山本良一教授
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▼温暖化地獄
ただ今、ご紹介をいただきました山本でございます。この度は、宗教界の錚々(そうそう)たる先生方を前に話す機会を与えていただき、誠に有り難うございます。「宗教と科学」といいますと、私の学生時代でしたら、これはもう敵対関係にありまして、有名なジョン・W・ドレイパーの『宗教と科学の闘争史』みたいな本もあったぐらいです。
しかしながら、私は「状況は一変した」のではないかと考えています。宗教も科学も、言うなれば、人間の精神活動のそれぞれ一側面を表しているだけで、別に全く異なったものではない訳であります。今日、私が申し上げたいのは、「(地球温暖化の)状況がこの1年ぐらいで一変(劇的に悪化)した」ということなんですが、これは「既に緊急事態である」ことを意味します。「何故、今、緊急事態なのか?」ということは後ほど申し上げますが、これは本当に「世界各国、全人類が全知全霊を挙げて取り組まないと大変なことになる」というところにわれわれは差し掛かっているんです。ここのところを、今日はお話ししてみたいと思います。
まず、明後日にダイヤモンド社から刊行されることになっている『温暖化地獄』についてお話ししたいと思います。本来、私のような立場の人間は、こういった徒(いたずら)に人々の恐怖心を煽るような話をしてはいけないんですが…。と言いますのも、私は文部科学省のサイエンスアドバイザーでありますし、東京大学の教授でもある訳ですから、センセーショナルな言葉を使うことは、本当は控えめにしなければいけない立場であります。しかし、ここで敢えて『温暖化地獄』という題名を付けたのはですね、「危機的な実態が人々にまったく認識されていない」からなんです。
「温暖化とは何か?」と申しますと、地球の表面の平均温度が時々刻々上昇していることを指します。地球の表面に莫大な熱エネルギーが温暖化によって蓄積されているのです。因みに、過去50年間にどのくらい溜まったかと申しますと、18×10の22乗ジュールという巨大な量になります。そして、その80パーセントが海洋に蓄えられているのです。このエネルギーは、人類が1年間に使うエネルギーの400倍という、とてつもない熱エネルギーなんですが、このエネルギーが原因となって、大干魃とか集中豪雨とか大洪水とか氷河の融解といったことが起きているんです。ですから「地球の表面温度が徐々に上がっていく」ということは、実態として恐るべきことを意味する訳です。
大勢の宗教指導者が山本教授の講演に集った |
それからこの「温暖化」という言葉が良くない。例えば「温暖な気候」とか「暖かい人柄」というと、良い響きですよね。反対に「冷たい性格」や「冷酷な奴」というと、非常に印象が悪い。ですから、「温暖化」という表現を使うと、つい「私たちは良い方向へ行くんじゃないか?」という間違った観念を与えてしまう。ところが実態は、灼熱地獄なんです。ですので、私は敢えて「これはもう温暖化地獄であり、私たちはその一丁目に入り込んでしまった」と表現したんです。その原因は、仏教で言うところの「焦熱地獄」と同じように、われわれの日々の活動の因果応報から来ています。
▼『千の風になって』どころではない
では、「この温暖化地獄にわれわれが陥った理由は何か?」と申しますと、まさに大量生産、大量消費という現代文明のあり方そのものが原因なんです。「膨大な資源エネルギーや食糧を使い、経済成長を遂げることによって、人口も増えてゆき、そのことがさらに大量のエネルギーを消費させる」ということなんです。皆さん、よく考えてみて下さい。現在、世界の総人口は66億人を突破していると思いますが、年間でいいますと1.1パーセントずつ増加している訳です。これは全世界で1秒間に約2人、1日に20万人増えていることを意味します。ですから、こうして皆さんにお話ししている間にも、人間の数はどんどん増えている訳です。
それでは「経済のほうは成長しているか?」といいますと、日本に居るとそれほど感じませんが、全世界で経済は成長し続けている訳です。現在、世界経済のGDP(総生産)は年間45兆ドル(約5,000兆円)になっているんですが、昨年は4パーセントの成長でした。1年あたり人口は1.1パーセントの割合で増加しており、世界経済は4パーセントずつ成長している。まずは、この事実を頭へ叩き入れていただきたいですね。われわれは膨大な食糧、資源エネルギーを使っている訳ですから…。
それでは、「炭酸ガスの放出量はどうか?」と言いますと、こちらは年に3.3パーセント増加しており、年間280億トンもの炭酸ガスを出している。この量はすぐにはピンとこないと思いますが、1秒間に換算しますと、870トンもの炭酸ガスが全世界から放出されている計算になります。870トンは体積にして49万6千立方メートルですから、おそらく大阪ドーム何十個分もの炭酸ガスが毎秒毎秒空気中へ放出されている訳です。
だんだん科学的に判ってきたことの中でさらに深刻なのは、この炭酸ガスが地球温暖化の原因のだいたい60パーセントから80パーセントを占めるという事実です。その上、大気中に一度放出された炭酸ガスは、その5分の1ぐらいは(海洋や植物に吸収されずに)1万年ぐらい空気中を漂い続けるということが判ってきたのです。「メタンガス、フロンガスといった他の温室効果ガスがあるにもかかわらず、何故、炭酸ガスの扱いについて議論されるのか?」と言いますと、炭酸ガスこそが「温暖化の主要原因であり、かつ一度放出すると1万年も大気中を漂う」からです。
