先代恩師親先生教話選集『園に集う人々』より
『神様に使うてもらう信心』
昨年の落成大祭(註:昭和43年4月24・25両日の現会堂の新築落成大祭)後のご教話に申し上げた……。
「この宮は神様のものではない。私のものでもない。皆様たちの中の特定の人のものでもない。この宮こそは、助かりたい願いを持つ人の宮……。あらゆる難儀を引き受けて立っていなさる宮である。
個々で言えば、皆様たち1人ひとりの願いを助けようと願い通してなさる宮であり、全体から言えば、世界全体の救いの宮である。
この宮の願いは、あらゆる難儀助けの実現にあるのだから、皆様はその願いを依りどころにして力強く生きて下さい。生活の全面におかげを受けて下さい。そのおかげを受けて、さらに進んで世のお役に立つ生き方をして下さい……」
よく先輩の先生方から聞かせてもらった話に……、「教会が立派に大普請(ふしん)をすると、たいていの先生が、疲れが出て病気をするか、いのちを縮めている……。あるいは、たいていの人は、しばらくはゆっくりと静養をされる」と……。
しかし、私はおかげを頂いて、落成大祭以来、祈りをさらに強めて、いよいよ信心に精進させていただき、一休(いっきゅう)もせずに、すぐ外遊(註:第5回御神願外遊として、WAWF=世界連邦世界協会緊急理事会に出席。その後、バチカンでローマ教皇パウロ6世と単独会見)させていただいた。
よく人から、「立派な宮をご普請されて大変なご苦労であったでしょう。お骨を折られたでしょう」と言われるが、普請には骨を折っていません。
御神願成就に骨を折った。人が助かるということに一生懸命にならせてもらった。
ですから、「やれやれ」と一服したりする気になれぬ。建設が終わっても、そこから、いよいよ御神願に添わせてもらい、一心になってやらせていただく。使うてもらう以外にないと思わせてもらっているのです。
昨年7月のエルシノール(デンマーク)での会議(註:WAWF緊急理事会のこと)でも、財の問題で行き詰った。そのために、事務総長が「もうやってゆけぬ」というところまでいった。
そのとき、私は思うた。
御神願――人を助ける、世を助けるという御神願――をここで示させてもらわねばならぬ、と……。でも、私自身には、なんの力も無い。
神様にお祈りする以外にない。「どうぞ、使うていただきたい。お役に立てて下さい」と……。そして、その難しい問題を、この背に担うて立たせてもらった……。そこから道が拓(ひら)けて、行き詰まりが打開できた……。その時、思わず、合掌感謝し、本当に御神願の偉大さに感激した。
今年2月、トルコのイスタンブール(註:第7回御神願外遊=WCRP準備委員会のこと。ギリシャ正教の総主教アテナゴラス2世と会見)でも、そうであった。
会議の2日目、各国の代表者の前で言わせてもらった。「人類を救う……。世界平和の実現をしようとするのには、理屈を越えねばならぬ。一番の問題は、この集まっている19名の代表者が本気でやろうということである……」
そう申したとき、ある代表者が「情熱だけでは、難しいのではないか?」と言われたから、私は応えた。「われわれには神様が付いている……。天地を自由になさる神様が付いていなさる。
皆様、それぞれ宗教は違っていても、人間を助けようとなさる神様を頂いているはずではないか!
やりましょう! それぞれが力一杯の自己犠牲を惜しみなく払うて立てば、必ず、足らせてもらえる!」と……。それで、皆が賛同してくれた。そうして、画期的な世界会議の開催の決定を見たのである。
その言葉も、自分が申したのではない。
神様が、この私をして、そう言わしめたと思う。
こう申しても、私が神様のほうを向いていなければできぬことである。神様のほうを向いて、「神様、なにとぞお使い下さい! お役に立たせて下さい!」と、その前に平伏(へいふく)しきって、そう言わせていただけたし、またそのことが実現させてもらえたと、私は思う。
いかなる困難なことに出遭うても、おかげにしてゆくには、自分の心を神様のほうに向ける……。縋(すが)る……。なんでもの願いの生き方をし通して行く……。精一杯、ありったけの努力を惜しみなくして行くということがいる。
(ある日の教話・昭和44年5月)