映画『ラストサムライ』を斬る
――これは「サムライ」についてのアメリカ人による一解釈にすぎない 
03年12月31日
萬 遜樹



▼これが感動作か、それとも私がおかしいのか

  映画『ラストサムライ』を観た。相当に良い映画だと聞いたからだ。とりわけ、若い日本人や海外(主にアメリカ)在住の日本人からは絶賛の声が続々とインターネットに書き込まれている。曰く「感動した」「8回観ても涙が止まらない」「忘れていた日本人の魂、武士道の心を思い出させてくれた」などなど(例えば、 http://iam.gonna.jp/archives/000345.html )。これは異常なほどの盛り上がり方ではないか。そこで、私も感動を味わおうと映画館に出かけた。

  結果は自分の感性を疑いたくなった。私の正直な感想は凡庸な映画だったということに尽きる。インターネットの感想コメントで多く述べられているように、確かに日本人を描いたハリウッド映画としてはなかなかこなれている。それなりにだが、私も日本を舞台とした映画を楽しめた。また、殺陣や戦闘シーンなど迫力ある見所がいろいろとあり、娯楽映画としては不満なものではなかった。いや、おもしろかった(このことは強調しておきたい。私が言いたいのは映画そのものではなく、その観方についてである)。

  しかしながら、涙なしには見られない一大感動作だとは思えないし、前に引用したような大袈裟なコメントは私にはとてもじゃないが出てこない。私は日本人としておかしいのだろうか、と自らを詰問するばかりだ。では、「感動した」と繰り返す日本人は何にどう感動したのだろうか、と考えたくなった。これがこの一文を書くことにした私の動機である。


▼日本人の感動はどこからやってくるのか

  感想コメントを読むと、ストーリーを明治初期の日本人の精神史として肯定している意見が多い。歴史の事実として違っていても、日本人の精神史としてはほぼ正しいという主張だ。しかし果たしてそうだろうか。精神的にだが、時代とその変化に無縁の「理想的な武士村落」に住む日本人があり得ただろうか。ここで言う「時代」とは、明治維新だけを指すものではない。二百数十年の江戸幕府という時代も含めてのことだ。

  事実としての不平士族の反乱は、現代日本人が理解する「伝統」や「名誉」を守るためのものではなかった。それは何より現実生活上の必要に迫られてのことだった。髷を落とすことや刀を捨てることは確かに士族の名誉を傷つけたが、それ以上に徴兵令による特権身分(士農工商)の解体や家禄の停止こそが彼らを反乱に導いた真因だった。一部を除き、反乱は旧藩単位での決起だったし、西南戦争の薩摩軍も身分への固執や新政府内での人事への不満(藩閥闘争)がその挙兵の「気分」(「理由」ははっきりしない)であり、少なくとも日本人の伝統を守るための戦いではなかった。

  「歴史的事実にはこだわらない」というのが皆さんの流儀のようなので、ストーリーでの争いの理由だけに絞ろう。しかしこれがはっきりしない。渡辺謙が演じる勝元たちの望みが何だったのかが明確になるのは、ラストで若き明治大帝が宣う「日本は技術と大砲と洋服を手に入れた。しかし、歴史と伝統と文化を同時にしっかりと守って行かねばならん。朕の思いはそこにある」というセリフによってである。それだけのために勝元ら「最後の侍」たちは死んだ。日本的な自己犠牲による死(これを拡張解釈して「イラク派兵論」に結びつけるバカもいる)、そして死した敵軍の将への礼節。これが感動の理由であろう。

  しかし、こんな日本的なドラマは時代劇や戦争映画などにいくらでもあるではないか。だから凡庸だと言ったのだ。実はこの映画は「日本人」にはリアリティーがない。しかし、おそらくここにこそ、現代の日本人が感動する秘密がある。時代劇なぞ見なくなった日本人はアメリカ人程度にしか日本がわからないのだ。それでも、日本人としての記憶はうっすらとある。それがこの映画によって電撃的に刺激され、自らの中に眠っていた理想的な日本人像やその精神(「武士道」など)が呼び起されたと錯覚するのだ(日本人が日頃どれほど日本を勉強していないかの証左である)。


▼「サムライ」はアメリカ人のジャパニズム

  この映画はやはりハリウッド映画なのである。アメリカ人のジャパニズム(日本趣味)で出来ている。新旧、つまり近代化と伝統との対決を真に描きたいのなら、モデルにした西南戦争(後述)と同じく内戦であった南北戦争を範にとるべきなのに、明らかに対インディアン戦争が下敷きに置かれている。「吉野」の山奥にあるという武士村落の全景は『ダンス・ウィズ・ウルブズ』でのインディアン部落にそっくりだ。最後の決戦は騎兵隊とインディアンとの西部劇だし、結局は「滅びの美学」を描き出したいだけであり、結果としてわが西南戦争を矮小化・戯画化している(もしこのことに気づかないなら、あなたは日本を学び直す必要がある)。

