レルネット主幹 三宅善信
▼国際資本によって仕組まれたクーデター
11月23日から24日にかけて、旧ソ連邦を構成していた共和国のひとつグルジアの首都トビリシで無血クーデターが起き、11年間続いたシェワルナゼ政権に幕が引かれた。かつてソビエト時代に、ゴルバチョフ書記長(後に大統領)の下で、外相として西側世界と宥和を計りつつ社会経済の建て直しを図った「ペレストロイカ」政策に辣腕を揮ったシェワルナゼ氏が、政権末期のソビエト体制に見切りをつけ、故郷グルジアに戻り、カフカスの小国グルジア再建のために国際的な知名度を利用して、西側の資本を導入する政策を進め、大統領(註:当初は最高幹部会会議議長)を務めていた。しかし、一向に収まらない民族紛争と大統領一族の不正蓄財疑惑が噂される中で、先頃行なわれた総選挙の結果(与党の勝利)に不満を持つ野党指導者の扇動に乗せられた市民による議会と大統領府の占領という社会的混乱(暴動)を収集することができず、結果的には無血クーデターが成立した。
ただし、ここに至るまで、国際社会を巻き込んだいろんな計略があったようである。例えば、暴動が起きた際に、迎賓館へ一時退避したシェワルナゼ大統領は、少なくとも「戒厳令」を発して、国軍によるクーデター鎮圧を命ずることができたはずである。そうすれば、流血の惨事を免れ得なかったであろうが、少なくともシェワルナゼ政権の不戦敗だけは避けられたはずである。なのに、何故かそうならなかったのだろうか? それには、大統領と国軍の幹部が切り離されていたきらいがある。事件が発生した直後に、タイミングよくドイツ政府が「東西ドイツ統一の恩人であるシェワルナゼ氏を、たとえ彼がグルジアの大統領であろうがなかろうが、ドイツ国民は彼の滞在を喜んで受け入れる」という声明を発表し、温泉で有名な保養地「バーデン・バーデンの空港にグルジアからの特別機が到着した」という嘘の亡命情報まで流して、シェワルナゼ派の将兵の戦闘意欲を削いだ。
そうして、シェワルナゼ氏に辞任を余儀なくさせた直後、国会議長を務めていたブルジャナゼ女史が「暫定大統領に就任した」と宣言したが、彼女がそのまま政権運営を行なうのではなく、改めて大統領選挙および国会議員選挙を行なうことを手際よく決めた。しかも、その際の野党(もはや、この時点では与党といえる)の大統領候補として、国際的には無名の政治家で弱冠35歳のサーカシビリ氏まで用意周到に準備されていた。もし、現在、わが国の外務省に「鈴木宗男疑惑」に連座してで失脚した佐藤優元主任分析官のような人材があれば、この動きもいち早く察知することができた(註:ゴルバチョフ大統領が失脚した1991年のクーデターの際に、一時、消息不明になったゴルバチョフ氏の軟禁場所を世界に先駆けて掴んだのが、日本外務省の佐藤氏であることはあまりにも有名である)のであろうが、なんでもアメリカ依存の現在の小泉政権では、このような独自の情報を入手することなんておぼつかない。外交は、綺麗事では済まされないのである。たとえ「同盟国」といえども、すっかり信用なんかしたら、後で大やけどを負うことになるであろう。
▼米露のつば迫り合い
このグルジアの政変に対して、「旧宗主国」のロシアは早速、手を打った。プーチン大統領はイワノフ外相を現地に派遣し、クーデター勢力とシェワルナゼ大統領側の調停に当たり、シェワルナゼ一族の身の安全の保障と過去に遡っての訴追を行なわないこと(註:この手の約束は、後になってからしばしば反故にされることが多い)をクーデター勢力に認めさせ、シェワルナゼ氏に大統領の辞任を承伏させたのである。したがって、このグルジア新政権はいわばロシアの立ち会いの下で成立したことになる。その上、アメリカもいち早く「新政権の支持」を発表したのには、さらに深い裏がある。
小国がモザイクのように入り組んだ
コーカサス地域の地図 |
