたらいいのか?」ということについて、重点を置いてお話しようと思い、私もその辺どうあるべきかと、勉強したのですけれども……。

 その前に経済全般の問題を概観したいと思います。お手許には4枚のペーパーを用意いたしております。その中で、最初の2枚は、世界経済の動向と日本の問題を取り上げました。そして、3枚目以降では、ペイオフと預金者保護の問題を取り上げてみたいと思います。これは、宗教法人と、あえてこちらでは書いてあるのですけども、ペイオフに関して、宗教法人の方々に対する特別の優遇措置があるということではございません。この辺は、いわゆる「富裕層のペイオフ対策」というふうな形でお話をさせていただこうと思っております。

 そこに焦点があるとしましたら、まずは「最初に結論ありき」ではないかと思います。その意味で、ちょっと3枚目を開いていただきたいのですが。その下のほうに『多様な金融商品』とありますが――後ほど、また戻りまして、できるだけ具体的なお話を申し上げたいと思っておるのですが――既に本年の4月から、銀行の定期性預金のペイオフは始まっており、ご承知のように、現時点では銀行の普通預金などは、依然として100%保護されることになっておりますが、来年の4月以降においては、それがなくなる。いわゆる「ペイオフの対象」になっていくということになるわけでございます。

 したがって、来年の4月以降の動きというものを前提に考えた場合、「安全」と言われているような金融商品の中で、安全の度合いというものを、例えばパーセンテージで言うと、どんなふうなランクが付くのだろうかということにつきまして、これは私の独断と偏見でございますが、「一番最初に結論ありき」ということで、申し上げたいと思います。

 まずは、来年の4月以降においても、100%安全なものは何かと申し上げますと、ひとつは「郵便貯金」ということになります。ただし、これはご承知の通り、上限1,000万円という枠がございますので、それ以上はお預け入れになれない。その意味で、富裕層の方々にとっては、ごく一部の解決にしかならないということになりますが……。

 もうひとつ、100%安全という視点から見ますと、これは、「郵便局の振替口座」というのがございます。聞き慣れないかもしれませんが、要するに、郵便局を通じて、いろいろな資金の決済をするために、一時的にお金をプールするという目的でできている口座です。これに入れておきますと、利息は付きませんけど、その代わり、国家が保証しておりますので、何億円お金が入っておりましても、それは、100%保護されていると言えると思います。ただし、これは、本来の趣旨は、資金の決済のために使う口座なのですから、安全性のために入れるということについては、いろいろ問題があるというふうに郵便局などでは判断しておるわけですが、あえて言いますと、これでしたら、何十億お金が入っていたとしても、その辺の不安はないのです。その意味で「100%保証されている」と、言ってよいのではないでしょうか。

●国債は99%、銀行は98%安全

 それから、「国債」でございます。公益法人のひとつである宗教法人の立場からは、「資産の安全運用」ということが義務付けられているというように伺っておりますが、国債については、私は安全度99%と言ってよろしいかと思っております。先ほど三宅善信先生がおっしゃった日本国債の「格付けが下がった」というような問題については、後ほど時間があれば、お話したいと思いますが、わが国は、世界一の対外債権を持っておるのでありまして、日本の国債が支払不能(デフォルト)になるという可能性は全くといっていいほど、ほとんど考えられないというふうに思われます。

 それから、証券というと、何か不安のように感じるかもしれませんが、証券界のMMFという商品がございます。これも、銀行の預金と並んで98%くらいの安全性があるというふうに思います。そして、もうひとつは、金融機関、すなわち銀行がたくさんございますが、その中で、今回、大きく大再編が行われました四つの大手金融機関グループ。こちらについて言えば、MMFと同じように98%くらいの安全性といってよいのではないでしょうか。

 これも、後ほど、お話いたしますけども、もしも、現存する四大銀行がおかしくなるということが万が一起きたとしましても、これに対しては、国が全面的なバックアップをすることはまず間違いないと思います。さもなければ、日本の経済全体がケイオスな(混沌とした)状態に陥ってしまいます。そのようなことも含めて考えますと、金融機関そのものが国有化されるという可能性が若干ございますけども、しかし、そこに預金をされている方々への、支払額が何割か減ってしまうというこういうことの起こる可能性は極めて小さい。そういう意味で言えば、98から99%くらいの安全性と言ってよろしいのかと思います。

 ただし、金融機関の中でも、大手銀行以外の地銀ですとか、第二地銀ですとかいうことになりますと、個別銀行の問題になりますから、これをひとまとめにしてランク付けすることは難しいと思いますけども、安全論から言いますと、上のほうで95%、下のほうで85%くらいの安全性ということになってしまうのではないかと、そんなふうに現状判断をいたしております。なぜかということについては、後ほど、時間があれば、申し上げたいと思いますが、だいたい、そんなような感じで資金運用が考えられると思います。


●金融のグローバル化とは

 まず、ひとつの結論を最初に申し上げました。お手許の資料を見ていただいて、「日本経済」という視点から問題を考えていきたいと思います。ご承知のように1990年代に入りまして、世界経済はグローバルエコノミー、グローバリゼーションという流れに変わったわけですが、このグローバリゼーションという流れは、皆さまもご承知の通り、要するに、ボーダレス、国境のない、世界中のお金や情報や物といったものが、自由に動き回る社会ということになったわけです。

 こういうパラダイム変化というものが起こっている中におきまして、例えば日本の経済が夏場以降どうなるのかということを見る上でも、かなりの程度まで、まあ、7割から8割くらいまでは、対外情勢の影響をもろに受けるわけです。したがいまして、日本の問題を考える上でも、世界情勢がいったいどうなるのだろうという辺について、ごくごく中核的なポイントだけでも捕まえておかないと、私は日本の経済を展望することはできないと考えております。その意味で、限られた時間でございますけども、ごくポイントだけでも、このところに、挙げてみたわけです。

