久々にグランド・ゼロに立って
 
 05年09月11日



レルネット主幹 三宅善信

▼4年ぶりのグランド・ゼロ

  私は、9月9日から13日までの日程で、「国連創設60周年記念総会開会礼拝」に招かれて参列するため、4年ぶりにニューヨークに来ている。世界を震撼させた2001年9月11日の「米国中枢同時多発テロ事件」から満4年が経過した9月11日、万人注視の前で約三千名のいのちと共に崩れ去ったアメリカの繁栄の象徴ニューヨークの世界貿易センター(WTC)ビル跡地(通称「グランド・ゼロ=爆心地」)には、早朝から、遺族だけでなく、全米のマスコミと世界各国から大勢の人々が詰めかけ、「第二のテロ」を警戒して、夥しい数の警備関係者が警戒する中、会場は異様な雰囲気でピリピリしていた。


グランド・ゼロを見下ろす
ビルのアトリウムにて

  2000年8月末に国連本部総会場で開催された『国連ミレニアム平和サミット』と、「9.11」事件を受けて急遽、2001年10月にニューヨークで開催された『文明間の対話による平和』をめざす国際シンポジウム以来の訪問である。その際には、グランド・ゼロに隣接し、奇跡的に残った教会で行われた世界の宗教指導者による『追悼と和解の祈り』の式典に神道を代表して参列した(註:「宗教」が大きな社会的公的存在となっている諸外国では、諸宗教の指導者を招いて「祈りのつどい」がたびたび実施されるが、残念ながら、日本の伝統宗教を代表する方々は、緊急のものには、日程上の都合からか、なかなか出席される方が少なく、また、せっかく出席されても語学上の問題等があって、海外の諸宗教の指導者との交流や、「祈りのつどい」に参集した現地の民衆やメディアに直接訴えかけることができない場合が多く、そのような事情もあってか、この十数年、私には海外の公的機関からよくこの種の「祈りのつどい」に招待される)。あれから4年の歳月が経って、WTC周囲の超高層ビル群はすべてリニューアルされたが、未だに約250m四方(約2万坪)のWTCビルの跡地だけは、瓦礫とかはすっかり撤去されて一応、整地はされているものの、地下20mぐらい掘り下げてビルの土台が剥き出したままの、まさに「爆心地」の状態のままで放置されているのである。


巨大なグランド・ゼロの穴

  もちろん、超高層ビルが林立する世界一のビジネス街であるマンハッタンに、2万坪もの土地をいつまでも「空き地」にしておくような余裕はなく、乗っ取られた旅客機に激突されるという想像も付かないような方法で破壊された110階建て、高さ412m、のべ床面積100万u(30万坪)の巨大なツインビルに代わって、これを凌ぐ、新たな超巨大ビル「フリーダム・タワー(自由の塔)」の建設が計画されていると聞くが、一向にその鎚音が聞こえてこないのは、この「グランド・ゼロ」が「9.11」以後、アメリカが世界各地で展開してきた戦争(アフガン戦争やイラク戦争)を正当化するための装置だからである。


崩壊したWTCビルの鉄骨が
「偶然、十字架の形で残った」
という演出

すなわち、「自分たちこそが被害者であり、いかなる報復攻撃も正当である」という論理を目に見える形で演出するためである。同様の装置は、64年前に真珠湾で沈められた戦艦アリゾナを、簡単に引き上げられるわずか十数メートルの水深であるにもかかわらず、しかも、千数百名の将兵の遺体があるにもかかわらず、これを無惨な姿で曝したままにすることによって、「リメンバー・バールハーバー(Remember Pearl Harbor)」という対日戦争を正当化したように…。アメリカという国家にとっては、常にこういう演出が必要なのかと思ってしまった。


