レルネット主幹 三宅善信
▼危険と隣り合わせの宇宙旅行
2003年2月1日、公共の電波を使って一日中、自画自賛のお祭り騒ぎを行っていたNHKのテレビ放送開始50周年記念番組の掉尾に、ショッキングな映像と共に、まさにテレビ放送にうってつけのニュースが飛び込んできた。16日間にわたる宇宙でのミッション(STS107)を終え、まさに「母なる大地」に帰還せんとしていたスペースシャトル「コロンビア」号が耐熱タイルの剥離等の理由による大気との摩擦熱により、万人注視の中で空中分解して消滅したのである。不謹慎かもしれないが、私は思わず、高校生の頃によく視たTVアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』の必殺技「科学忍法"火の鳥"」を想起して画面を注視していたが、多くのアメリカ人にとっては、ある意味、2001年9月11日に、ニューヨークの世界貿易センタービルが航空機の自爆テロ攻撃によって崩壊した時の映像と重なって、なんとも言えない脱力感を得たに違いないと想像した。
上空で空中分解して消滅したコロンビア
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もちろん、はじめから大量の燃料の塊であり、一歩間違えば大爆発があり得る宇宙ロケットと、炎上倒壊などあってはならないオフィスビルとでは、その安全性に圧倒的な違いがあって当たり前であり、人々は日頃そのようなことを意識すらしていないのであるが、今回のスペースシャトル・コロンビア号の爆発事故は、「アメリカのシンボル」が万人注視の中で消滅したという意味で、アメリカ人に与えた心理的影響は共通しているといえる。
スペースシャトルの事故と言えば、1986年1月28日に7人の宇宙飛行士を乗せて、打上げ直後に(正確には73秒後)に空中爆発したスペースシャトル「チャレンジャー」号の事故を真っ先に思い出すであろう。しかも、あの時は、それまでの宇宙旅行が、NASAの中でも特別に訓練された「宇宙飛行士」という人々だけに許されたものであると思われていたものを、一般の市民でも、可能性としては「(宇宙旅行を)することができる」というイメージを持たせるものであったから、そのショックは余計に大きかった。だから、あの時のミッションは、さまざまな民族・性別・宗教・職業を異にする7人の人々が集められたのであるが、そういった「一般人」が、空のもくずと化して、人々の目の前でいのちを失ったのである。宇宙から授業をすることになっていた女性高校教師マコーリフさんや、初の日系アメリカ人の飛行士オニヅカさんなどの名前とともに人々の記憶に残っている。なにしろ、その後に創られたハリウッド製SF映画『スタートレック』において23世紀の宇宙船の名前に「USSオニヅカ」(註:宇宙船の名前にアメリカ海軍の艦船番号USS○○となっていること事態、滑稽だが……)という名前が登場するくらいである。それほど、チャレンジャー号の爆発事故はアメリカ人の心理に影響を与えた。
▼「使い捨て」より高くついたスペースシャトル
今回のコロンビア号の爆発事故について述べる前に、1986年に爆発したチャレンジャー号について少し説明したい。チャレンジャー号は5機製造された(註:実は、その前に大気圏内の滑空実験用に造られた「エンタープライズ号」というプロトタイプがある)スペースシャトルの中では、2番目に古いオービター(軌道船)である。5機のスペースシャトルとは、製造順に、コロンビア号・チャレンジャー号・ディスカバリー号・アトランティス号・エンデバー号である。「チャレンジャー」とは、1870年に初の大西洋と太平洋を航海したアメリカ海軍の帆船チャレンジャー号に因んで付けられた名前であり、宇宙船としても、1974年に最後の月着陸船(註:1969年のアポロ11号から始まって、事故で月着陸を諦めた13号を除く、17号まで6回の月着陸ミッションが実施され、12人の人類が月面に足跡を残した)となったアポロ17号にも「チャレンジャー」という名前が付けられていた。もちろん、「挑戦者」という意味であることはいうまでもない。
