国際宗教同志会平成27年度総会 記念講演
『我が国を取り巻く国際環境』

外務省関西担当特命全権大使
三輪 昭

2月12日、金光教泉尾教会の神徳館国際会議場において、国際宗教同志会(西田多戈止会長)の平成27年度総会が、各宗派教団から約50名が参加して開催された。記念講演では、外務省関西担当特命全権大使の三輪昭氏を招き、『わが国を取り巻く国際環境』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、この内容を数回に分けて紹介する。


三輪昭先生
三輪昭先生

▼70年をひとつの時代区分として

ただ今ご紹介に与りました、外務省関西担当特命全権大使の三輪昭です。私は大阪生まれ、大阪育ちでして、もし外務省が大阪にあったら、ずっと大阪に居たと思います。京都大学を卒業してから東京へ行き、外交官として外国暮らしになって40年近く経ちますが、生まれ育った関西担当の特命全権大使ということで、久しぶりに大阪へ戻ってまいりました。大阪へ赴任してこの3月で1年が経ちますが、私は両親が大阪で健在なものですから、幸せな日々を過ごしております。

今日は、「国際情勢についてお話しいただきたい」と大変真面目な講題を頂戴しました。いろいろな所からスピーチを依頼されますが、「何を話されますか?」と聞かれることがほとんどですが、今回は三宅善信先生から直々に「わが国を取り巻く国際環境についてお話しいただきたい」とのご要望をいただきました。

今年は戦後70年に当たりますが、さらに70年遡ると、ほぼ明治維新の時期です。明治維新がわが国にとって大変な変革期であったことに異論のある方は居られないと思います。どうしてそうだったかと申しますと、当時の日本を取り巻く国際環境が大きく変動していたことが挙げられます。江戸時代、日本は鎖国というやり方で国の安全保障を300年間守ってきた訳ですが、どうも外で起こっていることに目を瞑るということが、日本の安全保障にとって必ずしもよくないのではないか…。外国で何が起こっているのか? とりわけ日本を取り巻く地域で何が起こっているのか?欧米の列強がアジアに進出して来て、これらの国々をどんどんと植民地化しているにもかかわらず、そういう事態に目を瞑って日本が鎖国しているだけで大丈夫なのかという議論です。これはもう日本人なら皆さんご存知の話ですが、結果的に開国をして、富国強兵をして、そして日本の安全を守るという選択をした。その後、日清戦争があり、日露戦争があり、第1次世界大戦があり、第2次世界大戦がありましたが、明治維新からの70年は激動の時代だったと申し上げて差し支えないでしょう。近代化することによって日本は独立を維持しましたが、他方、国際的な激動に入って行かざるを得ませんでした。

日本を取り巻く国際情勢について解りやすく講演する三輪昭関西担当特命全権大使
日本を取り巻く国際情勢について解りやすく講演する三輪昭関西担当特命全権大使

それと比べると、確かに第2次世界大戦中は大変でしたが、いったん戦後の世界が始まると、日本はいち早くアメリカと同盟関係を結んで、経済発展に専念し、西側の一員として西側が提供するマーケットや航行の自由、そして国際公共財を利用して、この70年間を過ごしてきたということは、戦後の日本社会的には、極めて順調にきているということではないかと思います。よく「一世代三十年」と言いますが、70年経つと、世の中というのはずいぶんと変わる。明治維新から約70年経った時に、日本は太平洋戦争に突入します。そして現在、先の大戦が終わって70年経った訳ですから、国際環境が変わるのも当然といえば当然です。ソ連の歴史においても、ロシア革命が起きたのが1917年で、ソ連が崩壊したのが約70年後の1991年です。

われわれも、今後抜本的にどう生きていくべきなのかを考える時期に来ているということだ思います。1989年の11月にベルリンの壁が崩壊し、2年後の1991年末にソ連が解体しました。これにより米ソの冷戦が終わり、アメリカの一極支配、アメリカによる世界平和、いわゆる「パックス・アメリカーナ(Pax Americana)」の時代に入ったということで、アメリカ人も「これでようやく安心していける」と思いきや、すぐに湾岸戦争をはじめとする地域紛争が各地で起こります。2001年には、アメリカの心臓部であるニューヨークで「9.11」同時多発テロが起き、2008年にはウォールストリートで金融危機が起こります。このアメリカで起きた金融危機でもって、アメリカの一極支配という時代は去りつつあるのではないかと言われています。

