国際宗教同志会平成25年度第3回例会 記念講演
『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』

前海上自衛隊 阪神基地指令・海将補
高橋 忠義

20131018日、金光教泉尾教会の神徳館国際会議場において国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成25年度第3回例会が、各宗派教団から約60名が参加して開催された。記念講演では、東シナ海における中国との緊迫した関係を受けて、前 海上自衛隊 阪神基地指令の高橋忠義海将補(退役)を招き、『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、この内容を数回に分けて紹介する。


高橋忠義氏
高橋忠義氏
▼自衛隊と宗教

ただ今、ご紹介に与(あずか)りました、高橋忠義でございます。私は関西人ですので、当然、本日の講演も関西弁で喋らせていただくことになりますが、それにしても関西弁で喋れるというのは良いですね。関西弁は、そもそもオモロイ喋りができるんです。私は現在、東京に住んでいますが、やはり標準語だと面白味がない。あんまり最初から脱線ばかりするのは良くないですが、関西弁には私もちょっとこだわりがあるんです。私は防衛大学校を卒業しましたが、防大というか自衛隊という組織は、やたら関西弁を嫌うんです。何故かは知りませんけれど…。関西弁で喋ると、上級生から「お前、なに関西弁喋ってるんや!」と標準語で注意を受けます(会場笑い)。という訳で、関西弁を喋ったら怒られる訳ですから、元来、喋りの私でもだんだん喋らなくなり無口になりますから、人間暗くなりますよ…。例えば、「何してはるんですか?」と先輩に言うと、「何してはる」で既に敬語、そこへ更に「ですか」まで付けてるのに、「何だ貴様、馬鹿にしているのか!」と怒られる。自衛隊全体にも言えることなんですが、九州出身の方が多いんです。ですので、注意をされる上級生は標準語なんですが、九州訛りの標準語なんです。「あんたに方言をとやかく言われたくないわ」みたいなところがありますね。そういう訳で、今日は心おきなく関西弁バリバリで喋らせていただきたいと思います。

私は今年、57歳になり、先々月退官しました。先ほど、事務局長さんから「高橋さんは宗教界なら、まだ若手のほうですからね…」と言われた時は、誉めていただいているのかどうか戸惑いました。私が若手なら、どんなご高齢の方々が来られるのかとドキドキしていましたが、今日こうやって会場を見渡してみますと、皆さんお若いですよね。若干、お歳のいっておられる方もいらっしゃいますが…(会場笑い)。全体的に見ると非常に若くてホッとしました。

「宗教」といいますと、自衛隊は無宗教ということになっています。政治に携わる者、あるいは、公務員は宗教と分離せないかんと固いことを言ってはりますけど、厳しい言い方をしますと、そもそも軍隊は人の命を奪う組織ですから、そんな所で宗教心がなくて、そんなことができるか? という話ですよね…。アメリカ軍には必ず兵士の精神的な悩みを担当するキリスト教の牧師の資格を持った軍人さん(チャプレン)が居られます。

国際宗教同志会会員諸師に熱弁を揮う高橋前海将補 国際宗教同志会会員諸師に熱弁を揮う高橋前海将補

(ひるがえ)って、日本の自衛隊にはお坊さんが居ません。私としては、自衛官の「こころのケア」を担当するお坊さん(チャプレン)が居られたほうが良いんじゃないかと思いますけれどね……。今、自衛隊もそういったこころのケアをしっかりやっていかないといけないと考えています。それはやはり、「3.11」東日本大震災で、災害派遣に携わった隊員たちは、そこらじゅうにゴロゴロと転がっていた遺体をたくさん扱ったのですが、これは、若い子たちには相当ショックなことでした…。もちろん、心理療法士(セラピスト)などの専門家がメンタルヘルスケアにあたりますけれども、このような場合、やはり宗教心を持ってケアにあたっていただくのが良いんじゃないかと私は思います。私の座右の銘は「忘己利他(もうこりた)」です。これは天台宗の最澄の教えですが、この「己を忘れ、他人を利するは慈悲の極みなり」は、まさに自衛隊になくてはならない考えです。いずれにしても「こころのケア」はわれわれの職業にはなくてはならないものだと思います。

今日は宗教の話から離れて、もっとしっかりと現実を見るということで、2、3年前まで沖縄で勤務をしていた時は、尖閣列島の防衛に直接携わってきましたので、そういった経験を踏まえて今の尖閣の防衛がどうなっているのかご紹介し、そして問題点を明らかにし、今後わが国が取るべき方策とはどういうものかを申し上げたいと思います。


▼第1列島線と第2列島線

まず、このクイズ画面を見ていただきたいのですが、これが何の形かどなたか判る方はいらっしゃいますか? そうです。これは200海里(カイリ)の日本の排他的経済水域(EEZ)の形です。ご覧いただくとお判りいただけるように、実際は相当でかいです。右下の丸い部分は南鳥島─われわれは「マーカス」と呼んでいますが─と呼ばれる三角形の島で、真下の指でボールを摘んでいるように見えるところは、石原東京都知事(当時)が「周囲をすべてコンクリートで固めて島が波による浸食で失われないようにしている」と言った沖ノ鳥島です。そして、本日のテーマとなる尖閣諸島は、この地図の中では左下に位置します。

図表1:国土と排他的経済水域 図表1:国土と排他的経済水域

わが国の国土面積は世界62位ですからそれほど広くはありませんが、排他的経済水域は世界で6番目に広いエリアを持っています。「四面環海」と言われていますが、EEZの広さからすると本当に大きなエリアを有しています。「排他的経済水域」とは、経済活動に関して排他的であることを認められた領域を指します。つまり、この水域内における漁業であったり、資源探索であったり、資源を取ったりといった経済活動に関して、わが国に占有的な権限が与えられていることを意味します。逆を言うと、このエリアでも、他国、例えば中国が軍事演習をやるということについては全く問題がないのです。もちろん、それはわが国の領海である12カイリの外側のEEZの水域内という意味ですが…。海は基本的に「母なる海」と言われるぐらいですから、包容力があります。公の海は何人も自由に通行できる原則─われわれは「航海自由の原則」と呼びますが─があります。その原則に立っていろいろな国際的な規則ができあがっている訳です。

ちょっとけったいな地図が出てきましたが、これは中国側から見た太平洋側の地図です。常々われわれ日本人は北を上にした地図を見ていますから、この地図は位置的にわれわれのイメージとずいぶん異なりますが、中国大陸側から日本海側を見るとこのような感じになります。ご覧いただくとお判りいただけるように、地図の右側の太平洋上に赤い線が2本あります。右側の線は「第2列島線」、左側の線は「第1列島線」ですが、これは私が言っているのではなく、あくまでも中国の要人が言っているものです。第1・第2列島線は、中国の国防戦略の重要なラインです。

図表2:第一列島線と第二列島線 図表2:第一列島線と第二列島線

第1列島線は九州の南端から南西諸島を通ってフィリピンに至る線ですから、東シナ海・南シナ海を包括してます。そして、さらにその外側に第2列島線があります。こちらは小笠原諸島からグアムに至るラインです。中国の戦略は、第1列島線と第2列島線の間の海─つまり、もろに日本のEEX内ですが─で敵性兵力を駆逐するということです。つまり「第1列島線の内側は中国の内海なので、どの国の軍艦も入れない」ということです。彼らには国際法である排他的経済水域は関係ありません。中国から見た「敵性勢力」とは如何なる勢力か具体的には述べていませんけれど、敵対する国、あるいはそういった組織、海軍兵力あるいは空軍兵力といったものを指します。したがって、そこに位置する尖閣諸島は、彼らの主張する第1列島線の内側ですから、中国の国防戦略上の戦略要所、非常に重要な島と言える訳です。

2カ月前までは、私は現職の自衛官(海将補)だったので副官がいましたから、私が「ハイ」というと副官が自動的にパワーポイントの画面を切り替えてくれてたんですが、退官した今は自分でやらなきゃならないので、なかなか大変です。本日は、最初の30分間スライドを見ながらお話をさせていただきます。