最近『千の風になって』という曲が流行(はや)りましたが、あれは実は、物理的な根拠があるんです。と申しますのは、われわれ人間を火葬にすると、炭素化合物からできている人間の体は、一握りの骨灰と、ほとんどが水蒸気と炭酸ガスになります。(火葬場の煙突から大気中に放出された)水蒸気はすぐに雨となって降り、川となって海へ流れていってしまいますから、大気中からすぐに除去されてしまいますが、一度炭酸ガスになったものは、先ほど申し上げたような理由から、1万年間ぐらい大気中を漂い続けることになる訳です。ですので、「千の風になって」ではなく「炭酸ガスの風になって」(会場笑い)と解すると、この曲の趣旨は「物理的には正しい」ということになる訳です。実は、私の父が5月に亡くなったのですが、今、私の父も「炭酸ガスの風となって全世界を吹き渡っている」ということになります。
▼大量絶滅の到来と宗教界
そうすると、実際は深刻な問題になります。われわれは電力を使ったり、車を運転することによって、日常的に炭酸ガスを放出している訳です。そうすると、その炭酸ガスは千年後、二千年後、一万年後の将来の世代にまで甚大な影響を与えてしまう…。さらに困ったことは、われわれ人類の人口増大、経済発展によって、他の生物種が急速に絶滅に追いやられつつある点です。正確な数は誰にも判りませんが、生物学者が推定している数値では、「1年間に1万種から5万種の生物種が絶滅している」と考えられています。これはヒトという生物種が地球上に存在しなかった場合(註:人類の活動によって大量の生物種が絶滅しつつあるのであるが、たとえヒトという種が存在しなくとも、地球上では一定の割合で絶滅は起こっている)に比べて約1,000倍、絶滅の速度が上がっていると考えられています。
温暖化はそれに拍車をかけている…。例えば、生物はその生存地域が温暖化すると、適温分布を求めてより北(註:南半球では、より南に)に移動しなければなりません。ナガサキアゲハという蝶がいますが、現在は仙台付近にまで北上してきています。しかし、羽のある動物はまだ良いですよ。自ら動けない植物が困ったことになる訳です。つまり、温暖化に適応できないことによって、絶滅するしかない。こういったことから、このまま温暖化を許していると「2050年までには100万種類の生物が絶滅する」と推定されている訳です。
一般的に温暖化で真っ先にやられるのは、「ヒト以外の生物の大量絶滅」ということになる訳ですが、それも程度もので、明治時代に比べて地球の表面温度が2度ぐらい上昇すると何が起こるかといいますと、今度はわれわれ人類がやられてしまうのです。飲料水不足、飢餓、洪水、マラリア…。2050年までにはおそらく30億の人間が犠牲になると考えられています。ということは、この温暖化という問題は、まさに千年、二千年と、これからわれわれが闘っていかなければならない問題であると認識することが重要であるということですね。いったん温暖化が加速してしまうと、もう誰にも止めようがなく、暴走してしまうんです。そうなると、われわれも深刻な被害を被るけれども、他の生物も大量絶滅に追い込まれていく…。そうなりますと「これはまさに宗教の問題でもあるのではないか?」と…。なぜなら、「いのちの存続をどうするのか? 宗教者はここで決起しなくて良いのか?」というところが問われていると私は思います。
現実に、アメリカの宗教界―カトリック、プロテスタントの両方だと思いますが―のキリスト教倫理に則れば、「こういう状況はもう見過ごせない」と言われています。温暖化によって真っ先にやられるのは社会的な弱者ですが、2005年8月末にアメリカ南部ルイジアナ州を襲ったハリケーン・カトリーナの時も、超大型ハリケーンの襲来が判っていたにもかかわらず、車が無くてニューオリンズから逃げられなかった黒人が真っ先に犠牲になりました。他の生物種ももちろんですが、この「弱者が真っ先にやられる」ことをキリスト教倫理に照らしますと、見過ごすことはできない訳であります。
そういった動きから、一昨年、温暖化問題に非常に後ろ向きだったブッシュ大統領に対して、アメリカのキリスト教指導者86名が、抗議文というか「この問題に真剣に取り組め」という手紙を送りました。ですから、彼らは行動を起こしている訳ですね。
さらに、イギリスにおいても「この問題は国家の総力を挙げて取り組む問題である」と、昨年12月にチャールズ皇太子がリーダーシップを執って各界の指導者を集め、「この地球温暖化の問題とは、まさに新しい世界大戦である。第3次世界大戦と考えなければならない」ということになりました。チャールズ皇太子に招待されて集まったメンバーの中には、トニー・ブレア首相やオックスフォード大学、ケンブリッジ大学の学長をはじめ、経済界の大立者からカンタベリー大主教をはじめとする宗教関係者まで、多数参加していました。
こういう現状を前にして、「日本はどうするのだ?」と私は言いたいですね。エリザベス女王、チャールズ皇太子、さらにはスウェーデン国王などのロイヤルファミリー、政治家、経済界のリーダー、NGO、学者…。欧米が総力を挙げてこの問題に取り組み始めているにもかかわらず、わが国においては、まったく危機意識が欠如している…。私はこのことが大変な問題ではないかと思っています。