と申しますのも、新興国、とりわけ中国がこの間に大変経済成長し、軍備も増強して、ひとつの大きなパワーとして国際舞台に登場してきます。経済面では、2010年に中国が日本のGDPを抜いて世界第2位になります。そして、ますます軍備を拡張しています。ソ連東欧圏が崩壊したことに伴って、国際的な共産主義運動の勢いが萎みます。中国はまだ中国共産党が一党支配していますが、それでも、共産主義を標榜して国民を引っ張ることはなかなか難しくなっています。そこで、経済成長とナショナリズムということで、中国にナショナリズムという国家を指導する理念が出てきます。それが「反日政策」として今日に繋がっている訳です。日本では2012年末に第2次安倍政権が発足し、変革期に来ています。今の国会でもさまざまな法案を取り上げて、今後の日本に備えるべくいろんな政策を打ち出しています。戦後70年間を3、4分間で振り返ると、こういった内容になるのではないかと思います。


▼小さくなった地球と大きくなった問題

では、今日の国際社会とは、どのように構成されているのかということですが、まず、アメリカの歴代民主党政権で政府高官やハーバード大学ケネディスクール(行政大学院)の学長を務めたジョセフ・S・ナイという人が、この状況を上下に3つのチェス・ボード(盤)が並んだ3次元のチェスのゲームのようだと説明してます。第1のボードには「軍事力」が存在し、このボードではグローバルに軍事力を行使できるパワーを持っているのは米国のみというひとつの次元があります。第2のボードは「経済力」です。ここではアメリカ一極という時代はとうに過ぎ去っており、アメリカ、欧州、日本、中国と多極化が進んでいます。3つ目のボードが最近の国際政治上に現れているものですが、これは必ずしも国家でない。国家ではない存在が国際政治に大きな影響力を持つに至っています。例えば「銀行」。今や銀行は、小さな国家の年間予算よりはるかに大きな額を瞬時にボタン1つで出したり入れたりするようになっています。「テロリスト」も挙げられます。また、リスクという意味において言うならば「伝染病」や「気候変動」もございます。これまで、国際社会においては、力の源泉は国家にあった訳ですが、最近の世の中では国際政治上の力学がだいぶ分散しており、国家でないものも相当な実力を持つに至っており、国際環境は非常に複雑化していると言えます。

伝統的な国家間の国際関係をみますと、今一番言われているのが「パワー・トランジション(権力移行)」です。覇権がひとつの国から別の国へと移りつつある。1750年代、アジアの人口は世界の半分を占めていました。生産量も世界の半分でした。しかし、イギリスで起きた産業革命によって欧州の力が強くなり、1900年にはアジアの生産力は世界の20%にまで落ち込みました。そして、今アジアで起きていることは、中国が経済力を増し、予想では2050年には、アジアの生産量が再び世界の50%まで達するのではないかと言われています。国家間の関係という観点から見れば、「アジアへの回帰」ということで、21世紀前半はアジアに対する関心が高まっているということです。国家以外の勢力の動きはどうかというと、最大のものはおそらく情報革命です。

昔は遠くにいる人とコミュニケート(情報のやり取りを)しようと思うと、技術的にも金銭的にも大変でしたから、そう誰でもできることではありませんでした。

ですので、昔は外交官が電信で国家間のやり取りを行い、大企業を除けば、NGOとかの団体や個人が国際的にいろいろコミュニケートすることは非常に限られた機会しかありませんでしたが、インターネットが発達した今日では、パソコンひとつ持っていれば、ほとんどタダで、世界中の誰とでも、一度に大変多くの人とでもコミュニケートできる時代になりました。個人でも大きな政治的活動ができる時代になっております。これを悪用すれば、テロやサイバー犯罪に繋がります。今、国際社会が直面している「イスラム国(ISIL)」も、まさしくこの範疇(カテゴリー)に入る事象でございます。