▼排他的経済水域の問題

話だけではなかなかイメージが湧かないと思いますので、こちらの図をご覧ください。中国は「尖閣諸島はわが国(中国)のものだ」と主張していますが、わが国(日本)の立場は「(日本領である)尖閣諸島について、日中間に領土問題はない」というものですから、日中間にフリクション(摩擦、衝突)があるところです。しかし、もうひとつの日中間の問題は、明らかに問題です。日本側は「領土問題はない」としていますが、ひとつだけ認めている問題があります。それは「排他的経済水域の境界」に関する問題です。ちょうど色の境目に「日中中間線」と書かれた矢印がありますが、これが日本の主張ラインです。ここに、2,000メートルぐらいの深さの沖縄トラフという海溝がありますが、中国は「ここまで中国の大陸棚が続いているから、ここまでが中国の排他的経済水域だ」と主張─もちろん、そこには尖閣も入ります─しています。中国は「国連海洋法条約」に基づいて主張している訳ですが、その中に「大陸棚条項」というのがあります。これは「本土から200カイリを超えたとしても、大陸棚が続いている以上、大陸棚の終わる所までを排他的経済水域として認めましょう」という条項ですが、中国はこれに基づいて「ここまでが中国の排他的経済水域なんだよ」と主張している訳です。

図表3: ガス田および尖閣諸島の位置関係 図表3: ガス田および尖閣諸島の位置関係

これに対し、日本は「そうじゃない。それは大陸棚の沖にどこの島国もない場合だ。中国大陸の沖には日本列島がある。だから、日本列島の西端と中国大陸の東端の距離上の中間点が中間線だ」と主張しています。ここに、2,000メートルぐらいの深さがある「沖縄トラフ」がありますが、実際はここまでが中国大陸から伸びている大陸棚です。ですので、そういう観点から「中間線を取るのがもっともでしょう、何処の国もそうやっていますよね?」という訳です。ですので、東シナ海において、日本・中国・台湾の排他的経済水域の境界はまだ確定していないということです。これも大きな問題のひとつですね。では、どうすればいいか? 基本的には話し合いで解決するということですが、おそらく中国は主張を譲らないでしょうね。もうひとつは、国際司法裁判所に提訴し判決を頂くという方法がありますが、これもなかなか難しい。

ここに丸印を付けた場所がありますが、これは何かというと中国が開発しているガス田です。日本が主張している排他的経済水域の中間線よりも約1カイリ(約1,800メートル)ぐらい中国寄りの所に、「春暁(しゅんぎょう)」というガス田があります。ここは既に中国本土までパイプラインを引いて操業を始めています。これも非常に日本にとって懸案事項です。「日本の主張する中間線よりも中国側なのだからいいじゃないか」という見方もありますが、この一帯にガス田があると、たとえ中国側で採掘しても「ストロー効果」と言うのですが、地下で日本側が主張している排他的経済水域を越えてチューチュー吸い取ってしまうんです。「これはちょっと理不尽やから止めてくれ。共同開発しましょう」という日本の提案に対し、中国は「判りました。では共同開発しましょう」と言っていますが、この数年、全く手つかずの状態で動いていません。確かに、中国は共同開発なんてしなくても自分でやっときゃ良い訳ですからね…。

では、それやったら日本側も独自に開発したらいいと思いませんか? ここにガス採掘井戸(プラットフォーム)をバーンと作って、パイプラインを九州の鹿児島まで引いたらいいじゃないですか。日本にはそのぐらいの技術力ありますよ。けれど、残念ながらペイしないんです。民間ではできないということです。要するに、税金つぎ込んで赤字出してやったらできます。何故かと申しますと、先ほど申し上げた水深2,000メートルの沖縄トラフがここにありますが、ここに3ノットとか5ノットまで出るような、もの凄く早い北東潮流があります。ですので、パイプラインを引けないことはないんですが、引くのにもの凄くお金がかかるので、ペイしない訳です。じゃあ、何故「共同開発」かといいますと、採ったガスを日本に持って行くのではなく、中国に売ることでペイするという話です。「中国側は技術や資金をかけることなく安くガスが手に入り、日本は採ったガスを中国に買ってもらうということで、両方ともウィンウィンの形でガス田の開発ができますね」という提案なんです。しかし、なかなか話が前に進みません。それが現状です。


▼尖閣諸島はどれぐらい「遠い」か?

ガス田の話はさておいて、本題である尖閣諸島の話題に入っていこうと思います。 尖閣諸島は地理的に那覇から420キロメートルあり、非常に遠いです。F15は那覇に駐屯してますけれど、尖閣に領空侵犯で来た中国の飛行機が来た場合、スクランブルで上がりますけれど、当領空域に到着するまでに30分かかります。

(いくらF15でスクランブルをかけても、420キロ離れた那覇から当該空域に到達するのに30分かかるので)30分も経てば、領空侵犯した当の中国機も、もう何処かに行ってしまってますからね。非常に厳しい…。だから、その外側に「防空識別権」を設けて、そこに入った時点でスクランブルをかけるのです。尖閣諸島は、中国本土からは約400キロ弱、台湾からは約200キロです。一方、こちらからは一番近い石垣島からで160キロです。したがって、この尖閣の島々の領海の中では、日本の海上保安庁の巡視艇が4ないし8隻、毎日毎日常駐して、この領海を守っています。燃料を積んだり食料を補給したりするベース(基地)となるのは最も近い石垣島です。「160キロ」と言いましても、だいたい巡航スピードは12ノットから15ノットで、距離的には80カイリぐらいですから、片道だいたい5、6時間かかるということです。それだけ遠い中、この島を守りきるのは非常に厳しい地理的位置関係にあるということをまずよく理解していただきたいと思います。

距離的な感覚とは、なかなか判りにくいと思いますが、那覇から尖閣までの420キロメートルというのが、どのぐらいの距離かと申しますと、私の生まれ故郷である西宮市(ざっと神戸)から九州の大分ぐらいまでの距離に相当します。ですので「ちょっと行ってくるわ」という訳にはいかないですね。対潜哨戒機のP3Cで飛んでも2時間ぐらいかかりますので、ここは遠いという感じがします。ですから、「尖閣諸島」と申しますと、沖縄のすぐ傍にある島をイメージされるかもしれませんが、距離的には相当あります。


▼矛盾だらけの中国の主張

お配りした資料をご覧ください。歴史的なことを少しだけおさらいします。1885年(明治28年)に、日本政府が当時、無主の地であった尖閣諸島をわが国の領土として編入しました。以後、そこへ日本人が住み着いて鰹節工場を造ったり、あるいは鳥の剥製を作ったりして生業をしていました。終戦以後は、ご存知のとおり沖縄は米国の施政下にありました。一部は、米軍が射爆場(射撃の目標)としてこの島を使っていました。その当時、中国は何の文句も言っていませんでした。もし、現在中国が主張するように、尖閣が「自分のところの島」だったのならば、どうして米軍がガンガン射撃訓練をしていることに対して何の文句も言わなかったんでしょう? それはつまり、中国は「尖閣は米国の施政下である」と認めていたからです。

沖縄復帰後、当然施政権は日本に返還され、以後、尖閣は日本の領有となっています。ですから、歴史的にも国際法的にも、尖閣がわが国の領土であることは間違いないということであります。ところが1968年に、国連の組織が東シナ海一帯の海底調査を行ったところ、「尖閣諸島の周辺に石油資源が埋蔵されている可能性が高い」との指摘がなされました。そうしたら、1971年になって中国と台湾が「ここは俺のもんや。知ってた?(会場笑い)」と言い出しました。

1972年がひとつのターニングポイントであります。まず、5月15日に沖縄が返還されました。そして、もうひとつが9月29日に行われた「日中国交正常化」です。北京の人民大会堂で、田中角栄、周恩来両首相が握手しました。その時に田中角栄首相は周恩来首相に尖閣の問題について尋ねていますが、周恩来は当時、「そのことについては話したくない。日中間にある諸問題は、将来の世代が解決するでしょう」と言いました。日本はどう取ったかというと、尖閣は諸問題ではないと…。日本の立場としては、「日中間に領土問題は存在しない」訳ですから、中国の言うところの「諸問題」には尖閣の問題は含まれないという解釈をしました。つまり、玉虫色という訳です。周恩来は棚上げにしました。そういうつもりで発言しています。それから20年後の1992年、中国は領海法を制定して「釣魚(尖閣)諸島はわが国の領土である」と法律で明記しました。それからさらに20年後が現在ですが、今どうなっているかというと、長年日本が実効支配してきた尖閣諸島に対する実力行使です。つまり、「実力行使の段階に入った」ということです。これを着々と計画通りというのか、思い描いたことをひとつひとつ長い時間をかけて実現していくのが中国のやり方です。その点、日本は結構短気で、国民の間で大きな議論を生んだ話題でも、4、5年経つと忘れてしまいますが…。そして、少しずつ少しずつ蝕(むしば)まれていることになかなか気が付かない…。これが中国の怖いところです。

