レルネット主幹 三宅善信
最初に断っておくが、この物語は2003年3月のお話である。しかし、この2003年というのはイスラム暦(ヒジュラ暦)の2003年の出来事であるから、読者の皆さんに馴染みの深いグレゴリオ暦(いわゆる西暦)で言えば、AD2565年という遠い未来のお伽新である。世界の三大宗教のうち、最も遅く(AD622年)成立したイスラム教も、とうとうその立教から二千年という途方もない歳月が流れて、預言者ムハンマド(マホメット)が神(アッラー)から授かったという啓示の効力が消滅の危機に瀕する「末法」の時代を迎えていた。当時、ヒロシマと並んで、メリケン国の暴力によって破壊され尽くした人類の愚かな戦争の傷跡として「世界文化遺産」に指定されていたバグダッドでは、以下のような話が昔話として人々の間で語られていたそうだ。
▼桃太郎ジョージ出生のエピソード
むかしむかし、自らを「神に選ばれた国である」と自称するメリケン国の敵刺(Texas)という物騒な地名の街に、とあるおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんの名前はジョージ、おばあさんの名前はバーバラ。二人はたいそう仲のいい夫婦でした(おじいさんが、その名のとおり情事が好きだったかどうかは不明です)が、どういうわけか、二人は長年、子宝に恵まれませんでした。これでは、せっかく二人で築いた財産を子孫に残すことはできません。大金持ちになったジョージは、余勢を駆ってメリケン国の国王の身分まで手に入れました。なぜジョージが大金持ちになれたかと言うと、ジョージおじいさんは若い頃、山で潅木(bush)刈りの仕事をしていましたが、ある時、山に分け入って薪木を切ろうとしていたら、不思議な燃える水の泉を見つけたからです。以来、この国では、皆、便利な燃える水を湯水の如く使うようになりましたが、何十年か経つうちに、この燃える水が底をついてきました。そこで、おじいさんは、「もっと燃える水はないか?」と世界中を探し回るようになりました。
そんなある日の出来事です。王妃様になっても以前と同じように慎ましい性格であったバーバラおばあさんは、田舎の敵刺で暮らしていたころのように、花の都で暮らすようになっても、洗濯は川でしていました。すると、どうでしょう。王宮近くを流れるポトマック川の上流から、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。バーバラおばあさんは、この桃を拾って大事そうに抱えあげ、王様の待つ「白い家」まで持って帰りました。あまりにおいしそうな桃だったので、これを王様と一緒に食べようと思っていた矢先に、勝手に桃が二つに割れ、少し猿顔でしたが、元気な男の子が飛び出してきました。国王になっても跡を継がせる子供に恵まれなかったおじいさんとおばあさんは、神様から授かった赤ん坊に大喜びして、この男の子におじいさんと同じ名前、つまり、ジョージと名付けました。川から流れて来た赤ん坊が王妃に拾われ、後に世界を変える王になるという話(貴種流離譚の一種)は、彼らの「聖書」に書かれた『出エジプト記』のお話、すなわち、大昔、エジプトの独裁者であるファラオの下で奴隷生活の憂き目を見ていたユダヤ人たちを率いて「約束の地」に帰り、イスラエルという神に神に選ばれた国を建てた偉大な預言者モーゼと同じだったからです。
おじいさんとおばあさんの期待どおり、ジョージ少年はすくすくと大きくなって、今では、おじいさんに代わって立派に国王の仕事もこなせるようになりましたが、ある日突然、おじいさんとおばあさんに向かって大変なことを言い出しました。実は、ジョージという名前は、因縁の深い名前だったのです。おじいさんが桃から生まれたその男の子に付けた名前の「ジョージ(George)」は、単におじいさんと同じ名前だっただけでなく、大昔、ビザンチン帝国の時代(西暦3世紀頃)に、人々を困らしていた悪いドラゴン(龍)を退治したカッパドキアの英雄、聖ゲオルギー(St.