▼人間活動が原因で温暖化は起こる
今般、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)に多数の科学者が集まって第4次評価報告書を出しましたが、その結論として「現在の温暖化の原因は人間活動である」ということを、90パーセント以上の信念を以て、科学的にほぼ断定した訳です。われわれ人類が膨大な温室効果ガスを放出する。森林を伐採する。「それが、この地球温暖化の原因である」と…。
こちら(図表1)が、過去1,100年間の地球の表面温度の変化を表したグラフですが、アメリカのナショナル・アカデミーが昨年6月に公表したものです。温暖化の問題は、もちろん地球規模の複雑な問題ですから、科学的にはまだ曖昧なところもあります。産業革命以前にも、気温の上下変動はありました。したがって、この20年間、人間の活動が原因となって温暖化が起きている」という学説と、「そうではなく、太陽活動の活発化などの他の自然的原因で、現在の温暖化が起きている」という学説が真正面からぶつかり合って、激しい論争を繰り広げてきた訳であります。
その点、アメリカは非常に公平な国でありまして、政府とは独立した調査委員会を設けて両派の見解を徹底的に比較検討し、昨年6月に報告書をまとめて、「まず間違いなく、人為的要因が原因となって、現在の地球温暖化が起きている」ということを公表しました。
これは、今回のIPCCの報告書にも書かれていますが、現在の地球の表面温度は、過去1,300年間を通じても一番高いんです。それで―この数は記憶していただかなくても結構なんですが―地球上にある空気の総重量は簡単に計算できます。これは1平方メートルあたりの大気の重量に、地球の表面積を掛ければいい訳ですから、5,282兆トンという重さなんです。
そうすると、「炭酸ガス(CO2)が空気中に体積分率で100万分の1溜まると、いったいどのくらいの重さか?」というのも簡単に計算できます。これを1ppmと呼んでいるのですが、ppmはパーツ・パーツ・ミリオンといって「100万分の1」を指しますから、途中のややこしい計算は省きますが、80億トンなんですね。だから炭酸ガスの濃度が1ppm増えるということは、空気中に80億トンの炭酸ガスが余計に溜まったことを意味する訳です。
山本教授の熱弁に耳を傾ける国宗会員諸師 |
そうすると、全世界で今、空気中の炭酸ガスの濃度が測定されていて、この図(省略)はその平均値なんですが、北半球には陸地が多いですから、北半球が夏の時には森林による光合成が活発ですから、地球全体の炭酸ガスの濃度は少なくなります。そして秋から冬にかけては、南半球での光合成は盛んになりますが、南半球は陸地が少ないので、地球全体を平均すれば光合成も不活発になりますから、空気中の炭酸ガスの濃度が増えます。ですから、右肩上がりに一直線に炭酸ガスの濃度が上がるのではなく、1年間に一度、空気中の炭酸ガス濃度は振動しながら増えていく訳です。
問題なのは「1年間で空気中にどれくらいの炭酸ガスが溜まってしまうか?」ということです。われわれが放出した炭酸ガスは、森林や植物、そして海が吸収してくれますが、その総吸収量はだいたい年間120億トンくらいです。ところが、現在われわれは毎年280億トンぐらいの炭酸ガスを出していますから、吸収されずに空気中に残ってしまう炭酸ガスが必ずある訳です。それがどのくらいかと申しますと、今、年間1.9ppmずつ空気中の炭酸ガスの濃度が増えていますが、これに80を掛け算しますと152億トンとなります。
われわれ人類は今、全世界で産業活動を行い、経済成長していますから、膨大な化石燃料を使って空気中に大量の炭酸ガスを放出しています。そのうちの約40パーセントが海や森林に吸収されて、残り60パーセントが吸収されずに空気中に溜まっている…。その量が152億トンということですが、先ほどお話しした152億トンのうちの相当部分(5分の1程度)は、1万年ぐらいは空気中に残ることが科学的に判っています。
▼『京都議定書』遵守だけでは焼け石に水
それでは、現在先進各国が温暖化ガス削減目標として取り組んでいる『京都議定書』とは何か? と申しますと、京都議定書とは、「先進国全体が1990年時点の総排出量の6パーセントを減少させよう」という話ですから、せいぜい全世界で10億トン減少させようというのが「京都議定書」なんです。ところが、年間152億トンもの炭酸ガスが、毎年毎年空気中に新たに累積されていっているのですから、10億トンぐらい減らしたところで、温暖化を防止することも抑止することもできない…。まさに「焼け石に水」です。
日本の目標は「チーム・マイナス6パーセント」といって、これは炭酸ガスの総排出量を6パーセント削減することなのですが、逆に、日本は1990年の時点より、すでに8パーセント増えてしまっていますから、現段階からは14パーセントすなわち約1億5千万トンを削減しないといけません。現在、日本国民は1人あたり年間10トンずつの炭酸ガスを出していますから、国全体としては約1億5千万トン削減しなければならないにもかかわらず、未だに政府は―あるいは、国民は―まったく見通しが立っていないという体たらくです。