高橋氏の講演を熱心に傾聴する国宗会員諸師 高橋氏の講演を熱心に傾聴する国宗会員諸師

もし、尖閣が中国の手に渡ったら、日本の排他的経済水域(EEZ)は図上の黄色いエリアの部分が失われるということです。この広さはだいたい九州の面積に匹敵しますから、結構広いんです。おまけに、同海域には石油や天然ガスが大量に埋蔵されています。先般、この線から南側の海域で日台間の「漁業取り決め」というのができました。ここは台湾との排他的経済水域のラインが確定していない所ですが、「漁業に関してはお互いにルールを決めてお互いに漁ができるようにしましょう」という取り決めをしました。実は、この問題は日台間で10年以上交渉がなされていましたが、役人同士がやっていますから、双方の基本的な立場を主張し合うだけで、全く解決しない。

ところが、安倍総理は彼らが主張しているところをちょっとだけ妥協したんです。まさに政治決断です。だいたい新聞はこういうこと(外国に妥協したら)を叩くんですが、珍しく「日本外交の勝利だ」と誉めていましたね。何が外交の勝利かと申しますと、まさに尖閣問題に対しての外交の勝利です。中国側の主張は「尖閣はそもそも台湾のものだ。そして、台湾は俺(中国)のものなんだから、尖閣も俺のものだ」という論理です。では、台湾はどうかと申しますと、彼らはよく「尖閣を返せ!」と主張しますが、これは領土的な野心ではなくて100万もの漁民が居る台湾の本音は「豊富な漁場である尖閣のエリアで魚をとりたいから漁場をくれ」という意味です。ですので、日台間で漁業取り決めができた─国交がないので「協定」ではなく「取り決め」です─ことで、台湾漁民の不満が一気に解消された訳です。

そうすると、尖閣の問題に対する台湾のトーンがガーンと落ちるんです。そうすると困ったのは中国です。中国は「尖閣は台湾のものだから、ひいては中国のもの」という主張の下、台湾に「やれやれ」とけしかけていたのに、台湾のトーンが落ちて、逆に台湾から「まあ、ええやないか」となだめられてしまう。

もちろん、台湾も尖閣に対する日本の領有権そのものは認めないでしょう。けれども、実際には尖閣の海域で漁業がしたいだけなので、確実にトーンは落ちます。中国は焦ったと思いますよ。日台間でこの海域の「漁業取り決め」を締結するということは、とりもなおさず、台湾が日本による尖閣の実効支配を認めているということの証(あかし)でもありますから…。ですから、この日台間の「漁業取り決め」に対してずいぶん批判をしていましたが、今度は「そもそも琉球(沖縄)は俺(中国)のものだ」と言い出したんです「琉球国は、歴代の中華皇帝に冊封使を派遣して『琉球王と認めてくれ』と言っていた訳だから、そもそも琉球王朝は俺のものや。知ってた?」と…(会場笑い)。これはまさに中国が焦っている証拠です。10年にわたって解決しなかった尖閣に関する日台間のフリクション(摩擦、衝突、不和)に関して、安倍政権になって大きな外交戦略が実現しましたが、政治決断とは、まさにこういうことだと思います。


▼民主党政権が残した大禍根

もう少し詳しく見ていきましょう。魚釣島は尖閣の島々の中で一番大きい島ですが、この島の東岸に日本人が住んでいた痕跡があります。そして、魚釣島から北へ約30キロメートル行ったところにある久場島…。2010年9月に中国漁船が海上保安庁の巡視船にぶつかってきた事件がありましたが、あれはこの久場島沖の領海で起こりました。そして、約100キロメートルほど東側へ行くと大正島…。この島は在日米軍の射爆場に使われていましたので、草木も生えていません。魚釣島のすぐ近くの北小島と南小島には平たい場所があるので、ヘリコプターが降りることができます。私もヘリコプターのパイロットですけれども、昭和50年代は読売新聞のヘリコプターもここへ着陸して取材を行っていますが、そういう時代を過ごしてきました。

ところが今では、海上自衛隊の護衛艦ですら、尖閣周辺海域へは行っちゃいけないんです。政府から「行ったらアカン」と言われたのです。皆さん、尖閣は日本の領土やのに「何でやねん?」と思うでしょう? 困ったことですが、これは誰のせいかといいますと、民主党政権のせいなんです。民主党政権の時に「海上自衛隊は尖閣の周辺で行動するのを遠慮せよ」というお達しが出ました。これは報道されていませんから、私が現役ならば話せなかったことですよ。別に軍事機密事項ではありませんが、制服を脱いだから言えることです。政治家の中には「高橋は余計なことを言いやがって」と言う方もおられるかもしれませんが、私は知りませんよ。もう退職金も貰いましたから自由に話ができます(会場笑い)。

(魚釣島の写真を見せながら)これが日本青年社が建てた「魚釣島灯台」です。民間人が造った灯台で長年海図には出ていなかったんですが、今現在は正規の灯台として認められています。ここに石碑があって、船だまり用に掘られた長さが50メートル、幅が10メートルぐらいの水路がありますが、この辺りが物流の拠点だったといって良いと思います。ここが鰹節工場跡ですね。そして、ここに赤いシャツを着た人が写っていますが、実はこのおじさんたちは台湾人です。この写真は海自のP3C(対潜哨戒機)から撮った写真なんですが、10年ほど前に台湾の活動家が不法上陸した時のものです。
海上保安庁が尖閣の領海である12マイル(約22キロメートル)の中を、常時、4ないし8隻の巡視艇で守っています。どういう守り方をしているかというと、中国から来た監視船が日本の領海内に入ってくると、「済みません。出て行ってください」と、無線やスピーカーを使って話をします。それが、海上保安庁のやり方としての限界であり、最大であります。他に選択肢はありません。素人の方でも「放水とか臨検拿捕(りんけんだほ)とかあるんじゃないの?」と思われるかもしれません。日本の漁船も結構、外国の公船に臨検拿捕されていますし、2010年9月には久場島で中国の漁船を海保の巡視艇が拿捕しました。「日本の領海に侵入したのだから、中国公船にも同じことを何でやらないのか? やったらええやん」と思うでしょう? ところが、海上保安庁法第20条では武器の使用についての規制が書かれています。そこには、「公船および軍艦を除く」と書いてあります。つまり、漁船などの民間船は拿捕できても、たとえそれが明白な違法行為を行っていたとしても、相手が外国公船や軍艦の場合には、海上保安庁は先に述べたような行為をやっちゃいけない訳です。

You Tube映像など見ていただくとよく判ると思うんですが、尖閣諸島に台湾や香港の活動家が来た時に上陸しましたよね。あの時も台湾の巡視艇が付いて来てたんです。活動家の乗っている漁船に対して海上保安庁の巡視艇が放水していると、間にスッと台湾の巡視艇が入ってくるんです。そうすると放水の銃口を逸らして、巡視艇に当たらないようにするんです。当然、日本は法治国家ですから、たとえ誰も見ていなくても、相手が不法行為を行っていたとしても、公務員たる海上保安官たちは、やってはいけないことはやりません。法律に「やったらあかん」と書かれてますからね…。けったいな国ですよね。

アメリカも含めて他国の場合では、普通「コーストガード(沿岸警備隊)」と呼ばれますが、その職務権限を自主的に限定して警察権力のみに限定しているのは日本だけです。ですから、他にオプションはなく「出て行ってください」と言うのが限界ギリギリです。もちろん「領海」とは言っても母なる海ですから、非常に包容力があります。領海といえども、他国の船が入ってくることについて、直ちに「駄目だ」という訳にはいかないです。「領海侵犯」という言葉がありますが、これは実は法律用語ではなく─法律には「領海侵犯」という概念が存在しません─俗語です。他国の領海をただ通過することを「無害通過通行権」といいますが、通過するだけなら、たとえどこかの国の領海であっても「どうぞ、自由ですよ」というのが国際法です。ただし領空は駄目ですよ。領空は入った時点で「領空侵犯」になります。これは法律用語でもあります。海は心が広いですね…。