Georgie)とも同じ名前だったのです。しかも、彼はキリスト教を禁ずる「悪い皇帝」に捕らえられても信仰を捨てずに、火炙りの刑で殉教しました。また、AD1776年にジョージたちが暮らす「神に選ばれた国」メリケン国を「悪い皇帝」が統治する国からの独立戦争へと導き、最初の王様となった正直者の桜切り少年とも同じ名前だったのです。そうです。ジョージという名前には、闘い好きDNAが受け継がれていたのです。
▼欲望の都で家来をリクルート
キュリアス(好奇心一杯)な少年ジョージは、おじいさんとおばあさんに言いました。ボクに「爆団子を作ってください!」子供の玩具(おもちゃ)にしては危険な代物の要求に、おじいさんとおばあさんが驚いて「何のために爆団子がいるのか?」と尋ねると、少年ジョージは、「近頃、中東の砂漠の彼方のバグダッドという街に、サッダムという名の悪い鬼がいて、そいつが悪逆非道なことをしているだけでなく、貴重な燃える水を独り占めしているので、みんなで燃える水を分配できるよう懲らしめてやるために鬼退治に征くのです」と言いました。人の良いおじいさんとおばあさんは、少年ジョージがいつの間にか他人のことを思える立派な青年に育ってくれたと喜んで、子供の玩具としては物騒な爆団子をたくさん作って持たせ、勇ましい『桃太郎侍』の衣装を着せ、背中には「世界一」と染めた幟(のぼり)を立ててやりました。
若武者ぶりも頼もしい少年ジョージは、爆団子を腰に提(ぶらさ)げて、「欲しいものはなんでも叶(かな)う」という夢の都バグダッドを目指して進んで行きましたが、途中でやはり、自分一人で「鬼退治」に行くのが心細くなったのか、口ではさかんに「自分一人でも鬼を成敗してやる!」と言ってましたが、なにしろ、相手は何をしでかすか判らない野蛮な鬼のことです。一緒にバクダッドまで鬼退治に行ってくれる家来を募集することにしました。そこで、つい最近、金儲けの象徴であった「バベルの双子の塔」が思わぬ自爆テロ攻撃で崩壊したばかりの欲望の都「入欲(New
York)」で、家来をリクルートしました。なぜなら、この街にはいろんな国の代表が集まって、「国益」と称して戦争の相談をしたり、金儲けのことしか頭にないハゲタカどもが跋扈する「欲望の街」だったからです。
入欲の街でジョージが仲間を探していると、早速、前からワンワンワンと1匹の犬がやってきました。その犬が言うのには、「ジョージさん、ジョージさん。あなたのお腰に付けてる爆団子をひとつ私にくださいな」すると、ジョージは「俺様の右腕になってくれたらこの爆団子をやろう。そして、一緒に悪い鬼のサッダムをやっつけに行こう!」と言いました。もちろん、犬は大喜びです。「ところで、犬君。君の名前はなんていうの?」と、ジョージが犬に尋ねると、「僕の名前はトニーです。ボクのご先祖様はジョージさんと同じ腹黒サクソン族なんだよ」と言ったので、二人はすっかり意気投合し、犬のトニーがジョージの右腕になりました。
▼腹黒サクソン族へのコンプレックス
しばらく行くと、一羽の雉がケンケンケンと鳴いて近寄ってきました。「ジョージさん、ジョージさん。お腰に付けてる爆団子をひとつ私にくださいな」すると、ジョージが言いました。「君もご先祖は腹黒サクソン族かい?」、「いいえ、私のご先祖は、その昔、七つの海を支配していたイスパニア族です。ジョージさんの国のある新大陸を最初に発見したのも、実は、私の国の女王様の家来の船乗りのコロンでしたが、それから百年経った、今から千年程(AD1588年)前に、当時の王様が結婚と相続問題が絡んで腹黒サクソンの女王と闘って、とっておきの「無敵艦隊(アルマダ・インビンシブレ)」を沈められてしまいました。それ以来、苦節千年、二流国家の憂き目を見続けてきたので、今度こそは腹黒サクソンの仲間に入れて欲しいのです」、「なるほど、それは良い心がけだ。これから犬のトニーと一緒にバグダッドへ悪い鬼をやっつけにいくんだ。君も一緒にいかないか? そしたら仲間に入れてやる」、「はい。喜んで行きましょう」と言って、雉も仲間に入れてもらいました。雉の名前は、「明日こそは一流国家になるんだ」という願いを込めてアスナーロといいました。
