テポドン打ち上げ総決算

 09年04月13日



 レルネット主幹 三宅善信            
                   


▼「立派に」打ち上げられたテポドン2号

  2009年4月5日、北朝鮮の「弾道ミサイル」テポドン2号が予告通り“立派に”(註:北朝鮮が公表した打ち上げ映像を見た河村建夫官房長官の記者会見での「立派に打ち上がった映像でございました」という「お粗末な」台詞を踏まえていることは言うまでもない)打ち上げられた。因みに、このミサイル――日本政府の言葉を借りれば「飛翔体」(いかにも、姑息な役人の考えそうな呼称である)――のことを、北朝鮮自身は「テポドン(Taepodong)」と呼んでいないが、日本ではこのミサイルのことを一般的に「テポドン」と呼んでいるので、本論ではその呼称を用いる。今回、北朝鮮側は、この「飛翔体」の弾頭部を人工地球衛星「光明星(クァンミョンソン)2号」と呼び、打ち上げロケットの部分を「銀河(ウンヘ)2号」と呼んでいる。たしか、1998年8月31日に、北朝鮮が最初の「テポドン1号」を日本海(彼らの呼称だと「東海(トンへ)」だが…)に向けて打ち上げ(日本列島を飛び越えて、三陸沖の太平洋に着弾し)た時は、北朝鮮自身は、このミサイルのことを「ペクトサン(白頭山)1号」と自称していたはずである。

  アメリカでは、このミサイルのことを打ち上げ基地の地名「舞水端里(ムスダンリ)」に因んで「Musudan(ムスダン)」とも呼んでいる。中近東の国に売りつけるには、「ムスダン」のほうがアラビア語的に響きがよいので、結果的には、アメリカも北朝鮮のミサイル輸出に一役買っていることになる。実は、「テポドン」という呼称(コードネーム)は、朝鮮半島を大日本帝国が統治していた時代の彼の地の地名「大浦洞(テポドン)」に由来する。現在では、咸鏡北道(ハムギョンブクト) 花?郡(ファデグン)の舞水端里という地名に変更されているが、日本海に突き出した断崖絶壁に囲まれた、いかにも発射場といった場所である。私は、十年以上にわたって、北朝鮮によるミサイル発射について論じてきたが、今回は、ミサイル発射の「損得勘定」を計算してみる。

  まず、1998年8月31日、北朝鮮が最初の「テポドン1号」を発射した二日後に、私は『とんだミサイル威嚇』を上梓し、その狙いは、「日本がすでに原爆500発分のプルトニウムを貯め込んでいる青森県六ヶ所村の核燃料貯蔵再処理施設を射程に収めた」ということを国際的にアピールすることであると喝破した。この時私は、北朝鮮のテポドン1号発射の十日前(98年8月21日付)に、クリントン政権による反米独裁者への恫喝手段――「いつでもお前の寝首を掻くことができる」ということを具体的に実証する方法――として「巡航ミサイルを使うのが最も効果的である」という主旨を『「正義」という「不正義」』で論じたばかりであった。事実、長年「テロ支援国家」であったリビアの独裁者カダフィ大佐は、巡航ミサイル威嚇の軍門に下った。そして、この『とんだミサイル威嚇』に続いて、9月8日には、テポドン1号の弱点を指摘した『李下に冠を?:発射事前予告のできない理由』を早くも上梓した。この時点から十一年の歳月が経過して、一般的にはその射程距離が伸びたことばかり注目されるが、今回、北朝鮮はテポドン2号を発射予告までして発射できたこと自体、大変な技術進歩であることをまず指摘しておかなければならない。


▼日本のH2Aロケットがテポドン開発に走らせた

  2002年9月17日に小泉首相が北朝鮮を訪問し、キム・ジョンイル(金正日)国防委員長との間で、いわゆる『日朝平壌宣言』を締結――この時、キム・ジョンイルは「拉致事件」が北朝鮮工作員の仕業であると認めた――した際、なんでもかんでも相手のせいにする「盗人猛々しい」朝鮮民族が、何故、この時期、北朝鮮が自ら不利になる「拉致事件」を認めざるを得なかったかということについて、適切な分析を行っているメディアはひとつもなかったが、その本当の理由は、私が同年9月10日(小泉訪朝の1週間前)に上梓した『日本外交の成否はH2Aロケットに懸かっている』をご一読いただければ、直ぐに理解いただける。


