日韓宗教者協議会30周年記念総会 歓迎の辞

日韓宗教者協議会会長 三宅龍雄

  日韓宗教者協議会30周年記念の総会を迎えるに当り、先立ちまして、先代会長三宅歳雄大人の霊前で、先生方、ご拝礼下さり、また、鄭重な偲びの言葉を頂いて、本当にありがとうございます。
  千数百年前に仏教が伝来しまして、思想・文物・制度、いろんなことを日本は韓国から教えていただきました。後に、中国と直接行き来するようになった後も、ずっと韓国は日本の先生でありました。近世になりまして科学技術の時代になるまでずっと先生であり続けました。
  ところが、今日はお互いに学び合わなければならない時代になりました。単に住み分けで、それぞれに成り立ってゆくというだけではなくて、共存・共栄ということが求められる時代に、この30周年を迎えたことになります。
 あるべき姿をお互いに求め合うということをテーマに、この総会を迎えることができることは本当に有意義なことだと存じます。顧みますと、三宅歳雄大人が日韓の交流会を発足いたしました、その念願にも叶うことだと思いますので、忌憚なくそれぞれのご意見をぶつけ合っていただければ、受入れをいたしました大阪国際宗教同志会といたしましても願わしいことでございますし、嬉しいことに存じます。
 本日は皆様、本当によくぞお出ましくださいました。迎える側といたしまして、心から御礼申しあげます。ありがとうございました。



★韓日宗教人交流30年記念総会 開会のご挨拶

韓国宗教協議会会長 李 載 錫

 尊敬する三宅龍雄会長様、崔昌圭館長様、洪印谷総務院長様、李栄載総典教様、そして、日本と韓国の宗教指導者の皆様!

 本日、韓日宗教人交流30周年記念総会を開催するようになったことを、非常に嬉しく思いながら、日本宗教指導者の皆様の歓迎に深い感謝の言葉を申し上げます。ただ、非常に遺憾に思うのは、この場に三宅歳雄会長がおられないことです。

 立派な宗教指導者であり、宗教連合運動の先駆者、人類平和のために献身してこられた三宅歳雄会長の輝かしい生涯を追慕しつつ、会議に先立って鄭重に先生の冥福をお祈り申し上げます。

 顧みれば、過去の30年という歳月は決して短い期間ではありませんでした。

 この間、持続的な交流と協力、両国の懸案問題解決、そして、アジアと世界平和のために一緒に努力できたのは、両国の宗教指導者の宗教連合運動に関する大きなビジョンと情熱の結果だったと思います。特に、三宅歳雄会長と妙道会会長の佐原慶治先生、一燈園当番の西田多戈止先生の愛情あふれる歓待に韓国の宗教家は、生涯にわたって忘れられない感激と追憶を持つようになりました。まことに感慨深い韓日宗教人交流の30年を回想しつつ、日本の宗教指導者の皆様に改めて心からの謝意を表する次第です。

 第一に、過去30年の韓日宗教人交流の成果は、両国の宗教家が互いを理解するのに大きく寄与しました。

 1971年、大阪国際宗教同志会の役員が韓国を訪問し、韓国宗教協議会と懇談会を開くことによって、韓日宗教人交流が始まりました。その後、韓日宗教人会議が開催される度に、日本の三宅会長が韓日両国間の不幸な過去の出来事を謙虚に謝罪することによって、信頼と親近感を感じるようにされたのです。

 韓国の宗教指導者が1972年、大阪で開催された第一回会議に参加し、韓日両国の格差を実感するようになりました。会議席上で日本のキリスト教(プロテスタント)牧師の発言は、私たちを驚愕させました。「日本では、キリスト教より共産党の方がましだ。隣の家で火事が起こったり、税金の告知書が間違って発給された時、クリスチャンは全く関心を持たない反面、共産主義者たちは自分のことのように手伝って問題を解決してあげるためだ」というのでした。

