小沢幹事長の狙いは衆参同日選挙?   

 09年11月04日



レルネット主幹 三宅善信  


▼政治(家)主導とは?

  鳩山内閣成立後、初めての国会論戦が始まった。長年、与党の座に居た自民党議員と、鳩山由紀夫総理をはじめほとんどの大臣が閣僚経験のない(註:橋本内閣で厚生大臣を務めた菅直人副総理、細川内閣と羽田内閣で大蔵大臣を務めた藤井財務大臣、村山内閣で運輸大臣・橋本内閣で建設大臣を務めた亀井静香郵政改革・金融担当大臣の3名を除く)内閣の上に、明治時代の帝国議会以来続いてきた政府参考人(旧政府委員)制度(註:各省庁から指名された約300名の局長・審議官級の高級官僚。当然のことながら、自分が分掌している個別の案件に関しては、質疑を行う政治家より精通している)を廃止して、国会(各委員会)の場では、大臣・副大臣・大臣政務官といった“政治家”だけで、“野党”自民党からの意地の悪い質問に答弁しなければならないのであるから、立ち往生するケースも出てくるものと思われる。


ロシア大使館で挨拶する鳩山由紀夫代表と
三宅善信代表

  今回の政権交代を特徴づける制度変更のひとつが「政治(家)主導」であり、「政府・与党の一体化」である。従来の自民党政権では、国民から選挙で選ばれた国会議員の内のごく一部(註:衆議院議員480名+参議院議員242名=722名の内の18名しか大臣になれないので、与党議員の約20人に1人しか大臣になれない計算になる。民間からの入閣があれば、その数字はさらに減少する)だけが閣僚として政府に入り、おのおの各省庁の数千から数万人いる官僚を指揮することになるが、実際には、これまでは平均1年半ほどの大臣の任期中に、配下の官僚を掌握して手足の如く使いこなせることはほぼ不可能である。すなわち、内閣が変わっても替わっても、替わることのない官僚機構によって運営されている“政府”のシャッポに“大臣”として政治家が座っているだけである。その代わり、自民党には、政務調査会の下に“○○部会”という概ね各省庁(委員会)別に構成された“族議員”の集団があり、ここで、政治家と官僚との間の調整が行われてきた。そして、族議員は各々、各企業・団体からの“陳情”を受けて、これを各企業・団体に対する“所轄庁”たる官庁に対して要求してきたのである。これが、いわゆる「政官業の癒着」の構造を生んできたとも言える。

  ところが、民主党政権になってからは、「政治(家)主導」ということで、各省庁での基本的な政策立案の段階では、大臣・副大臣・大臣政務官といった政治家だけで会合を行い、基本的な政策を決定することになった。つまり、政策決定のプロセスに官僚を介入させないという意味である。おまけに、これまた明治時代から続いていた各省庁間の調整・連絡協議会の機能を果たしていた「事務次官会議」も廃止してしまった。さらには、さらには、自民党政権時代には、各政策に対して「与党」の側の意思決定を行っていた政務調査会に当たる機能を民主党政権では廃止し、菅直人副総理兼国家戦略担当大臣の下に一元化することになっている。つまり、大量の政治家(註:総理1名+国務大臣17名+官房副長官3名+副大臣22名+大臣政務官25名=68名)を政府部内に送り込むことによって、「政治(家)主導」を実現しようというものである。これを称して「政府・与党の一体化」というのであろう。


▼与党に一人“君臨”する小沢幹事長

  有力な政治家のほとんどが“政府”に出て行ってしまって、空っぽになった“与党”には、ひとり小沢一郎幹事長が“君臨”することになった。「空っぽ」とは言っても、衆参合わせて約360名もの「無役の国会議員」が小沢幹事長の“管理下”となったのである。先述したように、自民党政権時代には、各企業・団体からの“陳情”は、族議員が支配する各部会を通して各省庁に伝達され、あるいは、有力政治家を通じて直接各省庁を動かしてきたが、今回、小沢幹事長は、「今後、直接の“陳情”は禁じる。一切の“陳情”は幹事長室を通じて行うこと。これらの“陳情”を幹事長室が仕分けして、政府へ伝達する」という通達を民主党議員に渙発した。これを称して「政府・与党の一体化」というのであろうか…。

  つまり、「個別の議員が、各企業や団体からの陳情を各省庁に斡旋(あっせん)して、族議員としての旨味を吸おうという構造を禁止する」と言えば聞こえは良いが、言い換えれば、「自分一人がすべての旨味を独占する」という宣言そのものでもある。当然、長年、「野党」という冷や飯を食ってきた民主党ベテラン議員たちからは、「今度こそ俺たちが“与党”としての旨い汁を吸う番だ!」と思っていただろうから、大反発を食らう――現時点で、小沢幹事長の権勢に逆らえる議員は居ないが、このことは必ず怨念となって燻(くすぶ)り、時が来たら「反小沢」の動きとなって、近い将来、必ず顕在化する――であろう。