弾道ミサイルの射程距離と速度の関係図

  わざわざ「9.11米国同時多発テロ」1周年の前日を選んで、日本が打ち上げに成功したH2Aロケットには、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の打ち上げよりも遥かに高度な技術が必要とされる赤道上空36,000km の静止軌道に投入されたメインの人工衛星こだま(註:全地表の3分の1以上をカバーするリレー衛星「こだま」は、低軌道域を周回するが故に、地表の詳細な映像やデータを採取できるが、同時に、地上基地との通信可能範囲が極端に狭くなる各種の偵察衛星や資源探査衛星などから発信された電波を、いったん、はるか上空で静止している「こだま」に飛ばして、そこで反射させて地上基地へとデータを同時再送信するための人工衛星。当然のことながら、各国からの信頼と高い技術力を擁する)以外に、「REV(Re-Entry Vehicle=再突入部)」と呼ばれるモジュール(Module)が搭載されていたことである。ロケット打ち上げの目的は、大気圏外の無重力(厳密には「超低重力」)の軌道に物体(有人宇宙船・人工衛星)を投入することである。

  そのため(地球の重力に打ち勝って、地球周回軌道に乗ること)には、秒速7.9km(=時速28,440km≒マッハ27、新幹線の約1,000倍の超高速!)に達する必要がある。この点、発射後、いったん大気圏外まで上昇するものの地球周回軌道に乗ることなく、放物線を描いて再度地表へ落下してくる弾道ミサイルのほうが最終到達速度が遅くても構わない(註:射程距離10,000kmの場合は秒速約6km、射程距離5,000kmの場合は秒速約4kmで充分)ので、開発するのが容易である。人工衛星用ロケットと弾道ミサイルの見かけ上の違いは、先端のカバー部分(フェアリング)の形状が、中に人工衛星が搭載されている場合はポッコリと丸みを帯びているが、核弾頭の場合は再突入の際の抵抗を減らすために円錐形に尖っているくらいの差で、しかも、この先端部分を打ち上げるロケットの部分は、人工衛星のそれも弾道ミサイルのそれも、基本的にはまったく同じものである。


複数個の人工衛星をはじめ、さまざまな“弾頭”を
装填できるH2Aロケットのフェアリング部分

  であるから、2002年9月の日朝首脳会談の直前に日本によって打ち上げられたH2Aロケットは、大重量打ち上げ性能といい、リレー衛星「こだま」の静止軌道投入技術といい、長距離弾道ミサイルのそれよりもはるかに高度であるだけでなく、「REV」と呼ばれる再突入モジュールを搭載して、これをいったん大気圏外まで打ち上げて、再度、大気圏内に突入させる実験を行っていること自体、軍事技術者の目から見れば、日本が長距離弾道ミサイルの核弾頭の誘導と同じ技術を持っていることを宣言しているのとほとんど同じ意味である。そのことが、北朝鮮にプレッシャーをかけ、キム・ジョンイルをして「拉致」を認めさせたのである。軍事的なプレッシャーの裏付けのない外交交渉などあり得ないからである。

  このような日本の“圧力”に対抗する形で、北朝鮮は「核実験」や「長距離弾道ミサイル」の開発に走ったのであるが、これこそ、まさに日本の「思う壺」であった。この辺りの経緯については、イラク戦争の開戦直後の2003年3月28日に、同じくH2Aロケットによって二機同時に軌道に投入された日本初の「情報収集衛星(いわゆる「軍事偵察衛星」)」の打ち上げについて解説した『日本核武装計画が動き出した』で、いよいよ明確になった。つまり、今回の北朝鮮によるテポドン2発射問題には、このような背景があったということを最低限、踏まえておく必要がある。