 また、日本の宗教家たちは、韓国に対する偏見が非常に深かったことが分かりました。第二回韓日宗教人会議をソウルで開催しようと提案した時、日本側では、それは可能なことかと反問しました。金浦空港には銃器で武装した中央情報部の要員たちが至るところに配置されているというが、韓国に行くと即時拘束されるのではないか? そして、韓国の宗教家たちはどうして極端な反共主義者になったのか? 共産主義よりもっと悪いのが軍事独裁政権だと言うのでした。そうして1979年、シンガポールで開催された第一回ACRP会議では、「韓国内政治犯の釈放決議案」を通過させ、第二回ACRP会議の時には中共代表を招請するために韓国代表は招請者名簿から除外させました。このような韓日両国間の誤解と先入観は、会議を繰り返すほど互いの立場を知り、深く理解するようになりました。

 第二に、韓日の宗教指導者は、両国の懸案解決のために共に努力しました。韓国人の第二次世界大戦被害者問題の解決に、日本の宗教指導者が積極的に対処するようになりました。サハリン抑留韓国人の送還問題、原爆被害者問題、挺身隊問題、在日韓国人差別問題などを解決するために、日本人団体としては最も多い嘆願書を日本政府に提出したのです。また、機会がある度に原爆被害者を訪問し、慰労して、経済的な支援も惜しみませんでした。

 第三に、韓日の宗教指導者は、韓半島の統一とアジアの平和のために心を合わせて協力してきました。特に、日本の指導者は日本が韓国に対して行った加害行為と、南北分断の原因提供者としての責任を痛感し、宗教家の良心にしたがって北朝鮮の開放と改革を求め、南北の宗教家の接触と会合のためにも多くの努力を傾けてきました。「南北統一とアジアの平和」を主題に数回にわたって韓日宗教人会議を開催し、北朝鮮の宗教指導者たちが日本を訪問した時は、彼らを関西地方に招請して歓待し、大阪南北宗教人会議を提案したりもしました。また、日本の宗教家は、日本国内の朝鮮総連・朝鮮仏教徒連盟の徐泰植副委員長との会合を取り持ちました。

 1990年7月19日には、ソウルで韓日の宗教家1500人が集まって、「北朝鮮開放要求および第二次世界大戦韓国人被害者のための宗教人大会」を開催したりもしました。

 第四に、韓日宗教指導者の交流は、韓国宗教界の和解と協力に大きく貢献しました。1970年代は、韓国人の海外旅行が極めて制限されていた時期でした。それで、韓国宗教界を代表して国際会議に参加するということは、会員宗団の大きな関心事となりました。また、同じ主題をもって一緒に考え、祈祷し、討議するだけでなく、宿食を同じくすることによって相互理解に大きく寄与しました。韓国のような多宗教状況の中で、それぞれ絶対的な信念体系をもって社会や家庭で宗教間の対立と葛藤を深化させてきた韓国宗教界で、相互理解と尊重の風土を形成することができたのです。

 最後に、私たちは今、新千年と新世紀を迎えるようになりました。19世紀が交通・通信の発達によって世界宣教の世紀だったならば、21世紀は宗教連合運動の世紀であり、21世紀は宗教共生の世紀にならなければなりません。19世紀の宗教膨張主義時代から、20世紀の宗教多元主義時代に、そして、21世紀は宗教生態主義時代に進まなければなりません。

 生命の存在様態は、自己のために存在すると同時に、他者のために自己を犠牲にすることではありませんか。生命がある有機体としての宗教も、自己の宗派のために行うと同時に、他の宗派のために協力し、一つになっていくことによって、より大きな善を追求できるはずであり、宗教の平和を通した世界平和を実現していくことができるのではないでしようか。

 今後、韓日の宗教家は、宗教の共生共栄のために地球的、宇宙的な倫理規範を制定することを提案します。全体を束ねる価値規範としての"21世紀宗教人倫理憲章''を私たち全員が一緒に実践することによって宗教の目的を成就していくことを、心から祈願するものです。
 ありがとうございました。



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