レルネット主幹 三宅善信
▼A型インフルエンザは135種類もある
現在、アジア各地で最も深刻な問題となっている伝染病が鳥インフルエンザであることは、言うまでもない。エイズや天然痘などは、確かにその高い到死率からして恐しい感染症には違いないが、いったん大流行が始まったら、その感染力の凄さについてはインフルエンザに勝る伝染病はない。現時点では、死者の出たベトナムやタイでも、濃厚接触によるトリからヒトへの感染に留っているが、患者の体内で遺伝子が突然変異を起こして、いったんヒトからヒトへと感染するようになると、大変なことになる。表を見て欲しい。感染力が強いA型インフルエンザウイルス(註:B型とC型は感染力が弱い)には、H1からH15まで、そしてN1からN9までの異なったパターンを持つウイルスが存在する。そのパターンの違いとは、ウイルスが寄宿主細胞に取り付く(あるいは離れる)ための「腕」となる2種類の蛋白質、ヘマグルチニン(以下Hと略す)並びにノイラミニダーゼ(以下Nと略す)の変化形であるが、その違いを羅列したのが下の表である。
A型インフルエンザウイルスのヘマグルチニン分布
並びにノイラミニダーゼの分布表
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この表を見ても判るように、インフルエンザウイルスには2種類の「腕」が複数本づつあるので、その組み合わせは論理的には135通り(15×9)の型式を有するウイルスが存在することになっている。もちろん、自然界では、ある特定の組み合わせは分子配列上の収まりが悪いので、この135型式のすべてが自然界に安定した形で継続的に存在できるとは思わないが…。この表にあるように、これまでヒトに感染するインフルエンザとしては、H1N1、H2N2、H3N2という3種類のインフルエンザウイルスが広く知られていた。ヒト以外の哺乳類では、ブタに感染するH1N2ならびにH3N3、さらにウマに感染するH3N8ならびにH7N7、およびアザラシに感染するH4N4ならびにH7N8などのインフルエンザウイルスが知られているが、現在、アジア各地で大きな問題となっている鳥インフルエンザはH5N1というまったく新しい型式を持った(註:最近、北米でも発見された新型ウィルスは、同じH5N1型でも、弱病原性のB型である)ウイルスである。H5N1型のインフルエンザは、1998年に香港において、初めてトリからヒトに感染したことが報告された。であるからして、このH5N1型はこの世に出現してまだ数年しか経っていないインフルエンザであり、当然のことながら、大多数の人類は免疫抵抗力を持たないたいへん危険なウイルスである。
インフルエンザは言うに及ばず、この世に存在する大部分のバクテリアやウイルスは、ヒトという新参者の種が地球上に誕生する遙かに以前からこの地球に存在していた、いわば「生物界の大先輩であることは言うまでもない。その意味では、旧約聖書『創世記』にある「はじめに神(ヤハウェ)は天地山河を創り、さまざまな種の生きものを創り、最後に人(Adam)を創った」という記述は、ある意味、当を得ているのである。であるからして、論理的には135通り考えられるインフルエンザウイルスの中でも、ヒトへの感染力を持ったものは、現在知られているものでは、この表に見られるように、わずか5通りしかなかったとしても当然である。
▼平安時代から知られていた鳥インフルエンザ
ところが、今回の鳥インフルエンザ騒動で一般の人々にも知られるところとなったように、鳥はこの135通りすべてのインフルエンザウイルスを持っていると言われるのである。それが、たまたま濃厚接触(註:養鶏業を営む人などが、鶏舎内で巻き起こる鶏糞などの粉末からインフルエンザウイルスを吸入した際に感染する可能性があるのであって、決して、専門の施設で加工された鶏肉や鶏卵を消費者が食べてもなんら問題のないことは言うまでもない)によってヒトをはじめとする哺乳類に感染し、さらにそれがまた体内での遺伝子組み換えが行われてブタからヒトへ、あるいはヒトからヒトへといったように、哺乳類同士で感染するようになれば、それこそ事態は一大事に至るのである。