アスナーロの先祖は、ジョージとトニーの国の共通の先祖であるリズという意地の悪い処女王の統治する腹黒サクソン族のブリタニアという国の雇った海賊と戦って、フェリーペ2世ご自慢のアルマダ・インビンシブレと呼ばれる当時としては「世界最強」の艦隊がゲリラ戦でやっつけられてからは、「雨は主に平野で降る(The
rain in Spain stay mainly in the plain.)」美しい国イスパニア国は、すっかり「陽が沈みっぱなしの帝国」に落ちぶれていたのです。これじゃまるで、無敵艦隊ならぬ、無能艦隊(アルマダ・インポッシブレ)です。この時のことがアスナーロ君には、トラウマとなっていたのです。
▼獅子心王ジュン登場
こうして、「桃太郎侍」ことジョージと犬のトニーと雉のアスナーロが歩いていくと、後から黄色い顔をした猿が追いかけてきました。「世界一強いジョージさん。お腰に付けてる爆団子ボクにもひとつくださいな」どうやら、この猿、先程からの三人のやりとりを物陰に隠れて観察していたようです。猿の名前はジュンといいました。この猿は、世界の東のはずれのジパングという黄金の島国から来たようです。最近、この猿の棲む島国の隣の半島にあるペクトサン(白頭山)を根城にしている「将軍様」を自称する金鬼が暴れて困るので、この際「鬼退治」の仕方を勉強しておこうと思ったようです。それに、今回、バグダッドの鬼退治に協力しておけば、将来、自分がペクトサンの鬼退治をするときに協力してもらえるだろうと計算したからです。ドン亀が猿山のボスの地位を虎視眈々と狙っているのも知らないで…。少しばかり知恵があるような顔をしていますが、所詮は猿知恵です。
しかも、このジュンという猿は腹黒サクソン族に大変な憧れを抱いて、これまでの猿山の慣習を破って、なんでもトップダウン方式で決めたかったのです。なにしろ、このジュンという名前の「離れ猿」出身の猿山の親分は、これまで、なんでも談合でものごとを決めていた群れの周縁部から突然やって来て、愚かなメス猿たちとマスコミの気を惹いて、一気にこの猿山を乗っ取ったんです。以来、この猿山の元ボス猿たちは皆「抵抗勢力」という呪いのお札を貼られて力を失ってしまいました。その点では、ジュン猿はやり手でしたが、その後がいけません。猿山の管理はすっかり外から呼んできた家来どもに任せて、外の世界で自分がどのように見られているかばかり気にする猿でした。そのせいで、ジュンがこの猿山を乗っ取ってからというもの、かつて「黄金の国」と呼ばれたこの猿山の経済は少しも元気がありません。
ジュンの腹黒サクソン主義は徹底していました。ジュンは家来どもに自分のことを「ライオン・ハート」と呼ばせました。千数百年にブリタニア国を統治した十字軍の英雄プランタジネット王朝のリチャード獅子心王に自分を準(なぞら)えたくらいですから……。ここで注意しなければならないことは、犬のトニーや雉のアスナーロの時と違い、猿のジュンと桃太郎ジョージとの間では、なんの契約も締ばれていなかったのです。なぜなら、ジパング国は、悪党の溜まり場であったクラブ「アンポリ」の会員じゃなかったからです。これは、あくまで、ジュンの側からの自発的な申し込みであり、「自分も仲間に加えてもらった」と勝手に思い込んでいるだけだったのです。
しかし、これで、一応、桃太郎ジョージ一家の顔ぶれが揃いました。「血の同盟」トニーは言うまでもなく、腹黒サクソン族にコンプレックスを持っていたアスナーロとジュンが加わって、一路バグダッド目指して攻めて行くことになりました。もちろん、「アンポリ」の飲み仲間たちは言うまでもなく、街のみんなは、この四人組の身勝手な行動を苦々しく思いましたが、口々に反対意見を唱えても、誰一人として乱暴者のジョージの狼藉を止めることはできませんでした。しかし、この事件が発端となって、世界に大きな亀裂を生み出し、その結果、船乗りコロン以来、五百年間続いたキリスト教白人優位の世界秩序が音を立てて崩壊しはじめたのです。
