国際宗教同志会 平成24年度第2回例会 記念講演
『金正恩体制と今後の北朝鮮情勢』

龍谷大学社会学部 教授
李 相哲

6月4日、豊中市の曹洞宗東光院において、国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成24年度第2回例会が、各宗派教団から約50名が参加して開催された。記念講演では、中国東北地方で少年期を過ごし、朝鮮語、中国語、日本語にも堪能で、朝鮮半島情勢に詳しい龍谷大学の李相哲教授を招き、『金正恩体制と今後の北朝鮮情勢』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、この内容を数回に分けて紹介する。


石蔵文信准教授
李相哲教授


▼金正恩体制は三年もたない

皆様こんにちは。本日はこのような素晴らしい会にお招きいただき、皆様にお会いできたことを光栄に思います。実は、資料としてレジュメを1枚お配りしているのですが、私の名前は李相哲(リ・ソウテツ)と申します。実は、私の先祖は現在の韓国の慶州(キョンジュ)から1930年代に中国へ渡っていますので、私は在中国の朝鮮系2世となります。こういう場所へ来きますと、いつも自分の名前をどう名乗るか戸惑いますが、韓国式に申し上げますと「イ・サンチョル」と読みます。しかし、生まれ育った国である中国式で読むとまた違う発音になります。日本に来て、かれこれ25年になりますけれども、日本国籍を15年前に取りましたので、現在、法律的には日本人になります。ですので、日本式にリ・ソウテツと申しています。

数日前、東京新聞のインタビューを受けた際、「私には複雑なアイデンティティがあるけれど、そのことが嫌な時期もあったのですが、今は逆に3つの祖国があることを誇りに思っています」と答えました。何故、こういうことを申し上げたかといいますと、私の北朝鮮に対する考えは、どちらにも偏らず、なるべく事実だけを話したいという考えを踏まえているためです。今日はそういった気持ちでこの場に立たせていただきました。レジュメを作成しましたが、あまり堅い話をしても面白くないと思いますので、今日はざっくばらんに北朝鮮がいったいどうなっているかという話をしていきたいと思います。

金正日(キム・ジョンイル)は今の北朝鮮の若い指導者である金正恩(キム・ジョンウン)の父ですが、彼が亡くなったのが昨年(2011年)12月17日です。金正日が亡くなった直後、朝日新聞からすぐに連絡が入り、「これからの北朝鮮はどうなるだろうか?」と取材に来られました。その時のインタビューが掲載されたものが皆様にお配りした新聞記事です。この時、私は、「今の北朝鮮の若い指導者は飾りに過ぎない。彼の体制は長くて3年しかもたないんじゃないか…」と答えました。金正恩の祖父にあたる金日成(キム・イルソン)が1994年7月に亡くなった時、世界中の専門家は皆、「金正日体制は3年もたないだろう」と予測したのですが、その予測は見事に外れました。結果的に金正日は北朝鮮を17年間にわたって統治し、今に至りました。前回予測が見事に外れた研究者たちは、今回は少々慎重なもの言いになっており、今回は「いつ、どうなる」といった明言を避けています。そこで、若造の私が勇ましく「3年だろう」と言ったのですが、これは決して目立ちたくてそういうことを言ったのではなく、確かな情報に基づいての話をしています。

李相哲教授の講演を聴いて熱心にペンを走らせる国宗会員諸師 李相哲教授の講演を聴いて熱心にペンを走らせる国宗会員諸師

そもそも私は歴史を研究している一研究者として、北朝鮮の推移をずっと眺めてきました。そして、今回の金正恩の体制は、結論から申しますと、間違いなくこれから3年ぐらいの間に必ず何らかの終焉を迎えるだろうというのが私の基本的な見方です。金正日が死んだ直後、関係者が情報収集に走る段階で私が軽率に言ったため、「その予測は当たらないんじゃないか?」と心配してくださる先輩の先生方もおられるのですが、私がそう述べた理由はいくつかあります。これまでの状況を見ていましても、北朝鮮の状況は私が考えている通り推移しています。

北朝鮮が運営しているホームページがあるんですが、最近、そこで新しい憲法が発表されています。その前文を、私はこの数日の間、何度も読みましたが、その憲法の中に、「先軍政治」つまり、軍を優先していくという父親の時代から推し進めてきた昔ながらの路線をそのまま進めていくということがひとつ。それから「核保有国」つまり、前文の中に「共和国(北朝鮮)は金正日総書記という偉大なる指導者の下で核保有国になった」と明確に書かれています。これはつまり、「北朝鮮は核を絶対放棄しない」という意思表示でもあります。


