レルネット主幹 三宅善信
▼危機管理という概念の欠落
私は、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)がオープンする直前(2001年3月29日)に、『USJは大阪を救えるか?』という作品を認ためたことがあった。もちろん、大阪人のひとりとして、30年以上続く大阪の経済的・文化的地盤沈下を回復するのに「少しでも効果が出るように」と願ってエールを送ったつもりであるが、最初の1年間のめざましい躍進(入場者数1,100万人というテーマパークの世界最速記録を樹立)と、ここ数カ月間のあまりにもお粗末な状態(不祥事の数々)のいずれをも、1年以上も前の時点で予見していたことに、われながら正直驚いた。
平成の大不況で沈没寸前の関西経済圏にあって、唯一気を吐いていたUSJが、最大のかき入れ時である夏休みを前に、次々と違法行為が発覚し、青息吐息の状態になっている。しかも、このテーマパークは、他のテーマパークはもとより、一般企業とも異なり、運営会社(株式会社ユー・エス・ジェイ)に25%を出資し、筆頭株主となっているのが大阪市である以上、つまり、市民の税金を使っている会社である以上、一私企業の範囲を越えて公益性を有し、破綻など許されないのである。
一連の不祥事のそもそもの発端は、園内で提供されるレストランの食材の調達・保管・加工の一切を引受けている施設で賞味期限を著しく越えた食材を利用して、これを園内のレストランで入場客へ提供しているということの垂れ込みから始まった。しかも、この垂れ込みというのが、元々USJで働いていた(パートをしていた)人物が、クビになった腹いせに「大それながら」と訴え出たことに端を発するのである。
そもそも、USJに限らず、日本の企業は、この手の危機管理がなっていない。外資系の企業などは、社員を1人クビにする毎に、社内の各部所の入退室磁気カード、あるいは情報システムへのアクセスコード等をいちいち全部変更している(解雇された瞬間から、その人にとって元いた会社の秘密は、新しい就職先への絶好の手土産になるので、クビにした元社員は「敵」だと思って接しなければならない)が、日本の場合は、そんなことをしない企業のほうが圧倒的に多い。
国家安全保障上、重要な情報を有している防衛庁ですら、たびたび自衛隊員(もしくは元隊員)あるいは備品の納入業者等によって、不法に情報が流出、もしくは不正にアクセスされている体たらくであるから、そもそも日本ではこの手の危機管理・情報管理という意識が欠落しているとしか言いようがない。こんな日本社会の現状で、「住民基本台帳ネットワーク」などを実施することは、狡賢い悪人にとっては、個人情報は盗み放題・売り放題という結果を招き、多数の善良な一般市民が多大な迷惑を蒙(こうむ)ることは眼に見えている。今回は「住基ネット」がテーマではないので、これ以上この問題には触れないが、いずれにしても、USJの元社員による垂れ込みから、今回の一連の不祥事が発覚したことをまず、経営者は胆に銘じなければならないと同時に、一連の「事件」の背景もここに隠されている可能性を読者の皆さんは承知しておいて欲しい。
▼陰謀説から怨念説まで
その後、「よくもまあ、こんなに出るわ出るわ」と思うほど、次々と不祥事が発覚した。例えば、園内の水飲み器のひとつを竣工時の配管ミスによって、開園から9カ月もの長期間、飲料用の上水道ではなく工業用水を供給していたこと。しかも、驚いたことに、何千本もの配管があれば、ひとつぐらい接続ミスが起こること自体不思議ではないが、そういったミスをスクリーニングするために行なわれる社内検査で、一定濃度以上の塩素が必要である(註:飲用の上水道には、殺菌のために必ず一定以上の塩素が含まれているので塩素濃度をチェックすれば、上水かどうかは一目瞭然である)にも関わらず、実際、業者が点検し、「異常」を発見した時に、USJは自らが配管ミスを侵した可能性を一顧だにせず、逆に塩素濃度を所定の数値まで上げるために、およそ水飲み器ではありえない使い方である8時間も水を流しっぱなし(註:使用量が少なく長い配管では、水道局から供給された上水が長い配管を巡る間に、漸次塩素濃度が落ちてゆくので、蛇口を開け放ってドンドン新しい水を供給すれば、理論的には塩素濃度は上昇する)にしてまで、塩素濃度を基準値内に入れようとしたというばかばかしい話が最も典型的な例である。8時間も流しっぱなしにしなければ、基準値に達しないなんて、どう考えてもおかしい(別に原因があると考えるほうが普通)のに、そうまでして、数字上だけの辻褄を合わせようとした役人体質……。