▼五十歩百歩の対決
その頃、バグダッドでは、サッダム親分の統治の下、鬼たちが仲良く楽しい暮らしをしていました。まさか外から鬼よりも悪い奴らが自分たちを「懲らしめに」やって来るとは思ってもいません。なぜなら、サッダムは、ジョージたちの国とは多少ルールが異なってましたが、この国の中のルールをこの国に棲む鬼同士で合意の上で決めただけで、外の世界では何も悪いことをしてなかったからです。サッダムは『一寸法師』の鬼のように、都に出てきて、街の人を傷つけたり、金品を巻き上げて怖がらせたりしたわけではありません。その点では、よその国から「人さらい」を日常的に繰り返してきた「ペクトサンの将軍様」こと金鬼とは大違いです。鬼の親分サッダムは、二人の息子である赤鬼のウザイと青鬼のクサイと共に、「鬼ヶ島」であるバグダッドでおとなしく暮らしていたのです。たしかに昔は、誰にでもよくある「若気の至り」で、あちこちをウロついて、周りに迷惑をかけたりしたことがありましたが、ジョージのおじいさんに飲まされた「苦い薬」が効いたのか、ここ十年くらいは、およそ鬼らしからぬ口でほざくだけのおとなしいものでした。それを言うのなら、隣村に潜んでいると言われる髭鬼の鬢螺鈿(ビン・ラディン)のほうがずっと悪い奴です。サッダムは誰に迷惑をかける訳でもなく、鬼ヶ島(オニガシマ=鬼のテリトリー)である砂漠のオアシスでじっと蟄居していたのです。
近頃実施された人気投票でも、サッダムは鬼たちからなんと100%の支持を得たのです。あまりに出来過ぎていてちょっと嘘くさい数字ですが……。そんなこと言ったら、3年前に行なわれたジョージの国の人気投票なんか、ジョージの得票率は本当は過半数に満たない49.9%だったのです。そこを巧くごまかして国王になったのです。その意味では、この「鬼退治」騒動は、支持率50%対100%の支持率獲得合戦でもあり、まさに「五十歩百歩」の正統性争いでもあったのです。ともかく、サッダムは、わざわざ他人の領地に出かけるまでもなかったのです。そんな危険なことをしなくても、サッダムの島(テリトリー)からは、燃える水はいくらでも湧き出てきます。この質の良い燃える水は高い値段で売れるので、桃太郎ジョージが言うように、サッダムは外へ行って悪いこと(略奪)などする必要がなかったのです。そうです。この点でも、ミサイルから偽札・覚醒剤まで輸出したペクトサン金鬼とは大違いです。「悪い鬼を懲らしめるため」と言いながら、実は、同じように燃える水を商っていたジョージの家の燃える水よりも遥かに安い値段で良い品質の燃える水をサッダムがたくさん持っていたので、これを逆恨みしてサッダムの宝物を横取りしようとしていたのです。
こうして、桃太郎ジョージとその一味であるトニーとアスナーロとジュンたちはとんでもないいいがかりをサッダムにつけて、悠久の流れであるチグリス・ユーフラテス川をのぼってゆき、夢の都バグダッドに攻め入って、鬼どもに新型爆弾を雨あられと降らせて、これを退治して、サッダムの宝物である燃える水を船いっぱいに積み込んで、えんやらや、えんやらやと帰ってきたそうです。これが、有名な昔話『桃太郎バグダッドへ征く』のあらすじです。これじゃ、まるでAD1258年にバグダッドへ攻め込んで、百万の市民を皆殺しにしたと言われるチンギス・ハーンの孫フラグに率いられたイル汗国の軍勢と同じ所業です。もちろん、世界の人々が、そして歴史がこんな無体な所業を黙って見逃すはずはありません。この時の「鬼退治」騒動に加担した連中のその後の運命は、人類の暗黒史として、五百数十年経った現在でも、見事に復活したバグダッドの街の繁栄と共に語り継がれています。