▼金正恩の抱えるジレンマ

ここから読み取れるのは、北朝鮮は従来の路線をまったく修正するつもりがなく、その気配もないということです。研究者の中には「この若い指導者は、スイスに4年以上留学した経験を通じて西洋式の教育を受けたのだから、何らかの変化があるのではないか」と見ているのですが、基本的な路線はまったく変わりません。変わらないとどうなるかと申しますと、皆様ご存知の通り、現在の体制を北朝鮮が続けていった場合、これ以上国が保つはずがありません。経済はほぼ破綻状態になっておりますので、何らかの形で社会システムを変えなければならない。しかし、「変える」といっても中国やソ連の経験から判るように、「変える」ということは、今までの過ちを少しでも認めなければなりません。少しでもそういう気持ちを見せることなしに、国家体制を根幹から変えることは不可能です。そして、変えることなくこのままずっといけば、それこそ地獄です。

ところが、「変えた」場合はどうなるかと申しますと、「金正恩は偉大な父と祖父の血統を受け継いだ」ということで、28歳の若さで最高指導者になれたのですから、父親の遺訓に反して「前のやり方は間違っていた」と言い出した途端、彼の権威も存在意義もなくなってしまいます。ですので、彼は今、非常に難しい立場に立っています。では、北朝鮮はいったいどういう状況にあるかということですが、昨日の朝鮮労働党の機関誌『労働新聞』を読みますと、この28歳の指導者が、2万人の少年少女たちを平壌(ピョンヤン)に招いて大がかりなイベントを行ったそうです。若い指導者はこういったイベントを通じて何をやっているかと申しますと、父の時代は祖父の時代より明らかに経済的に良くなかったですし、また、餓死者がたくさん出ましたので─北朝鮮のほとんどの人たちは「先々代の首領様(金日成)時代のほうが良かった」と言う人が多いんですが─彼は、その祖父の時代を彷彿させるようなパフォーマンスをいっぱいやっています。ドイツの週刊誌は「彼は祖父に似せるために6回も顔を整形した」と言っています。私はそうではないと思っていますが…。

また、祖父を真似てか28歳にして既にお腹もずいぶん出ていますし、祖父が地方を視察する際に常に被っていた白い帽子を自分自身も被って、随行員たちと行く道すがら、祖父と同じように、突然民家に入ってみるといったパフォーマンスもやっています。金日成が子供たちと撮った写真はたくさん残っているのですが、金正恩も子供たちと写真を撮るときは、自身のポーズやアングルまで似せています。これも昔の金日成時代を思い出させて自分の権威を高めるためにしているのです。

これらのことを茶化して取り上げた韓国のメディアに対して北朝鮮の新聞は「韓国に最後通牒を突きつける」と言ってます。と申しますのは、金正恩最高指導者─北朝鮮では「最高尊厳」と言いますが─がいろいろ視察していることを韓国のメディアが皮肉って「祖父を真似しているだけ」と言っているのですが、それに対し北朝鮮側は「謝罪しろ!」と言っているのです。最近は、「謝罪しない場合はソウルのど真ん中を一瞬にして吹き飛ばす」と、まったく抑制の利かない激しい言葉で韓国を罵っています。実は、これは初めてのことではありません。

4月25日に私は、読売テレビ(日テレ系列)の『情報ライブ ミヤネ屋』という番組に出演したのですが、その日は北朝鮮が「特別行動を起こす」と表明している日でした。「特別行動」とは、ある意味、宣戦布告のようなものですが、「場合によってはソウルの国会議事堂がある汝矣島(ヨイド)を吹き飛ばす」と、朝鮮中央放送を通じて威嚇を行っていました。結果的に何も起こらなかったのですが、何故、北朝鮮は今、そういったことをしているのでしょうか。現在の金正恩は外側から見る限り、安定した権力基盤を受け継いでおり、北朝鮮はこれから平和裡にいくのではないか」と見ている方が結構おられます。それから数日前に平壌から戻ったアメリカの大学教授と食事をしながら話を聞いたところでは「平壌は非常に活気に溢れており、人民の表情も明るい」そうです。この教授の見方によれば「何らかの変化が期待できるのではないか?」ということでした。しかし、私は冒頭に申し上げた通り、金正恩にはジレンマがあります。すなわち、父親を否定しない限り、変化ができない。でも、父親を否定したら、自分が権力者でいることの正統性がなくなるという…。