先ほどお話ししたように、その達成に四苦八苦している『京都議定書』の目標数値を今すぐ全世界で達成したとしても、まったく無意味なくらいの僅かな量です。しかし、その「無意味なぐらいの僅かな量」の達成も、全然われわれは達成の見込みが立たない…。これが、まさに今、われわれが直面している問題な訳です。現在、日本政府は「1人1日1キログラム削減しよう」という、国民運動を展開していますが、例えば、新日本製鐵一社で、年間約6,100万トンの炭酸ガスを放出している訳ですから、「国民1人あたり1日1キログラム削減させる」ということは、まるで戦時下における竹槍運動のようなものです。結局、日本人の性格的欠点は、危機に臨むと、根性主義というか、精神主義に走ってしまうところにある。それが、「政治指導者が科学的合理性をまったく失念してしまう」という形で現れていることに、私は非常に心配しております。
▼北極から氷が消滅する
では、どうすればこの炭酸ガス=温室効果ガスを削減できるか? ヨーロッパは「炭素税」という税金をかけています。これは、「炭素をたくさん出す人は、お金をたくさん払わなくちゃいけない。炭酸ガスを削減する人は、お金を儲けることができるようにする」という税金です。さらには「排出量取引」という取引制度をヨーロッパ各国は取り入れていますが、日本は、日本経団連を中心として、炭素税の導入には猛反対をしています。排出量取引にも絶対反対…。反対している主な業界は、鉄鋼会社と電力会社で、そこが中心となって反対運動を展開しています。何しろ、自分たちが大量に炭酸ガスを放出していますから…。しかし、「それで良いのか?」というところが今、問われている訳です。
では、どういう手段で炭酸ガスの排出量を削減して、低炭素社会、低炭素経済へ移るのか? 私たち人間は、産業革命から現在に至るまでに100ppmもの炭酸ガスを増やしましたから、皆さん、空気中にはなんと8,000億トンもの炭酸ガスが溜まってしまったんですよ! ですから、「もう次の氷河期はやってこない」と考えられている訳です。何しろ、これだけ莫大な炭酸ガスが「余分に」空気中にあるんですからね…。今回のIPCC(気候変動政府間パネル)レポートによると、「たとえ次の氷河期が来るとしても、3万年後」と言われています。
ですから、私たちの子供や孫をはじめ、次世代の人間は非常に長い将来にわたって、この温暖化の問題と立ち向かっていかざるを得ない。しかも、私は現在61歳ですが、温暖化の破局が来るのは、ずっと遠い未来のことではなく―今日は私の先輩といいますか、私よりお年を召された方々もたくさんいらっしゃると思いますが―実は「われわれが生きている間(ごく近い将来)に破局は来る」という風に、予測は急速に変わりつつあります。
それは何故かと申しますと、海に浮かんでいる北極海氷が劇的に溶けていることが原因だからです。今年(2007年)の8月15日に、北極海氷の面積が過去30年間の最小面積をさらに下回り、なんとその後の1カ月で、さらに106万平方キロメートルも減少してしまったのです。この最小面積に達した後、この2週間ほどは、北半球が冬に入り始めていますから、北極の氷の面積は再び徐々に増え始めていますけれども、「過去30年間の最小面積をさらに106万平方キロメートル下回った」という事実は、科学者に衝撃を与えています。
何故なら、今年(2007年)2月に発表されたIPCCの一番新しいレポートに何と書かれているかといいますと、今、われわれが目の前で見ているような北極海氷が414万平方キロメートルまで減るのは、「2050年ぐらいに起こる」と予測していた訳です。ところが、その予測を40年前倒しして、もうそれが実際に起きている…。この衝撃的な事実を受けて、何人かの専門家は「2030年までに、夏は北極海から完全に氷が無くなる」と考えています。2030年ということは、あとたったの二十数年で北極の海から夏は氷が消えてしまうのです。
「どうしてこれが恐ろしいのか?」というと、北極の氷は太陽光線の反射板の役割(註:天体における外部からの入射光エネルギーに対する反射光エネルギーの比をアルベドと呼び、海面では20パーセント程度であるが、表面が雪氷に覆われている場合は80パーセントに達する)を果たしているので、これまで地球全体のエアコンの役割を果たしてきました。ところが、この北極海氷が夏場に消えてしまうと、北半球では夏場に最も強くなる太陽光線は反射されずに海面にそのまま入射しますから、水温がどんどん温かくなります。ですから、北極海氷は更に溶け「温暖化の暴走化」が起こります。北極で温暖化の暴走が起きると何が困るかというと、シベリアのツンドラ(永久凍土)が溶ける。ツンドラが溶けると、そこに蓄えられているメタンガスや炭酸ガスが濛々(もうもう)と大気中に出てくる。
さらに、グリーンランドの上には大量の氷河が乗っかっていますが、既にここでも劇的な融解が始まっています。8月29日にドイツのメルケル首相が来日されましたけれども、彼女は日本に来る前にわざわざグリーンランドへ出向いて、氷の融解をその目で見てきている訳です。これに先立ち、7月28日にはNASA(アメリカ航空宇宙局)のジェームズ・ハンセン博士が世界に警告を与えました。「このまま北極海が急激に温暖化すると、海面水位の上昇は今回IPCCが予測した『最大59センチ』なんてものではなく、5メートルに達するかもしれない」という衝撃的な論文を発表しました。
