タイミングが良すぎる「不審船」騒動     
             
1999.3. .24

レルネット主幹 三宅善信


わざと「取り逃がした」不審船

昨日から今日にかけての日本海における「不審船追跡騒動」のニュースによって、国民の目が久しぶりに自衛隊に向けられた。90年代に入ってからでは、初の海外派遣活動となったカンボジアにおける国連PKO(平和維持活動)ならびに、阪神淡路大震災時の災害派遣活動以来のことであろう。現在、国会では、金融信用秩序維持と景気回復を最優先課題としたなりふり構わぬ平成11年度「水膨れ予算」が通過し、焦点が「新ガイドライン(日米防衛協力指針)関連法案」に移ったところだった。そのタイミングで、文字通り「周辺事態」が発生した訳である。



不審船


事態の詳しい経緯は、時事刻々メディアで報道されたので、あらためて紹介するまでもないが、1954年の創設以来、世界史上にも稀な「戦うことを目的としない軍隊」である自衛隊が、威嚇(停船警告)とはいえ「敵(不審船)」めがけて127ミリ砲の実弾射撃や150キロ爆弾の投下という「実戦」を体験したのである。夜陰の中、しかも高速走行中のため相当揺れたであろうと考えられる艦船上からの威嚇発射は、一歩間違えれば、相手に命中してしまう危険すらある中を、わざとすれすれに外す(大きく外れたのでは威嚇にならない)のも相当な技術がいるであろう。本来の目的であったはずの2隻の不審船を「取り逃がした」にもかかわらず、防衛庁内は「戦勝ムード」に浸っているそうである。素人考えでは、いかにエンジンを改造しているとはいえ、小型の偽装漁船を、一隻1,200億円もする最新鋭のイージス艦(コンピュータやレーダー設備満載のハイテク艦)他、航空機まで出動しながら「取り逃がした」はずなのに…。

ということは、わざと「取り逃がした」としか考えられない。いかに「不審船」が高速(時速35ノット=時速約65キロ)だったとはいえ、こちらは、乗組員の顔が解るくらいの写真まで航空機から撮影している(飛行機より早い船はない)のだから、「不審船」を停船させることはおろか撃沈することだって容易にできたはずである。しかし、それをしなかったのは、もし、北朝鮮(と考えられる)の工作員を逮捕したりしたら、関わりたくもない(日朝交渉は、日本側には具体的なメリットはほとんどないので、日本政府としては、かつての東欧の社会主義諸国同様、北朝鮮の現体制が崩壊してからゆっくり国交を開いたほうが得)北朝鮮政府と交渉しなければならなくなるし、逮捕者の警備も大変(拘留中の工作員に自害でもされたら人権問題になりかねない)だし、日本国内で奪還のためのテロ活動でもされたりしたら、それこそ本末転倒である。ともかく「金持ち喧嘩せず」だ。相手は失う物がないが、こちらはつまらんことで、怪我をしたら損である。そこで、わざと「取り逃がした」のである。漆黒の中を一晩中追いかけ回したあげく、夜が明けたら「日本の防空識別圏から出たので追跡を中止した」などと、 もっともらしい理由をつけたが、「不審船」がどこの国の港に戻ったかなんか、米軍の偵察衛星からバッチリ見えているわけだから…。



イージス艦


どこまでが「日本周辺」なのか?

それに、「防空識別圏」などという国際法上なんの根拠もない「線」に基づいて行動を根拠づけているのも変だ。国際法によって自国の警察権が認められている「領海(海岸線から12カイリ)」や公海上の「200カイリ経済独占水域」とは異なり、日本の周りをぐるりと取り巻く「防空識別圏」の図面がテレビで紹介されていたので、ご覧になられた読者の多いであろう。北海道の東部などは、日本の目と鼻の先(いわゆる「北方領土」は含まない)までしかないが、逆にロシアの沿海州沖は、シベリア大陸の数百キロ沖合まで日本の「防空識別圏」ということになっている。「仮想敵国」のいない(民間航空機および米軍機しか飛ばない)太平洋側にいたっては、あるのかないのか判らないくらいいい加減な防空識別圏の線が引かれている。朝鮮半島の東側の日本海(韓国ではこの海を「東海」と呼んでいる)や、東シナ海などは、それぞれの当該国とのバランスでかなり意図的な線が引かれているが、いずれにしても、日本の「防空識別圏」は、日本側で勝手に決めたものである。しかしながら、今回、「防空識別圏を超えたところで追跡を中止した」ことは、日本の「周辺」の範囲を巡って神経を尖らせている中国 に対して、日本側からの無言のメッセージ(日本政府は、どこまでを「日本周辺」と考えているか)を送ったことに違いない。