そもそも、スペースシャトルとは、それまでの宇宙ロケットが、その都度その都度「使い捨て」のものであったのを、ソ連との宇宙開発(軍事開発)競争に勝利した「月着陸の成功」以来、アメリカ合衆国国民が共通して情熱を抱くことができる大きな目に見える国威宣揚のための宇宙計画がなくなったことによって、削減されたNASAの予算獲得策として、それまでの宇宙ロケットが、その都度その都度「使い捨て」のものであったのを、予算削減によって何度も使い回しすることができる宇宙往復船(それゆえにスペース「シャトル」と呼ばれる)として開発された全く新しい有翼型オービターだったのである。NASAが立案した当初のスペースシャトル計画では、年間約50回スペースシャトルを打上げれば、それまでの使い捨てロケットと比べて、1回当たりの打ち上げコストが約3分の1になるとして開発されたものである。年間50回といえば1週間に1回の割合である。これだと本当に定期便の「宇宙連絡船(スペースシャトル)」というイメージである。しかし、実際には、1981年に最初のスペースシャトルが打上げられて以来、現在までの22年に107回しかスペースシャトルは打上げられていないので、平均すると年間5回というスローペースで、経費も3分の1どころか、使い捨てのロケットの時代よりも逆に3倍多くの費用がかかっているというていたらくである。
▼ 宇宙開発の両極化
さて、いよいよ今回のテーマであるコロンビア号についてである。人類初のスペースシャトルとして、コロンビア号が初めて打上げられたのは1981年4月12日であった。この時の光景は、今でも非常にはっきりと覚えている。コロンビアはその姿形からして、人々の度肝を抜いた。それまでの、先端部へ行くほど細くなってゆくいわゆる「ロケット型」ではなく、どこかずんぐりむっくりした形の大きな液体燃料タンクとその両サイドに付けられたブースター(固体燃料による補助ロケット)に、これまた、ずんぐりしたデルタ翼を有したジェット機状のオービターを抱き合わせて、これを発射台に垂直に立てて打ち上げるという絵面(えづら)のインパクトは非常に大きかった。しかも、そのスペースシャトルが、打ち上げ直後にその船体がゆっくりと回転したので、バランスを壊して回転(これをマニューバリングという)したのを視て、思わず「打上げは失敗したのか?」と思ったが、そのマニューバリングも計算済みだったそうである。ともかく、アポロ11号の月着陸の時同様、世界中の多くの人々がこの中継を目の当たりにした。
しかも、この1981年4月12日という日が非常に意図的な日であった。なぜなら、この日は、東西冷戦たけなわの1961年4月12日米ソによる有人宇宙開発競走の発端となった人類初の有人宇宙船ヴォストーク1号が打ち上げられたそのちょうど20周年目の日だったからである。人類の歴史始まって以来、この地球という惑星を手に取るように眺め得た者は誰もいなかったのあるが、人類初の宇宙飛行士となったソ連のユーリ・ガガーリンは、いわば神の高みに立って、「地球は青かった」と曰ったのである。といっても、ガガーリンが大気圏外にいたのは、わずか2時間弱のことであったが、それでも、この人類初の偉業は、洋の東西や政治体制の違いを問わず称えられ、凱戦したガガーリンは、世界各地で熱狂的に迎えられた。冷戦下、ソ連と激しく対立していたアメリカでも、また、日本においても、ガガーリンが訪れた先では、どこでも、この人類初の宇宙飛行士を見ようと幾万の人々が詰めかけたのである。そのロシア人にとって記念すべき20周年の日に、アメリカは、最初のスペースシャトルとなったコロンビアを打上げたのである。因みに、ロシア語の「ヴォストーク」は「支配」という意味である(註:日本海に面した軍港都市の「ウラジヴォストーク」とは「東方を支配(せよ)」という意味である)。