この夏、北極海氷が劇的に溶けて、先週になってやっと治まった訳ですが、このハンセン博士の警告は、もはや「あり得ない話」ではなく、「深刻に考えなければいけない」というところまでわれわれは来ているのです。海面水位が5メートル上がりますと、東京、ニューヨーク、ロンドン、ムンバイ、バンクーバー、シドニー、上海、といった世界の主要都市が全部、今世紀中に海面下に沈むことになります。こういうことになっている訳です。
ここに書かれた「一度放出した炭酸ガスは、1,000年後に17〜33パーセント残る。1万年後にも10〜15パーセント残る。10万年後にも7パーセント残る」という予測は、シカゴ大学のアーチャー教授が2005年に発表した研究です。おさらいになりますが、空気中に炭酸ガス等の温室化効果ガスがないと、地球の表面温度は―18℃。温室効果ガスがあるために、15℃の快適な環境になっている訳です。ですから、適度な温暖化は良いんですけれども、今、猛烈な勢いで温室効果ガスを出しているためにこういうことが起きている。
▼炭酸ガス80パーセント削減が必要
では、どのくらい削減すべきかといいますと、大気中に放出された炭酸ガスの6割が溜まっている訳ですから、まずわれわれは60パーセント下げなくちゃいけない。先進国はさらに余分に10パーセントぐらい下げようと…。さらにこのまま温暖化が進みますと、海からも陸地からも炭酸ガスが放出されてきますから、最終的には8割くらいは下げなくちゃいけない。
これは学生たちが集めてくれた写真なんですが、この熱波、森林火災…。今年はギリシャの森林火災が大変でしたね。住民は逃げ惑い、電話で消防車を頼んでも誰も来ない。みるみる間に自分の家が焼けていく。さらには、日本でも熱波による熱中症で130名が亡くなられました。ブルガリアなどの東欧の国では何千人もの人が熱中症で亡くなっています。これはまさに火炎地獄と言いますか、八大熱地獄と考えてもいいんじゃないかと思います。さらにインドやバングラデッシュでは、3,000万人が異常気象が原因と思われる洪水で被災しました。隣の中国でも、重慶で集中豪雨にやられています。これは水地獄とも言えます。そして台風、ハリケーン…。今、私たちが目にしている実態は、仏教が千何百年前から説いてきた地獄の様相を呈してきている訳です。
ところが、日本人はエアコンが効いた快適な部屋で、ビールを飲みながら、液晶テレビの美しい画面で地球の崩壊を見ている―まさに「エンターテイメント」として―んです。ですから、まったくこの危機的な実態を解っていない。昨年(2006年)12月以来、オーストラリアは大干魃ですが、その結果何が起きたかと言いますと、農民の自殺の増加です。自殺する農民にとっては、干涸らびた大地で生存していかなければならないということは地獄ですよ。
今、私は「この自然科学というものを日本人はどう受け取っているのか?」という点について非常に心配しています。昨今の世相を見ていますと、日本人は自然科学を金儲けの道具か、エンターテイメントの一種であると考えているのではないかという気がしてきます。しかし、「自然科学の法則」とは非常に恐ろしいものです。この法則は、人間が望むと望まざるとに拘わらず、自己貫徹しています。ですから、自然科学の法則に逆らえば、われわれは滅亡する。自然科学の法則に則って生きてゆけば、われわれは繁栄することができる。
先日、月蝕がありましたが、科学者が「何月何日に月が地球の陰に隠れます。何時何分に月蝕が始まって、何時何分に月蝕が終わる」と発表しますと、日本国中、晴れている地域の人は、外に出て月蝕を見る訳です。それは皆さん何故だと思いますか? 科学を信じているからですよ。科学者が予測したことを信じているからこそ、その時間になると月蝕を見るために外へ出る。国営放送であるNHKもそれを報道する。
ところが今、科学者は「2030年には早くも北極海の氷は溶けて無くなり、温暖化の暴走が起き、人類はコントロール不能になる」と警告を発しているにもかかわらず、誰一人として真剣に耳を貸そうとしない…。これがわが国の実態です。一番問題なのが日本経団連です。あくまでも炭素税の導入に反対し、排出量取引の導入に反対している。そんな状況下で、前首相の安倍総理は、全世界で温室効果ガス50パーセント削減を決断され、先だってのハイリゲンダムでのG8サミットで提案されました。これは、今までの総理大臣の誰もできなかったことですから、私はこれを高く評価しています。もし、このまま日本人が自然科学の法則を見くびったままでいると滅びるしかないという気がしてきます。
▼自然を畏怖する宗教
これをもうひとつ別の観点から見てみますと、農業人口が激減したことがその背景にあります。例えば、私の両親は農村出身ですが、私の親の世代を含む今から4、50年前の日本国民は、40パーセントもが農業に従事していました。ところが、現在農業人口は5パーセントを切っています。農業に―あるいは農林水産業に―従事している方々は、気象が変化すると作物が採れなくなり、まさにわれわれの生活へ甚大な影響を及ぼすことを経験的に知っています。ですから、自然を畏怖(いふ)し、そして大切にしてきました。それは同時に、われわれの宗教的バックボーンも形成してきたと思います。
ところが今や、日本は食料の大半を海外から輸入し、ほとんど工業生産で経済成長をしています。現在、13億人もの人口を有する中国も同じことを始めています。これはつまり「日本国民の95パーセントは、自然の恐ろしさが解らなくなっている」訳で、非常に心配です。