もうひとつ今日的な現象として、経済規模も大きくなり、人口も増えて、人類社会が地球の物理的限界にだんだん近づいてきているのではないかと思います。この地球が、いったい人口何十億人まで耐えられるのか。資源は何十億人分までもつのか…。どこの国でも「成長」という言葉を口にし続けないとなかなか政権運営が難しい面がありますが、いったいこの成長志向はいつまで保つのか…。気候変動(地球温暖化)については、その結果がすぐ出てきます。他方、国際的に人口を調整するとか、国際的に資源を管理するなどということは、利害関係がいろいろあってなかなかできませんけれど、もうそろそろ視野に入れないといけない時期になりつつあるのではないかと思われます。

実は、先程、国家間のパワー(覇権)がどこか別の場所へ移行しつつあるのではないか、その移行に伴う問題があるのではないかと申し上げましたが、権力が国家から金融機関やNGOといった非国家のほうに分散していくことによって、ますます対応が困難になります。これは新しい現象で、アメリカ一国の軍事力をもって対抗しようとしても、交渉しようとしても、なかなか難しい。グローバルに見ますと、国家間の対立に関しては、人類社会に長い歴史がございますから、われわれには戦争や同盟といった既にいろいろな経験があり、国連などその経験から学び取った教訓がございます。しかし、新しい現象は今初めて対応するものですから、われわれは大変困ってはいるけれども、それに対してどうすべきなのかは、あまり明快な回答がないのが現時点のグローバルな視点から見た国際社会の状況ではないかと思います。


▼中国の躍進がもたらす不安定

次に、「わが国を取り巻く国際環境」ということで、全世界からちょっと離れて、今アジアで何が起きているのかと考えますと、ひと言で申しますと中国の存在が大変大きくなってきています。そういう意味では、国力の盛衰という状況の中で、東アジアにおいてわが国のプレゼンスをいかに維持するかという問題のほうが、どちらかというと国家と国家ならざる新しいプレイヤーとの間での権力の分散の問題より、日本にとっては、伝統的な問題のほうが当面の大きな問題といえます。

例えば、ギリシャ時代まで歴史を遡りますと、スパルタやアテネをはじめとする都市国家が多数ありましたが、その中で、アテネが経済的にも大変大きくなり、その結果、紀元前5世紀末にアテネを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟との間でペロポネソス戦争という二十数年間に及ぶギリシャ全土を巻き込んだ大きな戦争が起こりました。もっと最近の例を挙げますと、20世紀初めにドイツ帝国の経済力が大英帝国の経済力を凌駕します。ドイツは海軍力の増強を行いますが、これが背景となって、第1次世界大戦が起こりました。だいたい覇権の移行期には戦争が起こりやすいのですが、アメリカが2008年の金融危機以来、若干その力に翳(かげ)りが見えてきて、他方、中国のプレゼンスが経済面、軍事面において大変大きくなっている。一部の歴史家によると、いつになるかは判らないけれども、米中の対立は不可避になるのではないかという見方もあります。米中の問題は、間に挟まれているわれわれ日本人にとっては、大変重要な問題です。

現在、アメリカの経済力は全世界の4分の1、軍事力は全世界の半分と言われますが、今から15年前の2000年の段階では、まだアメリカの優位性は圧倒的でした。金融危機が2008年に起きた時―だいたいこういうことは経済人が言い始めるのですが―「アメリカから中国へのシフトが始まりつつあるのではないか」という指摘がありました。では、いつ中国がアメリカのGDPを追い抜くのかというと、まず日本が2010年に抜かれました。世界最大級の資産運用会社であるゴールドマンサックスは、極めて具体的ですが、2027年に中国経済がアメリカ経済を凌駕するのではないかという予想を出しています。確かに、中国は領土の広さからいってもアメリカとほぼ同様ですし、人口は4倍。軍事的には世界最大の陸軍と核兵器も保有し、宇宙の軍事利用やサイバー攻撃の能力もある国です。しかし、文化的発信力においては、まだアメリカとだいぶん開きがあります。また、アメリカのシンクタンクがしている予想とは、現在の経済成長率を単純に引き延ばしたらいつ頃に追いつくかというのが基本的な想定ですから、現在の想定(中国の高度経済成長)がそっくりそのまま将来にわたって続くのかということに誰もが疑問を持つだろうと思います。