まず、ご覧いただきたいのは、IMF(国際通貨基金)の『世界経済の動向』(表A)。4月発表の最新のものでございますが、この中で、2つの点を読み取る必要があると思います。ひとつは、わが日本なのですが、ご覧のように、まことに残念な結果でありまして、この多くの国々の中で、わが日本だけが、2001年、2002年と続いてマイナス成長という展望が出されているわけです。ようやく、来年2003年においては、0.8%のプラスになるわけですが、この成長率というのは世界の主要国の中では最低のプラス成長ということになるわけです。

 このことは、いかに日本がIMFあるいはG7とかそういった会合の中において、「日本よ頑張ってくれよ。世界第二の経済大国がこういう状態では、世界全体がなかなか回復基調の中に乗ってこないぞ」と、こういう目で見られていると思います。かつて十数年前には、世界中から羨望(せんぼう)の、あるいは畏敬の念をもって見られておりました日本経済が、今や世界の中の「足手まとい」や、非常に「要注意の要因」というふうに見なされている。遺憾ながら、国際的に見た場合、現状の日本というものは、そういう状態に置かれているわけです。

そして、もうひとつは、その次にありますアメリカでありますけれども、1.2、2.3、3.4%というふうに、尻上がりに回復方向に成長率が高まってきているわけですけども、このアメリカの回復というものは、世界経済を非常に明るい方向に向けている。その意味では、やはり今、世界の中のリーダーというものはアメリカであると……。残念ながら、ヨーロッパでもないし、むろん、日本でもないんだということが、このことからハッキリと見て取れるんじゃなかろうかと思うわけであります。

 そして、今、日本の経済が「三月危機」を乗り切ったとかいうことで、若干明るいムードが出てきているわけでありますけども、その非常に大きな要因というのは、アメリカ経済の回復であり、この表の一番下のところに、世界全体として、2.5、2.8、そして来年は4%くらいの成長になりそうだという、こういう期待感が背景にあって、それに引っ張られて日本の経済も少し良くなるという、そういうことではなかろうかなと言われているわけであります。

 現状において、日本の経済を見ていった場合、この5月には、『景気底入れ宣言』というのが出されたわけであります。ずっと落ち込んでいっていた景気がようやく底を打ったというふうな感じに政府は捉えているわけでありまして、この限りにおいて、私も実物経済の面においては、底打ちをしたという、これはまず妥当な判断であろうと思っておるのですが。問題はやはり金融面だと思います。今日、これからお話いたしますように、実物面においては、底入れを打った(註=調整が済んで、回復基調に乗った)んだけれども、金融面については、実にまだまだ難問が山積しておって、このまま手をこまねいていたら、日本の経済が仮に上昇局面に入ったとしても、泡沫(うたかた)の夢になってしまって、金融面の問題が足を引っ張ることになって、再び日本の経済が低迷基調に陥ってしまう可能性がある。そうなる可能性は、決して小さなものではないだろうと、かように考えている次第でございます。

●米国が景気後退する三要因

そこで、全体の世界経済を背景にしがなら、まず、米国をどう見るかということでございますが、ここに三つのシナリオを挙げてございます。頭のところに付けましたマークというのは、私なりに、◎がメインのシナリオで、最も可能性の高いものであり、そして、△をつけたものは、可能性は小さいですけども、しかし、要注意のシナリオというふうに捉えていただきたいのですけども……。

 私は、これからのアメリカ経済は、基調としては回復の方向に向かい、そして、適切な金融緩和と減税の効果も加わって、回復軌道に乗るだろうと、この可能性が非常に高いと思っておりますし、それ故に、日本の経済にも、そのことがかなりのプラスの影響をもたらすであろうというふうに考えておるわけであります。

 その背景としては、その次に『展望の背景』と書いてあるようなことを前提としてものごとを考えているわけであります。そして、中長期的には、今の考え方を変えることはないと思っておりますけれども、実は、短期的に見ますと、このところアメリカの株式市場が、10,000ドル台を割りました。昨日は9,600ドル台というふうに、10,000ドルから9,600ドル台に、やや下落しているというふうな動きも見られるわけです。短期的にはちょっとアメリカ経済に対する不安要因が出てきているというふうな情勢になってきているわけであります。

 これは、なぜかと申しますと、先ほどお話がございましたように、現状において大きな要因としては、3つほど指摘できると思います。それは、ひとつは平和の問題です。今、パキスタンとインドの問題がどうなっていくのかということが、極めて深刻な状態で解決の目処がまだついていない。そして、もうひとつは、中東問題でありまして、これはアメリカが報復措置として、イラクあるいはイラン、この辺に軍事行動を取り出す可能性ということが、今年の秋以降については、かなり高まるんじゃないか、という見方が出てきている。これらが2つ目の要因になっています。

 もうひとつは、これは経済的な要因なんでありますが、アメリカにエンロンという、これは発電関係のイノベイティブな会社なのですが、昨年の初めくらいまでは、全アメリカ企業の中でも、売り上げ高が7位か8位だったと思います。そういう大企業でありまして、そして、経営も大変前向きな経営ということで、多いに評価されている会社だったんです。一昨年の春の時点においてはそういう評価だった。ところが、突然、破綻はたんをしまして、今それがアメリカ経済の大きな問題になっています。

 どういうところが問題かというと、日本でも今、「アメリカ的な経営」を取り入れていくべきだという声が強いし、「コーポレートガバナンス(会社管理)をもっと徹底しなきゃいけない」とかいう、アメリカを模範にした企業経営のありかたというものが重視されておるわけでありますが、現実に、エンロン社が破綻してみると、次から次へと不正経理が発覚して、「アメリカ的な会計システムも、ほうぼうに穴だらけではないか。こんなものが世界中で一番優れた企業経営システムになっているというのはおかしいんじゃないか」という声が世界中から上がってきました。そして、実際に儲かっているように見えるアメリカの企業の中にも、実は相当、(粉飾決算による)水脹れの要素があるんじゃないかというふうな疑問が出てまいりました。