▼法律の不備

それならば「問題になっている中国の公船は領海侵犯していないんじゃないですか?」と疑問に思われるかもしれませんが、彼らの場合は明らかに有害な侵入をしています。つまり、彼らは何もせずに日本の領海をただ通過するだけではなく、停まったりします。それどころか、日本の巡視艇に対して「ここは中国の海だ! お前たちこそ出て行け!」と主張しています。これは、明らかに「有害」な行為です。当然のことながら、わが方の巡視艇は、国際法的な権限としては、これを排除するのに必要な処置が執れると思います。しかし、海上保安庁法では「駄目。やったらいけない」と書かれているからです。何故かというと、海上保安庁はあくまで警察権力なんです。警察権では「国権の発動」に対しては対処できません。警察権力が及ぶのは、あくまでも個人や民間の組織への犯罪に対してです。

どういうことかと申しますと、「自衛権の概念」の問題なんです。近頃「個別的自衛権」とか「集団的自衛権」という言葉を耳にされると思いますが、問題になっている「集団的自衛権」どころか、「平時における個別的自衛権」の概念すら、日本にはそもそも法的に存在しないのです。だから、海上保安庁の規定にも警察権力しか与えず、「国権の発動たる行為」を与えていないのです。唯一「国権の発動たる行為」が与えられているのが自衛隊ですが、それが「防衛出動」です。防衛出動が発令されて初めて個別的自衛権が使えます。今、問題になっている集団的自衛権に関しては、長年政府が「使えません」と言ってきましたが、それもナンセンスな議論です。この話をするだけで2時間はかかりますから、この話題はまた別の機会に取り上げたいと思います。

それどころか、「個別的自衛権でも有事にしか使えない」というのが現在の日本の考え方です。もちろん、今は「平時」に当たりますが、そんな時に日本は何もできない…。中国は日本の海保が何もできないことが判っているから、堂々と何回も何回も繰り返し平気で領海侵入行為をしかけて来る訳です。少なくとも、これが諸外国のコーストガードのようにキチッとした対応をしていれば、中国も易々と来ませんよ。反撃されたら怖いですからね。中国の巡視船の船長だって趣味や個人の判断で来ている訳ではなく、あくまでも政府の命令に従って来ている訳ですから、中国の国権の発動たる行為なんです。これに対して警察権力(海上保安庁)では対応できません。

そうすると、皆さんは「だったら、海上自衛隊に行ってもらったらええやん」と思うでしょう。けれども、もし海上自衛隊が出て行ったら、中国の思うツボです。実は、中国は次に海上自衛隊に来てほしいんです。何故でしょう? 今は公船(中国のコーストガード)で日本の領海内に来ていますが、これをエスカレートさせて軍事力を発動したいけれど、国際的な目がありますから中国サイドから先に発動することはできません。もし、日本の海上自衛隊が出てくれば、それを口実にして中国も軍艦を出してくるということです。ですから、軽々に海上自衛隊は出ちゃいけない訳です。もちろん、われわれの権限としては行けるんですが、行くんだったら、小競り合いのようなことが起きる可能性が予想されますから、それを想定した上で「そうなった場合どうするのか」ということも踏まえて海上自衛隊を行かせるべきです。

実は、これは民主党政権のせいでもあります。民主党政権になるまでは、海上自衛隊は毎月毎月尖閣へ行っていましたので、既得権として平気で行うことができたのです。ところが、民主党政権時代にそれを引きました。「じゃあ、自民党政権になったんだから元に戻そう」といって、簡単にもう一度戻せるかというと、戻せません。戻ろうとすると、中国に「向こう(日本)から先に来たから」といった口実を与えかねないからです。まさに、国家間の関係というものは常に一歩も引いたらいけないんです。

結構勉強されている方は「海警行動(海上における警備行動)を発動したらええやん」とおっしゃるんですが、海上警備行動というのは「海上保安庁の能力を超えて、海上保安庁が対処すべき事案に対して海上自衛隊に権限を与えましょう」というものですが、海上保安庁にはそもそも警察権力しかない訳ですから、軍事力として発動できません。さらに困ることは、海警行動は国内法ですから、国内向けの法律になります。「これは形の上では自衛艦が出動していますけれど、実は海上保安庁の業務を代行しているだけです。ごめんね」というエクスキューズ(言い訳)なんです。けれども、他国から見た場合はどうでしょうか? いくら「実は私、海上保安庁なんです」とエクスキューズしたところで、海上自衛隊の艦船(軍艦)で来たら当然、相手からは「海上自衛隊が来た」と見られますよ。「この船には海上保安庁の権限しか与えていませんから」と言ったところで、誰が聞いてくれますか? だから、海上自衛隊は軽々には出られないのです。本来、海上保安庁が平時の自衛権を発動できる体勢を取って、リニア(直接)に対応すべきです。ところが、日本の国内法ではそれを禁止している訳ですから、けったいな国です。悩ましいところですね。


▼一歩も引いてはいけない

今から、日本が取るべき3つの具体的方策を紹介しますが、もちろん、中長期的には国内法を海上保安庁・海上自衛隊がリニアに島を守れるような法体系に変え、平時の自衛権を発動できるようにしていくことがゴールです。しかし「法体系が整うまで待っていましょう」なんて悠長なことを言っていたら、その間に尖閣を取られてしまいます。ですので、法改正は時間をかけてやっていくにせよ、ただちにやっていくことは3つあります。

ひとつは「一歩も引かない」ということです。海上保安庁がやっていることが最低ライン。私はP3Cで指揮を執ってきましたが、毎日毎日あの尖閣の上を飛んで哨戒しています。これも既に辞めたから言えることですが、2010年9月、先程申し上げた久場島の領海の中で中国漁船と海上保安庁の巡視船がぶつかりましたが、その時も当然P3Cは上空を飛んでいました。もちろん、ぶつかった瞬間、上空に居ませんでしたが、海上保安庁11管区と、わが海上自衛隊の第五航空部隊のP3Cは現場で通信が取れるようにしてありますので、あの時も尖閣諸島付近の海域をパトロールをしていた巡視艇からすぐにP3Cに「こんなことをされた」と連絡が入ったので、すぐに上空に飛んでいきました。巡視艇が漁船を追いかける様をずっと上からビデオを撮っていました。日本のマスコミは甘いですね。「海上自衛隊はビデオを持っているやろうから提出させろ」と追求されたら私も口がアウアウとなるところでしたが、誰も聞いてくれなかったですね(会場笑い)。

当時の国会答弁でも、野党だった自民党が民主党の北澤防衛大臣に「当日、P3Cは飛んでいたでしょう?」と質問したところ、北澤大臣が何と答えたかというと「当日、P3Cは飛んでおりませんでした」と…。これを聞いた時は「ちょっと待ってくれ!」と、さすがに驚きました。P3Cを毎日飛ばしていることは、われわれ海上自衛隊にしてみれば常識ですから、「飛んでませんでした」という防衛大臣の答弁には「エーッ!」と思いました。現場との調整もまったくありません。現場にP3Cを飛ばしていたかも確認せずに、大臣が国会でポンと答えてしまう…。それが民主党政権のええかげんなところです。ところが、何故か判りませんが、マスコミからはまったく追及されませんでした。日本のマスコミは、甘いというか勉強不足というか…。

もしマスコミに追及されたら「厳密には、衝突した瞬間は、上空にP3Cは飛んでいませんでした」とエクスキューズするしかないなと、自衛隊内部で話し合っていました。いずれにしても、民主党政権というのは非常に乱暴な政権でした。ちょっと話が脱線しましたが、尖閣上空では、毎日毎日P3C(対潜哨戒機)を飛ばしています。これを「一歩も引かない」ということです。

日本の実効支配には遠く及ばない中国は「ホットラインを開設しましょう」と提案してきます。「今、監視船が行きましたから、中国の船を引いてください。ちゃんと教えますから、P3Cもそこで止めましょう」と…。しかし、こんな提案に乗ってはいけません。ここは一歩も引いちゃいけない。日本は、自国の権利として、監視活動を行っている訳ですから、どの国にも迷惑をかけていません。彼らのガス田の上も日本の防空識別圏の中ですから、毎日のように日本のP3Cが飛びます。中国はP3Cに上空を飛ばれるのが嫌で、なんとか飛ぶのを止めさせたい。それで、なんやかんやと言っては「話し合い」をもちかけてきますが、今やっている行為は一歩も引いちゃいけない。

先ほど、「民主党政権の時代に尖閣周辺海域に日本の護衛艦が行かなくなった」と言いましたが、それまでは定期的に巡回していた護衛艦を引いてしまった訳です。一度引いたら、もう戻すことはできません。次に元に戻しても、それは「元に戻した」のではなく、「新たに進出した」と取られるので、もし、次戻ったら「日本が新たに護衛艦を出してきたから中国も出す」とエスカレーションしてしまいます。これは日本にとっても中国にとっても良い結果にはなりません。