それでは、なぜ鳥にはこんなにも多くの形式のインフルエンザウイルスが存在し、逆に、ヒトをはじめとする哺乳類にはこれほど少ないインフルエンザウイルスしか存在しないのだろうか? 答えは簡単である。ヒトが初めて空を飛べるようになったのは今からわずか百年前の1903年のことである。しかし、ヒトが空を自由に飛べるようになる数千万年も前から、鳥たちは大空を自由に飛び回っていたのである。インフルエンザウイルスがより広範囲へ自分たちをバラ撒きたいのなら、遺伝子の戦略として自らの二本の脚でてくてくと歩くことしかできなかったヒトに取り付くよりも、一日に何百キロも飛ぶことができ、広い海洋すら越えて大陸から大陸へと移動することができる鳥類(なかんずく渡り鳥)に感染しやすいように特化したほうが、その種(インフルエンザウイルス)の保存にとって有利であったことは言うまでもない。
平安時代の宮中行事に起源をもつといわれる「七草粥」にまつわる興味深い話がある。「七草粥」とは、神式の正月の最終日(五節句の第一である「人日(じんじつ)」の節句。仏式の正月は「後七日」と呼ばれ、1月8日から14日まで)に、官庁の御用始めに当って、その年の無事息災を願って、セリ、ナズナ、ゴギョウ…の7種類の野草を刻んだものを粥に入れて食する行事が民間にも広まり、それが習俗化したのであるが、問題なのは、その7種類の青草を刻む時に唱われる民間伝承的な歌の詞である。曰わく「♪七草ナズナ。唐土の鳥が日本の国に渡らぬさきにトントントトトン…♪」驚きべきことに、われわれ日本人の先祖は、千年も前から既に、未知の伝染病が渡り鳥に乗って中国大陸からもたらされる(「唐土の鳥」)ということを経験則的に知っていたのである(註:老ノ坂峠を越えて、伝染病=酒呑童子=鬼が平安京を襲うと信じられていたが、今般の京都府丹波町の養鶏業者による大量の鳥インフルエンザ隠しなどまさに現代版「酒呑童子」である)。
ただし、広い海の上を、あるいは鳥の生棲密度が低い山岳地帯を飛んでいる時に、その鳥がインフルエンザを発症し、たとえその個体が死んだ(海や地上に落下した)としても、別の鳥に感染する可能性は極めて低いので深刻な影響はなかったが、数千年前、人類が都市国家で暮らすようになった途端に、伝染病が深刻な問題となった『都市と伝染病と宗教の三角関係』のと同じように、20世紀になってからの人間の手による家禽類(ニワトリやアヒル等)の大量飼育は、古代都市国家の形成期と同様、いったん渡り鳥から家禽にインフルエンザウイルスが感染すれば、爆発的に増殖することが可能になるという環境が人為的に創り出されたのである。ウイルスにとっては、より棲み易い世の中となった。鳥インフルエンザが流行する下準備は、すっかり整っていたのである。
▼米国によるバイオ・テロ?
さらに、ウイルスにつきものの厄介な特徴的現象として、突然変異の問題がある。いったん突然変異を起こし、強力に感染する能力を身につけたウイルス(インフルエンザで言えばA型)は、どの種類の動物にとっても非常に危険な存在になりうるのであるが、このことを金儲けの手段にしようとしている企業がある。最初に述べた論理的に考え得る135種類すべての鳥インフルエンザウイルスの哺乳類への感染力を持った変容体を、遺伝子組み換え技術を用いて実験室の中で既に創り出しているバイオ企業がアメリカにはある。この企業は、まだ実際にはこの世に存在もしない(註:鳥類においては存在するが、哺乳類間での感染能力をもった変容体としては確立されていない)インフルエンザウイルスを、遺伝子組み換え技術によって予め人工的に創り出し、あろうことか、そのすべての遺伝子配列に対して特許権を取得してしまっているのである。
もし、近い将来、ヒトへの感染力を持った新種のインフルエンザウイルスが誕生して人間界に広まった時、そのウイルスに対抗するワクチンを製作するためには、莫大な特許権使用料をその企業に対して支払わなければならないのである。つまり、その企業は、「将来の人類の生存権」を人質にとって儲けようとしているのである。健全な市民社会は、このような暴挙を見過ごすわけにはいかない。少なくとも、AIDSをはじめとする人類の生存を左右するような感染症に対するワクチンを製造するための遺伝子情報等については、「人類共通の財産」として、その私企業による特許権を大幅に制限するというふうに国連等の国際機関が主導して、各国政府が条約を結ぶべきである。