▼テポドン2号発射で得をしたのは、日本と北朝鮮

  さて、今回のテポドン2号発射によって、関係各国がどのような“損得勘定”になったかということを考察してみよう。ここで言う「損得を勘定する国」とは、「六者協議」のメンバーである北朝鮮・韓国・中国・日本・米国・ロシアの6カ国である。まず、本年4月5日の「発射」自体についての“損得”から計算してみよう。

  北朝鮮自身は、何よりも国際社会の中で注目を集めることができ、「立派に打ち上げ」られた。しかも、今回は、「人工衛星の打ち上げ」という大義名分での「予告発射」を成功させた――もちろん、「人工衛星」などというのは、初めから大義名分に過ぎず、実際には「弾道ミサイル」実験だったのだから、「周回軌道に乗らなかったので失敗だ」というような批判はナンセンス――のだから、成果は「◎」である。おまけに、イランやシリアなど中東の「顧客」の視察団に、テポドン2号の立派な姿と発射シーンを見学させることができた点でも、得点を上げた。

  一方、韓国はというと、2006年7月5日に、北朝鮮がスカッド・ノドン・テポドン2など7発のミサイルを日本海に向けて発射したことを受けて、日本が主導して採択させた国連の『安保理決議1695(北朝鮮による弾道ミサイル計画に関わる全ての活動の停止の要求)』に基づいて、安保理決議違反になるので「北朝鮮がテポドン2号を発射しないことを望む」と、イ・ミョンバク(李明博)政権が北朝鮮にお願いするだけになり、しかも、北朝鮮はそれを無視して発射したので、韓国政権がまったく無力であることをさらけ出したので、成果は「X」である。

  同様に、中国も「六者協議の議長国として枠組みを守るためにも、ミサイル発射を思いとどまるように」と、キム・ジョンイル政権に圧力をかけたにもかかわらず、北朝鮮が言うことを聞かなかったので、影響力を行使できず、「宗主国」としての面目が丸つぶれになり、テポドン2号発射の時点では、成果は「X」である。

  逆に、一番ポイントを稼いだのは、日本の麻生政権であった。北朝鮮の発射予告に対して「(安保理決議1695違反になる)発射を思いとどまるように」と言いながらも、実際には、日本海にイージス艦2隻・太平洋に1隻を「実戦配備」し、早期警戒機やガメラレーダーを展開させ、およそ飛行コースとは異なる東京のど真ん中にまで、迎撃ミサイルPAC3を配備して、国民に対しても国際社会に対しても、「いつでも打って来い。日本は北朝鮮の挑戦を受けて立つぞ!」とアピールしたからである。ほんの十年ほど前までなら、日本の「左」の人(野党や平和運動家だけでなくマスコミや文化人)たちに煽動された国民が自衛隊の過剰防衛を批判したり、また、日本の軍事力の展開をなんでもかんでも批判する韓国や中国が、今回の軍事力の展開について表だった批判ができなかったということは、日本の再軍備に関して、大きな既成事実を積み上げたことになる。一般的に言って、どの国でも「戦争ごと(大規模自然災害も)」は、現政権にとって有利に働く(註:国民が自身の生命・財産の危険を実感した場合には、「批判」勢力にすぎない野党よりも、実際に「統治」している与党のほうが、国民にとって「頼りがい」があるように見える)から、ヨタヨタであった麻生政権が息を吹き返す結果となった。という訳で、テポドン2号発射の時点では、日本の成果は「◎」である。


