権威(テレビや新聞)の主張を盲信するな 
       02年09月08日
   三阪和弘 (神戸大学大学院国際協力研究科)


 テレビのドキュメンタリー番組では、時折「やらせ」があることは広く知られている。それでは、ニュース報道ではどうだろうか。

 これについてはかなり限られていると思うが、全くないとは言い切れないだろう。それでは、誤報道についてはどうだろうか。これについては悪意はないにしても時折ありそうである。

 誤報道は取材が十分でないことの他に、その分野に対する専門性が欠けていることによって時折生じるようである。

 各テレビ局や新聞社には数多くの優秀な記者がいる。しかし、この世の中で起こっている現象は数限りなく、すべての分野を満遍なく網羅することは不可能である。それでは、テレビの視聴者や新聞の購読者はそのことをどこまで割引いて、それらの情報を受容しているのだろうか。

 普段の生活で特定分野の専門家に接する機会がなく、専門的な知識にも欠けており、自分達の関わる分野が取材対象になることがほとんどない一般人にとって、マスコミから流される情報の真偽を確かめる手段はない。


 大学教授等の特定分野の専門家によると、自分の関わる分野では、何と誤報道が多いことかと思うそうである。しかし、そのような専門家であっても、自分の専門分野以外では、誤報道には気づかないそうである。

 このことは各分野の専門家の目から見ると、マスコミ報道は誤報道が頻発していることを示唆しており、それらの情報を無批判に受け入れることの無防備さを物語っている。

  我々は一流新聞やテレビ局から流される情報をもとに、多くのことを吸収している。そのことは紛れもない事実である。しかし、マスコミにも限界があり、すべて正しいことを報道していると安易に信じることも同様に危険であることを認識すべきである。


 一般人である我々にとって、情報の真偽を確かめることは困難である。しかし、少数の情報源に依存することを止めれば、誤りに気づく機会も増えるのではないだろうか。その際できる限り、多方面の主張に耳を傾けた方が望ましい。

 なぜなら、専門家であっても背景に背負っているもので100%正しいことを主張できるとは限らないし、また故意ではなく、純粋に間違うことも有り得るからである。それと同様に、大新聞、大テレビ局であっても100%正しいことなんて有り得ないのである。

 このように当然といえば当然といえることをわきまえると、権威の主張を盲信することは無くなると思うのだが、いかがだろうか。


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