さもなければ、ますます新種の感染症の発生という自然の脅威やバイオ・テロという人為的な脅威が人類全体の生存にとって大きな問題となるだろう。実は、私は、今回のアジアにおける鳥インフルエンザ(だけでなく昨春のSARS騒動についても)の原因について、ひとつの疑念をいだいている。先日、ある著名な公衆衛生の専門家と2年ぶりに話す機会があったが、その医師は、開口一番「今回の鳥インフルエンザ騒動についてどう思われますか?」と尋ねられたので、私はこれまで本誌で述べてきたような観点について拙見を開陳したら、その医師は、「これってアメリカの陰謀だとは思われませんか?」と真顔で質問された。同医師は言うのには、「SARSといい、鳥インフルエンザといい、東南アジアの中国系社会ばかりに被害が出るのは不自然だと思わないか?」と言うので、私は「アメリカのデラウエア州でも鳥インフルエンザは発生したじゃありませんか?」と尋ねると、「でも、それは実害のない弱毒性のB型でしょ?」と言われた。
そう言われればそうである。コンピューターウイルスを創っている“犯人”のかなりの部分は、実はワクチンを売っている会社だと言われている。次々と新種のウイルスが被害をバラ撒いてくれなければ、新しいワクチンソフトが売れないし、よく考えてみれば、毎日のように新しいワクチンが送られてきるのは、彼らが初めから新しいウイルスを知っていたから(対抗するワクチンもすぐ造れた)と考えているほうが妥当性がある。まさに、マッチ・ポンプである。これと同じことをアメリカ政府当局が行っているというのである。大いに考えられることである。
▼これまで3種類のインフルエンザが大流行した
因みに、この分類表中の「いの一番」の位置にあるH1N1型のインフルエンザが最初に検知されたのは、第一次世界大戦中の1918年に流行したいわゆる「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザからである。このインフルエンザは世界的な流行をきたし、第一次世界大戦の戦死者数800万人の3倍を超える2,500万人が死亡したと言われる。日本でも、数十万人が犠牲になったのである。当時の世界の人口は、現在の約4分の1程度だったから、現在の世界の人口に換算すると、約1億人に当たる人々がこのスペイン風邪を呼ばれたインフルエンザで死亡したことになる。しかも、当時と比べて現在のほうが遙かにグローバリゼーションが進展しているので、世界のどこかの地域で発生した新型インフルエンザ患者がわずか数十時間の潜伏期間(見かけ上は元気)の間に、世界中のほとんどすべての都市へ移動することができる高速交通手段を身につけた人類にとっては、簡単に空気感染してしまうインフルエンザウイルスほど危険なものはないと言えよう。また、いったんこれらの新型ウイルスがバラ撒れてしまうと、一挙に拡散してしまうという非常に危険な世界にわれわれは暮らしているので、21世紀に至った現代では、1億人どころか、場合によっては全世界で5億人の死者が出るという想定すらあるくらいである。
20世紀における世界的なインフルエンザの流行は、1918年の「スペイン風邪」に続いて、1957年に大流行した「アジア風邪」として知られるH2N2型のインフルエンザ。さらには1968年に大流行した「A香港型(香港風邪)」と呼ばれていたH2N3型のインフルエンザ。さらに、1977年に大流行した「Aソ連型(ソ連風邪)」として知られるH1N1型のインフルエンザが有名である。われわれはかつて、「A香港型」とか「Aソ連型」というふうに、その流行が最初に確認された地域の名前を冠し、インフルエンザの種類を区別していたが、遺伝子レベルでその分子構造を解析できるようになった現在では、インフルエンザウイルスは、公式には、このH1から15までとN1から9までの数字の組み合わせ(15×9=135通り)の名称で、専門家の間では呼ばれているのである。
ここで、奇妙なことに気が付かれた方もおられるかと思う。それは何かというと、1918年に大流行したいわゆる「スペイン風邪」と、77年に大流行したいわゆる「ソ連風邪」とが、いずれもH1N1型という同じ型式のインフルエンザという点である。もちろん、インフルエンザ・ウイルスはそのあまりにも単純な分子構造ゆえに、毎年劇的な突然変異を繰り返し「新型」 (註:この場合の新型というのは、ヘマグルチニンおよびノイラミニダーゼの型式の変化という「フルモデルチェンジ」ではなく、同じHとNの形式を持ちながらも、そのRNAの一部が変化をきたすという「マイナーチェンジ」であるが)が登場してくることはよく知られるが、この1918年のスペイン風邪と1977年のソ連風邪は、基本的には同じ型式のインフルエンザが大流行したのである。
▼「60年周期説」は単なる偶然か?