どこから見ても「空母」の護衛艦ひゅうが

  おまけに、ちゃっかり今回のどさくさに紛れて、自衛隊初の“空母”を実戦配備させた。一応、「専守防衛」を旨とする自衛隊なので、ヘリコプター搭載「護衛艦ひゅうが(自衛対内での正式名称は16DDH)」と命名されているが、200mの全通甲板(註:船体の艫(とも=最後尾)から舳(へ=先端)まで、艦橋などの構造物で妨げられない「滑走路」を有する船の構造)を持ち、18,000tの総排水量を誇る立派な「空母」である。海上自衛隊は一応、STOL機を発進させるジャンプ台(註:舳先に取り付けられた勾配)や、甲板にジェット噴射が吹き付けられても焼けない耐熱シールドがなされてないから、あくまでヘリコプター用の「ヘリ空母」だと主張しているが、逆に言えば、その2つを付けさえすればいつでも「空母」に変身できる代物だ。甲板にある機体を艦内に収納するための大型エレベータも装備されているし、スペインやイタリア海軍の軽空母よりも大きい。戦後一度も自衛艦には命名したことのなかった旧国名(ひゅうが=日向)を付けているが、戦前の大日本帝国海軍では旧国名を付けられた軍艦は皆、大和・武蔵・長門などの戦艦であることが、日本政府の意気込みの表れである。「専守防衛」の自衛隊には、攻撃型兵器である空母は必要ないはずであるが、これを堂々と就航させることができたのも、テポドン騒動のおかげである。


▼人工衛星なら南東方角へ向けて発射しなければならない

  それでは、上記4カ国と比べて、北朝鮮のミサイルの脅威なんか屁でもないアメリカはどうであろう。早期警戒衛星や数隻のイージス艦を展開させ、各種データを集積、北朝鮮のミサイル発射能力を丸裸にすることができたので、アメリカの成果は「○」である。北朝鮮の言うとおり、ロケットの打ち上げ目的が「通信衛星」であれば、当然、赤道上空の静止軌道を目指して打ち上げなければならない。だから、北半球にある国ではどの国でも、自国の領土内ではできるだけ赤道に近い(南端)場所を選んで、ロケットの発射場を建造するのである。アメリカでは、ケープカナベラル(ケネディ宇宙センター)はフロリダ半島に、日本の発射場は鹿児島県最南端の大隅半島の内之浦と種子島に、ロシアの発射場は南部のカザフスタン(当時は、ソ連の一構成共和国)バイコヌール宇宙基地というごとくにである。

  であるから、発射場はできるだけ赤道に近いほうが燃料も少なくて済むし、もし、同じ燃料なら、打ち上げることの可能な衛星の重量が大きくなる。ところが、今回のテポドン2号が発射された方角は、北朝鮮から南東方向(註:赤道へ向けて打ち上げる理由は述べたが、さらに言えば、地球が東向きに自転しているので、ロケットの対地相対速度を上げるためには、ロケットは東に向けて発射したほうが効率的である。その両への合力として、ロケットは北半球では南東方向へ向けて打ち上げられるものである)へ向けて打ち上げられたのではなく、北東方向に向けて打ち上げられた。これは、このミサイルが人工衛星目的ではなく、アメリカ本土へ向けて発射されたものである明白な証拠である。

  日本から飛行機で北米へ飛ぶときの航路を思い出して欲しい。大阪とロサンゼルスはほぼ同じ緯度であるから、平面の地図の見かけ上なら真東に進めば最短距離で到達できるはずであるが、実際に飛行機に乗ったら、その航路は、関西空港から北東方向へ向かい、北海道上空→カムチャツカ半島上空→アリューシャン列島上空→アラスカ沖上空まで達したら、今度は南東方向へと向きを変え、バンクーバー沖→サンフランシスコ沖を通過して、ロサンゼルス空港へと着陸する。丸い地球上では、このコースを辿るのが最短距離である。つまり、日本とそれほど離れていない朝鮮半島からアメリカ本土を狙うのなら、ミサイルは北東へ向けて発射されねばならないが、テポドン2号は文字通り、北東方向へ向けて発射されたので、誰がなんと言おうと、ミサイル(の実験機)であったと言えよう。

  最後に、ロシアについてであるが、今回のテポドン2号発射騒動については、まさに「蚊帳の外」にいた点では、評価には関係ないように思われるが、北朝鮮のミサイル技術は、元はといえば、ソ連から「輸出」された短距離ミサイルの「スカッド」が基本となっているのだから、しかも、テポドン1号ではその1段目に、同2号では2段目のロケットとして使われるなど、スカッド単体以外にも安価で汎用性のあるロケットとしての評価が上がったので、ロシアの成果は「△」である。