 こういう点から、アメリカの株式市場の信頼に対する直撃が世界中から出てきているというのが現状でございまして。今、申し上げました3つの点は、皆、アメリカの株価下落の要因になっておるわけでございます。しかし、そのことを含めて考えましても、私はこの3つのシナリオにおいて、頭のマーク(註=アメリカが◎であるということ)を現時点においては変える必要はないだろうと……。ちょっと◎のパーセンテージが減ってきたかもしれませんが、とにかく、現時点では、この3つの見方でよろしいのではないかと思っております。

●期待できない欧米とアジア

 次は、ヨーロッパでありますけども、ヨーロッパはようやく、景気自体は明るい方向に向いて、むしろ一部の国ではインフレが懸念されるような情勢になってきました。しかし、従来のヨーロッパの一番中心でありましたドイツ経済が、どうもパッといたしません。経済活動は低迷しておりますし、特に失業率が――日本の場合は5%台でありますが――ドイツの場合は一時は10%を超えまして、ちょっと改善したんですが、現状でも9%台という高い失業率であります。

 現状では、ヨーロッパが世界経済をリードして、景気を回復の方向に持っていくというような力はまったく期待できないという状態ではなかろうかと思うわけであります。この中において、かつて「英国病」なんて陰口を言われていたイギリスは、サッチャーから(メージャーを経て)ブレアという首相になりまして、現状において、ヨーロッパの中でも最も活気のある国として存在しているといってよろしいかと思います。

 アジアは、米国の不況によって一時かなりマイナスの影響を受けたのですけども、この米国経済の回復基調が出てきたために、底入れ観が強まってまいりました。ここに書きましたように、韓国とか台湾などは、本格的な回復基調に向かいだしてきたということが言えると思います。これからの日本経済再生の鍵というのは、ITすなわちインフォメーション・テクノロジー(情報技術)であります。このIT革命をいかに日本がうまく活用するかということにかかっているということを申し上げたいのでありますが、韓国は、この面におきまして、率直に申しまして、日本を上回った伸展をしているというふうに判断されると思います。

●中国というファクター

 二重丸を付けているのは中国でありますけども、この国にはいろいろな問題が山積みですが、着実な成長が見込めると思います。「今秋の政権交代はなし」というふうに書いたわけでありますが、私も仕事柄、世界をできるだけ訪問するようにしているんですけども、「中国は必ず毎年行きたいな」というふうな感じでございます。去年は6月に行きまして、今年は3月に行ったのですけども、中国の発展ぶり……。ちょっと横道に逸れますが、こういう話のほうが、あるいは皆さん方に聞いていただけるんじゃないかという感じを持つんですけども……。

 昨年6月に中国にまいりました時には、目的は、西部大開発――奥地の敦煌のあたりのほうの大開発――計画とはどんなものなのか、本物なのか、あるいはどのくらいのテンポで進んで行くのだろうかということを取材に行ったのでありますが、その間、2日間北京に滞留いたしまして、中国の政治家のトップ層の次くらいの人と、いろいろ話をしました。それから、経済界のトップの人たちとも情報交換をしたわけでありますが、本当に、その時私が感じたのは、ほとんどの人は、目が爛々(らんらん)と輝いて、そして、かつての日本の高度成長期における経営者と同じような雰囲気を感じまして、その時代を彷彿させられたというのが、一番強い印象でありました。

 そして、さらに、北京に滞在している時に、私は中国語ができませんので、通訳を連れまして、北京の一番大きな本屋に行きました。そこに行きますと、ひとつのコーナーで山積みになっている本がありました。「何の本だろう?」と、傍に行ってみますと、タイトルからある程度内容の想像はつくんですけども……。先生方、どういう内容の本が山積みになって、大衆の人々がどんどん買って行ったと想像されますか? ひとつは、これはIT革命であります。このIT革命というものによって、これからの中国がどう変わっていくのか。そして、それは国民生活にも、どういう影響をもたらすのかということを中心に、通訳の言葉を借りればですね、非常に平明にイラストレーションなどを入れて、解り易く説明されている本であるということでございました。

 もうひとつが、これがWTO(世界貿易機構)に昨年の年末から中国が加盟したことはご承知の通りなんですが、その世界貿易機構に中国が加盟したことで、どういう影響があるのかというテーマです。短期的には、例えば、国営企業の生産性の悪いところなんか、バタバタと潰れる。しかし、それを覚悟してもWTOに加盟したということは、このことと、それからもうひとつ付け加えるとすれば、2008年に北京でオリンピックの開催が決まっておりますね。WTO加盟とこのオリンピックの開催ということを契機にして、海外からお金をどんどん集めて、そして、国際的・歴史的な発展の契機にするんだという意欲が、満ち満ちているのですね。そのことが本の内容にもありますし、それらの本が国民の間にも売れている。

 言うなれば、あまりに短期間の滞在だったので速断はできませんけども、政治家のトップから経済界の人、そして一般国民大衆の中にまで、中国というものを、WTO加盟あるいはオリンピックを契機として、近代化・国際化のきっかけにしていこうという意欲が本当に漲みなぎっている。上海に、お出でになった方は多いと思うのでありますけども、もう、上海なんかに行ってみたら、もの凄いですよ。単にそれが表面的な浮ついたものではなくて、本当に中国はそういう方向に動き出している。

 そういう意味で、私は中国というものを歴史的な勃興期という視点から捉えて、じゃあ、いったい日本は対中戦略をどういうふうにもっていくのか? これは、政治の問題であり、経済の問題であると……。あるいはもっと社会的・文化的な問題かもしれません。そういうことを考える必要があるんではないかということを痛感した次第でございます。今年の3月には、私は工場見学なんかを中心に廻りましたのですが、そこでは、むしろ、中国の労働コストは日本の20分の1とか30分の1とか言われているという中で、どういう戦略が必要かというような話を中心にやってまいりましたが、とにかく、私が受けた一番強烈な印象は、去年の情報交換と、本屋さんでのエピソード的な体験というものを、非常に強く感じたような次第でございます。