政府・与党は、ガイドライン関連法案の審議に弾みがついて大喜びだ。これで、野党も反対しにくくなった。昨年夏の弾道ミサイル「テポドン」発射騒ぎの時、いつになく、国民を挙げて北朝鮮のやり方を批判する世論の一致が形成され、その結果、食料支援やKEDO(朝鮮半島エネルギー機構=核兵器開発に繋がり易い「ソ連型亜鉛転換炉」から、「軽水炉」への北朝鮮の原子炉の仕様変更支援プログラム)支援を中断していたが、先頃のニューヨークにおける米朝協議(核査察受け入れの見返りとして70万tの食料支援を得る)決着によって、日本にとってはしたくない北朝鮮支援再開圧力が高まってきた時期に、今回の事件発生である。これで、当面の「支援再開延期」の大義名分ができたし、ガイドライン関連法案の国会早期通過も決まったようなものである。



対潜哨戒機


海上保安庁(運輸省)も自衛隊(防衛庁)も大喜びだろう。役人の習性として、組織維持の自己目的化と予算獲得枠の拡大の二つが挙げられるが、2000年を最後に、建設省や国土庁と統合される運輸省およびその外局である海上保安庁や気象庁などは、規模縮小(行革)が当然視されていたのが、役所としての存在理由を誇示できた。防衛庁も、景気回復最優先の「水膨れ予算」の中、景気波及効果があまり期待できず、予算を増額してもらえない上に、昨年来の防衛施設庁調達実施本部とNECなどの防衛関連企業との癒着問題で「黒星」が続き、士気が低下し、相対的には獲得予算のパーセンテージが下がっていた正面装備の予算枠の拡大を声高に主張できるようになった。これじゃまるで、「オウム真理教事件」の結果、行革されずに済んだ公安調査庁(法務省)や、宗教法人に対する監督権限が増大した文化庁(文部省)が「麻原彰晃様々」なのと同様、「金正日様々」の焼け太りだ。


▼軍事オペレーション

実は最近、4年前まで公安調査庁の調査2部長(対外情報収集の責任者)であった菅沼光弘氏から国連協会で話を伺う機会があった。同氏は長年、対ソ連・中国・北朝鮮の情報に関わっていた専門家中の専門家である。昨年夏のテポドン騒動以後の在韓米軍や第七艦隊の動きや、海岸から100メートル以内の所に数十基設置されている日本の原発への北朝鮮工作員の破壊工作活動の可能性や日本政府の対応について、縷々説明を受けたばかりなので、今回の「不審船」事件は、興味深く観察することができた。

核査察に向けた米朝協議が一応終結し、20日には、韓国の北朝鮮への「包容政策」を追認した日韓首脳会談(金大中・小渕会談)が終了したばかりの、なお、欧米各国の目はコソボ情勢に集中しているこのタイミングを選んで今回の「不審船」事件が発生し、日本政府側がうまくこれを「周辺事態」へと持っていったことの意味は大きい。能登半島沖で海上保安庁が拿捕すれば、単なる「警察行動」であったものを、丸一日かけて日本海中を追いかけ回すことによって、発足以来の「禁じ手」であった海上自衛隊に対する『海上警備行動( 自衛隊法第82条 :長官は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる)』という軍事オペレーションを正当化することができた。

最後に、「不審」の意味であるが、『広辞苑』によると、つまびらかでないこと。確かには判らないこと。疑わしいこと。嫌疑を受けること。不安に思うこと。等々である。まさに「李下に冠を正さず」である。そうこうしている内に、コソボ情勢が怪しくなってきた。こちらは「本物の戦争」である。この件については、あらためて筆を取りたい。

戻る