地図を見ていただきたい。世界最大の石油の埋蔵量を誇ると言われているカスピ海西側の「カフカス地方」(註:黄色人種のことをモンゴロイド(Mongoloid)と言い、白色人種のことをコーカソイド(Caucasoid)と言うが、コーカソイドというのは,「カフカス(Caucasus)地方から広がった人」という意味である)には、黒海とカスピ海の間の狭い地域に、グルジア共和国とアゼルバイジャン共和国およびアルメニア共和国という三つの小国(註:これらの国々は、面積的には「小国」であるにもかかわらず、長い歴史の中で、複数の民族がモザイクのように入り組んで生活しており、例えば、グルジア共和国の中にも、アブハジア共和国、アジャール共和国、南オセティア自治州といった「国家内国家」が存在している。しかも、グルジアの北側で国境を接するロシア連邦にも、このわずか数百kmの地峡の間に、ダゲスタン共和国、チェチェン・イングージ共和国、北オセティア共和国、ガバルディ・バルカル共和国、カラチャエボ・チェルケス自治州などの「小国家群」が乱立し、それぞれグルジアとの間で国境を越えて、民族紛争を展開している)がちょうど北の大国ロシアとトルコおよびイランの緩衝地帯の形で存在している。
この「民族のるつぼ」ならぬ「民族のどつぼ」とも呼べる地域に、世界一豊富な石油が埋蔵されている(註:ノーベル賞を創設したノーベル兄弟は、約百年前にこの地域の油田開発で大儲けしていたが、ロシア革命時の混乱で油田施設が灰燼に帰した)というから話がややこしくなる
(註:この十数年間における東欧旧ソ連圏の経済的混乱や政変の影には、必ずといってよいほど、ハンガリー出身の「国際コミュニスト」ジョージ・ソロス氏らが暗躍していおり、ハイエナ・ファンドが投機的に動かす巨大な「マネー」の力によって、何カ国もの国民経済が食いものにされてきた)
。グルジアの北側には、ロシア国内(特にモスクワ)で、連日爆弾テロを繰り返しているチェチェン共和国もあり、また、最近、イラク戦争絡みでテロ事件が続発しているトルコとも南側で隣接しており、グルジアおよびアゼルバイジャンを押さえることが、アフガニスタンやイラクの安定にとって非常に重要な問題となっている。
▼9.11で最も得をしたのはアメリカである
ここに目を付けたのがアメリカである。2001年9月11日のいわゆる「同時多発テロ」事件が起きた時、アメリカはキッチリとした容疑者捜しをする前から、「この事件の犯人はオサマ・ビン・ラディンだ!」と、ビン・ラディン氏を首謀者と決めつけ、そのビン・ラディン氏を匿(かくま)うアフガニスタンを攻撃。アルカイダの影響を受けたとされるタリバン政権をその圧倒的な軍事力で壊滅させた(註:といっても、肝心のビン・ラディン氏率いるアルカイダ中枢部は地下に潜行して、かえって捕えにくくなったが…)。続いて、2003年3月には、ブッシュ政権は、その刃(やいば)を父の仇であるフセイン大統領率いるイラクという「二の丸」(註:イラクは世界第二位の埋蔵量を誇る油田があるだけでなく、中東最強の国イランに隣接し、これに圧力をかけることができるから)に向け、これを軍事的に制圧した。
このふたつの戦争によって、「テロとの戦い」という大義名分の下に、アメリカの一国支配による新世界秩序の構築を目指したのである(註:それには、国連すら邪魔な存在でしかなかった)。アメリカは、アフガニスタン戦争において、ソ連時代以来、長年「ロシアの庭先」であった中央アジアのウズベキスタンやタジキスタンに空軍基地を開設して、数百名の米兵を常駐させた(註:沖縄の例をみても判るように、米兵が常軍するということは、当然、その国と米国との間で「地位協定」が結ばれることになり、世界中どこでも、米軍がその気にさえなれば、1週間で数万人の将兵を派遣することができ、ほぼ未来永劫「アメリカの軍事的支配下に入る」ということを意味する)。基本的には海洋国家であるアメリカは、空母機動部隊を中心とする海軍および海軍の延長として20世紀中葉に編成された空軍力にずば抜けて秀でた国である。