▼良いところなしの韓国

  さて、今回のテポドン2号発射問題は、4月5日の「発射」を挟んで、その前とその後とでは、まったく国際社会における関係各国の行動が代わる。前段階で「失点」した国は、その失地を回復しようとするであろうし、ポイントを上げた国は、一層リードを広げようとするであろう。最初に述べたように、軍事と外交は不可分な関係にあるからである。もちろん、その表舞台は、国連の安保理での駆け引きである。前章と同様に、6カ国の成否をそれぞれ評価してみよう。

  まず、張本人の北朝鮮であるが、発射後直ぐに、日本が提唱して今回のミサイル発射が2006年7月の『安保理決議1695(北朝鮮による弾道ミサイル計画に関わる全ての活動の停止の要求)』に違反するかどうかが争点となった。北朝鮮は当然、「今回の発射は、あくまで平和利用目的の人工衛星『光明星2号』の打ち上げなので、軍事ミサイルではなく、したがって『安保理決議1695』違反ではない」と主張してきた。しかし、このとこは、同時に、北朝鮮自身が『安保理決議1695』に拘束されるということを自ら認めていることになる。しかも、今回は、中国の中止要請を無視しての強行発射だったので、無条件で中国が助けてくれるという訳にはいかない。その上、「安保理が北朝鮮に対して敵対的な決議をしたら、北朝鮮に対する国連の戦争行為であると見なす」などと、訳の解らない台詞を吐いているので、国際的には信用ゼロである。なぜなら、安保理というものは、A国とB国との間の紛争について協議し、場合によっては介入するのが目的なのであるから、安保理(=国連)に対して戦争を仕掛けるというのは論理的な結論ではないからだ。したがって、北朝鮮の安保理における成果は「X」である。

  次ぎに、韓国であるが、現在の国連事務総長が韓国出身のパン・ギムン(藩基文)氏であるにもかかわらず、韓国は安保理でもまったく存在感を示すことができなかった。北朝鮮が韓国を攻撃するのに、(長距離弾道ミサイルを目指す)テポドンも、(中距離弾道ミサイルを目指す) ノドンも不要である。既に実戦配備されているスカッドミサイルで十分である。その意味では、今回のテポドン発射は、あくまで北朝鮮による対米交渉における譲歩引き出し作戦ということで、「蚊帳の外」を決め込んでいるのであろうか…? というわけで、韓国は、ミサイル発射時でもポイントを稼げず、安保理のメンバーにも入れてもらえないので、韓国の成果は「X」である。実際のところ、テポドンどころか、昨年秋以降の世界同時不況対策で、精一杯なのかもしれない。


▼安保理で猛烈な巻き返しを図った中国

  問題は中国である。ミサイル発射時点では、北朝鮮から虚仮にされ、六者協議の議長国としても面目も失ったが、俄然、安保理の場では、その失地回復に全力を挙げてきた。何よりも、安保理の常任理事国としての立場(いうまでもなく「拒否権発動」をちらつかせて)を利用して、安保理の意思表示としては最も重い「北朝鮮制裁“決議”採択」を目指す日米両国に対して、最も軽便な「報道官“発表”でよい」という心にもないことをブチ上げ、「鉄は熱いうちに打て」と迅速な国際社会の結束した意思表示を目指すアメリカも最終的には引き込んで、日本に「中を取って“議長声明”にしてやる」という交渉を行い、この線で決着させたので、安保理外交における中国としては、成果は「◎」であった。

  国際交渉をするときの大原則は、もし「相手から10の成果を引き出したい」と思うときには、初めから10を要求するのではなく、まずは大きめに15ぐらいをふっかけてから「不満だけれど、5譲ってやった」と、相手に貸しを作りながら、当初の自分の目標である10の満額を得ようとするのが常套である。北朝鮮なんかは、10の結果を得たい時には、最初に50ぐらいふっかけてくるので、「放置プレイ」で無視するのが一番である。そうしたら、相手から折れてくる。連中が「謝罪しろ!」なんて言ってきたら、まさにこっちのものである。それは、相手が「お願いですからちょっとは構ってください」と言っているのと同じ意味で、もう少し苛めてやればよい。