▼日本の誠実さを訴えるグローバルな外交を展開

2つ目は「外交」です。「外交」とは、もちろん、当事国である中国との外交も然りなんですけれども、そうではなくて、第三国とのマルチ外交です。「外交」と聞くと「尖閣での中国の蛮行を諸外国にアピールすればいいんですね」と思われる方もおられるかもしれませんが、違います。もちろん、ベトナムやフィリピンといったような、南シナ海で中国相手に共通の問題を抱え、中国が武力を背景に国境線を変更しようとしているという共通の認識を持っている国々と話をすることは有効でしょうが、一般的にはそうではありません。陸上の国境の問題も含めると、世界中に尖閣のような問題はいっぱいあるんです。例えば、EU加盟国のように、友好国同士の間柄でも、国境や領海に関しては凄いフリクションがある国家関係というのはいっぱいあります。皆さんはどれだけご存じですか? おそらくご存じないでしょう。ですから、いくらわれわれが「尖閣でこんなことになっている!」と言ったところで「フーン、大変やね」で終わりですよ。

今年の6月、安倍総理は横浜でアフリカ開発会議(TICAD)を開催しました。アフリカ各国の首脳が集まるその会議の場で、安倍総理は「日本が財政支援をいたしましょう。もちろん、技術も提供します。そして、アフリカの皆さんの国々の若い人たちを雇用しましょう」と言いました。では、中国はどういうやり方をするかと申しますと、金は出します。中国の技術も持っていきます。ところが、雇用に関しては、現地へ中国人を大量に連れて行くんです。しかも、刑務所に入っている犯罪人のような人まで連れてゆくのです。そして、アフリカで採掘した資源を根こそぎ中国へ持ち帰った後、連れて行った犯罪人に「中国へ帰ったらまた牢屋に入れるぞ」と言うと、当然「嫌だ」となりますよね。「それなら…」と、その犯罪人たちを現地に残していく訳です。そういうことを中国はやるんです。そもそも現地の人たちに技術もなければ仕事もないところに、中国は中国人の労働者を連れて行き、資源も根こそぎ全部持って帰る訳です。金だけは持っていますから金は支払いますが、えげつないやり方をする訳です。

その点、日本は違う。日本は、金も技術も提供し、現地人の雇用も創出します。そういったさまざまな側面を、日本はもっと世界中にアピールしていく必要があります。日本人にとって、尖閣諸島の問題は確かに大きな問題ですが、他国から見れば同情はしてくれても自分の問題としては見てもらえません。それよりも、「日本は中国と比べて全然違う本当に誠実な国だ」ということを実感させるような外交を進めていくことが大切です。そうすれば、自ずと日本に対する信任が生まれてきます。これが基礎になります。中国は諸外国に対して「日本が俺(中国)の島を取ったんやから、悪いことをしてるのは日本や」と吹聴していることに対し、日本は反論しても良いかもしれませんが、日本は誠実な国であることを日頃から世界にしっかりアピールしておけば、中国が何を言ってもどの国も信用しなくなります。そこが、対中戦略のマルチ外交なんです。われわれは、どうしても目先の問題に走ってしまい、「尖閣の問題を世界中へアピールしよう」となりますが、これはあまり効果がありません。むしろ地道に日本の良いところを、東京オリンピックなどの好機を捉えて、まさに「お・も・て・な・し」の精神で(会場笑い)やっていくことが大事だと思います。


▼アメリカとの関係を強化してゆく

最後の3つ目は「日米関係」です。これをなくして尖閣の防衛は考えられません。特に軍事同盟をしっかりと堅固なものにするということ。民主党政権の末期に、日米の共同訓練を東シナ海で行うことになりました。尖閣の周辺ではありませんが比較的近い所で「離島奪還のオペレーションの訓練をやろう」という計画を立てて、日米の実務当局で準備を着々と進めていたところ、民主党政権は中国に遠慮してこの計画を縮小し、結果的にやってもやらなくても良いような訓練にしてしまいました。しかも、この訓練は非公開でした。アメリカ軍の高官はカンカンになって怒り、「日本はやる気がないのか? 本気で尖閣を守ろうとしているんじゃないのか?」と…。これは本当にヤバい状況でした。

これを回復させたのが、今年の夏にアメリカの西海岸にあるサンクレメンテ島という島において行われた日米の共同訓練です。「ひゅうが」という海上自衛隊の空母─現役の時は「ヘリコプター搭載護衛艦」と呼ばなければなりませんでしたが、退官した今だから言えますが、ハッキリ言ってヘリ空母です─と、これもヘリ空母のような形をしていますが「おおすみ」型の輸送艦、そしてイージス艦の「あたご」の3隻が西海岸まで行き、アメリカの海兵隊に敵前上陸、島の奪回作戦を教えてもらいました。われわれ海上自衛隊はビークル(輸送船)は持っていても、地上戦のノウハウがないんです。そこで、陸上自衛隊の隊員を200人、海自の輸送艦に乗せていきましたが、これも5年前では考えられなかったことです。というのも、陸上自衛隊は、海上自衛隊の輸送船に乗るのが嫌いなんです。窓がないから酔うんです。函館から横須賀まで行くのに、あいつらは民間のフェリーには乗るんですが、海自の輸送艦には乗らないんです(会場笑い)。けれども、今回は横須賀からはるばるアメリカ西海岸まで行ったんです。どういうことか?「自衛隊は、島を守ることに本気モードだ」ということです。

これは中国に対して効果ありましたよ。当然、中国は「何だ!」とコメントしました。表向きは「尖閣を睨んだ訓練ではないし、特定の国を対象にしたものではない」と言っていますが、本音は違いますよね。尖閣を十分意識しています。つまり、中国に対して大きな抑止力を示したということです。それよりも何よりも、一番効果があったのはアメリカ自身です。アメリカに対して、「日本は、自衛隊が本気でこの島を守るんだ」ということがアピールできたんですから…。そりゃそうですよね。自分のところの島を守るのに、「済みません。アメリカさん先に行ってください。私、後ろから付いて行きますわ」これじゃあ、いくら日米安保条約5条─日本の施政下にある領域(この場合は尖閣諸島)が他国によって武力攻撃された場合は、日米共通の危険に対処するように行動する─があるといっても、アメリカは助けてくれませんよ。当たり前ですよね。自衛隊が先に行って、足らないところを「済みません。アメリカさんお願いします」だったらやってくれるでしょう。自らが汗水流して、あるいは血を流して守る姿勢を示さない限り、アメリカは助けてくれません。日米安保条約なんて吹っ飛んでしまいます。

まさに、日米の軍事同盟を具体的に強固なものにする。誰もアメリカと戦いたいと思いませんし、それは中国も例外ではありません。絶対に戦いたくないと思っています。ただ、日米間の軍事同盟を強化することは、中国にとって本当に嫌なことです。当面こういう状態が続けば、「中国は軽々に軍事的に尖閣に踏み入ってくることは無い」と断言できます。民主党政権の時、アメリカは一時、「やる気がないんだったらいいですよ」と、本当にそっぽ向いてましたから危なかったですけれどね。こういったことは報道もされませんから、なかなか判りづらいと思いますが、特に戦後、海上自衛隊が創設されて以来50年間、諸先輩方がずっと積み上げてきた海上自衛隊と米海軍の信頼関係が一瞬のうちに失いかけましたからね…。「Trust me!」なんて言っても駄目です(会場笑い)。本当に口先だけじゃ駄目なんです。

これで、今の日本が国内法を変えなくても、現状下においてできることを3つ述べました。「一歩も引かないこと」、2つ目は「日本の誠実さを訴えるグローバルな外交を展開していく」、3つ目は「アメリカとの関係(特に軍事力関係)を強化していく」この3つが、平時の尖閣諸島を守ります。そして中長期的には、リニアに平時の自衛権を発動できるような法律に変えていくことが重要です。ちょうど時間になりましたので、これで本日の私のお話を終わらせていただきます。ご清聴、有り難うございました。



(連載おわり 文責編集部)


国際宗教同志会平成25年度第3回例会 記念講演(質疑応答)
『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』

前海上自衛隊 阪神基地指令・海将補
高橋 忠義

2013年10月18日、金光教泉尾教会の神徳館国際会議場において国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成25年度第3回例会が、各宗派教団から約60名が参加して開催された。記念講演では、東シナ海における中国との緊迫した関係を受けて、前 海上自衛隊 阪神基地指令の高橋忠義海将補(退役)を招き、『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、記念講演に続いて、質疑応答の内容を紹介する。


