凧上げと羽根突き--陰陽五行説による正月
萬遜樹 E-mail:mansonge@geocities.co.jp
正月の代表的な遊びと言えば、凧上げと羽根突きである。こま回しやまりつきは正月以外でも行われるが、凧上げと羽根突きは正月だけの遊びなのである。実は、この二つの遊びは陰陽道を踏まえた正月の魔術なのである。特に凧上げは陰陽師が嗣子相伝してきた秘儀であった。
まず、羽根突きについて述べよう。羽子板はこき板で、「こき」とは「扱き」「放き」であり、強くしごきこすること。突きは打ち突き放すという意味である。何をか? 羽根をである。羽根あるものとは鳥であり、鳥は「酉」である。 つまり、羽根突きとは「酉」を力強く撃ち放ち合う儀式(のちに遊技化)なのである。何のためにか? 春を呼ぶためにである。羽根突きは、正月を招き迎える魔術なのである。この意味は、追って明らかにしよう。
さて、凧上げであるが、「たこ」上げというが、これを辞書で引いていくと、別名「いか。いかのぼり」とある。ともに長い足が特徴で、その姿からの命名であることがわかる。実は、「いか」が古く、関西でそう呼ばれていたことに関東が対抗して呼んだのが「たこ」という名である。
では、「いかのぼり」とは何か。また辞書を見ると、「紙鳶」や「紙老鴟」と漢字が当てられている。紙で出来たトンビである。凧は中国起源だが、もともと足のない形であったのだ。これを安定させ、トンビのように空高く上げるために足が付け加えられ、いかの姿となったわけだ。
ここからが本題である。なぜ正月にいかを空高く上げるのかだ。実は、「いかのぼり」の姿は、陰陽五行説の「火」気の象徴なのである。ここで、陰陽五行説の説明が必要だ。
世界は陰陽の二気から成り立っている。陰陽は交合し、天においては太陰(月)と太陽(日)また天体となり、地においては木・火・土・金・水の五気となって万物を形作った。
五気は世界のすべてに流れる原理である。干支(えと)と複合して、方位、年月日、時間などありとあらゆるものの支配原理であるが、とりわけ季節を支配している。また、五気はじゃんけんのように循環的な相互優劣関係(相剋・そうこく)と、循環的な相互生成関係(相生・そうじょう)をもっている。
(注1)相生と相剋
相生 木→火→土→金→水→木 前の気が後の気を生む
相剋 木→土→水→火→金→木 前の気が後の気を剋す(殺す)
季節の五気(五時)であるが、春・夏・秋・冬にはそれぞれ木・火・金・水の気が配当される。そして春夏秋冬の、それぞれ終わりの半月ほどには土気が入る。四季の始まりを告げる立春など四立の前、約18日間が土用という季節なのである。
(注2)五時と五気と月の十二支
春 木気 寅・卯・辰(1〜3)月
夏 火気 巳・午・未(4〜6)月
秋 金気 申・酉・戌(7〜9)月
冬 水気 亥・子・丑(10〜12)月
土用 土気 辰・未・戌・丑の各後半、約半月間
今年(1998年)で言うと、立夏が新暦5月6日(旧暦4月11日)で、立秋が8月8日(旧暦6月17日)だ。そのうち、新暦7月20日から8月7日まで(旧暦閏5月27日〜6月16日)の19日間が土用となる。土用中の丑の日、7月29日(旧暦6月7日)が例の「うなぎ」の日である。
夏は火気である。夏の土用は燥いた土気となる。これを中和するため、湿った土気である冬の土用を取り込むのが、土用の丑の意味である。丑とは、12月であり牛であるが、「う」がつくものならと、うなぎを食するようになった。
さて、話を戻そう。冬は水気であり、春は木気である。しかし、冬の土用が立春前にやって来る。土気は金気を生む(「土生金」の相生)。そしてその金気は木気を殺す(「金剋木」の相剋)。木気は植物の性であり、農耕を支える気である。そこで、春である正月を無事に迎えるため、金気を封じることが必要になってくる。
金気を制するのは火気である(「火剋金」の相剋)。火気をさかんにすることによって、木気を剋する金気の作用を殺すことができる。事実、そういう迎春戦略が練られたのである。
火気は字のとおり「炎」である。そして炎は三角の形をとる。これが「いかのぼり」の形である。いかのぼりとは、火気の象徴なのである。
もう一つある。三合(さんごう)というのだが、五気はそれぞれの四季の領分以外でも働いているのだ。いま述べている火気は、夏(旧4〜6月)を領分とするが、その気の始まり「生」は正月(1月)にある。そしてしだいにさかんになって、夏の5月に「旺」を迎え、立冬前の9月に「墓」となり、消える。
(注3)三合 火気と土気の生→旺→墓
火気 夏 寅→午→戌(1→5→9月)
木気 春 亥→卯→未(10→2→6月)
だから正月に火気を持ち出すことは、陰陽五行の理によくかなっている。三合で言えば、木気は10月に生まれ、2月の「旺」に向かって育ちつつあるのだ。火気は自ら生まれることによって、木気を扶翼し金気を剋殺しているわけだ。
火気の性は「炎上」と言って、(燃え)上がるものである。火気の姿である三角形のいかのぼりを空高く上げることは、まさに火気をあおり、金気を制し、ついには木気をさかんにすることになる。
さらにである。子どもが「いか」を上げる。いかを見るため、目線を空に向けると自然と口が開く。ここにも陰陽魔術が隠されている。子どもは土気で、口を開くと金気が生じるが(「土生金」の相生。「口」は金気)、視線の先には「いかのぼり=火気」があり、空高くから子どもをじっと見下している(「視る・見る」は火気)。火剋金、すなわち火気が金気を剋殺している図が、正月における子どもの「凧上げ」の姿なのである。
以上の凧上げに比べ、羽根突きは直截的である。初めに述べたように、「酉」を文字どおり強く撃ち放とうとするものであるからだ。酉とは8月のことで金気の「旺」である。つまり、金気を打ち砕こうとしているのである。ここにも木気の敵である金気を撃ち、春を招き呼ぶ姿がある。
五行は自然に循環する。すなわち、季節はめぐる。しかし、季節の推移を自然とともに引っ張り寄せたり、邪魔なものは撃ちやるというのが昔の流儀であった。そういう季節や自然に対する戦略が年中行事の本義なのである。
陰陽師とはそういう戦略家であった。だからこそ、「凧上げ」は秘儀として意味は告げられず都の男童に託されて行われてきたのであるが、それが室町後期から江戸時代には技法だけが一気に流出・流布し、意味はわからずに「正月の凧上げ」として流行することになったのである。
(若干の補足と弁解)
陰陽五行説の五気には「五行配当表」というものがあるのだが、これが日本でどう解釈されたのかを解明することは至難である。吉野裕子氏の解釈を脱することを試みたが、確証が得られず見送った。
たとえば「鳥」であるが、実は金気とも火気ともとれるのである。おそらく、解釈の仕方の時代変化があるだろうし、また時代事情に応じた対応解釈(この場合は金気で、あの場合は火気というような)があったのだろうとは想像するのではあるが、未熟の筆者には不明にして如何ともしがたい。
[主な典拠文献] 吉野裕子『ダルマの民俗学』岩波新書
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