  日本に「謝罪しろ!」と言ってくる国(北朝鮮・韓国・中国等)は皆、同じ論理である。可哀想だと思う必要はない。百年前に彼らの祖父たちが怠けていたから植民地にされたのであって、罪は彼ら自身にある。たとえ日本が植民地にしなかったとしても、別の欧米列強が植民地にしていただけのことである。同様に、日本が第二次大戦に負けたのも、当時の日本の指導者たちが愚かであっただけである。「負ける戦争をした」という決定的な判断ミスを犯しているので、責任は日本にある。その証拠に、アメリカは日本に「謝罪しろ!」なんて言ったことは一度もない。アメリカはいつも「制裁」という言葉を使う。つまり、「善悪の判断基準はわが方にあり」という姿勢である。まさに、北朝鮮によるテポドン2号発射直後にオバマ大統領がチェコで演説したとおり「Violation must be punished. (ルールを破った奴は、罰せられなければならない)」という姿勢である。

  次ぎに、安保理における日本の立場である。残念ながら日本は「拒否権」のある常任理事国ではないので、日本が主張した「対北朝鮮制裁決議」を得ることは、初めからかなり難しいことは判っていた。もし、本気で「制裁決議」を可決するつもりであるなら、常任理事国の内、米英仏の三カ国の賛成はもちろんのこと、ロシアに対しても「棄権にまわってくれ」と最初から根回しをしておかなければならない。そして、中国に対して、「もし拒否権を発動するのであれば、それは中国が北朝鮮の蛮行を容認していると見なす」と、国際社会に向けて発信すればよい。つまり、「制裁決議がポシャッたのは中国のせい」という形にするのである。幸い、現在の非常任理事国であるクロアチア・コスタリカ・ブルキナファソ・ベトナム・リビア・ウガンダ・オーストリア・トルコ・メキシコの9カ国で、日本と敵対関係にある国はない。したがって、中国ひとりを「悪者」にする作戦を取るためにも、是非しておかなければならないのが、ロシアの取り込みであったが、それに失敗したので、高得点を付けるわけにはいかない。

  今回は、初めから中国等が「議長声明」という落としどころと考えて、逆バリの「報道官発表」で主張してくることは容易に想像できたので、こちらも、はじめから「制裁決議」など本気で取る気はないにもかかわらず、高須幸雄国連大使が日本には珍しい強硬姿勢を取っていたのは、作戦の内であったから、加盟国に対して拘束力はないけれど、国連の公式文書に記録の残る「議長声明」という落としどころは、初めから想定した通りであったであろう。したがって、安保理における日本の成果は「○」である。


▼中露米による新「三国干渉」

  ただし、私が日本政府の当局者であったなら、1890年代半ばの日清戦争に勝利して遼東半島を得たものの、ロシア・ドイツ・フランスの列強の介入(「三国干渉」)によって返還させられた際に、「ロシア憎し」で盛り上がる国民感情に対して『臥薪嘗胆(がしんしょうたん)』のスローガンを訴え、その結果、日本国民が一致団結し、十数年後には、ロシア帝国を撃破したという歴史から何故、学ばないのであろうか? 私が日本国の総理だったら、こう言うであろう。「今回の北朝鮮の暴挙に対して、わが国は直接軍事的制裁を加えることなく、穏便に安保理の制裁決議で決着を付けようとしたにもかかわらず、日本が常任理事国でないばかりに中国に煮え湯を飲まされた。今後、国際社会においてこのような理不尽が通らないようにするためにも、全力で常任理事国の立場を確保しに行くので、国民の皆さんもあらゆる協力を惜しまないでほしい!」とナショナリズムを煽る作戦を採る。いわば、中露米による新「三国干渉」として利用するのである。

  次ぎに、アメリカである。国際紛争としては、オバマ政権誕生後の最初の試金石とでもいうべきテポドン2号発射騒動であったが、北朝鮮の軍事的脅威なんかアメリカにとっては微塵もないが、国連安保理におけるパワーゲームは、「一国主義」のブッシュ前政権とは異なり、「国際協調路線」を採るオバマ政権にとっては、国連外交は重要なファクターであるはずである。今回は、当初は、日本と共同して「北朝鮮制裁決議」採択を標榜していたが、中国からの強烈なアプローチを受け、「常任理事国の拒否権維持」という同床異夢の名分の元、アメリカの国益を優先し、さっさと日本と袂を分かって、「議長声明」にトーンダウンする線で、珍しく強硬路線をとった日本をなだめる役に回ったので、成果は「○」である。おそらく、裏で中国になんらかの「貸し」を作ったであろう。