民主党のパーティで挨拶する
鳩山由紀夫代表と三宅善信代表

  さらに、民主党内の“反小沢”の旗頭と見られていた仙石由人行政刷新担当大臣が管掌する行政刷新会議の国会議員による「事業仕分け」チーム32名――総括役は、仙石大臣と同じグループの枝野幸男元政調会長――が、10月22日にいったん決定し、鳩山首相が「皆さん必殺仕分け人としてしっかりと無駄な予算を切ってください」と直々訓示したにもかかわらず、あとから小沢幹事長が「俺は聞いてねぇ!」の一言で、1回生議員や小選挙区で落選したが比例で復活当選したベテラン議員たちも、「無駄な予算」同様に「切られて」しまい、「必殺仕分け人が仕分けられる」という体たらくとなった。このことで、「事業仕分け」チームは、32名の大所帯――政府チームの約半数――から、わずか7名の簡素な所帯にダウンサイズされてしまった。しかも、小沢氏からこのような“横槍”が入ったにもかかわらず、あろうことか仙石氏から小沢氏に対して「…党所属議員のマネジメントについて想像力が欠けていた。配慮が足りず申し訳なかった…」と謝罪したというのであるから、民主党政権が小沢氏によって完全に“支配”されたということが誰の目にも明らかになった。


▼衆院300議席は不要、250議席で十分

  小沢氏は「僕らのように何十年も議員やっている者が見ても、なんのことやらサッパリ解らないこんな分厚い予算書をパッと見ただけで問題点の判る新人議員なんて居るはずない。それよりも、新人議員は再選されて一人前だ。“小泉チルドレン”の末路を見たら解るだろう」と曰(のたま)ったとそうだ。この言葉が意味するところは、前段の部分ではないことはいうまでもない。私自身の経験からしても、団体の役員を何十年していても予算書が読めない人も居れば、初めて見ても、その意味するところがたちどころに理解できる人も居る。たとえ新人議員であったとしても、もし彼が直前まで財務省に務めていた官僚だったなら、予算書なんぞたちどころに読める(「数字」の意味するところが理解できる)であろう。だから、ここで大事なことは、後段の部分であることは明らかである。

  つまり、「新人議員は再選されて一人前」という部分である。巷間、この鳩山内閣は「せっかく300議席という圧倒的な議席を得たのだから、その300議席という数を最大限利用するために、当然、4年間は解散総選挙を行わずに行くであろう」という予想があるが、この推測は完全に間違えている。皆さん、4年前の「小泉郵政選挙」を覚えているであろう。小泉総理は、『郵政改革法案』が参議院で否決されたにもかかわらず、衆議院を解散するという「憲法違反」紛いの手に打って出て、しかも、マスコミまでその『小泉劇場』というポピュリズムに乗せられて、今回とは正反対の300議席を獲得したことを覚えておられるであろう。当時の連立与党の公明党を併せて憲法改正の発議までできる衆議院の三分の二議席を確保しながら、小泉氏から禅譲された安倍内閣時代に参議院選に破れ、「衆参ねじれ」状態が現出し、以後、福田内閣・麻生内閣と、実質的には何もできなかったことは、まだ記憶に新しいであろう。その結果として、戦後政治史上“初”の本格的政権交代に至ったのである。前回の総選挙で大量に誕生した“小泉チルドレン”が悉く落選して、自民党の議席数が約300議席から119議席へと激減したのである。これが、小選挙区比例代表並立性の恐ろしいところである。

  ここでのキーワードは、「(衆議院)300議席は不必要」ということである。たとえ、衆議院で400議席を占めたとしても、参議院で過半数を1票でも割り込んだら、「衆参ねじれ」国会になって、国家の意思決定が著しく支障を来すということである。定数480議席の衆議院なんて、250議席あれば十分である。ということは、現在の308議席の内、実に60議席近くは「あってもなくても良い」議席だということである。それよりも、来年(2010年)7月の参議院議員選挙を如何に圧勝するかのほうが重要である。なぜなら、任期6年の参議院は、3年ごとに半数改選という制度を採っているので、2010年の参議院選挙で大勝ちしておけば、仮に2013年の参議院選挙で少々負けても、2010年の“貯金”が効いて、6年間は過半数を維持し続けることができるからである。


▼来夏の参議院選挙に勝てる保障はない

  おそらく、今回の衆議院総選挙で落選した自民党の“大物”議員たちは、比較的高齢の議員が多いので、4年後には捲土重来を期す目はないであろう。また、たとえ今回当選した自民党議員たちの中でも、長年、与党の巧い汁を吸ってきた議員たちは、野党生活に耐えかねて――選挙運動や政治活動に掛ける資金は、与党の族議員として得られる諸々の利得によってカバーされることが織り込み済みだから――、自民党を離党して、民主党や国民新党のほうへ移動してしまう者が出ないとも限らない。そこで、自民党サイドとしては、「とても4年間も待てない」という今回落選した前衆議院議員を大量に、来年夏の参議院議員選挙に立ててくることが予想される。