金正恩は最近、あちこち視察に訪れています。1週間ほど前には、平壌のモランボン山にある北朝鮮におけるディズニーランドのような遊戯施設(万景台遊園地)を訪れた際、雑草が茫々に生えているのを見て「これはどういうことだ!」と随行員たちを叱ったと報道されていました。北朝鮮のメディアを注意深く観察してみますと、今、一生懸命若い指導者が、いかに人民のために尽くしていて、素晴らしいことをやろうとしているかを喧伝しようとしているのが判ります。


▼金正日はどのようにして権力を握ったか

しかし、表から見えない裏ではいったいどういうことが起こっているのか、誰も判りません。金正恩が本当に権力を握っているのか。今、北朝鮮を動かしているのは誰なのか?それから北朝鮮国内全体の動きはどうなのか? 今日はそういった話をかいつまんでしようと思いますが、金正恩が駄目だという理由はいくつかあるんですが、一番の理由は、先代の金正日とまったくタイプが違うということです。先代の金正日時代を少し思い出していただきたいのですが、彼の場合は父である金日成の死後、3年間表に顔を出さなかったんです。顔を出さないということは金正日の性格が人見知りとかそういうことではなく、むしろ非常に自信があったので、表に出なくても内側で巧く権力中枢を統治できた訳です。小泉純一郎元総理は金正日と直接会った1人ですが、当時小泉総理の秘書をしておられた飯島勲氏から直接話を聞いたところによると、金正日という人は直に話すと非常に闊達で中小企業のワンマン社長のような面白い人なんです。しかし、彼のやってきたことを遡ってみますと、二重性格と申しますか、本当に邪悪な部分があります。

彼の誕生日は、1942年2月16日と言われていますが、私の本では彼の誕生日を正確に「1941年2月16日生まれ」と記しています。何故彼らが金正日の誕生日を1年ごまかしているのかについては今日は省きますが、彼が小さい時にお乳をあげたという乳母の方がまだ北京で生きておられます。そのおばあさんに直接会って聞いたところでは、1941年後半に、(ソ連領内の)ハバロフスクでそれらしき人にお乳をあげたそうです。つまり、そのおばあさんは金正日のお母さんと戦友だったんです。彼が大学を卒業したのは24歳の時ですから1966年頃です。父親が偉大な人ですから、卒業後すぐに党中央委員会に入りました。当時は今と異なり、金日成と抗日パルチザン活動(ゲリラ)を共にした元老たちが大勢生きていて、なんでも胸襟を開いて話をできる雰囲気がありました。ですから、金正日の成長過程で、彼が何か悪いことをしたら「そんなことをしたら駄目じゃないか」と注意する人や諭す人がいました。

そういう環境で金正日は成長したんですが、それでも権力者の息子なので、大学卒業後すぐの1966年に中央の組織指導部に入ります。組織指導部とはどういうところかと申しますと、中央の人事を決める部署です。ですので、悪く言えば、彼は大学を卒業してから、かつて自分のことをたしなめた人のことを父親に対し「あいつは悪い奴だ」とか「あいつは排除すべきだ」といった助言を行いました。彼がそういうことを表立って行ったのは、1969年です。金日成は、それまでに政敵を次々と粛正していましたが、69年に北朝鮮建国時以来残っていた抗日パルチザンの最後の派閥である甲山派とかつての日本統治下時代に国境沿いの普天堡(ポチョンボ)という所で、金日成と共に戦った(註:実際に地元住民を大量に虐殺した)仲間を金正日が先鋒に立って、たくさん粛正しました。しかし、金正日自身が直接手を下した訳ではなく、金日成の警護を担当していた呉振宇(オ・ジンウ)という人と手を組んで政敵を無差別に追放したり粛正を行いました。そうして北朝鮮における金日成の専制体制、つまり1人も反対派のいない政権運営が始まりました。

その後、金正日が後継者に内定したのが1973年です。1973年から金日成が亡くなる1994年までの21年間、金正日は緻密に後継者修行を積んで指導者になる訳ですが、1973年に後継者になった後は、自分の周囲に悪い取り巻きをたくさん作り「父親が国家運営のため非常に疲れているので、書類をたくさん見せるのはよろしくない。だから、まず私のところに持ってこい。持ってきた書類の中から抜粋したものを父親に上げる」と、通達しました。また、書類を録音して父親に上げました。その結果、父親は実際に起こっていることは何も知らないまま、息子がすべてを牛耳る体制が70年代から始まった訳です。金正日が正式に党中央秘書(書記)になったのは1980年ですが、党中央秘書とは巨大な権力です。そして、1992年に金正日は朝鮮人民軍最高司令官に就任します。ですから、金正日が政権を握ったのは父親の死後ではなく、それよりずっと前、10年以上前から既に北朝鮮は彼の掌中で統治される構図ができあがっていたのです。