日本軍の真珠湾攻撃で撃沈された
戦艦アリゾナを遺体ごと展示している演出

▼ 慰霊のあり方の違い

グランド・ゼロにおいては、1機目の飛行機が1WTCビル(北タワー)に突っ込んだ時刻から2機目が2WTC(南タワー)突っ込んだ時刻、さらには、1つ目のビル(2WTC)が崩壊した時刻から2つ目のビル(1WTC)が崩壊した時刻とメリハリをつけて、その都度、黙祷が行われる中、パタキ州知事やブロンバーグ市長をはじめ、数千名のテロ事件犠牲者遺族や、救出作業中に殉職した警察・消防関係者らが出席して2時間以上の時間に及ぶ追悼慰霊式典が行われた。その間、遺族たちによって延々と読み上げられる犠牲者の名前と、英国やカナダと言った「血の同盟国」から応援に駆けつけた警察隊も参加して、ことさらに「正義」を演出する国家的儀礼に心が痛んだ。


公式追悼式典に招待された
ロンドンの警察官たち

  一方、この日の夕方には、かつてWTCビルのそびえ立っていたスカイラインを望むハドソン川畔の波止場(pier)40において、浄土真宗本願寺派の僧侶によって提唱され、広島の原爆犠牲者慰霊の灯籠流しを模して初められたという「9.11犠牲者追悼灯籠流し」が行われ、私はその儀式にも神式の装束を着て参列した。日本人の一民間人が始めたこの儀式であるが、ニューヨーク在住の各国仏教徒だけでなく、今では、地元のキリスト教やその他の宗教関係者も参列して、平和と和解の祈りが行われるようになったところが、アメリカという国良い点である。私も、装束姿が珍しかったのか、地元マスコミから何度も取材を受けた。もちろん、ここで書いたように「慰霊というものに対するあり方の違い」についても述べたが、おそらく私のコメントは報じられなかったであろう。


「9.11犠牲者追悼灯籠流し」に
装束姿で参列した

何処の国でも、お役人はお役人でNY港湾局の役人が灯籠流しの方法について細かい規制と言ってくるのは致し方ない(註:灯籠を「流しっ放し」ではゴミになるということで、ハドソン川での灯籠流しは、紐で連結されたいくつかの灯籠の先に、カナディアン・カヤック=カヌーのボランティアが、これを曳航するという方法を採っている)としても、それらの困難を克服して、新たに、日系宗教家とカヌー愛好家と一般市民とを結びつける要因になっていることは、素晴らしいことである。慰霊行事に参加した市民がそれぞれのメッセージを記した数百の灯籠が摩天楼の明かりが映る川面に幽玄の世界を描き出して、遙か後方に見える1年に1度だけ、高度数千メートルに達しようかという強力なサーチライトによって、WTCビルの屹立していた場所を再現するイベントと好対照であった。


摩天楼にそびえ立つ
「光のフリーダム・タワー」

  この慰霊追悼行事に先だって、13日からは各国の正式代表による首脳会議が開催されるために、一般人は入場することはおろか、近づくことすら許されなくなる国連本部を訪れた。私は、これまでに20回ほど、国連本部に行ったことがあるが、以前は警備もそれほど厳重ではなく、例えば、たまたま同じ会議に出席したソ連のシュワルナゼ外相(後のグルジア共和国大統領)などといった重要人物ですら、ほんの数メートルの距離に近寄っても何も言われなかったのが嘘のように、今回はやたら検査検査であった。こういうところにも、現在の世相が現れているのだと思う。

一方、地下鉄でほんの十数分しか離れていないヤンキースタジアムでは、松井選手の活躍を見ようと、NYヤンキースのTシャツを着て、「9.11」にも「国連総会」にも、まったく関心のない大勢の日本人観光客が街を彷徨いている対照的な姿も、また、世界の現実である。深夜にホテルに戻ってテレビを点けてみたが、ニュースはすべて「9.11」と「ハリケーン・カトリーナ」の話ばかりで、小泉首相が圧勝した日本の総選挙の結果も、ニュースの終わりのほうで、ほんの数秒報じられただけである。

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