●今後の日本経済のシナリオ

こういったような世界情勢を背景にしながら、それじゃあ、これからの日本経済はどうなるのかということで、『日本経済の動向』というところに入ってみたいと思います。ここに、現状としまして、「実物経済は景気底入れ」というように書きました。さっき申しましたように、政府は『底入れ宣言』をしたわけであります。ちょっと理屈っぽくなるんですが、景気動向指数というものがございまして、これの同時指標、一致指標というものが3回連続50%を超えることがありますと、これは「横這」から、今度は景気が「回復局面に入った」というように見なされると、一応こういうふうなルールができておるわけですけれども、4月でもって、日本の横這い状態は2ヵ月続きました。そして、50%を超える景気動向指数が出てきているわけです。したがって、5月もそれが続けば、形の上では、日本経済は、横這いから今度は「回復過程に入った」という定義に当てはまるわけです。私は、現実の日本の経済はそれほど楽観できる状態にあるとは思えないのでありますけども、それは、金融の問題が実は大変に厳しい状態になっているからでございます。ここにプラス要因、マイナス要因というふうに挙げておりますが、これは、時間の関係もございますので、飛ばしまして、今度は『3つのシナリオ』と書いたものをご覧いただきたいのですが。

私はこれからの日本経済についての3つのシナリオをここに挙げておるんですけども、この頭に付けたマークというのは、先ほどのアメリカの場合と同じように、二重丸が可能性の高いメインのシナリオであり、そして一重丸は可能性は小さいけれども、要注意のシナリオという意味合いでマークを付けているわけでございます。そこで、若干、肉付けをしながらこの3つのシナリオについて申し上げてみたいと思います。

 まずは、危機のシナリオ。日本を含め、世界同時不況に陥る可能性ということですが……。現状において、この可能性は小さいのですけれども、問題なのは、その場合の震源地となるのはどこの国かということです。今、経済的には4つくらい可能性があるのではないかと思うのですが。まず、トルコの経済が不安定である。それからアルゼンチンは経済が政治面も含めて、まだまだ不安定さを脱していないということがあるのですが、これらが世界全体の混乱の引き金になる可能性は、非常に小さいと思うのです。

 そうすると、あと残った2つの震源地として要注意なのは、ひとつは米国株の大幅下落ということが大きな契機になるというケース。もうひとつは、日本景気の再下降ということによって生じる場合、これらが今、(世界経済を混乱に陥らせる)震源地として最も注意しておかなければいけない点であるのではないかと思うわけであります。

 米国につきましては、先ほど触れましたように、10,000ドル台だった株価が、9,600ドル台まで下がっておりまして、先ほど申し上げましたような要因が作用しているのでありますが、経済そのもので見れば、先ほども触れましたように、かなり順調にいっていると思うわけであります。したがって、このアメリカの株価というものが9,000ドルを割り、8,000ドルを割るというふうな、そういう大暴落をする可能性というものは、これはかなり小さいのではないかと思うわけであります。

 それに対して、日本景気の再下降ということについては、このところの『底打ち宣言』等によりまして、少し明るさが出てきたようなんですけれども、これについては、まだまだ予断を許さない状況だと思いますし、その中でも、特に具体的な形で言えば、日本の金融システムに問題が生じるということから、この問題に火が点く可能性は、無視することはできないだろうと思うわけでございます。

●景気対策なくして改革なし

 資料に「景気対策なくして改革なし」というふうに書いてありますが、これは実は、私が書きました本のタイトルでありまして、昨年末に私自身、小泉政権のいわゆる『構造改革』が成功するためには、やはり「日本の経済の実物経済をある程度成功させなければ、(構造改革の)成功は不可能である」という視点から、問題を取り上げてみたわけでありますけれども、この内容のおかげさまでと申しましょうか、わりに政治家の先生方の関心を呼びまして、本を出してからしばらく経ちまして、最初は公明党の先生方から声が掛りました。その次には宏池会ですね。この派閥は、官僚出身者が多いのでありますけれども、中心になっておりましたのは、加藤紘一さん。そして、その「盟友」でありました山崎拓幹事長と、小泉さんが長年トリオを組んでいたわけですね。その宏池会で、先生方十数名のところで、「お前の考え方を述べてみろ」ということでまいりました。

 世の中、いろいろ変化の激しさを感じますのは、私がお話をした時、隣に加藤(紘一)さんと山崎(拓)さんが座って、そのお二人の間に挟まれながらいろいろ話をするようなことになりまして、そしたら、その後、財務省から「副大臣以下が話を聞きたいから出てこい」ということで、これは、「理論的には相当エキサイティングするだろう(註=財務省は景気回復よりも財政再建を優先しているから)」ということで、覚悟して行きましたが、割に意見が合致するようなことでございました。

 そうこうするうちに、官邸のほうから声が掛って、小泉総理に「話をしたいから来てくれないか」ということで、まあ前からもちろんいろいろお会いしているんですけども、本当の意味でお話をするというのは、初めてだったものですから、1時間くらい、いろいろ私の意見を申し上げるのかなと思って行きましたら――今は、新しい官邸に遷りましたが、当時はまだ古い官邸でしたので――今までの官邸の中で、おいしいワインなんかを頂きまして、ご馳走になりました。時計を見てましたけども、7時10分から10時10分までの3時間、私を含めた3人と小泉さんだけで、ここには、秘書官も誰も出てこなかったのですが、4人でもって、ワイワイガヤガヤ、経済政策について意見を交換するチャンスができました。その時に、私は、この日本景気の再下降ということが起こったとしたら、なかんずく、その金融システムの不安というものが起こったら、これは日本発の世界同時不況の引き金を引くことになると……。ですから、「総理、絶対にこの面で問題を起して、日本発の世界同時不況の起こらないようにして下さい」というところに、私は戦略的にもポイントを絞って、酒の勢いもありましたので、繰り返しそのことを申し上げたわけであります。かなり、真剣に聞いて下さったと思うのでありますが……。

