国際陰謀論、再び。--日本は餌食となるのか
1997.11.07
萬遜樹 E-mail:mansonge@geocities.co.jp

▼広瀬隆『赤い楯』の衝撃  

バブル崩壊期に「国際陰謀論」が流行った。あれもこれもすべて「ユダヤ人の陰謀」というのが多かったが、私は結構この手の本を読んでいた。もしかしたら、世界の秘密が書かれてあるような気がして。しかし結局のところ、眉つばとの感じは拭えなかった。

 ところがそこに、衝撃の本が登場した。広瀬隆氏の『赤い楯』(集英社刊、現在文庫化)である。欧米の人名・紳士録を徹底的に渉猟して隠された家系図を復元し、集団陰謀の系譜を白日の下に晒した労作であった。「赤い楯」とはロスチャイルド家のことである。

 この本によれば、世界は西欧の特定集団(婚姻によって結びついたエリートたちの親戚群)によって収奪されてきた(そしていまも!)。特定集団とはロスチャイルド家ではない。ユダヤ人でもない。ロスチャイルド家を含めた国際エリート集団、英国女王エリザベス2世も含んだエスタブリッシュメントたちがそれである(この本では、ヨーロッパのエスタブリッシュメントに限って書かれてあり、アメリカには言及されていないが、当然欧米一体の集団と想像できる)。 

しかし、まあこれもよく考えてみると、身分にふさわしい者同士が結婚することが多いだろうから、エスタブリッシュメントも自然と親戚同士になっているとも言える。問題は集団としての組織性である。単なる集合なのか、目的や意図をもった組織なのかである。


▼エスタブリッシュメントの「錬金術」

 「国際陰謀論」について書いている。というのも、最近の日本やアジアをめぐる情勢がそれこそ国際的な陰謀があるのではないか、とさえ思われるからだ。 結論を先取りすると、「陰謀」は確かにある。ただ、これを「陰謀」と呼ぶべきか、それとも「戦略」や「策略」と呼ぶべきかは判断が分かれるところだろう。 

エスタブリッシュメントの組織性について触れておこう。彼らに統一組織はない。合意した全体目的もないだろう。首長もいない。明確な組織ルールもない。彼らの立場や肩書きもバラバラである。彼らはそれぞれ自分の利益を求めて勝手に行動するだけだ。ただ、彼らは金儲けで繋がり合っている。 

最初に金を稼ぐのは、言わば下っ端の法人(規模としてはいくら大きくても)である。世界各地の様々な金儲けのための企業などがエスタブリッシュメントの一角(法人)へと金を移動させてゆく。あとはエスタブリッシュメント(法人)の「仲間」同士で金を回し合い、稼ぎ合うのである。 

この「錬金術」の中では、落伍者も出る。集金係りの企業に、流行りすたれは付き物だ。エスタブリッシュメントでも新参者は、バスに乗り遅れ、稼ぎそこなうこともある。また、それぞれ得意分野や地域や領分があり、すべての取り引きが自分の取り引きではない。取り引きごとに仲間やライバルも違うこともある。 

こういう中で、稼ぎの手を替え品を替え、仲間と合従連衡を繰り返し、生き残ってきた者こそが、真のエスタブリッシュメントたちである。 彼ら全体にあらかじめ統一的な行動規準はないが、大勢については利害が一致することもある。このとき、彼らは共同歩調をとる。


▼軍需、石油、農産物…

第二次世界大戦以降を鳥瞰すると、彼らは彼らの収奪体制である「資本主義」が侵されるかも知れないということで、一致して反共冷戦体制を支持してきた。(ところで彼らにとっての資本主義とは、経済原理や理論でも何でもない。ただ、自分たちの財産が国家や国民から侵されず、また自分たちにとって有利な商売ができる体制のことにすぎない。) 冷戦期を通じての彼らの基幹産業は軍需産業であった(アメリカでは「軍産複合体」と呼ばれた)。この商売の相手は主として国家だが、これほどおいしい相手はいない。国家予算(税金)からいくらでも引き出せるからだ。足らなくなれば、増税や国債で調達させればよい。地域紛争は軍需品を消化し、次なる軍需を作る大切な機会である。 

また、エネルギーと農産物もぼろい商売だ。何しろ、どちらも命がかかっている。石油はご存知のとおり、メジャーと呼ばれる数社によって全世界が牛耳られている。英蘭のロスチャイルド系2社と米ロックフェラー系5社だ。これらは7社に分かれてはいるが、最後の財布は二つしかない。産油国がどれだけ油田国有化をしようが、彼らの胴元ぶりに少しの変化もない。なお、原子力の胴元はロスチャイルドだ。 

農産物とは、人間が食べるものだけではない。家畜用もある(結局、こちらも人間が食べるのだが)。自国で食べるものくらい自国で作ればよいだが、なかなか現実は複雑だ。日本では、旧ガット(ウルグアイ・ラウンド)だ、日米構造協議だとやってきたが、「安くて良い品をなぜ輸入しないのか」とアメリカに迫られ、とうとう農業自由化だ。これは荒っぽく言えば、日本国内の農産物は高くて売れなくなる、しだいに日本国内で農産物は作られなくなる、ということを意味する。家畜のえさも同様で、外国産の輸入飼料が「安くてうまい」ということになっている(本当のところは、家畜たちに直に訊ねてみなければならないが)。 