  最後に、ロシアであるが、基本的には今回もロシアは「蚊帳の外」にあった。ロシアよりも強行に中国が拒否権発動をちらつかせたので、「1票あれば十分な拒否権に2票は不要」ということで、自分たちの拒否権を日本に高く売りつけることができなかった。私がロシアの首脳であれば、今回は、日本に賛成して日本に大きな貸しを作って、原油・天然ガス価格の低迷と国際金融危機の二重のダメージを受けたロシア経済への肩入れをさせるか、もしくは、中国に「場合によっては、日米側を裏切って中国側についても良い」と貸しを作るかのどちらかが有効な戦法だと思うので、どちらにしても、早々と日本の反対側についた作戦は拙速だったと思う。アメリカのように、日本につくと見せかけて中国についたほうが得であったと思うので、ロシアの成果は「△」である。


▼迎撃ミサイルなんてナンセンス

  したがって、これらの全ての要素の損得勘定はどうなったのであろうか? 仮に「◎」を2点、「○」を1点、「△」を0.5点、「X」を0点として勘案すると、北朝鮮が上げたポイントは2+0=2点、韓国は0+0=0点、中国は0+2=2点、日本は2+1=3点、アメリカは1+1=2点、ロシアは0.5+0.5=1点という計算になる。これを得点順に並べ替えると、日本3点、北朝鮮・中国・アメリカ各2点、ロシア1点、韓国0点という順番になる。六者協議でも、存在感の薄いロシアや韓国の点数が低いのは当然として、また、国際社会から構ってもらうためにわざと問題を起こす北朝鮮も、当初の目的を一応達することができたと思われる。もちろん、事後の安保理でももっとまともに振る舞えたものを、「議長声明」に対しても「安保理は北朝鮮に謝罪しろ!」なんて「アンポんたん」な発言をするようでは、北朝鮮が終わっていることは言うまでもない。

  一番意外だったのは、六者協議の実質的な中核である中国とアメリカの点数よりも、高得点をたたき出した日本である。今回の北朝鮮によるテポドン2号発射騒動のおかげで、積年の課題であったイージス艦の日本海での実戦配備や実質“空母”のひゅうがの実戦配備を周辺国に文句を言わせずに実現したことである。しかも、今回の「ミサイル防衛システム」論議の中で、弾道ミサイルというものの性質上、まだ加速が充分ではない(その分、撃墜しやすい)発射直後には、それが本当にわが国を狙った弾道ミサイルかどうかは判らないし、ましてや、大気圏再突入後にマッハ20程度の超高速で飛来する核弾頭めがけて当方から迎撃ミサイルで撃墜するというのは、空中を跳んでいるピストルの弾にこちらのピストルの弾を命中させるようなもので、技術的に非常に確立が悪いということが、マスコミや一般国民の目にも明らかになったことの意味は大きい。

  こと弾道ミサイルの防御法に関しては、「迎撃」という考え方はナンセンスである。北朝鮮と日本との距離を考えると、射程1,000〜1,300kmのノドンミサイルは発射後数分で日本に到達する。しかも、すでに200〜300基が実戦配備されているので、仮に8割撃墜できたとしても、数十発のノドンミサイルが日本列島に弾着することになる。本来ならば、誰かある程度の判断ができる責任者が年中無休24時間体制で監視の任に当たり、なおかつ、もし敵ミサイルが発射されたら、彼が即在に判断して迎撃命令を出さなければならないが、日本のシビリアンコントロールはそのようなシステムになっていない。総理や防衛大臣が「携帯電話の電源を切らなければならない民間航空機」に乗って移動している最中に、もし、敵ミサイルが発射されたら誰が撃墜の判断をするというのだ。事実、私は、数年前、北朝鮮が核実験を行った時と、日本海に向けて複数発のミサイルを発射した数日前に、時の防衛庁長官と個人的に面談(1回は大阪の自宅で、もう1回は平河町のレストランで)していたが、もし、その瞬間に発射されていたら、「民間人では私が最初にその情報に触れる人物になりますね」と、件の防衛庁長官と冗談を言ったものである。


