レルネット主幹 三宅善信
▼仏教の彼岸と地上の天国
秋のお彼岸である。日本では、彼岸とは、読んで字のごとく「彼(向こう)の岸」のことであり、一般には、死後に行くあの世(三途の川を渡った対岸)の意味ぐらいにしか思われていないが、仏教の説くあの世とは、本来、そのような消極的なあの世ではなく、「仏の完全な智恵によって悟りに至った人が行く世界」、というような積極的なあの世の意味である。わが国で最もポピュラーな仏教経典は、いうまでもなく『般若心経』であるが、般若心経は、『摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)』というのが漢訳仏典としての正式の題名であり、原典のサンスクリット語では、『マハー・プラジュニャー・パーラミター・フリダヤ・スートラ』と呼ばれている。
マハーは、「大きな」あるいは「不可思議な」という意味である。「摩訶不思議」とはマハーのことである。また、サンスクリット語のプラジュニャーは、同じくインドの古代語であるパーリ語ではパンニャ(般若)と発音し、「深遠な智恵」という意味である。よくお寺の門に「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」と書いてあるが、これは「修行の場である寺の中には、精の付くニンニクなどのニラ類や心を乱す酒を持ち込んではいけない」という意味であるが、この戒律を守らなければならないはずの仏教僧が、酒のことを「般若湯(註:無上の智恵を授かる薬湯)」と呼んで、隠れて飲んだ故事など、まさに深遠な智恵の所産そのものと言える。そして、パーラミータ(波羅蜜多)は「彼岸に至る」という意味である。そして、フリダヤ・スートラが「心のお経」という意味である。
現在、中国や韓国や日本で広く使われている『般若心経』は、孫悟空が活躍する『西遊記』でお馴染みの玄奘(三蔵法師)が天竺から持ち帰って漢訳した経典のひとつである。そして、この経典の題名の一部ともなっているこのパーラミータが「彼岸に至る」という意味なのであるが、ここで言う「彼岸」というのは、先ほども述べたように、消極的な「あの世」ではなく、悟りを拓いて自ら進んで行くという積極的な意味を持つ、いわば「地上(この世)の天国」という意味であるからして、般若心経は「世界の実相をよく認識し、正しい教えによって悟りに至り、皆で急いで向こう岸の地上の天国に行こう」ということを勧めた経典なのである。
▼国体護持こそが北朝鮮の究極的関心
さて、「地上の天国」と言えば、日本海の向こう岸にある朝鮮民主主義人民共和国のことを、かつて「地上の天国」と吹聴したマスコミや日本社会党(現社民党)などの勢力がいたのであるが、この「地上の天国」が国家的詐欺であったことは、現在では、明白な事実として、国際的にも認知されている。にもかかわらず、依然として、楽しいこの世(日本)から辛いあの世(北朝鮮)へと「三途の川」を渡してくれるマンギョンボン(万景峰)号が往ったり来たりの「往相還相の回向」を繰り返しているのは、パロディ以外の何ものでもない。
「地獄の沙汰も金次第」と言うが、在日朝鮮人は、北の将軍様に人質を取られているのか、六文銭(三途の川の渡し賃)を払って万景峰号でせっせせっせと貢ぎ物をしているのである。因みに、NHKテレビのニュース等で、「在日朝鮮人の人々」という表現をよく耳にするが、この日本語が明らかに間違っているにもかかわらず、天下のNHKをしてこのような要らぬ気を遣わなければならない相手だと思い込んでいることが、そもそも問題(註:マスコミは「差別している」と言われることを何よりも恐れているが、たとえ、その人(国体)が「差別」を受けていようがいまいが、「犯罪(者)は犯罪(者)」であって、そのことについては、公平に糾弾されるべき)であり、対朝政策の不甲斐なさについては、ひとり外務省の「弱腰」のみを責めることはできない(そう言えば、借金で首が回らなくなって、豪邸を売りに出さなければならなくなったある芸能人が、自宅に取材攻勢をかけてきた週刊誌やスポーツ紙の記者に、「実は、俺は在日なんだ!」とカミングアウトしたその日から、その件についての報道がピタリとされなくなった「事件」が最近あった。これが良い例である)。