このスペースシャトルの実現によって、宇宙開発のあり方は両極端化する。すなわち、有人宇宙船方式と無人ロケット方式である。その有人宇宙船方式の中でも、米国のシャトル方式とソ連のロケット方式に分けられる。従前通りのロケット方式(同じ基本設計で、大量生産されたロケットを数多く使うことによって、部品の共通化も行なわれ、開発コストを安く押さえることができた)の完成度を高めていったソ連のソユーズ宇宙船(ならびに基本的には同じ設計だが、貨物運搬用に改造されたプログレス宇宙船)である。これらによって維持されていたのが、長期滞在型宇宙ステーションのミール(因みに、ロシア語の「ソユーズ」は「連帯」、プログレスは「進歩」、ミールは「平和」の意)であった。もうひとつの有人宇宙船であるアメリカのスペースシャトルは、大気圏外の無重力空間を利用して、合金や蛋白質の合成など数々の科学実験を行なった。
一方、フランスを中心としたEUは、安価な無人ロケット(註:故障の許されない生命維持装置を必要としないことは、システム全体をいたく簡素なものにでき、その結果、ペイロード=積載量当たりの打ち上げ単価が劇的に下がる)を造って「衛星打ち上げビジネス」に参入していったのである。20世紀終盤の国際的な電気通信技術の飛躍的発展や放送衛星をはじめとする宇宙の商業利用(註:有人宇宙船中心の米露は、商業衛星にはあまり関心を示さなかった)によって、特にフランスのアエロスパシアル社は、その「アリアン」ロケットで多いに収益をあげた(註:衛星打上げビジネスの世界では、数度続けて「成功」させることによって、国際社会から「信頼」を得て保険の掛け率も下がり、「顧客」が獲得できるようになる)。また、妙にロケット技術の「純国産化」にこだわったために、商業衛星打上げビジネス後発国の日本も、これらに追いつくために大型ロケットH2Aを開発して、最近では技術的にほぼ同レベルまで追いついた(信頼度は高まったが、価格面でまだ少し割高であるという印象を持たれている)。しかし、宇宙開発を国威宣揚の手段と考える大国意識丸出しの中国は、商業衛星の打ち上げよりも、アメリカ、ソ連(ロシア)に続く第三の有人宇宙船打ち上げ国となるべく、宇宙船「神舟」の実験を重ね、事実、今年中に打上げを予定している。もちろん、核兵器保有国の中国が有人宇宙船を成功させることの軍事的意味は絶大であることはいうまでもない。
▼旗艦としてのコロンビア
そもそも、その出発時点において、アメリカがソ連に後れを取った宇宙開発の分野は、アポロ計画でこれを逆転し、スペースシャトル計画で決定的なトドメを刺すことになったが、アメリカがその記念すべきスペースシャトルの第1号機に「コロンビア」号という名前をつけたことには、アメリカの建国史にかかわる意味づけがある。アメリカ人にとっては「コロンビア」という言葉には特別の響きがあるのである。アメリカ合衆国の首都ワシントンDC(註:日本人はこの街のことを一般にワシントン(市)と呼んでいるが、アメリカで「ワシントン」といえば、西海岸のシアトル市などがあるワシントン州のことであり、合衆国の連邦首都としての街は、ワシントンDCもしくは単にDCと呼ばれている。このワシントンDCのDCとは「District of Columbia=コロンビア特別区」という意味である。もちろん、ワシントンは合衆国の初代大統領George
Washingtonから取られたものであることは言うまでもないが)それではこのコロンビアとは、いったい何のことか? それは、1492年にヨーロッパ人として初めてアメリカ(厳密には西インド諸島であるが)を発見したクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)からとった名前である。欧州語では、国の名前や船の名前は女性名詞ということになっているから、男性名詞のコロンブス(Columbus)はコロンビア(Columbia)になるのである。
つまり、コロンビアと言うのはアメリカ本土(アメリカという名前もアメリカ大陸を最初に発見したアメリゴ・べスプッチ(Amerigo Vespucci)から取られている)のいわば「雅号」なのである。日本のことを大和の国というようなものである。そういえば、日本でも一番立派な戦艦には「大和」と名前を付けたではないか。大日本帝国海軍には、数々の戦艦・巡洋艦・空母等があったが、やはりflag