高橋忠義氏
高橋忠義氏

司 会: それでは、ただ今から質疑応答の時間に入らせていただきたいと思います。あらためまして、高橋先生にご出講の御礼を申し上げたいと思います。私どもがご出講をお願いした7月の時点では、現役の海上自衛隊の司令でおられましたが、その後(8月に)ご退官されたということで、退官されたが故に言えることもあるかと思いました。講演の要旨は、「一歩たりとも引いてはいけない」、「グローバルな外交の展開を」そして「日米同盟を堅固なものにして、中国─中国以外にもいろいろありますが─に付け入る隙を与えないようにしよう」という3点だったかと思います。では、ご質問のある先生方は、挙手の上、指名されますと、お名前とご所属をおっしゃってから、高橋先生にご質問をしていただけたらと存じます。

われわれ宗教家は、よくお題目として「平和、平和」ということは言いますけれども、「平和」を唱えるだけで平和が維持できるのなら、誰も苦労はしません。必ず、裏で平和を担保しているものがあるはずです。特に日本の場合は、自衛隊の方の活動というものが極力社会の表に出ないように隠されています。その意味では、宗教も同じですね。実際には、今回の震災でもそれぞれの宗派・教団が被災地で相当ご活動された訳ですが、「政教分離」ということで、公に報じられることはほとんどありませんでした。そういう意味では、戦後の日本社会において、自衛隊員と宗教者は「頑張っているにもかかわらず、メディアや行政からは評価されない日陰の道を歩んで来た」という点において、ある意味、大変よく似た境遇にあるかもしれません。そういうことも含めて何かご質問ございますでしょうか?

中 村: 東高津宮の中村徹でございます。素人の質問になるのですが、ヘリ空母に近い形状のヘリコプター搭載護衛艦があると伺いましたが、ヘリコプターといえば、今話題になっているのがアメリカ軍のオスプレイです。オスプレイは日本も導入しないのか、また、導入した場合何かメリットがあるのか? あるいはオスプレイは、件のヘリ搭載護衛艦に搭載できるのか? その辺りを教えていただきたいのが1点目です。

中村徹東高津宮宮司の質問に応える高橋忠義氏 中村徹東高津宮宮司の質問に応える高橋忠義氏

2点目は「日米軍事同盟を堅固なものにしなければいけない」ということが、現実問題として非常に厳しく感じられる訳でございますが、このことが非常に大切であるとともに「日本人が自分の国を自分たちで守る」という意識が安保条約で阻害されている面もなきにしもあらずというのが戦後の日本の歴史だったと思います。その辺りの整合性と申しますか、われわれ国民はどのように心がければ良いのか、ご意見を伺えたら有り難いと思います。

高 橋: 有り難うございます。第1点目のオスプレイの話ですが、今いろいろとメディアで騒がれていますが、そもそもメディアが騒いでいるニュースは「オスプレイ=危険」といった感情論です。政府がキチッと調査をして、オスプレイという飛行機は米空軍、米海兵隊が正式に採用した非常に安全な軍用機であることは証明されています。「政府の言うことは信用できない」というのがメディアの立場なんでしょうが…。じゃあ、メディア自身も自分たちで調べたらどうかと思うのですが、調べる訳でもなく、終始、感情的な議論しかありません。ですので、オスプレイが何と比べてどう危ないのかを客観的に示しているメディアはほとんどありません。もちろん、戦争で使う軍用機ですから、安全性第一の民間機と比較しても意味がありません。いくらエンジンの整備をしていたとしても、戦場で打たれたら墜ちる訳ですから、その意味において、オスプレイが墜ちることはあり得る話です。ですので、どういう評価をするかは、まずキチッと物差しをしっかりした上で報道していただきたいという思いはあります。ちょっと蛇足的でお答えになっていないかもしれませんが…。

オスプレイの導入については、今、陸上自衛隊が調査費を付けています。したがって、自衛隊は将来的に皆さんの税金を使ってオスプレイを購入すると思います。何故かというと、現在、米海兵隊の普天間基地にオスプレイを導入して配置していますが、そもそもオスプレイが来るということはずっと以前から計画されていました。オスプレイは、チヌーク(CH-47J)という大型ヘリコプターの後継機ですが、これの数倍能力があり、数倍安全な航空機なんです。したがって、より危険で、しかも能力の低いヘリコプターから、より安全で能力の高いヘリコプターに変えただけです。それだけ良い航空機であれば、自衛隊も予算の許す限り、導入することは当然のことだと思っています。それから「ひゅうがはオスプレイを搭載できるか?」というご質問ですが、もちろん、できます。先程申し上げたサンクレメンテ島で行われた日米共同訓練では、報道もされましたが、ひゅうがの格納庫にオスプレイを格納する訓練も行っています。もし自衛隊がオスプレイを導入すれば、「ひゅうが型」、あるいは「いずも型」というヘリ空母に載せることになると思います。

2点目の「国民の国防意識」ですが、まさに地道な活動に尽きると思います。私は、ファンダメンタル(本質的)なものは、教育だと思います。国民に国防の意識を高めてもらうということは、そもそも自衛隊がどこまでやるかという話になりますから、われわれも努力はするんですが、教育は本来的には自衛隊の役割ではないんです。これこそ宗教家の皆様方が中心になって取り組んでいただきたい。そのために、私もこうやって講演に出向いている訳です。国の防衛は、自衛隊だけではできないということです。皆様も、頭の中では解っていても、実際具体的にはどうすれば良いのかなかなか判らないと思いますが、日頃から「意識を持つこと」が大切だと思います。例えばJC(日本青年会議所)では、昨年の活動で「領土領海委員会」というのを立ち上げ、現在も活動していますが、その活動の一環で、彼らが高校生以上の若者たちを対象に、地図を示して「竹島や尖閣諸島、北方領土のところに領海(国境)の線を引いてください」というアンケートを採ったのですが、正答率はわずか2%。つまり、50人に1人しか正解がいなかった訳です。それほど日本人─とりわけ若い人たち─が、自国の領土・領海に関して知らない、無関心であるということです。

まず、そういった意識をしっかり持つ。知識をしっかりと備えつけることから始める。あるいは、国旗国歌に対して敬意を表するといった、非常に基礎的なところから教育を改善していくことが第一歩だろうと思います。愛国心はそれからの話だと思います。私が「自衛隊が隊員に対して良い教育をしているな」と感じる端的な例を挙げると、ジャーナリストの辛抱治郎さんですが宮城県沖1,200キロで遭難救助された際のエピソードが判りやすいと思います。US2で助けられた後、辛抱さんが機内で、実際に救助にあたったクルー(隊員)に「名前を教えてくれ」と尋ねたところ、そのクルーは「私たちは個人でやっている訳ではありません。チームでやっています。第71航空隊を覚えておいてください」と言って、ワッペンを剥がして渡しました。格好良いですね。自衛隊にヒーローは要らない。そういう教育をしているんです。一人ひとりが力を合わせて取り組んでいる訳ですが、国民も同じことだと思います。一人ひとりの意識によって国の防衛が成り立っている。当然、国民から石を投げられていては自衛隊は国を守るために前に進めません。一般の皆様には、まず自衛隊に理解をしていただく。そして具体的には、例えば自衛隊の隊員がソマリア沖に行く時に「頑張ってこいよ!」と送り出し、戻ってきた時に「ご苦労さん、有り難う!」と言って迎えてくれるだけで十分です。国民から「有り難う」と言われること。それが、まさに自衛隊の士気の根源であります。質問に対する答えになっているかどうか判りませんが…。確かに、私もギャップを感じることはありますし、先程のアンケートの結果を見ても、そういった教育が今はまだまだ足りないという思いはあります。しかし、一度に解決できるような話ではなく、地道な活動を重ねていくしかないと思っています。それでも10年前、20年前に比べれば国民の意識は少しずつ高まってきていると思います。

司 会: 有り難うございます。本当に国民の意識というものは、特に「3.11」東日本大震災における救援活動で、人員的には陸上自衛隊の方が最も多かったと思いますが、海上自衛隊、航空自衛隊の方も含めて全部で10万人もの自衛隊の方が現地に入られたと聞きます。実際に泥水をかき分けて人命救助に当たってくださった。自衛隊員はいつも、本当に困った時に国民の側に居られる。また、一昨日、台風26号によって土石流災害が発生した伊豆大島でも救助に当たっておられました。