さらに、人気アトラクション「ハリウッド・マジック」や、「ウォーター・ワールド」等において、本来、使用が許可されていない種類の火薬や、届け出された量を相当越えた火薬を爆発(燃焼)させ、演出効果を高めようとしたという火薬類取締法違反容疑で、8月8日には、監督官庁である大阪府のUSJへの立入り検査、および、翌9日には、大阪府警による運営会社(株)ユー・エス・ジェイへの家宅捜索なで行なわれる始末である。よくも、次から次へと芋蔓式に不祥事が出てくるものである。こうなってくると、不謹慎ではあるが、「次にどんな不祥事が発覚するか?」と楽しみに思ってしまうぐらいである。いったい、この会社の危機管理体制はどうなっているのかと疑ってしまう。
しかし、ここまで不祥事が続くと、天の邪鬼の私は、逆に「USJの成功を快く思っていない勢力が、USJを陥れるために仕組んだ罠か?」とすら思ってしまうほど、あまりにも見事な不祥事の連続である。最初、私は賞味期限切れの食材利用(註:賞味期限というもののあり方については、本年3月28日に上梓した『賞味期限って誰が決めた』で述べたように、私は、そもそも賞味期限という答え方そのものに疑いを持っているが、一応、本論では、世間並みに賞味期限を尊重したとしても)、というニュースを聞いた時に、エンドユーザーの目に触れ得ない賞味期限切れの食材使用が外部にバレるなど、そこに「陰謀」があるのではないかと考えてしまった。ひょっとして、予想以上のUSJの成功に危機感を抱いた東京ディズニーランド(TDL)の刺客による陰謀説であるとか、あるいは、USJの盛況の余波を受けて、立て続けに閉園に追い込まれた西日本圏の数々のテーマパークの関係者による怨念説まで考えたくらいである(註:破綻に追い込まれたシーガイア等だけでなく、長年阪神間の人々に親しまれてきた宝塚ファミリーランド、阪神甲子園パーク、神戸ポートピアランド等も閉園を予定している)。
▼ET Go Home!
そもそも、USJのアトラクションにおける大量の火薬使用については、『USJは大阪を救えるか?』において、「よく消防署が許可したものだ」と既に、1年半前の開園時の段階で火薬の使用量の多さについて疑問を提出している。しかし、何よりもまず、USJの危機管理意識の低さは、そのオール関西企業および外国勢という寄せ集めの経営陣に問題がある。しかも、株式の25%を所有する筆頭株主が大阪市であるが故に、官僚主導の第三セクターという最悪の形態である。私企業ですら、株主だけでなく社会に対しても積極的な情報公開が求められる時代に、税金が資本金の4分の1も投入されているUSJに、日々の入場者数や月々の収益を発表しないなど、このような秘密主義が許される道理はない。しかし、経営陣である取締役たちの顔は、顧客や社会のほうではなく、常にそれぞれの出身母体のほうを向いており(註:一定期間の「お勤め」を終えると、出身母体に戻る)、誰がイニシアチブを取って、会社の方針の決定をし、また、それがうまく行かなかった時に、誰が責任を取るか曖昧である上に、経営状況や入場者数の公表さえ渋る秘密主義が貫かれている。
大量の火薬が使われて「演出効果」が高められている
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もちろん、次にどのようなアトラクションを企画しているかなどということは、他のパークとの競争もあろうし、事前に判ってしまえばおもしろくないので、できるだけ内密に準備を進めるべきであろうが、既に済んでしまったこと――例えば、収支報告や入場者数、あるいは不祥事等――については、積極的に公表すべきである。なぜなら、大阪市が筆頭株主であるということは、大阪市民ひとりひとりが株主であるということと同じことであるから、行政の原則として、情報の公開が求められることは、言うまでもない。
そもそもUSJの誘致が計画されたのは、バブルの絶頂期のことであった。1989年にソニーが34億ドル(5,000億円)を投じてコロンビア映画を買収。翌1990年に松下電器産業が61億ドル(9,000億円)の巨費でMCAユニバーサルを買収。「日本企業がアメリカの魂(ハリウッド文化)を買った」とまで言われた。その頃、さかんに大阪市内のベイエリアに多数存在していた、もはや時代のニーズがなくなってしまった重厚長大型の産業の広大な工場敷地をいかに再利用するかということが話題になっており、これらとタイアップして、USJ誘致の計画が練られたのである。しかも、運の悪い(本当は見通しが悪い)ことに、実際にUSJ建設に着工した時には、既に日本経済は戦後最大の不況に陥っており、太平洋戦争敗戦後の日本よろしく、アメリカ型民主主義ならぬアメリカ型グローバリズムに打ちひしがれた経済界全体が「占領モード」に填(はま)って、経営者が自信をなくし、「アメリカのものはすべて素晴らしい」という誤ったアメリカ崇拝のもとに、USJの運営が行なわれたのである。