これでアメリカ政府が儲かるのか。もちろん、そんなことはない。輸出元の多国籍企業である穀物メジャーが儲かるだけだ。言うまでもなく、メジャーとはエスタブリッシュメントの出先である。


▼「カジノ資本主義」の時代  

話をもとに戻すと、戦後冷戦期は軍需産業を基幹に、機械や重化学・石油産業、それに農業などで、エスタブリッシュメントは稼いできた。

 そして最近では、電子・コンピュータ産業、金融・情報産業が大きな比重を占めるようになってきている。特に、金融・情報産業が圧倒的なものとなった。これが昨今の国際金融市場の混乱を引き起こしている。 現在、国際貿易で実際にモノが動く実需取り引きは年間約5兆ドル、これに対しモノが伴わない為替取り引きは約500兆ドルである。なんと100倍もの金が「資金運用」という名の切った張ったの博打取り引きに費やされている。「カジノ資本主義」と言われたりするが、早い話がとんでもない大博打だ。世に喧しいデリバティブなどで稼ぎまくるヘッジファンドなぞはこの代表である。エスタブリッシュメントたちは荒稼ぎの時代に入ったのだ。

 さて、冷戦終末期、エスタブリッシュメントの急先鋒であるアメリカ政府は、半ば「ポスト冷戦時代」を見越しながら、これまでは一応「身内」としてきた日本収奪の環境整備に本格的に乗り出した。「日米構造協議」という名称はともかく、中身はアメリカ流基準(アメリカン・スタンダード)の押しつけである(実は、ご都合主義のダブル・スタンダードであるが)。さらに、セルラー問題なんぞでは押しつけどころか、相当に露骨な強要であった。 

1990年のバブル崩壊についても、エスタブリッシュメントの手先の手になるもの(ソロモン証券などのデリバティブ操作によって引き起こされたと言われている)とも思われるが、ひとまず置いて、1998年に進む。


▼金融ビッグ・バンの正体

 今年始まった金融ビッグ・バンとは何か。不況脱出の決め手とのかけ声のもと、いつの間にか導入され始めたが、実は「アメリカン・スタンダード」が「グローバル・スタンダード」に名前を替えての、前者同様の押しつけにすぎない。その3原則は、経済のフリー(自由)・フェア(公正)・グローバル(国際)化だと言う。たいていの日本人は、何やら世界中から安くて良いものが買えることだと、外から良いものが入り易くなることだと錯覚させられたことだろう。

 しかし1年も経たないうちに、その正体が露見している。日本国内から良いものが出て行き、外からは悪いものが入ってくることだったのだ。すなわち、国内資金(貯蓄だ)が高金利を求めて海外に脱出し、それが海外資本に姿を変えて逆流し日本経済を賭場としたギャンブルに使われているのだ。例えば、円の乱高下はその現われである。要するに、エスタブリッシュメントが日本市場で自由に行動できる環境が「グローバル」・スタンダードなのである。

 さながら、家康に攻められた大坂城のごとし。外堀に続き、内堀も埋められたはだか城が日本である。では、「ビッグ・バン」が冬の陣だとすれば、夏の陣は? 夏の陣とは、日本の富の収奪そのものである。収奪の対象は、日本国内の不動産(土地・建物)、動産(貯蓄、株式・債権など)すべてである。(なお、念のため申し添えておくが、負け戦には負けるだけの理由がある。政府・自民党は言うに及ばず、日本の銀行や証券などの「自滅」的な責任はそれはそれで当然問われなければならない。)


▼日本収奪計画は「陰謀」か

「日本買収」に必要な資金は十分である。バブルでは利ざやを抜いたし、ニューヨーク市場の好調ぶりに示されるように、日本からも含めて世界中から投資が集まっている。仲間の足並みもそろっている。ターゲットは日本だ。 

まず、不良債権こそ、買われるべき富である。まもなく、日本の(実は)「優良」資産のたたき売りが始まろうとしているのだ。土地に建物、個人貯蓄に、株式・債権となんでも買いたい放題である。エスタブリッシュメントの息がかかった外国証券や銀行の本格上陸がここに来てにわかに活発になっているのは、彼らの「本気さ」の明白な証拠である。

 一方、これを「受け容れる」側の日本の体制も整いつつある。まずは、銀行救済に、つまりは不良債権処理に30兆円だ。国民には、消費促進のため大型減税だ。とにかく大判振舞い! 

もちろん、その財源は、国債を含めてすべて税金だ。知らないうちに、郵便貯金も使われよう(ちなみに民間貯蓄は高金利を求めて、すでに海外流出を始めている)。要するに、当然ながら国民がすべてを支払うのだ。繰り返そう。あらゆる特別措置とは国民の将来にわたる負担=税金だ。 

これを言いかえれば、日本国民は、国内の富を安値でエスタブリッシュメントたちに譲った上、その割引分を自らの借金として背負い、彼らのために一生懸命働いて返済するのである。 このシナリオをアメリカ政府の経済戦略と呼ぶのも、エスタブリッシュメントたちの陰謀と呼ぶのも、はたまた筆者の想像による「陰謀」と呼ぶのも、もちろんあなたの自由である。


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