▼準備期間2年で後継者になった金正恩

しかし、今回の息子(金正恩)の場合はどうかと申しますと、後継者として正式に登場したのが父が亡くなる1年と少し前の2010年10月1日です。しかし、彼が秘かに後継者に指名されたのは2008年8月のこととされます。この8月に何が起こったかと申しますと、金正日(キム・ジョンイル)が突然脳卒中で倒れました。倒れる前から彼は健康状況が芳しくなく、周辺の人たちが後継者の話を進言すると彼がいつも怒ったといいます。金正日には息子が3人います。皆さんも時々テレビで見かけると思いますが、今、北京とマカオを舞台に暗躍している金正男(キム・ジョンナム)が長男です。彼を育てたのは母方の伯母なんですが、この人、成恵琅(ソン・ヘラン)は日本に留学経験がある人です。2年間の留学を終えてソウルへ戻り、韓国で初めて女性記者となり、朝鮮戦争の時に北へ行った、朝鮮ではかなりのインテリの部類に入る人なんです。金正男は、金正日が人妻であった成恵琳(ソン・ヘソム)という女性を奪って産ませた息子ですから、4歳まで父親の金日成(キム・イルソン)にその存在を隠していました。4歳になるまで、母方の伯母さんが家で育てていた訳です。ですから私が推測するに、この子はかなり小さい時から北朝鮮の他の若い人とはちょっと違う異質な教育を受けていたと思います。9歳でモスクワへ行き、スイスに10年近く居ますので、もはや北朝鮮の人ではありません。朝鮮語が少しでも解る人が彼の物の言い方を聞くと、まったく他の北朝鮮の人と異なります。

李相哲教授の講演に熱心に耳を傾ける国宗会員諸師 李相哲教授の講演に熱心に耳を傾ける国宗会員諸師

ですので、金正日は長男を一番気に入っていたと私は思います。長男の成長過程を見てみても、金正日は長男に並々ならぬ愛情を注いでいます。彼がまだ小さい時は、息子をテーブルの上に座らせてニコニコ食事をしたり、スイスに留学した時は毎晩電話をかけて父子2人がずっと泣いていたという逸話が伯母さんの手記に出てきます。ですから、後継者となった三男より金正男はずっとお父さんのお気に入りでした。ところが長男は父親に反抗して「北朝鮮はこのままでは駄目だ」という考えを持っているので排除され、仕方なく三男を選びました。

ずっと決めかねていたのですが、2008年8月に金正日が脳卒中で倒れました。妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)とその夫の張成沢(チャン・ソンテク)の2人が看病する訳です。北朝鮮の医療技術だったらとうに回復は不可能でしたが、フランスから医療チームが出向いた結果、回復しています。しかし、金正日は「このままでは先は長くない」と悟ったのでしょう。そこで、2008年8月からそういった話を始め、2009年1月に正式にこの三男に権力を移譲することが決まりました。先ほどの話と比較してみましても、金正日は20年近く父親を継承する準備をして指導者になりましたが、三男(金正恩)は、たかが2年ちょっとで権力の座に就いています。よほどの天才なら可能もしれませんが、私には彼が北朝鮮を統治できる能力があるとはまったく思えません。


▼1人で25の閣僚の職を兼任していた金正日

では、今どのように動いているかと申しますと、北朝鮮という国は日本や韓国とまったく異なり、日本でしたら、重要事項は閣僚が毎日のように顔を合わせて会議で決定しますが、翻って北朝鮮の権力構造を見ますと、北朝鮮には内閣と共に「党中央」という組織があります。資本主義の国と異なる点は、国家の正式の機関である内閣のほうが、朝鮮労働党中央の各部署の配下にあるんです。現在の日本に例えたなら、民主党の役員会のほうが内閣よりも上位の最高指導部なんです。ここまでは、世界中の共産主義国家は皆よく似たシステムになっていますが、北朝鮮のユニークな点はこの後です。党中央に各部署がありますが、すべての部署に長がおらず、各部署の実質上の責任者は第一副部長になっています。例えば、北朝鮮の25の省庁がどのように運営されるかと申しますと、これまでは金正日がすべての部署の長となり、実務を担当する第一副部長を指名し、いちいち呼びつけて指示を出すというやり方でした。つまり、25人の閣僚を集めて会議をやったりすることはなく、金正日が25人の閣僚すべてを1人で兼任しているので、金正日が好き勝手に指示を出すという体制だったんです。