  なぜなら、小選挙区制の衆議院とは異なり、参議院はその選挙区が都道府県単位と大きいので、知事選挙同様、選挙民にかなり名前と顔の知られた人物でないと当選することが難しいからである。かつて、参議院に「タレント議員」が多くいたのも、このような理由からである。しかし、現在のご時世、「タレント議員」なんて立てようとしたら、かえって選挙民から総スカンを食うことは、東国原宮崎県知事の衆議院選挙出馬に関するゴタゴタで明かであろう。第一、凋落してゆく自民党のために「人寄せパンダ」になってやろうなんて、タレントが居るとも思えない。そこで、手っ取り早く「即戦力」になれる前衆議院議員を大量に参議院選挙に立候補させるという作戦を取ることになるであろう。

  今回、圧勝した民主党が、来年夏の参議院議員選挙に必ず勝てるという保障なんて何処にもない。一年前、あれほど熱狂的なブームを呼んだオバマ大統領だって、一年経ったら、支持・不支持が拮抗してきたではないか…。また、小泉郵政選挙で30議席の大勝ちをした次の参議院選挙で大敗を喫し、小泉政権に続いて本格的長期政権が予想された安倍政権があっという間に退陣に追い込まれたではないか…。つまり、「衆議院総選挙直後の参議院選挙は魔物だ」ということである。わが国の政治文化的風土では、有権者にも、妙な“バランス感覚”が働いて、どちらか一方だけを大繁盛させることへの生理的嫌悪感がいつ機能しないとも限らない。いわゆる“追い風”がいつ“逆風”になるか判らないということである。


▼衆参ダブル選挙こそ小沢氏の狙い

  そこで、小沢氏にとって、この自民党の息の根を止め、民主党を完全に掌中に治め、なおかつ、事実上、公明党を国政の場から退場させられる「一石三鳥」の妙案こそが、2010年7月の「衆参同日(ダブル)選挙」なのである。投票率が上がるダブル選挙が大政党にとって有利であることは、過去のダブル選挙――衆参ダブル選挙に限らず、統一地方選挙や都知事選挙などとのダブル選挙――でも実証済みである。本来なら、過去においても、また、今夏の衆議移送選挙の際にも、麻生政権は「ダブル選挙(この場合、都議会議員選とのダブル)」を選択すべきであったが、絶対にダブル選挙はしたくない公明党に押し切られる形で、自公連立政権十年の歩みの中で、そのオプションは堅く封印されてきたのである。自公政権時の自民党議員の大半は、創価学会の「F取り」(=組織的集票活動)なしには選挙を戦えない体質になってしまっていたからである。何も、私は、宗教団体による政治へのコミットを否定しているのではないことを了解いただきたい。否、むしろ、創価学会を含めて、宗教団体による政治への積極的なコミットを推奨しているくらいであることは、日頃の私の活動からも明らかであろう。

  ただ、現時点で、小沢氏が取り得る最高の戦略として、来年夏の「衆参ダブル選挙」が最良の作戦であると申し上げているのである。たとえ衆議院議員の議席数が30〜50議席減少しても構わない。参議院選挙にさえ圧勝すれば…。おそらく、実際には衆参ダブル選挙の相乗効果で、衆議院を280議席ぐらい確保しながら、参議院の改選議席数を現有(2004年選出分)の約50議席を約70議席に伸ばせば、今回は非改選(2007年選出分)の60議席と合わせて、参議院の過半数(121議席)を大きく超える130議席となり、民主党単独で衆参両院とも過半数を占め、あと4年間(2014年まで)は政権が安泰なのである。もし、この目論見が巧く行ったら、この国の政治的なシステムをそっくり小沢氏の思いのままに変えることができるであろう。約80名の小泉チルドレンの代議士たちは、1回生議員として4年間その地位にあったけれど、今となっては、政治的にはほとんど無価値な存在となり果ててしまった。しかし、もし、この小沢氏の作戦どおりにことが運べば、100名を超す小沢チルドレンは、わずか10カ月間にして早くも2回生議員になれる訳である。

  国会議員たるもの、新人の1回生であろうが、超ベテランの10回生であろうが、投票するときは「1人1票」で完全に平等である。また、発言する時だって、それぞれが有権者の付託を受けて国会議員に選出されて来ているのであるから、新人もベテランもクソもない。もし、多数の議員の支持を得られるのなら、当選1回目の代議士だって総理大臣になってもおかしくない。つまり、新人議員とベテラン議員を差別するのは完全に間違っている。しかし、いつ選挙があっても当選することができるという「選挙に強い体質」を鍛えておくことは、政治家にとって最も大事な要素であり、今回はじめて国会の赤絨毯を踏むことになった数多の小沢チルドレンにとっては、法案裁決時の「自分は単なる投票要員である」ということを自覚して、できるだけ永田町を離れ、この夏の「政権交代選挙」の興奮が冷めてしまわないように、1年掛けて地元選挙区を「お礼の挨拶に来ました」と回って、できるだけ選挙民に顔と名前を覚えて貰うことが必要である。なぜなら、次の衆議院議員総選挙がわずか8カ月後に迫ってきているからである。と考えれば、今回の小沢一郎民主党幹事長の振る舞いのひとつひとつに合点がいくであろう。

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