ゼネコンに知人がいる私は、そのコネでUSJの工事中からこのテーマパークに何度か足を運んだが、驚くべきことに、工事関係者のヘルメットが、軍隊よろしく色分けされており(つまり、身分差別が行なわれているということ)、一番上の金色のヘルメットを被ったのは皆外国人ばかりで、その下に日本の天下り役人、それから大手ゼネコン、下請け工事会社、最下層が日本の建築労働者といった感じの扱いを受けているのに驚いた。まるで進駐軍である。しかも、建設現場のあちらこちらに英語で指示が書かれているのである。日本の建設作業労働者に英語を強要するなどというのは、とんでもない話である。しかし、それほど自信をなくした日本人には、アメリカ崇拝モードが染み付いていたのである。私は、何度もつぶやいた。エリオット少年(註:ユニバーサル映画の代表作『E.T.』の主人公)の台詞のように「You
have to go home now, ET.」と……。(註:E.T.とはExtra Terestrial
=地球外生命体の意味だが、ここでは「よそ者」の意味で)もちろん、「Yankee Go Home!(くたばれアメリカ人)」の意味を込めて。
▼真のローカルこそ、真にユニバーサルに通じる
ところが、一連の不祥事が発覚し、ことの責任が最大の出資者であり、また水道事業や保健衛生等の監督官庁でもある大阪市に責任が及んだ(註:運営団体である(株)ユー・エス・ジェイ設立時から、USJのオープニングまで社長を務めた土崎敏夫氏は、大阪市の現助役に「昇格」し、現ユー・エス・ジェイ社長の坂田晃氏は、大阪市の前港湾局長であることからも判るように)。大阪市とUSJはいわば一蓮托生(註:その美味しい関係を妬んだ大阪府の陰謀という説もある)であるにも関わらず、監督官庁であると同時に出資者でもある大阪市に責任追及の矛先が及ぶや、市長は経営陣である取締役の中にいるアメリカ人(4名)と日本人(7名)の不協和ということを突如、問題にし出したのである。そして、「すべては、アメリカの秘密主義あるいは『アメリカの価値観・基準が絶対である』という考え方が悪く、それを『無批判に聞き過ぎた』ことが悪かった」と責任転嫁を計った。常に、この国においてはそうなのである。アメリカのことを頭のてっぺんから爪先まで有難がって崇拝するか、もしくは、戦時中、「敵性語である」として、ストライクやアウトといった野球用語まで日本語にしたように、ファナティックにこれを全否定するかの両極端の間を行ったり来たりしているのである。政治家、官僚、企業経営者、学者、メディアのどれを取っても、まともにアメリカと議論のできる人間はほとんどいない。それは、なぜなら、アメリカ合衆国という国が依って立つ基本理念、あるいはアメリカ人の価値観そのものに、真っ向から神学論争を挑むことのできるだけの宗教的知識と根性のある日本人がほどんどいないからである。
以前、東京ディズニーランドについて、そのリピーターの多さに(入場者の実に98%がリピーター!)多くに、「TDLは一種の宗教である」という定義付けをしたが、USJがいわば宗教であるかのごとく、人々を何度も何度も引き寄せる麻薬のような魅力を有しているかどうかという問題も、考慮に入れなければならないのである。事実、わが家からUSJまでは、車でも電車でも十数分しかかからない至近距離にあるが、そして、毎晩、USJの上空にライトアップされた照明がわが家からでもよく見えるが、オープンして以後は、子供を連れて1度行ったきりで、その後、1年以上経つのに、「また行こう」という気が起きないことから見ても、「USJが宗教である」とは言い難いものがある。
そもそも、大阪の地にありながら、コテコテの大阪文化を徹底的に否定し、園内のすべてのレストランをUSJの直営にした(そのほうが高価なものを強制的に食べさせることができて収益性が高いのかもしれないが)ことが、今回のような「賞味期限切れの食材使用」というトラブルを真っ向からUSJ本体が背負うことになったのである。テナントにしておけば、その業者を「切れ」ば、それでお終いである。全てのレストランを直営にしていることなど、私から言うとナンセンスも甚だしい。真のローカルであらずして真のユニバーサルなものなどできるはずがないのである。なぜUSJにたこ焼が売っていないのか? なぜUSJのショーでコテコテの大阪弁のギャグが演じられないのか? 大阪という日本一エンターテイメント文化の蓄積の大きい都市にありながら、これを活かさないのは、人的資源の有効利用とはとても思えない。そこで、この際、提案がある。数々の不祥事で、泥にまみれてしまったUSJのブランドイメージを一新するために、名前を変更するのである。USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)からUSO(ユニバーサル・スタジオ・オオサカ)に変えるというのは、いかがだろうか? もし、不祥事が起きても、「嘘(USO)!」と言ってすっとぼければいいのだから……。