しかし、金正日が突然亡くなった今、その統治スタイルは金正日に代わる人がいません。ですから、これからは嫌でも普通の国の統治スタイルのような指示体系に戻さなければならない。しかし、未だ混乱してる証拠が、1カ月ほど前のミサイル発射事件です。その前に、外交部(外務省)がアメリカと外交交渉して「24万トンの食糧を支援してくれたら、ミサイルは発射しません」と約束しました。しかし、この交渉をした金桂冠(キム・ゲグァン)第一外務次官がニューヨークから戻って14日後にその約束を反故にしてミサイル発射に踏み切っています。専門家の中には「軍と外交部が対立しており、軍が力を増してやった」と見る向きもありますが、私は単に、金正恩の未熟さに端を発する混乱であり、金正日の時代であれば、アメリカとの交渉は、まずミサイルを撃ってからやれば、彼らが望むある程度のものを得ることができるんですが、順番が逆になった。これも金正恩の間違いと見て良いでしょう。彼は今、視察であちこち出向いていますが、基地へ出向き何もない様を見て「××を補給しろ」とその場で指示を出します。しかしこの指示は、その部隊の数名のためにはなりますが、北朝鮮全体の2,400万人のうち、人口100万の平壌を除く2,300万人の人民は飢えているのに、それには何の効果もない訳です。ですから、今システマチックに動いているというよりはすべてパフォーマンスとジェスチャーでやっているのです。

もうひとつは、金正恩の命取りになるのではないかと私が見ていることですが、4月25日の祖父の生誕100周年記念日のお祝いに25億ドル(約2,000億円)ものお金を使ったことです。北朝鮮がどれだけ外貨を保有しているかは判りませんが、北朝鮮一国のGDP(国内総生産)がトヨタ一社の売り上げの10分の1もありません。つまり、国家予算が250億ドル(約2兆円)ぐらいしかないんです。去年の貿易額は、多くて56億ドル(約4,000億円)ぐらい。それだけ貧乏なのに、119万人の軍隊を持っており、ミサイル部隊などに加えて核兵器に携わっている人だけで3万人とも言われています。普通の財政感覚では全く賄えない状況下で、彼がそこまでお金を使っているということは、祭り気分で人々の賞賛を得るためにやっている訳です。しかし、お祭り騒ぎが終わった後は外国からお金を持ってくるか何かをしないと駄目ですね。この後、北朝鮮がどうなるか非常に心配になります。


▼実際には張成沢が支配している?

こういう状況を金正恩がコントロールしている訳でないならば、実際には誰がコントロールしているのか? 私は皆様にお配りした朝日新聞の記事の中で、実際にはそれは叔母の金敬姫の夫である張成沢だと書いています。しかし、この後、小学館の雑誌『SAPIO』にも書いたのですが、張成沢が実務を処理しているんですが、おそらく一番大事な部分を握っているのは、金正日の妹でもある奥さんの金敬姫だと思われます。最近、徐々にそういった情報が外部に漏れ始めて、北朝鮮は「垂簾聴政(すいれんちょうせい)」(幼君に代わって皇太后が摂政政治を行うたとえ)と言いますか、叔母さんが金正恩を操っているという人もいます。では、張成沢はどうなのかと申しますと、金正日が死んだ時、彼は権力の序列が19番目だったことから「もはや彼には何の役割もなく、後見役も外されている」という見方と、「実は、彼が後ろで糸を引いており、彼が権力の前面に出ている人たちを操っているのではないか」という2つの見方がありますが、私は後者だと思います。つまり、彼がかなり力を行使しているのではないかと見ています。

朝日新聞の当該記事のコピーを示して解説する李相哲教授 朝日新聞の当該記事のコピーを示して解説する李相哲教授

これには2つの根拠があります。ひとつは、金正日が死ぬ前に「息子をよろしく頼むぞ」と、軍の中枢部の何人かを呼び出して忠誠を誓わせていますが、その1人がナンバー2の李英浩(リ・ヨンホ)─テレビに出る時は、いつも金正恩の右隣に立っている軍人ですが、これが人民軍の総参謀長です――だと言われていますが、最近になって、突然、その間にもうひとり別の男が現れました。それが崔竜海(チェ・ヨンホ)です。この人は今まで18番目の序列だったんですが、突然ナンバー2にのし上がってきました。最近、金正恩が何処かへ視察に行く時は彼が必ず付いて回っています。これは何を意味するかというと、どういう人物かを分析すれば判るんですね。