一方、基本的に大陸国家であるロシアや中国は、陸軍を中心とした編成が行なわれていることは以前にも述べた(『新国姓爺合戦:大陸と台湾どちらと組む?』参照)が、懐の深いこの広大な国土を有する(つまり、アメリカの最も得意な巡航ミサイルや艦載機からの攻撃が受けにくいという意味)ロシアや中国の内陸部に対しても、アメリカが自由に空母機動部隊を派遣することができるペルシャ湾やインド洋から見て、「裏側」に当たる中央アジア(『スタン・ハンセン:中央アジア回廊』参照)およびコーカサス地方に米軍が基地を持つということは、単に、イラク・イラン・アフガニスタン等に対する軍事的圧力という以上に、ロシアや中国という軍事大国の喉元に刀の切っ先を突きつけるという意味においても意味は大きい。すなわち、アメリカは間違いなく「9.11」によって覇権を拡大するという意味で得をしたのである。
▼政商ブッシュ政権の罪
今回のグルジアの政変においても、アメリカの動きは素早かった。というよりは、はじめからアメリカが仕掛けたのだ。アメリカから資金の提供を受けた(註:これまでにも、CIAはこういうことを繰り返してきた)と噂されるグルジアの野党が選挙で敗れてしまったので、今度は「選挙の開票集計に不正があった」というようないちゃもんをつけて、一向に暮らし向きのよくならない民衆を扇動し、議会および大統領府を制圧。国際社会に対して「何らレジチマシーのない暴挙へ非難と自己の政権の正統性を訴えるシェワルナゼ政権を嘲笑うかのように、新しい政権(つまり、アメリカのポチになる政権)を樹立しようとしたのである。なんといっても、国際政治の世界で百戦錬磨のシェワルナゼ氏が大統領でいられるよりも、弱冠35歳のサーカシビリ氏が大統領職に就いてくれたほうが、コントロールしやすいに決まっている
(註:しかも、その巨大な資本力により、これまでも一国の経済をオモチャにして一般国民に塗炭の苦しみを強要してきたジョージ・ソロス氏をはじめとするハゲタカ・ファンドの連中が、米国政権と組んで次々とその獲物を捜してきた。これでは、まるで、時代劇の悪徳商人と悪代官である) 。そのからくりに気付いたロシアのプーチン政権(註:こちらも、相当の悪でチェチェンの民族主義者を煽動して、分離独立のためのテロ活動を活発化させ、それを「取り締まる」名目で、ロシア国内で強権政治を正当化している)は、イワノフ外相をクーデターの最中の現地に派遣し、アメリカの息のかかった勢力によってグルジアの主要部が一方的に押さえられてしまうことの阻止を図ったのである。
このことは、先のアフガニスタン戦争によって、中央アジアのタジキスタンやコーカサス地域にアメリカが空軍基地を持ったという軍事戦略的なこと以外にも、アメリカとロシアが、バクー油田(アゼルバイジャン共和国)を中心とするカスピ沿岸の世界最大の埋蔵量を誇ると言われている石油資源を自らの手に収めるための競争を有利に進めたということである。これまで、カスピ海で産出された原油は、ロシアの管理下でロシア国内を陸送して国際市場(欧州)へと供給されてきたが、欧米のメジャー(国際石油資本)は、新たに、CPC(カスピ海パイプライン共同体)やBTC(バクー・トリビシ共同体)という国際的なコンソーシアムを形成して、メジャーが直接これを世界市場に売り出そうとしたのであるが、少しでもこのビジネスを自国の影響下に置きたいロシアは、これをカスピ海からロシア国内を通って、外洋(地中海)に繋がる(ロシアの内海である)黒海へとパイプラインを導こうとしたのに対し、アメリカは、ロシアの大地を通らずに、アゼルバイジャンからグルジアそしてトルコを経由して、直接地中海へパイプラインを伸ばそうとしたのである。
その意味でも、トルコと並んでこのグルジアが、いかに国際的なパワーポリティックスの上で重要な国であったかが判る。しかし、アフガニスタン攻撃に始まるブッシュ政権の戦争は、これまでパレスチナというごく一部の地域内で繰り返されてきたパレスチナ人とユダヤ人との間の「暴力の応酬」という悲劇を、中東地域全体どころか、さらには中央アジア・トルコにまで拡げてしまったという大いなる責任があるのである。その意味からも、政商ブッシュ政権のあり方を、全世界の人々は厳しくチェックしていゆかねばならない。グルジアの英語表記は「Georgia」であり、その意味は、「Georgeの国」である。そういえば、ブッシュ大統領もハゲタカ・ファンドのソロス氏も、そのファーストネームは「George」だった。彼らは、完全に「自分の国」くらいに思いこんでいるのだろう。