「正月休み」という国家リスク

08年12月30日



レルネット主幹 三宅善信


▼暗い年の瀬

  一年間を通じて、日経平均で42%も値を下げた2008年の株式相場も、本日の「大納会」をもって無事幕を閉じた。42%という年間の下落率は、バブル景気が弾けた1990年の下落率39%を抜いて、戦後最大の下げ幅となった。今年一年間の経済状況、なかんずく、リーマンショック以後の金融危機と経済恐慌については、大暴落直後の10月1日に上梓した拙論『米国金融危機:ロシュ・ハシャナーの攻防』はいうまでもなく、世間に数多(あまた)の論評があるので、屋上屋を重ねるようなことはしないが、年末に当たって、本日はまったく別の観点から論じてみようと思う。

  12月30日の「大納会」を終えてから、来年1月5日の「大初会」まで、日本の株式市場は五日間もの長い「正月休み」となった。株式市場だけでなく、銀行や官公庁も同じく五日間の正月休みを取ることになっている。私がこう書くと、「金融機関や官公庁の正月休みは“わずか五日間”だけれど、普通の会社なんか12月27日(土)から1月4日(日)までの九連荘(れんちゃん)やで…」という声が聞こえて来そうである。否、場合によっては、自動車なんぞの製造業では、経済不況の生産調整も兼ねて、やれ十一連荘だの、十三連荘だの、まるで麻雀の役みたいな連休のオンパレードである。ただし、こちらの連休は、非正規雇用の期間労働者や派遣労働者の首を切りまくって、なお、仕事がだぶついているから、正規社員のためにむりやり作った雇用調整休暇なので、とても喜べたものではない。まことに「暗い年の瀬」である。


▼サラリーマンvs宗教家

  私の個人的事情を述べれば、毎年12月末は憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちで送っている。なぜなら、私は過去二十数年間ずっと月刊誌の編集をはじめ、いくつもの依頼原稿を抱えてきたが、毎年毎年、出版社や新聞社の印刷の締め切り日が早くなっていくからである。以前は、12月27日ぐらいに脱稿しても、30日の仕事納めの日に、まだインクの臭いが残る雑誌を抱えて届けてくれたものである。それが、天皇誕生日が12月23日になってからというもの、年々締め切り日が早まり、今年なんぞ、「年内に欲しければ、12月18日までに校了して欲しい」とまで言われた。「1カ月のまだ半分しか経っていないじゃないか! しかも、今年は五日間はポーランドへ出張していたんやで!」と、担当者氏とバトルを繰り広げた。その時、いつも、「なんで正月が死ぬほど忙しい宗教家が、正月休みをのうのうと送っているサラリーマン(印刷業・出版・新聞関係者のこと)のために、12月にしんどい思いをして原稿いつもより早いペースで書かなあかんねん!」と言っては、担当者氏を困らせている。

  その時、いつも担当者氏が「先生、坊さんや神主さんは別として、世間では正月は皆、お休みです!(毎年同じダダこねてないで)早く原稿下さい! だから、12月は宗教家が忙しくなるので師走と言うんじゃないですか!」と言ってくるので、私も毎年、「サラリーマンでも、電力会社もガス会社も電鉄会社も皆、年中無休で働いてるで!」と言い返すことにしている。すると、担当者氏は「そういう大企業は、交代制で働いているんです。でも、私どものような小さな会社では、先生の担当者は私一人しかいません。先生は、可哀想なしがないサラリーマンを苛めるおつもりですか?」と懇願してくるので、「じゃ本意やないけど、あんたの顔を立てるために書いたる…」なんて、訳の解らない理由を付けて、パソコンのキーボードを叩いている。そうすると、「これで原稿貰える」と安心するのか、担当者氏は「文句があるなら国に言って下さい。こんなに年末年始に多くの休みを作って…」と、私の憤懣の矛先が、出版社ではなく政府あるいは日本社会全体に向かうように仕向けるのである。

  この批判はある意味、的を射ている。製造業のことはさておいて、全世界の金融業や官公庁が同じ日に休日になるというのならいざ知らず、年末年始に株式や為替マーケットが五日間も閉鎖されるのは日本だけである。欧米の多くの国では、1月1日だけは「New Year’s Day」の休日であるが、それ以外の日、12月31日も1月2日も銀行も役所も通常通り営業されている。もちろん、アラブの国は、イスラム暦なので新年そのものの時期がまったく異なる。イスラエルの新年(ロシュ・ハシャナー)は9月末から10月初めである。中国や韓国・台湾・東南アジアでは、「旧正月」(註:旧暦の正月が、通常、1月下旬から2月上旬の辺り)が「正月休み」である。したがって、この時期に官公庁や金融機関が五連休するのは日本だけである。一般企業では九連休するところが多いと聞く。