彼は1950年1月生まれで、今年62歳になりますが、内部権力のほとんどが70歳以上の中で、彼は一番若いと言えます。もうひとつは、崔賢(チェ・ヒョン)という先々代の金日成とパルチザンを一緒に戦った人で、朝鮮人民武力部長─日本で言えば防衛大臣です─を務めた実力者がいましたが、崔竜海はその息子で、金一族には代々忠誠を誓ってきた家系の人です。だから彼がナンバー2になったというのではなく、私の見方としては、彼は叔母の夫である張成沢の直属の部下だったんです。彼の経歴を見れば判りますが、朝鮮に昔からある社会主義労働青年同盟という青年組織の長を張成沢が務めているんですが、その彼を支えたのが崔竜海です。それが突然ナンバー2になったのは、間違いなく張成沢による抜擢であり、金正恩に対し「言う通りにしろ」ということになっているのだと思います。

もうひとつは、気付いておられるかもしれませんが、金正日の葬儀の日に、金正恩が突然軍服姿で出てきましたが、4つ星ですから大将です。これは皆、初耳というか目を疑っているんですが、金正恩は軍経歴がまったくないのに突然軍服を着て現れた。これは、合法的な手続きを取ってそういうことをしたのか、あるいは彼が「自分がすべて決めるから」という風に出たのか判りません。しかし、北朝鮮にはそういう手続きを取るといった余裕もないのですから、おそらく金ファミリーが好き勝手にやったと考えられています。彼の振るまいからすると、張成沢が権力を握っているのは間違いないです。

しかし、張成沢の立場が弱いのは、今のところは奥さんが自分の兄が死ぬ時におそらく外部に漏らすことのできない類の話はすべて妹に残しているためだと私は思います。一番大事なのは人事ですから「あいつは駄目だから重要なポストに就けるな」とか「この人は使い物にならない」と、金正日という人はそういう面において非常に天才的なところがあるため、死ぬ間際に「息子を守るにはこうするしかない」と、妹へ人事にかかわる話を託していると思います。私は2人の話を直接聞いた訳ではありませんが、その根拠はいくつかあります。死ぬ間際になって、金正日が精力的に中国へ行ってロシアへ行ったついでに北朝鮮の地方を見て回るんですが、その時に必ず妹が同行しています。同行しているだけでなく、死ぬ3日前に北朝鮮の中央通信が発信した写真が非常に注目されました。社会主義国はそういう情報でしか内部権力の力関係が判りません。どういった写真かといいますと、デパートを視察する時に金正日がエスカレータの一番前に立ち、3段上に妹が立って、さらに3段上に張成沢や金正恩といった人たちが立っています。これは「本当のナンバー2は妹だ」ということを、金正日が死ぬ前にはっきりと意図的に見せつけた格好になります。


▼真の実力者は金敬姫

妹は1946年5月30日生まれですから、今年66歳になります。金正日は軍経歴のまったくない妹に、軍の中の大将称号を与えましたが、これには笑い話になるという見方もありますが、実は深い意味があったと思います。何故かというと、自分の息子を守るには妹だけでは絶対無理だ。夫である張成沢が力を増してきて妹の話を聞かなくなったら収拾がつかなくなる。それで妹に軍の称号を与えて、彼女と軍の誰かを必ず繋ぎ、軍内部と意思疎通を行えるようにしていると思います。張成沢は使う必要があるのですが、金正日もかなり悩んで悩んで、彼が力を持ちすぎても困るし、かといって彼を排除してもなかなか困る。そういう状況下で、妹にその夫である張成沢を牽制させることにしたのだと思います。現在のところは妹が北朝鮮の権力の中枢を握っているとみて間違いないと思います。ここで心配されるのが、妹はいろんな持病を持っている点です。腎臓も悪く、糖尿病も患っていると言われています。彼女の健康状態によっては、また権力内部が混乱する可能性はあります。

昔ながらの金ファミリーが権力を握っている状況が続いていますが、北朝鮮はそういう状況の中でこれから何が起こり得るでしょうか。消去法でいけば、クーデターは起こらないのか? ということです。金正日が死ぬ前に高速で昇進した李英浩や崔竜海といった人たちがいますが、彼らはおそらく今の体制を何とか保っていきたいと考えているでしょう。しかしその一方で、権力の中枢からむしろ冷遇されている人たちが大勢いる訳です。この人たちが、いったいどうするのか。「クーデターや権力内部での争いが起こるのではないか」と言う人もいますが、結論から申し上げますと、クーデターが起きる可能性はほぼゼロに近いと思います。


