イラク日本人人質事件の展開―事件は狂言か 
萬 遜樹

 事件は意外な展開を見せ始めた。サラヤ・アルムジャヒディン(イスラム戦士軍団)と名乗る犯人集団は、イラク・イスラム聖職者協会(スンニー派)の要請を受け容れ、人質3人を解放するというのだ(12日午前1時現在、まだ解放されていないが)。そしてもう1つ。狂言疑惑だ。

 自衛隊の撤退を迫る犯人集団はなぜ、かくもあっさりと人質解放を決めたのか。解放声明文(下記参照)を見ると、高位聖職者の勧告、またイスラム聖戦の正義・大義から、無辜の民間日本人は解放すべきだとの見解に達したように読める。では、自衛隊撤退という当初要求はどうなったのか。それは日本人民が日本政府に要求しろとある。何と寛大で迂遠な革命要求であろうか。

 声明文には一切触れられていないが、日本政府から億単位の身代金が動いたことは確かだろう。ファルージャ包囲の米軍から何らかの代償を受け取った可能性もある。あるいは、日本国内での救出運動、とりわけマスコミ報道と街頭での市民活動の盛り上がり、さらに国際的な反響の大きさが、犯人集団をいく分か満足させたのかも知れない。詰まる所、自衛隊の即時撤退要求はそれほど根本的なものではなかったのではないかと思わせるのだ。

 一方、事件は自作自演あるいは共謀の狂言だと言う見方が出ている。その根拠として、例えば、アルジャジーラ放送のビデオで、音声がカットされている部分は読唇術によると日本語であるとか、武器取り扱いの未熟さ、その場では不釣り合いなロケットランチャーを持っていることなどが指摘されている。だが、ヨーロッパ放映のビデオでは、日本版では編集されている、犯人が刀剣を人質の喉元に当て、悲鳴が聞こえる緊迫感ある映像が流れている。一概に演技だとは断じにくい。

 しかしながら、これら以外にも不自然なことが数多くあることも事実だ。まず、イラク人以外の者の関与を思わせることとして、初めの犯行声明文にはコーランからの引用がなく、また西暦のみを使用していること。解放声明文は、イラクでは普通使わないファックスによる連絡であること。それに、アルジャジーラへ送られたビデオはイスラム圏では売っていない最新高級ビデオカメラで撮影された上、AP通信社にはCDでビデオデータが送付されている。

 事件が仕組まれたものであり、特定の情報に基づくものであることを思わせることとしては、これまで無名だった組織による犯行であること、3人はヨルダンからイラクへ入国した後すぐに拘束されたこと、拘束後わずか1日でアルジャジーラで犯行声明ビデオが放送された手際の良さなどが挙げられる。それから、なぜこの3人がという大きな疑問がある。フリーカメラマン、18歳のフリーライター(市民運動家見習い)、女性ボランティア活動家。共通点は自衛隊派遣反対であり、かえってこの3人を人質とする理由はない。他に人質にふさわしい日本人はいくらでもいたのだ。

 さらに、アメリカではなく日本を狙い撃ちにした事件であることとしては、犯行声明文に仇敵であるアメリカへの非難、韓国など他の同盟軍への言及が全くなく、自衛隊撤退のみを要求していること。最後に、決定的なことだが、解放声明文の内容が日本国内事情に詳し過ぎること、また小泉政権打倒を解放の条件として直接日本国民に訴える異様さ。日本人が近くに居ることを強く思わせる。かつての日本赤軍が一枚噛んでいるのではとさえ想像させる。

 以上のように、人質自身が自作自演したり犯人集団と共謀しているとは思わないが、これらのことは犯人集団と共謀する日本人の存在を示唆している。日本の国内政治に強い関心を持ち、イラクへの自衛隊派遣に強硬に反対する勢力だ(どこか、中国や韓国に日本国内ニュースを流し、それをネタに日本政府に揺さぶりをかけさせる勢力に似ている)。彼らだからこそ、この3人の行動情報を入手できたのだとも考えられる。それ故に「自作自演」との表現も飛び出したのだ。

 最後に、人質家族について述べておきたい。テレビ会見を見ていて国民が不思議に感じたのは、今回の国家的な面倒を引き起こした身内について、詫びが誰からも一言もないことだろう。むしろその堂々たる言動に圧倒されたのではないだろうか。前号で関西学院大学ワンダーフォーゲル部の遭難について触れたが、3人はイラク入国の意図はともあれ、同様に国家と国民にたいへんな苦労をかけているのだ。まず詫びがあって然るべきだろう。

 会見はまるで北朝鮮拉致事件と同種の被害者家族かのように進んだ(これはテレビ局の不見識が問われなければならない)。また、拉致家族でさえ長年実現できなかった外相との面談に飽きたらず、首相への直談判さえ要求するとはどういうことだろう。被害者と同様、家族も言わば「確信犯」なのである。例えば、まだ未成年のわが子を保護すべき両親が、政府警告を無視して息子の生命の危険を承知の上で戦争下のイラクへ送り出しているのだ。それでいて、「自衛隊を撤退させて、息子の命を救ってくれ」とはあまりにも身勝手なのではないだろうか。

 しかし、今はともあれ、3人の無事救出を祈ろう。真相はやがて明らかになると信じたい。

*  *  *
イスラム戦士軍団の解放声明文
(カタールの衛星テレビ、アルジャジーラが伝えた「サラヤ・アルムジャヒディン」の声明文全文)

神の御名において
 われわれは、日本政府が拘束された3人の人質について、自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを強い痛みを持って聞いた。これにより、われわれは、日本政府に代わって日本国民の生命を守る完全なる正当性を与えられた。日本政府は、自国民への最低限の尊重の念を持ち合わせていないようだ。いわんや、日本の首相の発言を拒否するイラク国民の生命を尊重するだろうか。われわれは、この政治家は、自国民とその意思を尊重せず、戦争犯罪者ブッシュ(米大統領)に仕えていると確信している。広島、長崎に原爆で大量殺りくを行った米国は、同じことを、いや、国際的に禁じられている爆弾によってより残虐な形で、抵抗しているファルージャに対して行っていると言っている日本の街の声にわれわれは耳を傾けた。
 われわれは、イラクの抵抗は、いかなる宗教、人種、党派に属していようとも、あるいは責任者のレベルであろうと、平和な文民の外国人を狙ったものではないということを全世界に証明するため、また、今晩、マスメディアを通じて呼び掛けを行ったイラク・イスラム聖職者協会の原則、純粋性、勇気を信頼して、また、われわれの独自の情報源を通じ、当該日本人(人質3人)は、イラクの人々を助けており、占領国への従属に汚染されていないことを確認した。彼らの家族の痛みと、この問題への日本の人々の立場にかんがみ、われわれは以下の通り決定した。
 (1)イラク・イスラム聖職者協会の要請に直ちに応え、3人の日本人を、神が望むならば、今後、24時間以内に解放する。
 (2)いまだに米国の暴虐に苦しんでいる友人たる日本の人々にイラクにいる自衛隊を撤退するよう日本政府に圧力をかけるよう求める。なぜなら自衛隊の存在は不法なものであり、米国の占領に貢献するものであるからである。
 神は偉大なり、勝利するまでジハード(聖戦)にささげる。

 ヒジュラ暦(イスラム暦)1425年サファル月19日
 西暦2004年4月10日

サラヤ・アルムジャヒディン

(出所:毎日新聞サイト 2004年4月11日記事)

戻る