●IT革命の本格化

 その先を申し上げますと、ちょっと問題が大きくなるといけないんですが、私はダイエー(の経営危機)の問題について、これがもし、法的整理をするようなことになったら、これはもう、世界に与える影響はものすごく大きいということも、強く進言いたしました。いろいろと、小泉さんもその時、考えておられたようですけども……。まあ、それはともかく、そんなことで、「日本景気の再下降」ということが、現状において、世界の中の一番の火薬庫になっています。その中で具体的に言えば、「日本の金融システムがおかしくなる」ということになったら、これは最も深刻な問題になり得るというふうに私は認識しているわけであります。これについては、あとでもうちょっと話したいと思うのでありますが、ともかく、こういう「危機のシナリオ」についての認識を持たないといけない。その意味から、率直に言うと、今の状態というのは、一応、「3月危機」というものを乗り越えまして、経済のほうも「底這いから回復の方向に行きそうだ」ということで、この厳しさの認識が今の日本の中で欠けているように思えてならないわけです。

 それで、二重丸を付けました。この一番可能性の強いシナリオということでここに挙げておるのですが、「緩やかな安定成長軌道に乗る」と……。ただし、このためには、私は下に書いてある「四つの条件の実現」ということが、大前提であるというように考えているわけであります。なんとかこの三番目のシナリオになって欲しいのですが、そのためには、今、申し上げたことと絡みながら、この四条件の実現ということが、非常に重要であるということを申し上げたいわけであります。そこで、この四点について、もう少し、敷衍(ふえん)して申し上げていきたいと思います。

 まず、「米国景気の早期回復」ということについてはどうか? ということですが、これは、先程、若干の注目点は申し上げましたけれども、私は「イエスかノーか?」と聞かれば、これは「イエス(大丈夫)だ」と思います。それから、「IT革命の本格化」ということですが、この問題はお話しているとたくさん時間がかかるんですが……。一昨年の年末に『IT基本法』というものが成立したことは、皆様ご承知の通りだと思うのですが、これは、小泉さんの前の森総理の、唯一と言えば怒られますが、たいへんな功績であったと考えています。「IT基本法」という法律は非常に評価できる、わが国にとって、歴史的な意味合いを持っている法律だと言ってもいいと思います。

 それは、基本法なんていいますと、だいたい抽象的なものが並んでいるケースが多いのですが、この「IT基本法」の中では、具体的な目標が挙がっております。それは「2005年までに、超高速回線(ブロードバンド)については、1千万所帯との連結を完了する。それから、超の字を取りました高速回線については、3千万所帯にこの接続を実現する」というような具体的な内容が盛り込まれているわけです。そして、これが2005年までに実際に実現いたしますれば、現状の中で考えると、おそらく、このブロードバンドという分野においてはアメリカを凌駕することができる……。と、そういう内容になっているわけであります。

 それと共に、多くの皆様方ご承知と思うのですが、今まで日本のIT革命というものの一番の問題点ネックとしては、通信情報のコストがアメリカに比べて2倍近く高く、それが、日本のネックなんだと言われていたのですが、これは「YAHOO(ヤフー)」という会社が火を付けたのですが、結果として、今では、この数ヶ月前から、日本のコストというものが、インターネット接続料その他で、アメリカより日本のほうが低くなったそうです。従来は、「日本は通信コストがかかる」という感じだったのですが、今は、日本のほうがアメリカを下回るような状態になってきています。これは、大変な出来事であるだろうと思うわけです。

 そういう意味から申しますと、この「IT革命の本格化」ということについては、私は疑いもなくイエスと言えるくらいに日本は来ておりました。この調子で、本気になって、これから日本が頑張って行けば、アジアの中で「IT関連は二流国」というふうに言われておる日本なのですが、それをキャッチング・アップ(追いつき)しまして、韓国やマレーシア、あるいはシンガポール、そういったところと並ぶような立派なIT国家になり得るという状態になってきていると思います。その意味でこのIT革命の本格化というのは、問題なしに私はイエスと言ってよろしいと思います。

●不良債権の処理が緊急課題

 そこで、その次に、点線であとのふたつの項目を囲っているのですが、「不良債権の果敢な処理」と、「株価の安定・回復」ということを指摘しております。これにはふたつの意味合いがございます。ひとつは、それぞれの項目が極めて重要であるということと共に、この両者の項目には極めて密接な関係があり、私は、ズバリ言えば、「日本の景気を回復させるためには、株価を上げなければいけない」と……。今、11,000円台(註=講演が行われた6月7日現在)の日本の株価というものを、少なくとも、13,000円台以上にいたしますと、問題の解決がスムーズに進んでくるんではないかと思うのですが、現状はなかなか12,000円の壁が厚くて、それを越えることができないような状態にある……。これが現状でございます。

 ちょっと、金融の問題に入っていって専門的すぎて恐縮なんですが、その下に、『不良債権処分損と業務純益の推移』というグラフがでております。ごく単純化した形でちょっと説明をさせていただきたいと思います。この表の白い部分は大手銀行の1992年から2000年までの業務純益の年々の量を示しているわけでございます。それから、斜線を引いた黒い部分というのは、不良債権をその年度の間にいくら処理したかということを示しています。大雑把に見ていただきましても、この不良債権の処理のほうが、営業純益をずいぶん上回っているなということが、ビジュアル的にもお解りいただけると思いますが。数字で申し上げますと、この九年の間に不良債権の処理は、実に72兆円という巨額になっております。ここに数字が書いてございますけども。それに対して、業務純益のほうは43兆円なんです。したがいまして、そこに29兆円という大きなギャップがあるわけです。