▼ハマスもOPECも喜ぶイスラエル軍のガザ攻撃

  しかし、よく考えて欲しい。中東でも、パレスチナのガザ地区を実効支配しているハマスとイスラエルとの間で、「6カ月間の停戦」が切れて戦闘が再開された。先にロケット弾攻撃をふっかけたのはハマスの側であるが、兵器の質も量も兵士の練度もイスラエル軍のほうが圧倒的に上であるから、おそらくあっという間に、ガザ地区は死体累々になるであろう。そのことが、パレスチナ人たちの無力感を刺激し、無辜(むこ)の一般市民を巻き込んだ「自爆攻撃」をますますエスカレートさせることになるであろう。また、そのことをハマス自身も望んでいるのである。正規軍同士による戦争では歯が立たないパレスチナ人たちの無力感が増せば増すほど、イスラエルとの共存を推進する現実路線のファタハ(註:ヨルダン川西岸地区を統治するパレスチナの穏健派)へではなく、威勢の良い「主戦論」を唱えるハマスへとパレスチナ人たちの支持が集まるからである。

  世界中のヒト・モノ・カネ・情報がひとつに繋がったグローバル化社会においては、昨日世界の片隅で起きた出来事が、今日にはもう自分の生活に影響を及ぼすことはままあることである。まさに「風が吹けば、桶屋が儲かる」という論理を地で行っているのが現代社会である。数カ月前には、1バレル147ドルという史上最高値をつけた際には、「どこまで上昇するか」見当すらつかなかった国際原油市場も、米国発の金融恐慌が世界を席巻してからというもの、あっという間に38ドルまで暴落して「地獄を見た」感のあるOPEC(石油輸出国機構)の連中からすれば、中東で軍事的緊張が高まったほうが原油相場も回復すると「ハマスとイスラエルの交戦」をほくそ笑んでいることであろう。

  このように、世界は時々刻々と動いているというのに、日本のマーケットだけがのうのうと五日間も閉まっているのは、いかがなものか? 仮に、世界の株式市場が大暴落したり、原油市場が大暴騰したりした場合、日本の投資家――海外の市場でも売買できる大手の機関投資家は別として、日本の大多数の投資家――だけは、自分の持っている株式を売り抜けたり、安い原油を買い付けたりできないことになる。また、政府も、国際的な緊急事態に「官公庁の業務が止まっているから」といって、具体的な手立てを打てないとなると、まさに、これは日本という国で暮らしたり、企業を保有したりする際の国家的なリスクと言えないだろうか?


▼大型連休が日本をダメにしている

  私は、ずいぶんと前から思ってきた。数日間も株式市場が閉まる「正月休み」や「ゴールデンウイーク」や「お盆休み」は不要であると…。それらは、かつて、欧米先進国が週休二日制であったにもかかわらず、日本だけが週六日労働で労働時間が長く、ILO(国際労働機関)等の年間労働時間制限の勧告を実施させるために、やたらと「意味のない国民の祝日」を増やした(註:この辺りの論理については、十年前に上梓した拙論『国民の祝日の不思議』をお読みいただけばよく解る)にも関わらず、結果的には、欧米並みの週休二日制を導入したことによって、「年間労働時間」が減りすぎてしまったことと関連している。もちろん、ここで言う「年間労働時間」というのは、残業や休日出勤やサービス残業といった「エクストラの労働時間」を含まない、給与を算定する際の基本となる「正規の年間労働時間」という意味であることは言うまでもないが…。

  毎年、「正月休み」や「ゴールデンウイーク」や「お盆休み」の前には、せっかく株式相場が上昇していたとしても、「休暇期間中にどんな大事件が勃発するかも知れないから…」という論理で、とりあえず「利益確保の店じまい売り」を浴びせてくるので、相場の上昇機運が削がれるのだ。こんなことが毎年三回きっちりと行われるものだから、他の国と比べて、日本の相場の上昇率が低くなるのである。しかも、愚かなことに、2009年には5月だけでなく、9月にも「ゴールデンウイーク」があるというではないか! 9月19日(土)からはじまって、21日(月)に敬老の日、23日(水)に秋分の日、そして「祝日と祝日に挟まれた日は国民の休日とする」という訳の解らない規定により、9月22日(火)まで休日となってしまうため、9月19日から23日まで五連休ということになってしまう。

  宗教家である私は、この期間中も「秋季霊祭(註:神式の彼岸会、ほぼ一週間、昼夜兼行で祭事が行われる)」があって大変忙しい! もし、この間に、今年のリーマンショックのような事態が発生したら、日本人はいったいどれほど巨額の資産を失うというのか…。この高度情報化社会の時代なのだから、株式市場など完全に電子化すれば、「年中無休24時間取引」だって可能なはずである。そこまで行かなくとも、「カレンダー通り」つまり、「1月1日だけ休み」の欧米並みにしてほしい。このことを、「百年に一度」という金融恐慌と経済不況が世界を襲った今年を閉じるに当たって指摘しておきたい。

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