そういうことを踏まえた上でちょっと教えていただきたいのですが、PKO部隊としてイラクや南スーダンへ行かれたのは、自衛隊の中でも選抜された方々だと思いますけれども、東日本大震災の時は全部で23万人しかいない自衛官の中から10万人もの自衛隊員が派遣された訳ですから、エリートだけでなくかなりの割合の若い自衛官の方が行かれたと思います。先程の話にもありましたが、夥(おびただ)しい数の遺体を目にすることになりますし、放射能の汚染地域ですと、しばらく立ち入ることができませんでしたから、場合によっては犬や猪に半分食われてしまったような無惨なご遺体をご覧になった隊員もいるかと思います。そういう方に対する心のケアはどういう風にされているのでしょうか。私は数年前に横須賀にあるアメリカ軍の従軍牧師(チャプレン)から「これからアフガニスタンへ赴くアメリカの海兵隊員に対して、日本の宗教家にも話をしてほしい」と頼まれたことがあるのですが、アメリカ軍は実際そういった形で心のケアに対して非常に気を遣っています。日本のように公的セクターにおける宗教に対するアレルギーがないので、軍隊でもチャプレンのような方が積極的に活動しておられますが、日本の自衛隊の場合、隊員の心のケアはどのようにされているのでしょうか?

高 橋: 日本の場合は、メンタルヘルス専門のお医者さんであったり、臨床心理士の方々を自衛隊に採用するか、部外の方に頼んで、任務の途中もしくは終わった後に、カウンセリングを中心に行っています。ですから、いわゆる「心のケア」には気を使っています。ただ、そこに宗教心はありません。皆無とは言いませんが…。カウンセリングとは異なりますが、宗教界の皆様方の法話を聞かせていただくと、本当に安らかな気持ちになりますから、宗教の力は相当なものがあると思います。自衛隊の厳しい任務に当たらねばならない隊員には、ある種の宗教心から来る心のケアをやってもらいたいという思いもありますが、ただ、指揮官でいる以上、「政教分離」の原則については、常に念頭にあります。別に、宗教者の方に講話をしていただくのは良いんです。実際に僧侶の方にもお越しいただき、何回もお話しいただいてますが、現在はそういった取り組みが限界なのかもしれません。今後はもっと皆さんに助けていただきながら厳しい任務に当たっていけたらと思います。

司 会: 有り難うございます。日本の自衛隊は、創設以来、幸いにして人を1人も殺したり、また殺されたりしていませんが、アメリカ軍の場合は、世界の各地で人を殺しているという現実があります。いくら任務や上官の命令とはいえ、あるいは、敵が目の前で先に撃ってきたから撃ち返しただけとはいえ、人を殺してしまったことに対する心の問題は、宗教というものを抜きにして罪の意識について考えることは難しいという思いをアメリカ軍の兵隊一人ひとりが持っているのだろうと思います。その点、日本は幸いにしてそういうことがなかったけれども、もし将来そういうことが起きた時、宗教を抜きに罪の意識は語れないだろうという思いから質問させていただきました。

岡 本: 立正佼成会の岡本と申します。US2という日本が一番誇れる飛行艇─昔のUS1の後継機ですが─がございます。これの航続距離が6,000キロぐらいだと聞いております。海上自衛隊としては、この飛行艇を主として救難活動に使っておられることを承知しておりますが、もう少し、この飛行艇にはいろんな使い方(軍事利用)があるのではないかと思います。例えば今、千葉県の館山と山口県の岩国が基地になっていますが、これを沖縄のほうに基地を設けるといったような…。いろいろなお考えがあろうかと思いますので、差し支えのない範囲で教えていただけたら有り難く存じます。

立正佼成会の岡本氏の質問に応える高橋忠義氏 立正佼成会の岡本氏の質問に応える高橋忠義氏

2点目は、先般この飛行艇がインドに輸出されるという話を聞いていますが、インドの方が果たしてこの飛行艇の操縦を巧くできるのかと心配していましたが、その場合は海上自衛隊の方が運用等の指導に当たられたりするのでしょうか?教えていただけますでしょうか?

高 橋: US2に関して2つ質問を頂きました。1点目ですが、具体的にUS2を今後救難以外の目的に使う計画はありません。ご提案は非常に有り難いのですが、昔PS1という、いちいち着水して水中ソナーを吊り下げるタイプの対戦哨戒機を作ったんですが、離着水時に非常に事故が多く、実際には潜水艦をあまり捕まえられないということがあって、今だから言えますが、これはあまり成功した例ではありませんでした。その点、US2は救難機としては非常に優秀な航空機だと思いますが、他の目的に使えるかというとなかなか難しいものがあります。確かに航続距離はあるんですが、輸送というとそんなに荷物は載せられません。着水時の最大波高は公称3メートルとなっていますが、何故かというと、3メートル以上の波高では、プロペラに水が当たったり、エンジンが海水を吸い込んでしまうからです。キャスターの辛坊治郎さんを救出した時は1回エンジンが止まってますから、おそらく波は3メートル以上あったんでしょうね。再起動できてるので幸いだったんだろうと思いますが…。ですから、US2は優秀な航空機なんですけれども、救難以外に使うとなると、軍用機としては費用対効果の面から見ても、おそらくオスプレイのほうが良いんでしょうね。

もう1点は、インドがUS2を購入するとのことですが、海上救助機としてのUS2はそれほどに良い航空機なので、各国とも喉から手が出るほど欲しいんです。それを邪魔しているのが日本の「武器輸出三原則」です。一応、US2は軍用機ですから、いわゆる「武器」に当たるという考え方です。でも、軍用機だからといって「機銃が付いている訳ではないし、爆雷を積んでいる訳でもないからええやん」と思うでしょう? ところが自衛隊が使っている以上、軍用機の扱いになるんです。「じゃあ、民間機として登録したらええやん」という発想があるかもしれませんが、残念ながら民間機としては登録できません。US2は航空機として安全基準の適用除外機なんです。ですから軍用機として初めて航空機として認められます。民間機に下ろすと、いわゆる国際民間航空機関(ICAO)による耐空性審査で認められないと航空機として飛べません。民間機の規定では、四発エンジン機ですから、仮に1発ブスッといってエンジンが止まってしまっても、緩やかな上昇に移ることができなければなりません。

しかし、そもそもUS2という航空機のスペックはフルパワーで切ってます。そしてフラップを流体力学上の限界ギリギリの60度まで下げて、これにエアーを吹き付けて揚力を出しています。ですから50ノット(時速約100キロ)ぐらいの本当にゆっくりしたスピードで飛べるんです。だから着水の衝撃を和らげて、3メートルの波高でも降りられるんです。逆に言えば、1発エンジンがブスッと止まってしまうと、ドンと落ちてしまうんです。これは、民間の航空機としては絶対に認められず、軍用機としてのみ使うことができます。

インドに対しては軍用機として輸出する訳ですから、武器輸出三原則の例外措置にあたります。「武器輸出三原則」というのは、実は国会で決議された法律ではありません。昭和51年の三木首相の時、まさに1955年体制の時代の産物です。あのおかげで、日本の防衛産業は、かなり足を引っ張られています。自由競争をさせず、高い高い国産の兵器を税金を使って買っていますが、もっと競争力を付けて輸出すれば単価も下がってきますからね。当然、変な国には輸出しませんよ。健全な競争は武器メーカーの中でもないと技術が磨かれないですから…。少し、US2から話が逸れてしまいました。「インド人がUS2を操縦できるか?」というご質問ですが、特殊な飛行機ではありますが無事に操縦できると思います。そして、当然のことながらUS2を製造した新明和には海上自衛隊のOBが入っていて、機関要員のパイロットを教育する際には彼らが行って教えることになると思います。いずれにしても、インドとの関係をもっと親密にしていく上でのかすがいにもなると思いますので、先程触れたような「対中包囲網」マルチ外交のひとつとして、US2をもっともっと諸外国へ輸出できればと思います。

岡 本: 日本は、海洋国家として、ご講演の冒頭に言われました離島対策として、US2を使った民間人や物資の船載輸送については、どういうふうに行われているのでしょうか?