じゅうじゅうお解りかと思いますが、本来ならば、銀行が営業活動をして儲かった後、その儲けの中から不良債権の処理を行っていくというのが通常の姿でございます。しかし、実際には、それをオーバーすること29兆円もの償却がどうして行われたんだということは、極めて大きなクエスチョンマークになるわけです。それは、ひとつは、銀行自身がずいぶんリストラして頑張っております。運動場も社内の厚生施設なんかも全部売り払っているという状態にもなっておりまして、そういう面で一部補填はされているんですけども、一番大きな要因は何かと言いますと、企業と銀行との間の株の持ち合い関係なんです。その株式が、従来ならば、時価と簿価との間に差がありまして、株を売れば差益が出てくるという状態でした。したがって、銀行自身のリストラ努力と加えて、今まで保有していた株式の売却益によって、この29兆円の大半を補填するということができたわけです。それは、株価が高かった(註=時価が簿価よりも高かった)からですね。

 ところが、今度の三月期決算のところでは、日経平均株価が12,000円台ということでありますから、その値段では、金融機関がそういう持ち合い関係の株式を全て売却しても、それは、利益が出てくるのではなくて、逆に損失が出てくるという状態に置かれているわけです。ですから、こういう形で不良債権の処理を補填するということは不可能ですから、何をするかと言えば、資本勘定の中にあるお金を、常用金に振り替えまして、これを不良債権を補うものとして処理するということなのですが、細かいことは別にしまして、このことは自分(銀行)の体力を消耗させる、ということになります。そして、その不良債権の処理を行ってきたということになるわけです。

 これから発表になりますこの2002年度の3月期の決算の中においては、大手の金融機関の営業純益が4兆円をちょっと欠けるくらいしかありませんでした。それに対して、不良債権の処理が、まだ最終固まっておりませんが、7兆8千億円くらいの不良債権処理をしないといけない。そうすると、3兆円を越える部分をどこで処理するかというと、株の売却益でやることができませんから、徹底したリストラということと共に、あとは、今まで資本準備金などで貯えていたものをそれを常用金勘定に移して活用するということしかできないという状態になっているだけです。つまり、もっとはっきり言えば、大手の金融機関といえども、体力の面から言えば、もう完全に使い尽くして裸の状態のバランスシートになってしまったと……。率直に言えば、そういうふうな状態に置かれているわけです。

 したがって、もしも、これからも今のようなデフレ経済が持続して、株価も11,000円台より下がっていくようなことが起こったら、来年の3月期決算においては、いろいろな形で手元の蓄えを使って、不良債権の消却をすることが多くの銀行にとっては不可能になっていくという状態に置かれているわけでございます。できるだけ、客観的な形で申し上げたつもりですが、それが「現実の姿」というふうに言えるわけでありまして、その意味から言えば、今日本の経済を回復路線に乗せまして、そして、これまで湧き水のようにドンドン増えていった不良債権をこれ以上、生じさせないような、そういう景気動向にもっていかないと、来年の3月期の決算というものは極めて厳しい事態に直面せざるを得ないんじゃないかと思うわけであります。

 ただ、最初にも申し上げましたようにペイオフとの関係から言えば、私は大手金融機関といえども、今のところは、もうだいぶ余力がなくなってきているということは事実なんですけども、しかしながら、こういったところを他の小さな金融機関と同じように扱うことはできないわけでありますから、したがって、そういう事態(金融不安)が起こった時には、最後の手段としてのいわゆる「公的資金の注入」ということが、大手金融機関の場合でも行われるということで、銀行自身は、そのまま従来と同じように続いて行く(倒産しない)と……。したがって、「預金者の方々にとっても不安はない」と、ほぼ、それが言えるんじゃないかと思います。

ただし、銀行自身は今までのような民間の力でもって動かしていたマネージメントというものが、国営的なものになってしまう。こういうふうな動きになる可能性は、何%かはあるなんじゃないかと……。それが現実の姿でございます。その意味で、私は金融の面から特に懸念しておりますので、それをなんとか再生の方向に向けて行くためには、必要条件として、日本経済をデフレ経済から脱却させ、バランスの取れた状態に戻すということが、なんとしても必要でないかと思います。小泉さんにも、そういう主旨からもいろいろお話を申し上げていたわけであります。

●経済回復のための四条件

 今、当面の注目される問題といたしましては、税制改革という問題が行われております。昨日、一昨日あたりにもいろいろ出ておりますし、石弘光さんという政府税調の会長、あるいは、自民党の税調がどういう意見を出すか。さらには、「日本の改革をしよう」ということで、竹中(平蔵経済財政政策担当)大臣がやっております経済財政諮問会議、これが、この小泉さんの意向を受けて、これからの基本方針を、日本の経済の舵取りをどういうふうにしていくか、その辺が、今後における大きな注目点になるんではなかろうかと、左様に思っておる次第です。

 したがいまして、この『四つの条件』ということを挙げてございますけども、この不良債権の果断な処理ができるために、日本の今のデフレ状況を脱却するということが、これを実現するための不可欠の必要条件になるんじゃないかと考えておるわけであります。もし、これが政策的に適切な処置が取られることによって、この辺がうまく解決できれば、私は今、申し上げたような深刻な事態ではなくて、株価が上がってくる。それによって銀行もかなりいろんな戦略的な動きもできるようになり、その中で景気自体も良くなり、中小企業に対する資金の供給もスムーズに行われるという状態になってくれば、これは今、私が申し上げたのとは逆に、好循環局面に入りまして、日本の経済がアメリカに次いで、明るい方向に行き得ると……。こういう期待が持てるわけです。私はそういう意味での「四条件の実現」ということを前提にした場合には、この明るいシナリオも、決して「絵に描いた餅」ではないだろうと、いうふうに考えている次第でございます。