▼反金クーデターは不可能

北朝鮮の権力構造は、軍の指揮系統を見ればよく判ります。何故かというと、北朝鮮は本当に兵営国家で、人口2,300万人の国家に119万人もの正規軍がいて、その下には500万人の予備役があるんです。それに加えて、「労農赤衛隊」という民兵組織があり、16歳から60歳までの男性は全て軍のために生きていると言っても過言ではない国家を作り上げています。軍の中の指揮系統は、3種類の将校を置いています。社会主義の国では通常2種類の指揮系統があります。中国共産党軍も、蒋介石の国民党軍と戦う時には、各部隊には党代表と将校がいました。党代表が常に兵士の思想や教育に責任を持ち、参謀部の将校が作戦を立てるという仕組みになっています。北朝鮮の場合は、この2種類の将校以外に秘密警察に当たる憲兵がいます。

ですから、各小隊、中隊、連隊、師団のそれぞれに3人の長がいますが、この「3人の長」は、お互いに牽制し合っています。北朝鮮では、仮に一兵一卒でも動かそうと思ったら、この3人の将校全員がサインをしなければなりません。しかも、下から上まで全部サインをもらっていくと、200名以上の将校がサインをしなければならないと言われています。ですから、実際には軍の誰かが私的な理由で兵隊を動かすのは到底不可能です。

韓国では、(朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件当時)首都保安司令官であった全斗煥(チョン・ドゥファン)少将が政権を奪取しました。北朝鮮にも平壌(ピョンヤン)を防御する部隊がありますが、その防御部隊は確かに権力を持っているものの、彼らの任務は首都(平壌)を守るというよりは、本来は「アメリカと韓国の侵略から国を守るために作られた」ことになっていたので、南向きに展開していなければならないはずなんですが、実際はそうではなくて、彼らは北のほうに展開しています。地方で何か起こった時に鎮圧することが目的だからです。この人たちが何らかの形で反乱を起こそうとしても、その上に、金ファミリーを守る護衛司令部というものがあります。この護衛司令部は、純粋に金ファミリーと要人たちを守る組織ですが、その上、さらに偵察総局というのがあり、そこに2,000人ぐらいの最精鋭部隊が配備されています。これは、金正日(キム・ジョンイル)が生きていた当時は「彼の言うことしか聞かない」という部隊なんです。ですから、到底組織体系からすると、クーデターを起こすことは不可能です。

それほど周到に布石を打ってもなお、金正日は死ぬ間際になっても「何か起こるんじゃないか…?」と心配し、権力を握り過ぎていた人を粛正しています。一番外部に漏れている情報では、国家安全保衛部の中にロイヤルファミリーだけを守る部隊を指揮する柳京(リュ・ギョン)という非常に有名な人がいました。この人が、金正日が亡くなる3カ月程前に処刑されています。何故かと言いますと、彼は金正日と2人で酒を酌み交わすぐらい信頼が厚かった人なんですが、権力中枢で力を持ち過ぎたので、自分の死後に息子が彼によって押さえつけられるんじゃないかという懸念が唯一の理由です。金正日は、こうやって、将来禍根になり得る人たちは全て粛正しています。その意味では、不測の事態は起こりにくい仕組みになっています。

一方、昨年アラブ諸国で起きたように、地方で一般の人々の蜂起や反乱は起こらないかと申しますと、今、北朝鮮から韓国に亡命している人が2万6,000人ぐらいいるのですが、その中に知識人や専門職の人だけで構成された1,000人ぐらいの『知識人連帯』という組織があります。その中には核開発に携わったり、金正日の護衛部隊を務めた人も含まれます。その人たち6人を集めて、昨年の暮に韓国で座談会をやったんですが、彼らの話を聞くと、地方の人たちは、昔は「政治学習をしましょう」と声をかけると、熱心に聞かないであまり勉強はしないものの一応、人が集まりました。ところが今は、同意はするものの「お腹が空いて動けない」あるいは仕事場にも「お腹が空いているから行けません」といったように、消極的に反抗しています。

北朝鮮では、中国の秦の始皇帝の時代と同様に、連座(連帯責任)制を採っていますが、これは相互監視がネズミ講のようになっており、誰が秘密警察のスパイなのかお互いに判りません。ですから、何人かで一緒に集まることも不可能ですし、北朝鮮の現在の法律─憲法では「移動の自由」は保障されていますが─では、北朝鮮では隣町へ移動するだけでも必ず政府の許可が要ります。ですので、反金クーデターを組織化するのは非常に難しいです。