100年前のドイツとイギリスの例に戻りますと、ドイツは1900年の時点でイギリスの経済を抜いていました。第1次世界大戦が始まるのが1914年ですから、その14年前の時点で既にイギリスの経済規模を抜いていた訳です。それまでは、「7つの海を支配した」大英帝国がグローバルに動いていましたが、ドイツは、そのイギリスに対抗して、アジアも含めて全世界的に覇権を構築するという意図を持っていました。しかし、中国は現時点ではまだアメリカの経済規模に追いついていませんし、政治・軍事面においても、世界の覇権をアメリカに取って代わって中国が取るということを、中国自身は宣言しておりません。現時点における中国の関心は、国内の経済開発と、東アジア地域に対する覇権の確立に関心が限定されています。

という訳で、中国の軍事的覇権の確立が、世界的には一部地域に限定されている事象と言えますが、中国が覇権の確立を目指している東アジア地域の一員である日本としては、大変大きな問題です。当時の中国の最高指導者であった搶ャ平は、1974年に国連総会の場において「われわれは、スーパーパワー(超大国)になる意志はない」と言っていますが、その後、確かに「調和ある国際環境の下、経済開発に専念する」ということで経済改革路線を取って、年率だいたい8%から9%の高い成長率を続けて来ました。とにかく一刻も早くアメリカ経済に追いつくことが目標でした。


▼超大国を目指す中国の抱える問題

他方、当時においても今日においても、中国がアメリカの経済力に追いつくには、解決すべき多くの課題を持っています。具体的に申しますと、国内の所得格差、地域格差、共産党や官僚の腐敗、少数民族問題、少子高齢化、輸出依存の経済等々の克服すべき問題が挙げられます。従来の成長率を思うと、これをいつまでも続けられることはない。現に、成長は鈍化し始めておりますし、純経済の話のみならず、将来の政治体制がどうなるのかまだ中国人自身にも判らないので、今から15年、20年、30年経ったら、中国がアメリカの経済を凌駕して世界のスーパーパワーになるという予想を的確にすることはなかなか難しいと思われます。また、中国の場合は、その人口の大きさと多民族性からして、中国国内が軍事的に混乱することも国際社会において大きなリスクでございます。中国の今日の経済規模、あるいは経済的役割から言っても、中国が不安定化した場合に国際社会に与える影響は計り知れません。これは今ギリシャで起きているような話とは話のレベルが違います。

経済が成長していくと、だいたいどこの国もそうですが、軍事支出が増えます。中国は、アメリカの軍事力が全て中東へ向けられていた湾岸戦争後の間隙を衝いて、独立指向の強い李登輝政権下の台湾へプレッシャーをかけるために、ミサイルを台湾海峡へ連射した「危機」がございました。その際に、アメリカは、台湾海峡まで空母ニミッツを中心とする第7艦隊と、空母インディペンデンスを中心とする第5艦隊という、ベトナム戦争以後最大の空母艦隊を派遣し、中国が矛を収めた経緯がございます。

三輪大使の熱弁に耳を傾聴する国宗会員諸師
三輪大使の熱弁に耳を傾聴する国宗会員諸師

コソボ紛争の時もそうでしたが、ああいった近代的な戦争の仕方を見て、中国の軍部も「人海戦術だけではダメで、装備を近代化しないとアメリカには太刀打ちできない」ということはよく判ったのでしょう。それから軍事支出が二桁で増大しています。中国の場合は他の国と違って透明性の問題があり、中国がどのぐらいの軍事費、どういう装備を本当に持っているのかは、なかなか判りません。例えば核兵器についても、米ソ冷戦の時も、アメリカはソ連がどういう装備をどの程度持っているのか、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射穴が何処にあるかを全部知ってました。もちろん「相手」側のソ連も同様でしたから、お互いに相手の軍備力を知っている。お互いに相手がどれだけ持っているかを知っていると、軍縮が可能になります。核兵器の削減を約束して、その約束を履行しているかどうかチェックできる。ところが、中国の場合は情報が秘匿されているため、そこがはっきり判りません。それ故に、中国との関係では将来的に軍縮が具体的な日程に上ってきません。