  トム・クルーズ演じる主人公の日本到着シーンでの巨大すぎる富士山、京都・知恩院で撮影された石段を登った奥にある神秘的な皇居とそこに住まう天皇という設定、初めての戦いでの敗軍の将の切腹と介錯、村祭りでの忍者部隊の急襲など、すべて日本趣味であることは言うまでもない。武士村落での生活にも無理がある。千年の歴史を超える寺、そこで「般若心経」を読経する武士の頭領(奥州藤原氏、あるいは鎌倉武士がモデルか)。突出した存在感の刀鍛冶屋。のべつ幕無しに武術訓練に精を出す侍たち(一方の生活は、道でひれ伏す農民たちが支えてくれているようだ)。それに、兜・鎧の出立ちや戦闘の様子はどう見ても戦国時代のものだ(桶狭間か)。その他の「日本文化」をとってもいくつもの時代が錯綜・凝縮され、人々の生活に「ジャパン」が詰め込まれ過ぎていて、かえって不自然だ。

  この映画は、アメリカ人がイメージし理想化した最後の「サムライ」(実際の「侍」ではない)を描き出したフィクションなのである。無論、この村は日本のどこにもなかった「ネバーランド」(=ユートピア)である。主人公が体験する村での生活は、ちょうど小泉八雲の日本名を持つラフカディオ・ハーンが思い込んだ欧米人の「日本」である。早い話、おとぎ話なのである。この映画の中に、日本人の現実にあった日本を観ようとするから、錯覚が起きたのだ。私たちもアメリカ映画を観てはいつも錯覚している。しかし、自画像として錯覚することはそれとは違うことだし、危険でさえある。当の日本人が本当の日本を誤解し、かえってそこから遠ざかるからだ。

  アメリカ人にとっては、ジャパニズムは適当な異文化体験である。個人主義や利己主義を是とする人々には、滅私奉公の自己犠牲がちょっとした驚きであり、カタルシスともなるだろう。だが、日本人にとっては違う。この映画に感動できる日本人とは、哀しいかな、アメリカ人のジャパニズムを通してしか日本を見られなくなっているということであり、「異文化としての自文化」を見出したという笑うに笑えない現代の皮肉なのだと私は思う。


▼アメリカ人による西南戦争の解釈と日本人の歴史

  すでに述べたように、この映画のモデルは西南戦争である。だから、これは「アメリカ人による西南戦争の一解釈」とも言えよう。ただし、アメリカ人のために作った作品だ。内戦ではなく、最後の対インディアン戦のように描いてある。その「インディアン」の血(=武士道)を引くのが私たち日本人だというわけだ。表面的には敬意が払われているが、「野蛮人」を見下す深層にある文明論的な視線は失われていない。それが「珍しいもの」を見るジャパニズムである。

  「勝元盛次」は西郷隆盛である。その名は応仁の乱の東軍主将・細川勝元からだろう。大久保利通とともに若き明治天皇を担いだことから「天皇の師」とも設定したのだろう。「元老院」として出てくるが、これは西郷が筆頭を務めた参議たち、明治維新の元勲による御前会議のことだ。勝元が西郷だから、「吉野」は実は薩摩であり、その村落は「私学校」なのだろう。対抗する「大村」は宰相の立場だが、その名は官軍参謀長の大村益次郎の名からだろう。また、西郷との対立から大久保利通がモデルと思われるが、事実、西南戦争での官軍の総指揮は大久保が当たった。それに、その後継者・伊藤博文のキャラクターが加えられていると思われるが。

  最後に、西郷の死について述べておこう。最後の士族反乱・西南戦争は西郷の死で終わった。だからこそ、この映画でも勝元(=西郷)は自害しなければならなかったのだ。西郷の死は官軍も悼んだ。官軍の将・大久保は西郷と同じ薩摩藩出身でかつての盟友だった。弟の西郷従道、従兄弟の大山巌は官軍に留まっていた。その国民的な人気は、ついに「賊軍」の将を赦し、上野公園に銅像が作られ、今に至っていることは周知のことである。あの感動のシーンは、日本人にとっては自死した敵軍の将への一般的な礼節ではなく、あの西郷翁への敬愛なのである。最大の元勲にして最大の反逆者、この大いなる矛盾を呑み込んだ大西郷への愛はなるほど日本人のものである。

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