 それから、下のほうには、「景気悪化とか株安下では、不良債権の最終処理は非常に難しい。至難である」というふうに書いてありますが、これは、経営者の方々などには、非常に重要な点でございますが、時間の関係もございますので省きまして、いよいよ本題と申しますか、『ペイオフと預金者保護』の問題に入っていきたいと思います。まず何故、ビッグバンというものが必要になったか? ということでございますが、ビッグバンというのは、ご承知の通り、イギリスの証券界の改革の時に、いわゆる大爆発が起こって、世の中がすっかり変わっていったということに準(なぞら)えながら、金融大再編というものを「ビッグバン」という言い方で言ったわけなのです。

その背景としては、先ほどちょっと触れましたような1990年代に入ってからのグローバリゼーションという流れの中で、今まで門戸を閉じておりました日本というものが、大きな凋落の方向に向ったということがポイントになるわけです。図Eをちょっとご参照されながら見ていただきたいのでありますが。この図Eを見ていただくと、グローバリゼーションという解放体制の中で、日本の金融市場というものが、いかに急速な凋落をしてしまったかということが、お判りいただけると思います。

 これは、1989年から2000年までの推移を示したものなんでありますけども、ご覧のように、「外国企業の株式上場数」というものを中心にして、ここに数値を挙げているのですけども、89年の時点におきましては、日本の証券市場に119社の海外の企業が上場しておったわけでありますが、それが、最近の時点では、わずか41社に減ってしまっているわけです。それに対して、対照的なのは、89年の時点では、87社しかなかったニューヨーク市場が、ご覧のように、420というふうに大変増えております。そして、ロンドンの場合には、ちょっと横這い……。少し減っていますけれども、もともと、世界の金融の中心であったということでございまして、この表をじっくり見ていただきますと、国際化が広がってオープンなシステムになってきた時に、日本がいかに弱かったかということが、そして、日本のシステムというものが本当に評価されなくなってしまったかということが、よくお解りかと思います。

 そういう状況なものですから、なんとか日本の――特に東京ですが――東京・大阪を世界の金融市場に復活させなきゃいけないというふうな狙いと、それから、もうひとつ、それまでの日本の金融機関の姿というものは、「国民の皆さん方のため」というよりは、「企業のため」といった観点からの視点が強すぎたわけです。ここのところを改めてゆこうということが金融ビッグバンのスタートの時点の問題でありました。

●護送船団方式から早期是正方式へ

 したがって、わが国金融システムの復活ということと、ここに挙げました「金融商品の多様化」や「顧客サービスの向上」というふうな両面から、この「ビッグバン」という金融大再編の問題が生じてきたわけであります。そして、その中で、「コペルニクス的な転換」と言ってもいいようなものが、次に書いてございます「護送船団方式から、早期是正措置へ」というふうな大きな政策の転換を、金融行政自身が行ったわけです。それは、「昭和金融恐慌」といわれた昭和2、3年くらいから後、わが国では、「護送船団方式」というものが、最もベストの行政であるというふうに見なされていたわけでありますが、それは、わが日本艦隊が正々堂々と進んで行くことで、たとえスピードが遅くても、一隻も落伍することなく進んで行くというのが、金融システムの信頼の基本であると、こういう考え方に立っていたわけです。

 ところが、グローバリゼーションという流れになりましてから、アメリカの価値判断というものは、日本のそれとはまったく違うわけですね。「そんなのほほんと進んで行ったその結果として『脱落する船がない』というのは、まったく考え方が逆である」と……。「スピードをどんどん上げて、欧米の金融機関に追いついていくことが大事である。そのために、たとえバタバタバタと落伍するような船が出たとしても、それは当然だし、それが望ましいんだ」ということになったわけです。こういうアメリカの価値観と、皆が落伍することなしに進んで行くためにはスピードはちょっと遅くてもいい、という日本の考え方の大きな衝突があったわけです。結局、世界の体制はアメリカ方式のほうになったわけです。護送船団方式というやり方から、早期是正方式というやり方に移ったわけです。

 これには、基本的な哲学の違いが背景にあると思うわけであります。「早期是正措置」というのはどういうものかと申しますと、「お前のところの船はスピードが遅いぞ。だから、もっとスピードをアップしないと行けない。アップできなくて遅れるようであれば、それは市場から退場してもらうよ」と……。つまり、「破綻(はたん)させるよ」と、こういうふうな方向に変わったのは、政府の基本的な行政の転換ということになるわけでございます。そのことをここに書いてございますけども。私自身も、大手金融機関の四大グループ化がこんなスピードで進むということは、展望できませんでした。本音で言えば、こういうことなんですけども……。

 ともかく、このような大きな流れの中で、今までは日本においては実質的な金融機関の破綻というのはなかったのです。それが、このようなやり方で、アメリカ的な価値観になってまいりましたもので、したがって、日本でもこれからはバタバタと特に中小金融機関が潰れるということになるわけですが、その他にも、ご承知の通り、北拓(北海道拓殖銀行)であるとか、山一(証券)であるとか、そういうところの破綻も出てきたし、そして、今、申しました早期是正措置というのは、この一年間の間に、もっとスピードを上げられるような状態にならなければ、「もうお宅は、他の金融機関に合併するなり、あるいは市場から退場してもらうよ」というようなことで、そして今でも、バタバタバタと中小金融機関の中では、特に信用組合とかでは合併吸収が相次いでいるのであります。その中から、このペイオフという問題もクローズアップされて現状に至っている。大雑把に言えば、そういうことになろうかと思います。

●資産運用のポイントは何か?