▼中国がキーを握っている

そこで、これからどういうことが起こるかということですが、私は可能性からすると中国と外部の力、実は金正日政権が何故17年間も保ったかといいますと、金正日の個人的なキャラクターもあったんですが、ほぼ同時期に韓国で金大中(キム・デジュン)という『太陽政策』(対北宥和政策)を掲げた人が大統領になり、公式統計だけでも32億ドルから50億ドル近いお金を韓国は北朝鮮に貢いでいます。ですから、かろうじて北朝鮮は延命したという人もいます。今回は金正恩(キム・ジョンウン)にそういうことをしてくれる人がいませんし、日本も韓国もアメリカも非常に強い姿勢で北朝鮮との交渉に臨んでいます。

かろうじて北朝鮮の肩を持っているのが中国ですが、中国が北朝鮮にとって大事なのは、食糧だけなく石油です。もし、中国から石油が入らなくなれば、戦車も飛行機もすべて鉄屑と化してしまいます。中国は「われわれには影響力はない」と言っていますが、中国が決心すれば北朝鮮はすぐ曲げざるを得ないでしょう。もちろん、その場合は、今度はロシアにくっついて何かもらおうとするかもしれませんが…。今のところは、中朝国境の鴨緑江を挟んで隣接する丹東市(中国)と新義州(北朝鮮)の間には、地下で油を供給するパイプが敷かれていると言われていますが、北朝鮮が中国の言うことを聞かずに暴走すると、何故かそのパイプラインが故障して油が流れなくなったりする。そうすると、北朝鮮の態度が和らいだりするんです(会場笑い)。

中国がこれからどうするのか気になるところですが、中国は何がなんでも自国がアメリカと対抗できるような揺るぎない強さを持った強い国になるまでは、国際環境は今のような小康状態を保って欲しいと考えています。あと10年ぐらいしたら、軍事的にも世界強国になり、その暁には「好き勝手な自国の望むように作った国際ルールでやろう」という算段を立てています。しかし、北朝鮮政策では7年ほど前まで一部の指導者の間では、国際社会の顔色を見ながら、「国際社会から批判されてまで北朝鮮の肩は持たないほうが良いんじゃないか」という考えを持っていました。

ところが最近は、「国際社会から何を言われようが、北朝鮮はそのまま残すべきだ」という立場に旋回していると僕は思います。韓国の研究者や政策関係者と話をしてみると、「最近、中国はいつまでも北朝鮮の肩を持てないという考えを改めようとしているんじゃないか」という考えを持っていますが、ここは本当に微妙なところだと思います。僕の見方からすると、やむを得ない状況があれば別ですが、中国は北朝鮮の現状を守るためならば、どんな犠牲も甘受する姿勢に出るだろうと思います。

これから北朝鮮が核ミサイルを発射して、彼らのスケジュールから見ると、2カ月おきに核実験をやる可能性が十分にあり得ます。しかし今回、北朝鮮が十分用意していながら核実験の実施を何故ためらっているかと申しますと、その訳は中国にあります。中国は、ミサイルのことでも怒りましたが、今回核実験をやったら「私たちも考えを改めるしかない」という警告のメッセージを北朝鮮に発しているはずです。

しかし、北朝鮮は北朝鮮で、今までも狡猾な瀬戸際外交を行ってきているので、中国の見解を北朝鮮は見抜いているんですね。ですから、自分たちがいくら暴走しても、中国は最後の手段までは出さないだろうと踏んでいるんですね。ですので、北朝鮮はまずとにかく核実験をやってから、後で関係を修復すれば良いと考えています。しかし、北朝鮮が本当にこれをやってしまうと、そのことが北朝鮮にとって、今の小康状態が崩れる始まりになるのではないかと思います。

最後に、今これから注目されるのは、金正恩本人がいつ中国へ行くのか? 核実験をいつするのか? この2点に絞られるのですが、おそらく中国は当面、金正恩の訪問をあまり急がないと思います。現在、中国国内の状況も流動的ですし、指導部にも人権問題などいろんな問題が起こっていますので、当面まず権力内部の事情を整理しなければなりません。ですので、北朝鮮に関しては、そのまま急を要する問題がなければ急いで会う必要はないと思っていると思います。

このたび改正された北朝鮮の憲法には、「偉大な指導者金正日同志は、われわれの国を核保有国にして思想強国に仕立て上げた」と書かれていますが、もしアメリカなどの反応が鈍い場合は─つまり、北朝鮮の思惑通りにアメリカなどが動かない場合は─、アメリカを刺激するために、北朝鮮がまた核実験をする可能性は十分あります。ですから、まだ今しばらくは朝鮮半島の情勢は予断を許さない状況が続くのではないかと思います。

今日お話ししようと考えていた内容を全て言えてはいませんが、時間も参りましたので、この辺りで終わりにしたいと思います。ご清聴有り難うございました。



(連載終わり 文責編集部)