都市と伝染病と宗教の三角関係
 02年08月31日


レルネット主幹 三宅善信


▼都市文明が創唱宗教を創り出した

 2001年7月に上梓した、『都市は人類に何をもたらしたか』において、古代の都市文明と「創唱宗教」の成立との関係について、私は「…この都市文明というものを前提に成立してくるのが、創唱宗教と言われる仏教であったりキリスト教であるのである。原始的なアニミズム的な宗教は、おそらく人類の最初の段階からあったであろう。しかし、後に創唱宗教と呼ばれるような宗教であるキリスト教や仏教は皆、都市文明というものがその前提にあり、その都市文明における人間のあり方を問うところから始まっているのである。したがって、現代世界に生きるわれわれにとって、あるいは宗教と呼ばれている現象について考えようとするわれわれは、実は、古代の都市文明というものを抜きにしてはこれを考えることができないのである…」というふうに述べたことがある。

 先日、南紀熊野で開催された平成神道研究会で、東京女子医大で公衆衛生学を教えておられる片山文彦先生(註:新宿歌舞伎町の花園神社の宮司でもある)と相部屋した際、私はある確信を持って、「古代の都市国家の成立が、現在、われわれが有している創唱宗教を含む文明の多くをもたらしました。例えば、文字、法律、税金、社会階層といった人類の文明に深く関わる諸制度のことです」というふうに論じた時、片山先生は「おそらくそれに感染症(註:現在、「伝染病」という用語は専門家の間では使用されていないらしく、「感染症」と呼び代えられているそうである)が、付け加えられるでしょうね」と言われて、前々から気になっていた確信(伝染病と宗教の関係)がパッと解明された気がした。


▼伝染病は都市文明にとって大きな課題である

 日本において、最も長い期間、大都市であり続けた町と言えば、794年に遷都されて以来、1,200年間にわたって栄えた京都をおいて他はない。そして、その京都において町衆を巻き込んで行われる最大の祭が祇園祭なのである。以前(1998年6月)、私は『続「神道と柱」:「ソシモリ」考』において、「…祇園の八坂神社のご祭神の正体は、明治初年の『神仏判然令』によって、記・紀神話からこじつけられた、素戔鳴尊(スサノヲノミコト)とその配偶神である櫛稲田姫(クシイナダヒメ)、さらにはその子供たちに当たる八柱の御子神ではなくて、道教系の牛頭天王(ゴズテンノウ)とその后、頗梨采女(ハリサイニョ)とその八王子であった…」と談じた。八王子の中には、大将軍・歳破神・豹尾神などと言われる「こよみ(陰暦)」と密接に結びついた遊行性(神のいる方角や日柄が移動する)の金神系の神々が含まれていると論証した(註:東京の西方にある八王子市も、もちろん、この「八王子」に因んで付けられた地名である)。

 しかも、祇園祭の際に、山鉾から撒かれる疫病除けの粽(ちまき)には、「蘇民将来(ソミンショウライ)の子孫の者也(つまり、「この粽を持っている者は疫病が除けて通る」という意味)」と書かれてあり、この『備後国風土記』や『群書類従』に収められている『ホキ内伝』の中の「蘇民将来と巨旦将来(コタンショウライ)」の説話(註:旧約聖書『出エジプト記』の「過ぎ越しの祭り」の話と類似)しているということを論証した。つまり、一言で言えば、祇園祭とは、蒸し暑さがピークを迎える7月に、日本最大の人口集積地であった京都の地において、おそらくたびたび発生したであろう数々の伝染病をいかに避けるかという祭であり――現代であれば、上下水道の普及などの清潔な住環境の整備はいうまでもなく、当然、ワクチンの予防接種とか罹患者の早期隔離という方法が採られるのであろうが、そのような科学的な知識のなかった古代あるいは中世の社会において行なわれた――伝染病除けの方法としての疫病封じの神事であったのである。

 日本各地で行なわれている夏祭には、同様の疫病除け(もしくは、先祖供養)の祭という性格を有するものが多い。つまり、都市に人類が暮すようになる以前は、お互いが意思疎通をするためには、話し言葉だけで十分であり、文字として記録を残す必要はなかったし、仮に、病死した人がいたとしても、その希薄な人口密度故に、危険な病原菌が次々と周りの人々に感染するということはほとんど可能性が低かった(註:もし汚染されたと思えば、その土地を棄てて別の土地へ移動すればよいだけである)。それ故、「原始的な」社会においては、「死穢」による死体の忌避よりもむしろ、死者の魂の蘇りのほうに重点が置かれた。その亡くなった人が、力強い勇者であったり、あるいは霊的な力を備えたシャーマンであったりした場合に顕著に見られるのであるが、死穢として遠ざけるのではなく、むしろそのパワーを継承するために、死者の遺体を食したり(いわゆるカニバリズム)、あるいはそのミイラや頭蓋骨などを身に付けることによって、いわば死者と「親しい関係」を切り結ぼうとしたのである。


▼自然は独占を嫌う

 ところが、先程来、述べているように、今から5,000年ほど前に、メソポタミアで始まった都市国家の出現は、人類社会に数々の変化と進歩をもたらしたが、同時に伝染病という厄介で、非常に危険な副作用をももたらしたのである。オリエントの地で都市国家が出現するより遥か以前に、現世人類であるホモ・サピエンスが東アフリカから全世界に拡散していったが、その時、既に、この「賢いヒト」は、その知能により発明した武器や火を用いて、生物界の食物連鎖の頂点に立っていた。食物連鎖の頂点に立つということは、すなわち、他の動植物を食べるばかりで、自分たちが他の肉食獣に獲って喰われるということがほとんどないということを意味する。このことは、わずか数万年間で全世界にヒトという種を拡散させることに大いに役立ったが、同時に、ヒトという特定の種だけが殖え過ぎるという結果をもたらした。

 自然界は、特定の種だけが限度を超えて繁栄することを自ずから拒否する性質を持っている。すなわち、生物界の多様性こそが地球上における38億年にわたる生命の継続をもたらしてきたのであるから、たとえ「万物の霊長である」(と自称しているだけ)ヒトといえども、特定の種だけが限度を超えて繁栄することは、他の全ての生き物にとって、生死に関わる重要な問題なのである。そこで、自然界は、最も「原始的」な生物であるウイルスやバクテリアというものを利用して、この食物連鎖の頂点に立つヒトという種の在庫調整を行なうようになったのである。以来、人間にとって、伝染病という、ある日突然その地域に流行し出し、あっという間に人口の半分ほどを奪ってゆく姿の見えない怪物の存在を、いかに説明するか、そして、そのことをいかに避けるかということが大きなテーマとなってきた。しかし、近代以後のような科学的知識がない人々にとっては、この現象の説明を宗教に求める以外にはなく、また、宗教も、伝染病を封じる手段として、大いにその役割を期待されたのである。

 先ほど、『出エジプト記』の「過ぎ越しの祭」について触れたが、新約聖書のイエス伝(共観福音書)の中にも、数多くの伝染病に関する叙述が紹介されていることからも明らかである。つまり、都市の出現は伝染病を生み出し、伝染病の流行は宗教の存在価値をもたらしたのである。それは、人類始まって以来、あらゆる社会に普遍的に存在したであろうアニミズムの延長としてではなく、都市からの要請によって新たに成立した「創唱宗教」というものが、風土や文化の違いを乗り越えて、世界各地へと拡がっていったのである。その意味で、都市と伝染病と宗教には、密接な三角関係があると言える。


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