ship(旗艦)としての超弩級戦艦大和が有していた国威宣揚のシンボルとしての位置は大きく、太平洋戦争は、昭和20年4月7日、東シナ海で戦艦大和が撃沈された時点で実質的には終わっていると言っても過言ではない。われわれが考えている以上にシンボルの持つ意味は大きい。
同様の理由で、アメリカは、その輝かしいスペースシャトルの第1号機(flag shipと言える)に「コロンビア」という名前をつけたのである。第1号機といえば、1969年7月に人類初の月着陸を成し遂げたアポロ11号にも「コロンビア」という名前が付けられている。日本では、単に「アポロ11号」と呼ばれていたが、月まで飛んで行ったオービターは、月面への着陸船と、月の軌道を周回しながら月着陸船を回収し、地球まで戻ってくる指令船の二つの宇宙船から構成されていた。アームストロング船長らが搭乗した月着陸船の愛称はイーグル(註:鷲もまたアメリカの国家的シンボルである。合衆国大統領がスピーチする時、彼の前の講演台には必ず、右足で矢を持ち左足でオリーブの葉っぱを持った白い頭のの鷲の紋章が描かれている)であるが、その間、月を周回し、再び3人の宇宙飛行士を地球まで連れて帰ってきたアポロ11号の指令船の名前こそがコロンビアであった。これは、アメリカ人は「ここ一番」というところにはコロンビアという名前を付けたがる証拠である。因みに、本番前の演習として、実際に月の周回軌道上で月着陸船の分離とドッキングの実地訓練を行なったアポロ10号の時は、司令船と着陸船の名称がチャーリーブラウンとスヌーピーだったことを思えば、アポロ11号にかけたアメリカ人の威信の程が伺えるだろう。
▼シンボルの持つ意味
こういう歴史的文化的背景から見て、イラクとの戦争を目前に控えた時期に打上げられたスペースシャトルが持つアメリカの国威にかかわる意味は、われわれ日本人が思うよりずっと大きい。しかも、乗組員に初のイスラエル人(註:自らの建国の動機づけを、旧約聖書に記された「出エジプト」の故事を現実の歴史の中で再現し、自らを「(神によって選ばれた)
新しいイスラエルと認識しているのがアメリカ合衆国であることは、これまで再三述べたとおりである)を乗せたコロンビア号が人々の眼前で大爆発して失われたことは、かつて日本が戦艦大和(註:日本人にとって「大和」の持つシンボリズムは、アニメとはいえ、全人類の運命を背負ったミッションを行なった宇宙戦艦に「ヤマト」と命名していることからも明白である)を失ったのと同じくらいショックだったにちがいない。今回はアラブ人から目の敵にされているイスラエル人を乗せてのミッションだったために、テロを警戒し警備や整備は慎重の上にも慎重を期したはずである。
米軍によって鄭重に遇された
イスラエル軍将校の遺体
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しかも、今回コロンビア号に搭乗したイスラエル人の空軍将校は、20年前、イラクの核開発を阻止するため、勝手にヨルダンの領空を横切って、イラク領内へ深く侵入し、イラクの原子力施設(註:イラク側では、これは「単なる発電所」と主張しており、民間人が多数死傷した)を先制攻撃で空爆破壊した「イスラエルの英雄(註:イスラエル側の主張によると、「イラクが核兵器を保有すると、必ずそれはイスラエルへ向けられるので、その危険を未然に防ぐため」と称して、他国への先制空爆を正当化した)」だったのである。
だから、今回のシャトル爆発のニュース画像を視た時、思わず「テロリストの仕業ではないか?」と私は思ってしまった。実際、これまでアメリカに煮え湯を飲まされ続けてきたイラクのメディアは、この時こそ、「悪魔の国アメリカにアッラーの天誅が加わった」とばかり囃し立てたのである。こうして、コロンビア号の爆発を境に、アメリカ人の威信は多いに傷つき、なおかつ、国際世論もアメリカのイラク攻撃に対して反対を唱える国々や人々の声が日増しに大きくなってきたのである。今回のコロンビア号の爆発事故は、一見、イラクへの軍事攻撃とは関係ないことに思われるが、シンボルの持つ意味というのはわれわれが思っているよりはるかに大きな影響力があるのである。