高 橋: そうであれば、US2は艦載輸送などの活動を現在既にやっておりますので、拠点を何処に置くかというだけの問題です。今は、費用対効果の面から厚木と岩国で待機しております。予算に余裕があればもっと拡げることもやるべきだと思います。離島でいえば、沖縄の近辺はほとんど陸上自衛隊の回転翼航空機(ヘリコプター)でカバーしております。長崎県も出動することが多いですが、ここは海上自衛隊大村航空基地でカバーしています。鹿児島県の鹿屋航空基地には海上自衛隊の救難機がありますので、鹿児島県にも結構離島がありますが、ここもヘリコプターでカバーしています。これに対し、US2は、そもそもが洋上での救難活動を想定しているんですね。ですので、土地があってヘリコプターが発着できる場所があれば、ヘリコプターのほうが便利は便利です。



(次号につづく 文責編集部)


国際宗教同志会平成二十五年度第三回例会 記念講演
『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』6

前海上自衛隊 阪神基地指令・海将補
高橋 忠義

昨年十月十八日、神徳館国際会議場において国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成二十五年度第三回例会が、各宗派教団から約六十名が参加して開催された。記念講演では、東シナ海における中国との緊迫した関係を受けて、前 海上自衛隊 阪神基地指令の高橋忠義海将補(退役)を招き、『尖閣諸島防衛の現状とわが国の取るべき方策』と題する講演と質疑応答を行った。本誌では、記念講演に続いて、質疑応答の内容を紹介する。


高橋忠義氏
高橋忠義氏

司 会:有り難うございます。どのお話も興味深いのですが、先程、『武器輸出三原則』のお話が出ましたので、これに関連して、ひとつ面白いエピソードをご紹介いたしますと、今から20年ほど前、湾岸戦争の折にフセイン大統領のイラクがスカッドミサイルを周辺国にポンポンと撃ちまくって、化学兵器云々が問題になったことを覚えておられる方もいらっしゃるかと思いますが、サウジアラビアの首都リヤドもその標的のひとつになりました。一国の首都ですから当然、各国大使館があるのですが、その大使館員のために各国が毒ガスマスクを調達したことがありました。

後に駐セルビアや駐ポーランド大使になられた田邊隆一大使に、3年ほど前に国際宗教同志会でご講演いただいたことがありましたが、湾岸戦争当時、田邊氏は在サウジアラビア大使館で公使をされていて、彼の目の前にスカッドミサイルが着弾したことがあったそうです。そこで本省(東京の外務省)に「各国の大使館員は皆ガスマスクを用意してるから、自衛隊に頼んでガスマスクを送ってくれ」と打電したら、本省から「武器輸出三原則に触れるから、ガスマスクを送ることができないので、現地で調達してくれ(会場笑い)」と言われて、しょうがなしにドイツの大使館に頼んでガスマスクを分けてもらったことがあったそうです。けれども、西洋人は顔が縦長で、彫りが深いのに対し、日本人の顔は平べったいですから、隙間が空いて実際には役に立たなかった(会場笑い)といった話をしておられました。『武器輸出三原則』には妙に杓子定規な面もございます。そもそも、「ガスマスクは武器か?」という疑問がありますが、でも、日本政府は軍用のものだということで…。今回思いがけず、福島の原発事故発生後、民間の作業員もガスマスクを装着している映像が多く報道されましたが、これまで民間人には関係ないと思われていたガスマスクのようなものが必要になることを実感された方も多かったのではないかと思います。

それから、先程「(ヘリ空母の)ひゅうがはオスプレイを搭載できる」とのお話がありましたが、もっと踏み込んで、最新鋭のステルス戦闘機であるF35にVTOL(垂直離着離陸)タイプがありますが、あれもひゅうが型。ヘリ空母なら、甲板に耐熱用の板を敷きさえすれば大きさ的には登載できると思います。もちろん、「積む」とは絶対言わないでしょうけれど…。そうすると、ヘリ空母から本物の空母になってしまいます。しかし、現在建造中のさらに大型のいずも型DDHも含めて、実際には、日本も空母艦隊の運用は可能なんでしょうか?

高 橋:運用可能だと思います。ドンガラ(船自体)は全然問題なくできると思います。それは現在、既に配備されているひゅうがであっても良いし、建造中のいずもであっても良いです。ただ、目的もなく積めるだけでは意味がないので、戦闘機として、あるいは爆撃機として積んでどのように運用するか、どのようにオペレーションをやるかですね。

司 会:戦闘機の足(航続距離)を伸ばす空中給油に関しても「専守防衛」の原則からいろいろ制限がありますけれども、これはだんだん緩和する方向にあるのでしょうか。

高 橋:空中給油に関しては、自衛隊も空中給油機を導入していますから。基本的には自分たちで自分たちの腕を縛っている(自主制限している)だけですから、いざとなったら法律や規則がある訳ではありません。

司 会:高橋先生は、2、3年前まで、実際に東シナ海で対戦哨戒機に乗っておられたとのことですが、今回のお話には出てきませんでしたが、テレビで視ると、中国の公船が堂々と日本の領海の中に侵入してくる映像が映る訳ですが、私たち民間人は、たとえ中国の潜水艦が日本の領海に侵入してきてたとしても判りません。先生は実際に現場に居られて、どれぐらいの頻度で中国の潜水艦が、日本が防衛上定めたラインを越えて侵入してきていたのか教えていただけますか?

高 橋:まず、中国の潜水艦が潜没したまま宮古島と本島の間を通って太平洋側に出て訓練をすることが、最低でも年に数回あったと聞いています。私は既に自衛隊を退任してはいますが、一応守秘義務がありますので、公表されていない具体的な回数については申し上げられませんが…。しかし、これは事実としてあります。当然、今は冒頭で説明しました通り、第1列島線と第2列島線の間が主戦場ですが、言い換えれば、そこに中国の潜水艦が入って行かなければ、そもそも主戦場にならない訳です。これは、先程申し上げた無害通行権云々という話ではありません。排他的経済水域ではありますけれども、領海ではなく要は公海上ですから、軍事的には全くフリーで、潜没したままでもオーケーです。

ただし、領海内は駄目です。領海を他国の潜水艦が通行する場合は、浮上していなければなりません。「通過通行権がありますし、無害です」という話ではなく、潜没していること自体が既に有害なんです。ですので、当然のことながら攻撃を受けて沈められても、国際法的には文句は言えません。例としては、ソ連の潜水艦がスウェーデンの領海内に入って行った時に爆雷で攻撃されましたが、ソ連は文句言いませんでした。自分のほうに非がありますからね…。沈められこそしませんでしたが、平時の自衛権としてまったく問題ない範囲です。中国の潜水艦は、2007年に一度だけ石垣島と宮古島の間を潜没して通ったことがありますが、あの時中国側は「航路を間違えた」と説明しました。「何で間違えたんや、よう言うわ」という話です。海上自衛隊のP3Cや護衛艦、ヘリコプターで追いかけたのですが、はっきり言えば取り逃がしたんです。「停まれ。浮上せよ」と警告しているにもかかわらず無視する訳ですから、本来であれば、平時の自衛権が発動できれば、攻撃して撃沈をするというのが国際法に則った、いわゆる「あらゆる手段」を取ることができる訳です。しかし、日本は「あらゆる手段」を取れない…。

これは機微にわたるのですが、海上保安庁は潜水艦を追いかける機能はありません。ですので、もし領海内に国籍不明の潜水艦が入ってきた場合は、海上自衛隊に「海警行動(海上における警備行動)」が発令されます。この海警行動とは海上自衛隊に海上保安庁の権限を与えることであって、自衛ではありません。つまり、いくら潜没潜水艦が来て敵味方識別しても何も言わずに走っている。これが国際法ならば、当然爆雷をドーンと落として沈めてもいいんですよ。しかし、海上保安庁の権限ではどうでしょうか。沈められますか?「警察比例の原則」というのがありますが、いわゆる正当防衛や緊急避難といった原則から、言うことを聞かない潜没潜水艦に対して海警行動に出ている海上自衛隊の護衛艦が爆雷を落として沈めることができるでしょうか? そうとしか、私は言うことができません。何故なら、海警行動にあたる海上自衛隊の行動に関しては秘密だからです。けれども、こういう風に考えればだいたい判るという話です。日本には、平時の自衛権という概念がない。それが、国の防衛にとって全く欠落している。『中期防衛力整備の要綱』を改編しない限り、平時にキチッとした防衛ができないというのが現状なんです。

司 会:有り難うございます。本当にまだまだお聞きしたいことがたくさんある訳ですが、予定の時間がまいりましたので、先生のお話はこの辺で終わりにさせていただきますが、この後は個別に先生にご質問をしていただけたらと思います。最後にもう一度、皆さん拍手で高橋先生に御礼を申し上げたいと思います。



(連載おわり 文責編集部)