その北朝鮮が、唯一、交渉相手としているのは、「朝鮮戦争」の停戦協定(註:国際法的には、朝鮮戦争はまだ終わっていない)の一方の当事者であるアメリカ合衆国だけであり、たとえ北朝鮮が今回のような「六カ国協議」に応じたと言っても、それは、米国に対して、いかに自らの「国体護持」(註:私は「(金正日)体制維持の確約」などという日本語としてこなれない言葉を使うより、ずばり「国体護持」というこなれた政治用語を使う)の一点に絞って米国と交渉するかということであり、皮肉なことに、これはまさに、軍事力・経済力の圧倒的な差によって太平洋戦争に敗れた当時の日本の指導者たちが、いかにアメリカと巧みに交渉し、「国体護持の実(天皇制の維持)を上げた(ソフト・ランディング)」のかということを北朝鮮の金正日政権がお手本にしているのであり、イラクのフセイン政権のように、軍事的な圧敗がそのまま国体の崩壊(ハード・ランディング)に繋がるのではなく、東条英機氏他の一部の人々に「A級戦犯」の汚名を被ってもらい、あくまでも国体護持を図ろうとしたことをお手本にしようとしているのである。
もちろん、そんなことをアメリカが認める可能性は低いのであるが・・・・・・。北朝鮮にとっては、日本や韓国はそのための交渉を有利に運ぶための踏み台にしか過ぎない。常に国際的戦略でもって国益を追求している安保理常任理事国の中国やロシアは、最後にはフセイン政権を見捨てたように、いよいよとなれば、アメリカと対立してまで北朝鮮を助けるとは思えない。あくまで、自国の国益と天秤にかけての「北朝鮮の後見人」役である。その点、国際的にはどうしようもない「甘ちゃん」である日本と、「民族の統一」という幻想を抱く韓国については、(北朝鮮の工作員が)巧く国民世論を操作して、「反米ムード」を高めて、北朝鮮の味方に付けることができる可能性がある。だから、日本と韓国は、北朝鮮の単なるカードにすぎないので、彼らの真のターゲットは、あくまでも、「唯一の超大国」アメリカ一カ国である。
▼米朝怪談 亡者の戯れ
しかし、この唯一の超大国となったアメリカ自身が戯けているのである。「(フセイン政権を打倒するのに)国連の決議なんか不要だ!」とばかり、英国と組んでイラク戦争を始めたはいいが、軍事的な圧倒的勝利もつかの間のことで、フセイン政権崩壊後、半年近く経つというのに、相変わらずイラク国民の人心を掌握することもできず(この点では、フセイン氏以下である)、イラク各地における連日のゲリラ攻撃により、5月1日の空母リンカーン艦上での華々しいブッシュ大統領による『対イラク戦闘終結宣言』以後のほうが、戦闘期間中よりも多くの犠牲者が米軍に出ているのである。
そこで、アメリカは、虫のいいことに、半年前には、(国際秩序を維持する手段としての)存在価値を完全に否定した国連に、多国籍軍を編成してイラクに派遣してもらい、「米国が、イラクの平和維持のために現在負っている人的・財政的負担を、世界の国々で分担してほしい」などという世迷ごとを言っている。まさに、自分で自分の尻も拭けない体たらくである。しかも、「その多国籍軍の指揮権は、やはり米軍によこせ」というのである。アメリカもまた都合のよい「自己中」の亡者であり、その点では、「北の将軍様」と論理構造がそれほど違わず、迷惑するのは周りの真っ当な国々である。
上方落語界の大御所(人間国宝)桂米朝(かつらべいちょう)師匠の十八番(おはこ)のひとつに『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』という、演ずるのに一時間以上かかる大作落語がある。現在のような10分に1度はコマーシャルを入れなければならないテレビ業界では、滅多に放送されることすら難しい演目なのであるが、その粗筋は、鯖に当たって頓死して地獄へ落ちることになった亡者たちの滑稽な珍道中、そして、地獄(閻魔の庁の門前町)で見聞してきたことを、現在の日本の宗教界の事情(註:本願寺、日蓮宗、天理教、PL教団などが実名で登場する)も絡めて面白おかしく説いている極めて興味深い作品であるから、まだ聞いたことのない方は、ぜひ一度聞かれることをお奨めするが、国益亡者の国際社会の現状はまさにこの落語が描き出している「地獄」のような状態なのである。米朝(両国の)会談は、(桂)米朝(の)怪談話と同じく「亡者の戯れ」としか私の目には映らないのである。