 後ほど、ご質問をいただいた時に、いろんなお話をしたいのでありますが、そこで、従来のように「金融機関に預けていれば安全である」と、必ずしも言えなくなった。「1,000万円が限度だ」というようなことになってきたわけですけども。ですから、1,000万円を超える預金に関しては、資産運用のポイントというふうなことを挙げてございますので、ここに焦点を合わせてみたいと思います。

 この辺のことは、先生方もじゅうじゅうご承知のことになろうかと思いますが、従来に比べて、非常に自由化が進んだことによって、多様な金融商品が出てきたわけでありますけれども、それは言うまでもなく左から右にと分けて見た場合、ハイリスク・ハイリターンの商品から、ローリスク・ローリターンの商品までがあるわけでありまして、その中での選択をどのように皆さん方がなさっていくかということがポイントになってくるわけであります。ただ私は、一般大衆の方などに申し上げる時などは、「ハイリターンだけども、ローリスクなものを求められる方があっても、それは不可能なことなのです」と申し上げております。そういう考え方でおったのでは、これに対する適切な対処はできない。やはり、基本的にはハイリスクのものから、ハイリターンが出てきて、そして、「その逆もまた真なり」ということになるんだと思うわけであります。


 しかし、その枠の中で、例えばハイリターンだけれども、ミディアムリスクであるとか、そういうふうなことはある程度、商品内容によっては有り得るというふうなことではなかろうかと思います。特に、私は、ここに挙げましたように、運用の基本方針をまず決めなければいけない。これは、皆様方のご宗派の問題に限ったことではなくて、この資料はお金持ちの方一般に当てはまる、そういう個人の場合を想定して考えておるわけでありますけれども、まずは、「基本方針を決める」ということが大切です。それは、自分がいったいどれくらい、このハイリスクからローリスクの間の、資金運用のポジションを取ることができるかということろがまずは重要になってくるんじゃないかと思います。かなり、スぺキュラティブ(投機的)な動きであっても、高いリスクを求めようという基本スタンスでおやりになるか、あるいは、やはり、金利は低くても、その安全性の高いほうを求めていらっしゃるか、そういうふうなことは、たとえ専門家でも判らないわけであります。

 ですから、まさにこれは、自己責任原則において、まず、方針を皆様方のほうがお示しになられるということが必要になるのではないかと思うのであります。その上で、だいたい、左からどのくらいのところを、右からどのくらいのところを、目処とした資金運用を考えてほしいと、いうことになってきますと、これは、銀行でも、今、いろいろとその点は勉強していると思いますし、それから、またファイナンシャルプランナーというようなこの筋の専門家もございますので、そういう人々からいろいろなプロポーザルを受けるということも可能になるのではないかと思います。しかしながら、あくまでも、最後は自己決断ということになってくるのではなかろうかと思いますし、これは、個人の話としても、ちょっと照れくさい言い方ですけど、私は人生観ということも、この取捨選択の上では非常に重要ではないかと思います。

 と申しますのは、例えば、アメリカなんかでは、お金に対する執着は日本以上に強いわけでありますけれども、最近では「デイ・トレイダー」というのがおりまして、仕事をせずに自分の家のパソコンの前で、金融商品を売ったり買ったり年中やって、「儲かった。損した」なんてやっている、そういう人たちが非常に増えているんですね。それから、人に会った時でも、いちばん最初の話は、「どこそこの株は? 何の利回りは、どうのこうの」であって、「いくら損した。儲かった」という話がすぐに出てくるというふうな、ややオーバーに言えば、そういう風土になっておるわけであります。しかし、運用は専門家に任せちゃって――宗教家の先生方に、こんな人生観の話をして恐縮なんですが――一般の人々については、やはり自分の人生を豊かに、そしてお金の運用なんかで、一喜一憂することなしに、自分の心の豊かさを求めるとか、そういったところにウエイトを置いた人生というものがあるんじゃないかと、私、生意気なんですが、そんな感じを持つわけであります。

  それと共に、年齢ですね。若いうちは、かなりスぺキュラティブなものをやっても、また収入を得るチャンスが多いわけです。しかし、ある老齢になってきますと、それができないわけですから、年齢と共にローリスクの方向に行くということもあっていいのかなという感じがします。それから、その人がどのくらいの収入かということによって、投資の方法も変わってくるわけでありまして、そういう総合判断の中から、どういうふうな金融商品を選ぶか、さらには、金融資産がいいのか、あるいは不動産がいいのかというふうな問題をどういうふうに選択していくのかと、そのようないろんな問題が絡んでくるのではなかろうかと思うわけであります。


●デフレかインフレかを読む

  それから、マクロ的な大きな問題になってしまうのですが、将来のインフレ・デフレをどう読むかということも重要です。世界的には、このグローバリゼーションというものは、どうしても競争が激しくなる。そして、物はどんどんできますから、供給過剰でデフレ的な傾向が強まるということが言えると思うのです。ところが、わが日本についてだけ考えてみると、必ずしもそれは当てはまらない。それは、なぜかと申しますと、ご承知のように、財政がここまで悪化していますと、地方と中央を併せますと、今年度末の政府の借金というのは、七百兆円まで達するわけです。これを、これから減らして行くというのは、本当に八年、十年という歳月を国民が皆、歯を食いしばりながら、頑張ってできるか、できないかというふうな問題であります。

  それに対して、決して正しいあり方ではないのですが、財政面のそういった問題を形の上だけで解決する道というのがあるわけです。それは、例えば、十パーセントの物価上昇になれば、七百兆円の借金というのは、これは実質的には六百三十兆円に減るというふうに言えるわけであります。そういうインフレによる財政バランスの改善ということは、本音で言えば、政界の中にも、経済界のトップの中にも、かなりそういう考え方がございます。私はエコノミストの立場としては、このような方法は賛成できません。しかし、そういう意見もございます。

  ですから、場合によっては、日本の経済が三年くらい先から、物価が上昇傾向の方向に行きまして、そのインフレ下とデフレ下とでは、資金の運用も大きく変わってまいります。その意味での先見性を持って、各教団の財務担当の方々が、問題の処理にぶつかるというようなことも、大変重要になってくるんではないかなという、そんな感じがいたす次第でございます。

  多様な金融商品の特徴なんかを含めてもっとお話ししたいと思いましたが、具体的なディテールにつきましては、質疑応答の際にお答えするという形を取りたいと思います。どうも、ありがとうございました。

(連載おわり 文責編集部)