いずれの宗教も、「自然の恐ろしさ」と言いますか、「自然から遊離しては生きてゆけないいのちの大切さ」を教理の根本に置いていると私は考えています。ですから、この緊急事態…。この前も、国連総会でアル・ゴア元アメリカ副大統領が「これはプラネタリー・エマージェンシー(惑星的な緊急事態)である」と発言していましたが、彼の言っていることを本当に皆が理解しているかどうかが問題です。私は「既にわれわれは地獄に入っていることを認識しなければならない」と思っています。飢餓地獄、難民地獄、海面が上昇すれば、国が海の底に沈んでしまう…。
では、どうすれば良いのか? ヨーロッパは「(気温上昇の上限を)2℃以下に抑えよう」と言っていますが、先ほど申し上げたように、地球の気候システムというものは、膨大な熱が海に蓄えられていますから、すぐに現在進行中の温暖化をストップさせることはできません。(慣性の法則というものがありますから)「車はすぐに止まれない」と言いますが、(今すぐ炭酸ガスの排出を止めても)地球温暖化もすぐには止められませんから、われわれは一刻も早く行動する必要がある。ある時点を過ぎると、地球の表面温度の上昇を2℃以下に抑えるということは不可能になってしまいます。その時点を「ポイント・オブ・ノーリターン(引き返すことのできなくなる地点)」と呼んでいます。この2℃突破のポイント・オブ・ノーリターンは「あと10年後ぐらいではないか?」と考えられているので、「この10年間を無為無策で過ごせば、もう2℃突破は回避できなくなる」と、ここ数年、盛んに言われています。
▼なんとしても +(プラス)2℃までにとどめる
京都議定書がまったく役に立たないことは、先ほどお話ししたとおりなんですが、昨年私は『気候変動+(プラス)2℃』という本を書き、日本の科学者の研究成果を紹介しました。これは日本の地球シミュレータで計算した結果ですが、かつて「高度経済成長していった時、どういう風に地球の表面温度が上昇していったか?」あるいは「明治時代に比べて、幕末に比べて、現在どのくらい温度が上がったか?」といった内容です。ちなみに、1950年はさほど上昇していませんが、1989年、アメリカはこの年熱波に襲われて、農業は大被害を受けました。1998年は過去30年間で一番暑かった年なんですが、一番暑くてこのくらいですから、今から10年後の2016年ともなりますと、プラス1.5℃を突破してしまう訳です。そうすると「100万種ぐらいの生物が絶滅する」というゾーンをわれわれは通り越してしまうのです。
さらに2028年。「約20年後には、プラス2℃を突破する」と日本の研究者の計算結果は語っています。ですので、先ほどお話しした「2030年には、北極の海からサマーシーズンは氷が完全に消滅する」ということを考えると、「あと二十数年で破局」というところに、今、差し掛かっているのです。われわれはこれをいかに防ぐのか? このままでは、2052年には気温上昇3℃を突破し、おそらく「上昇は暴走に移っている」つまり、人類は気候変動を抑制できなくなるということです。
図表2
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生物に関しては、過去30年間で個体数が40パーセント減っています。これはもう当たり前です。1日に20万人のペースでヒトが増えているんですから、他の生物はどんどん絶滅に追いやられている訳です。そこで「生物多様性の保全」という国際条約も締結されていますが、われわれがこの問題をどう考えるのか? ということが非常に深刻な問題です。つまり「人間だけがのさばって良いのか?」ということです。人類というものは、あらゆる生物種の中で最も獰猛(どうもう)で凶悪であり、他の生物を大量絶滅に追いやっていることを考えますと、われわれは「人口の安定」ということをそろそろ真剣に考えなければならない時期に来ているのだと思います。これは生物学者のウィルソンがまとめた写真ですが、20世紀中に絶滅した代表的な動物と植物を集めた写真です。これらの種は、すでに地球上には生存しないんですね…。
私はゴアさんとお会いした時に、「あなたはこの温暖化の問題をどう考えていますか?」と尋ねたところ、彼は「私は楽観論者で、根本的には解決可能であると考えています。しかし、最大の問題は、政治家や経済界のリーダー、国民に危機感がまったく無いということだ」と言っていました。英語で「危機感」のことを「The
sense of emergency」と言っていましたが、まさにこの言葉どおり、まったくサイエンスを解っていないから、「われわれがどれほど破局の瀬戸際に居るのか」という認識がない。まさに無知が世界を滅ぼしつつある訳です。ですから、われわれが今年間炭酸ガスを280億トン空気中に放出して、そのうちの5分の1は1万年以上も空気中を漂うということが判っているにもかかわらず、全世界的に劇的な政策転換ができない。これはもうまさに人類全体の集団自殺をやっているようなものです。