▼かくして、日本は敵地攻撃能力の保有を正当化

  また、私は、米ソ冷戦時代に確立した「相互確証破壊(MAD)」理論による「核抑止」システムは、仮に一方が核兵器を使えば、もう一方も核兵器を使った報復攻撃に出るという奇妙なバランスの上に成り立っていたので、実際に核ミサイルが発射されることはなかった。しかし、北朝鮮のように、はじめから「失うもの」の無い超貧困国家や、報復対象となる領土を保有しないテロリスト集団に対しては、「核抑止」システムは機能しない。これを専門的には「非対称戦争」と呼ぶが、解りにくければ、俗に言う「金持ち喧嘩せず」vs「き○がいに刃物」の対決である。はじめから、金持ち(日米等)に分が悪い。

  そこで、こうなった以上は、「専守防衛」の概念を一部変更して、こと北朝鮮のミサイル発射基地に対してだけは、日本も「敵地攻撃能力」を保有することを認めても良いのではないかという議論が現実味を帯びてくる。さすがに「平和ボケ」の国民も、「北朝鮮がこんな無茶をする以上、致し方ない」という者が過半数になるであろう。日本は、民主主義国家であるから、国民の過半が「敵地攻撃能力」を保有することを容認するとなると、防衛省も大手を振って戦力増強できるというものである。具体的には、北朝鮮のミサイル発射基地をピンポイント攻撃できる巡航ミサイルを実戦配備するということであろう。アメリカから購入するも良し、日本独自で開発するも良し。

  巡航ミサイルの技術そのものは、すでに十カ国近くが保有している通常兵器なので、アメリカも日本の保有や開発に目くじらを立てることはあるまい(註:日本が、H2Aロケットとして実証済の大陸間弾道ミサイルを実戦配備するとなると、米ロ中ともに「脅威」と感じて、これを妨害して来るであろうが…)。日本は自力でジェットエンジンを作れる国だし、巡航ミサイル開発には欠かせないGPSを使った誘導技術は、日本では民生用の自動車にもカーナビとして搭載されているくらいだから、誰にでも使える技術である。ミサイルの飛行姿勢を一定に保つための高性能ジャイロ(高精度のミニチュア・ベアリングが必要)、なんぞは、世界中のほとんどの兵器が日本製のそれを使っているくらいだ。かくして、航続距離1,000kmで命中精度が半径1m程度の巡航ミサイルを数百基用意すれば、北朝鮮のミサイルの脅威はなくなる。何故なら、彼らのミサイルは、いつでも任意に発射できる固形燃料タイプではなく、ミサイルを発射台にセットしてから液体燃料を注入しなければならない液体燃料タイプのミサイルなので、発射台にセットした時点で、偵察衛星が察知して、それを攻撃してしまえば無力化できるからである。巡航ミサイルは、軍事施設だけをピンポイント攻撃できるし、場合によっては、「将軍様」個人を狙い撃ちにすることもできる。

  しかも、「北朝鮮のミサイル攻撃の脅威を除くため」という大義名分で巡航ミサイルを「日の本の御国の四方(よも)を守るべし♪」と実戦配備してしまえば、場合によっては、このミサイルのターゲットを中国や韓国にセットし直して「日の本に仇なす国を攻めよかし♪」としてしまえば良いだけになる。残念ながら、軍事力に裏打ちされない外交交渉などあり得ないのであるから、わずか数百億円の出費で、今後の日本の外交交渉がはるかに容易になることを考えれば、現実的な選択肢のひとつとして考えても良いのではなかろうか? というわけで、今回の北朝鮮によるテポドン2号の打ち上げ騒動で、一番得をしたのは、他でもない日本だったのである。

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