原因はなぜか? それは1918年の「スペイン風邪」の時代を生き抜けた人々は、言葉を換えれば、みな「スペイン風邪(H1N1)」に対する免疫抵抗力を身につけた人ということができるわけであるが、それから約60年を経て、当時のスペイン風邪に対する免疫力を持っていた人たちがほとんどいなくなった(死去した)ということが原因であると考えられる。これが、いわゆる「インフルエンザ60年周期説」という考え方である。専門家ではないので、この説がどれほどの科学的根拠を持つかは知らないが・・・・・・。他にもこの世には「60年周期説」と呼ばれるものがたくさんある。
最も有名な例は竹である。竹は60年に1度だけ開花し、ある竹藪で竹の花(註:イネ科に属するタケの花は、稲穂とほとんど同じ形をしている)がいっせいに開花し出すと、その竹藪の竹はすべて枯れる(註:竹は地下茎を伸ばし、筍によって増えるので、親竹と子竹は遺伝子的には全く同じクローンである。そのほうが、環境さえ変らなければ有利である。しかし、何十年に一度だけ実を結ぶ(有性生殖をする)ことによって遺伝子のシャッフルを行ない、新しい子孫を遺すシステムを採用しているのである)と言われる。そのことによって、竹の実を食べる野ネズミが大量発生し、その高栄養価の竹の実を食い尽した野ネズミが、今度は人間の田畑から穀物を食べ、大飢饉の原因(しかもペストの流行も重なる)とも言われている。これが「竹の60年周期説」である。
他に、もっと日本人の生活に直結した「60年周期説」としては、いわゆる十干十二支の組み合わせ(干支=えと)である。古来、中国より伝わったこの暦は甲子(きのえね)から始まり、癸亥(みずのとい)までの60通りの組み合わせで一回りするシステムになっている。それゆえ、人は60歳を迎えると、暦が一回りした「還暦」として祝う(註:近代に至るまで、ヒトの平均寿命は60歳よりはるかに短かったので、生まれ年を表わす干支も60通りあれば、十分間に合った)。因みに、阪神タイガースの本拠地である甲子園球場は、大正13年(1923年)の「すべての始まり」という縁起のよい甲子の年に造られたので「甲子園」と名付けられ、また初代の天皇ということになっている神武天皇が即位した年も、実際に考えられていた年数に何百年も下駄を履かした紀元前640年の甲子の年の1月1日(註:この太陰暦の1月1日が太陽暦が2月11日の「建国記念の日に相当する)ということに“即位”後、千年以上経ってから決められた。
このように、古代中国の影響を受けた地域では、60はたいへん神聖なナンバーであった。同様に、古代メソポタミアにおいても、天文観察との関係で60進法が使われていたのである。確かに60という数字は、30、20、15、12、10、6、4、3、2と実に9通りの数で割ることができるので、何らかの基本的な単位にするのには非常に適したマジックナンバーである。数千年を経た現在でも、われわれはその影響を受けて、1時間は60分であるし、1分は60秒ということになっている(註:天空全体を表わす円の1周は360°であり、これは正六角が内接する円である)。このように、「60」という便利な数字が一人歩きしだすと、他にも、何らかの合理的な根拠がなくても、いろいろな「60年周期説」というのが、まことしやかに言われるようになるのである。先ほどの1918年のスペイン風邪から1977年のソ連風邪までがあしかけ60年であったように・・・・・・。
さらに、この「60年周期説」は、経済や政治の分野でもその信奉者を有しているのである。例えば、日本の近代史を見る時、1868年の明治維新から60年が経過した1929年(昭和4年)、ウォール街における株の大暴落に端を発した世界恐慌が近代資本主義経済への発展過程にあった日本社会を直撃し、その後のテロ(註:「2.26」や「5.15」事件)と戦争(日中戦争や太平洋戦争)の時代へと導いていったことはあまりにも有名だ。しかも、それから60年が経過した1990年に、今度はバブル経済が弾けたのである。同様に、真珠湾攻撃によって太平洋戦争の幕が切って落されたのは1941年(昭和16年)のことであるが、それからちょうど60年経った2001年、アメリカは再び「9.11」米国中枢同時多発テロによって、新たな戦争へと導かれていったのである。世界貿易センターのツインビルが崩壊した映像を見た時、多くのアメリカ人が「パールハーバー」を連想したのも当然だ。他にも、歴史の年表を繰っていけば、いくらでも「60年周期説」を当てはめることができる。このように、今回の鳥インフルエンザの問題がわれわれ21世紀に生きる人類に投げかけた課題というのは、あまりにも多くの示唆に富んでおり、その意味で、われわれは風邪見鶏でなければならないのである。