ゴアさんは、映画化もされ、アカデミー長編ドキュメンタリー賞も取った『不都合な真実』という本を書かれましたが、この本の中で紹介されている写真がこちらです。これはグリーンランドですが、赤い部分が溶けており、一番左が1992年、真ん中が2002年、一番右が2005年です。かつて、赤の面積は約40万平方キロメートルだったんですが、すでに80万平方キロメートルぐらいまでに拡がっています。この様に、表面がどんどんと溶けて岩盤と氷河の間に水が入り込んで、これが潤滑剤のような役割を果たしていますから、一部の氷河では、1日に38メートルも―まさに氷河が川のように流れ出して―動いているんです。そのために海面水位の加速度的上昇が始まっている。これが、ジェームズ・ハンセン(NASAゴダード宇宙科学研究所)が一番恐れていることなんです。加速度的に氷河が流れ出し始めると、海面水位が一挙に5五メーター上がってもおかしくない。昨年(2006年)『インディペンデント』紙(英国の高級紙)が「北極海氷が減った」と、大見出で取り上げて大騒ぎになりまして、暮れにワシントン大学あるいはアメリカの国立大気研究センターが「このままいくと2040年には北極海氷はサマーシーズンは完全に消滅」と予測した訳です。ところが、今年はそれを上回るスピードで溶けているため、予測は「2040年ではなく、2030年だ」と下方修正(悪化)されています。
▼温暖化の暴走がはじまった
さらに昨年(2006年)10月25日付の京都新聞の報道によりますと、本来、永久凍土(ツンドラ)地帯であるシベリアに、フランスとドイツの面積を合わせたぐらいの湖が出現しているそうです。そこからメタンガス(註:メタンガスは炭酸ガスの23倍も温室効果がある)がボコボコと吹き出ている訳ですね。イギリスで発表された800ページに及ぶ『スターン報告書』では「今、われわれが直ちにこの問題に取り組み、世界のGDPの約1パーセントを温暖化対策に充てれば、問題の解決はできる。それをやらなければGDPの約20パーセントの経済的損害が出る」と述べられています。多くの科学者は「現在、温暖化の加速が起きているが、今、全身全霊を傾けて取り組めば、この問題を回避することができる。しかし、これからの10年20年を無為無策に過ごすと温暖化の暴走が止められなくなる」と言っています。
ひとくちに「暴走」と言っても皆さんには解りにくいかもしれませんが、例えば、北極海の100万平方キロメートルの氷がこの1カ月で無くなった訳です。これをどうやって人間が防げますか? 北極の氷の上にビニールシートを張る訳にもいきませんから、あるところまでいくと事実上制御不能に陥る訳です。2050年ぐらいにはアマゾンの熱帯雨林がほとんど枯れ果ててサバンナ(乾燥した草原)になっていくと考えられていますが、アマゾンのジャングルが枯れ出した時にどうやって人類が防御することができるのか? いったん巨大な動きが始まると、人類にはどうにもできないんですよ。だから「早めに対応せざるを得ない」というのが科学者の意見なんです。
2007年5月5日付の日経新聞では、「日本はCO2排出を半減することを目標にせよ」と出ていますし、朝日新聞でも「一刻の猶予もならない。2050年にはCO2半減が必要。温度上昇は2℃以下に抑制」という内容を社説で訴えています。IPCC(国際気候変動パネル)の報告書は「深刻な状況で、全大陸でそういった現象が起きているが、今は解決することのできる技術があるし、1トンの炭酸ガスあたり100ドル投入すると、約310億トンの炭酸ガスを減らせることができる」ということを述べていますが、これに先ほどお話しした2006年7月28日付で発表されたジェームズ・ハンセン博士の「加速度的に氷河が流れ出し始めると、海面水位が一挙に5メートル上がってもおかしくない」という見解をもう一度思い返していただきたい。
こちらのグラフ(図表3)は北極の氷の面積を追ったものですが、20世紀後半は、だいたい1月から3月にかけてピークに達した後は、北半球が夏になると溶けてきて、9月に最小値になり、そしてまた冬になると面積が増えていっています。1979年から2000年ぐらいまではこのように推移していたのですが、それ以降減少に転じて、2005年には点線で表されたようになり、最小面積が532万平方キロメートルにまでなりました。それまでは約770万平方キロメートルあったものが、532万まで減ってしまったんです。2006年はちょっと復帰しましたが、今年(2007年)は急激に減少し、特にこの6月から7月にかけては、1日に20万平方キロメートルも溶けてしまった。9月16日か17日の頃に最小値になったんですが、日本の海洋研究開発機構の発表によりますと、わずか425万平方キロメートルまで減ってしまっています。
図表3
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これは、たとえ冬季に氷の面積が増えたとしても、もう元には戻らない…。可哀想だけれども、われわれの子供や孫は劇的な温暖化の中で生きていくしかない。温暖化の中で堪え忍ぶか逃げまどうことになるでしょう。そういうことでいいのか…。実際は、もうギリギリのところまで来ている訳です。この問題は全身全霊を傾けて取り組まないと間に合いません。本当だったら、(氷の面積が最小値に達した)先々週くらいに国会議事堂を200万、300万の若者によるデモ隊によって包囲するぐらいのことをやらないと、われわれの政策の空前絶後の転換は図れないんです。ところが、当事者である若い人たちにはそんな認識が全くない…。そうこうしている間にも、ご覧の赤線のところまで氷が減っているんですね。
北極海の氷の融解の問題は同時に、安全保障問題でもあります。氷が溶けた海域に中国の軍艦が来ると、アメリカ本土は直撃されてしまいますから、いかに中国の軍艦を入れないか? あるいは、北極海には海底油田がありますから、氷が溶けることによって原油の採掘が可能になりますから、その分捕り合戦の話ですとか、新たに通商ルートが拓けることによって、パナマ運河を通ることなく大西洋から太平洋へ行けるとか…。ですから、今まさに北極圏がホットスポットになっている訳です。こちらの表を見ていただいても、8月の海氷の面積はここまで下がってきている…。私はこの1カ月、毎日のようにアメリカ側の発表と日本側の発表をインターネットでチェックしていますけれども「この問題にどうやって立ち向かうか?」と思うと、夜も眠れないくらい心配になります。
▼世界の潮流に変化が見えだした
世界はほとんど目覚めた訳です。これまで世界最大の石油資本(メジャー)であるエクソン・モービルは、「炭酸ガスは温暖化の原因ではない」とか「温暖化は(地球の自律的な)自然変動で起こっている」といったデマ宣伝に大量の資金を投入―5年間で1,600万ドルを投入して―してきた訳ですが、400年の歴史を誇るイギリスの王立科学協会はそれに怒って「そういうデマ宣伝は止めろ!」と直接書簡を送り、闘っています。そのエクソン・モービルも2月13日に新しい最高経営責任者のR・ウェラーソン会長が、これまでと方向転換して「炭酸ガスは温暖化の原因である。われわれ石油業界も、この問題に真剣に取り組む必要がある」と言い出しました。
ブッシュ大統領はそれほど熱心に温暖化問題に取り組んでいませんが、アメリカの国民や企業は本格的な取り組みを開始しているわけです。6,600万人の人口をカバーする532の自治体が、機構同盟を結んで京都議定書におけるアメリカの約束を守ろうとしています。さらに、アメリカの上院は今、温暖化ガスの6割、7割、8割削減の法案が目白押しで提出されています。とりわけニュージャージー州とカリフォルニア州では、「2050年までに8割削減」というドラスチックな州法を議決し、知事が署名しています。翻って日本の国会はどうでしょうか? 国会には6割から8割削減を目標とする法案はひとつも出ていませんよ。
しかし、東京都の石原都知事は「2050年までに50パーセント削減目標」を言い出し、現在、検討委員会を設けて計画を作っている最中です。そして高知県、滋賀県も、2050年までに「炭素中立」(註:自然が吸収できる量まで温室効果ガスの排出量を削減相殺すること)県になることを今月、来月にそれぞれ発表する予定になっています。やっと日本も少し動きが出てきた訳です。次の課題は、こういった動きを来年の洞爺湖サミットにどう繋げていくかですね。イギリスは6割削減、ドイツは2020年までに4割削減、オランダは3割削減、EU全体では2020年までに2割削減。そういった大きな動きが起きていますが、私は、これらを実現するためにも、環境税も排出権取引も両方必要だと思います。
時間が来ましたのでまとめますと、「われわれは今何をしなければならないか?」と言いますと、非常に大きな思想の転換、空前絶後の政策転換―幕末から明治維新に至るぐらいの大きな転換―をしなければならないところに来ています。つまり、日本自身は「2050年までに80パーセント削減する」くらいの目標を掲げて、ありとあらゆる技術開発や社会の仕組みを、低炭素、循環、共生型の社会へ向けていかなければなりません。
そのために必要なものは、政治家のリーダーシップであり、国民もそれを要求しなければならない。それをどうやるかが問題ですが、この点において、私は科学者のみならず、宗教家に期待を寄せています。この間も『大法輪』という雑誌に短い文章を書かせていただきましたが、今、われわれは「いのちの存続の危機」に直面しているのですから、是非、宗教界でも決起していただきたいと思っています。こういった愚かな社会経済政策を執っていては自滅の道を辿(たど)るだけですから、政界や経済界のリーダーに発想の転換を迫らないと間に合いません。私は技術開発が専門なんですが、宗教界の働きかけは非常に重要だと感じています。
もうひとつ紹介しておきたい話が、ロイヤルファミリーのリーダーシップです。英国のエリザベス女王やチャールズ皇太子は、自分の出した炭酸ガスをオフセット(相殺)しています。例えば、エリザベス女王は、ご自身がアメリカへ往復された際に飛行機が排出した1.5トン分の炭酸ガスを、NGOにお金を出して植林を通じて吸収させます。これに対し、だいたい14ポンドのお金を払っています。チャールズ皇太子も、自分のやっている会社が年間3,425トンの炭酸ガスを出していることを受けて、これに対し3万ポンドのお金を払って、女王と同じく植林を通じて吸収させるといった「カーボンオフセット」に取り組んでいます。
実は、日本で来月売り出される年賀葉書は、カーボンオフセット付きの年賀葉書なんです。1枚あたり5円のお金が、排出量取引のための資金として使われるのですが、1億枚の年賀葉書から得た5億円の資金をもとに、外国から炭酸ガスの排出する権利を購入し、それを日本政府に納めることによって「チーム・マイナス6パーセント」の不足分を補ってもらうという運動が既に始まっています。その結果「15万トンの炭酸ガスが削減できる」ということです。
もう今や「待ったなし」の状況です。今日、お越しの皆様は「社会のリーダー」でもありますから、是非、政界や経済界のリーダー、そして科学者に対しても檄(げき)を飛ばして動かしていただきたいとお願いし、私の話を終わりたいと思います。ご静聴有り難うございました。
(連載終わり 文責編集部)