これは推定値になりますが、中国の軍事費は2010年に1,500億ドル(約18兆円)。このぐらいの額になると、なかなかピンときませんが…。アメリカとの関係で申し上げますと、アメリカが7,190億ドル(約86兆円)で、中国が1,500億ドルですから、中国はアメリカの4分の1以下です。しかしながら、2025年に中国の軍事費は、おそらくアメリカの40%に達するでしょう。こう言うと「まだ大したことないじゃないか」と思われる方もおられるかもしれませんが、アメリカは地球上全ての地域をカバーしてグローバルに動かなければならないので、東アジア地域内だけにおけるバランスを考えると、中国がアメリカに四割の軍事費を示せるというのは、実質は同等もしくはそれ以上かもしれないので、大変なことになる訳です。

しかし、だからといってそう遠くない将来に中国が直接アメリカを相手にして軍事的に動くという想定はできない。これは最初に申し上げた通り、中国がアメリカをいつ凌駕するかということについてはいろいろ疑問点がある。経済によって支えられている軍事費ですが、中国の高度経済成長の持続性の観点から見ると、中国が近い将来、全世界で活躍する軍事力を維持できるという想定はしづらいですし、そもそも中国はそんなことを言っていません。

経済が大きくなる過程で、世界のありとあらゆる地域と相互依存関係を深めています。私は去年3月までブラジルで大使を務めておりましたけれども、ブラジルは中国から見ると地球の反対側ですが、例えば食糧については、ブラジルには大きな農地だけでなく、余剰の土地がタップリとあり増産能力があることを踏まえると、今後中国が食糧を大きく依存するとすればブラジルしかない。そうすると、地球の反対側で取れた農産物を中国まで運んでいかなければならない訳ですし、ブラジルから鉄鉱石も買っている。こういう現象が全世界で起こっています。南米の多くは今もなおアメリカ合衆国が最大の経済パートナーですが、中国との貿易額も大幅に伸びています。それぐらい中国は世界のあらゆる地域との関係があり、資源を集めているのです。しかし、中国の経済は輸出依存による成長ですから、生産した品物を捌(さば)く国外マーケットも必要になります。

ですので、中国の軍事力が拡大したところで、より広いグローバルな地域で今のような国際ルールに従わないで独自の行動をするということは、中国は経済的にできないと思います。私は中国が「グローバルなパワーを目指していない」と言った時、それはその通りだろうと思いました。中国共産党政権にとって、経済成長は不可欠ですから、それに悪影響を与えるようなことを自らすることは愚の骨頂です。そんなことはわざわざ他人から教えてもらわずとも、賢明な中国人の方は十分お解りだろうと思います。

ちょうど今、イスラム国が「イスラム教を全世界に!」と主張していますが、あの当時、ソ連は「共産主義を全世界に!」というミッションを掲げてグローバルに動いていました。朝鮮半島もベトナムもそうです。アメリカがベトナム戦争をやったのも、この共産主義を広めようとする国際的運動を如何にくい止めるかという、いわば「イデオロギーの対立」でした。中国は今そういう理念―例えば「社会主義経済を全世界に広める」といったような―は、言ってない。そういう意志はないんです。しかし、日本のように自分たちの成長した経済力を用いて国際社会に対して貢献しようという話もありません。現時点では、国家利益を如何に擁護して拡大するかという一点にのみ関心があります。

▼野心を剥き出しにしてきた中国

1992年に搶ャ平氏が発言した「韜光養晦(とうこうようかい)」という言葉が、その後長らく中国の基本的方針となっていましたが、これは「才能や野心を隠して周囲を油断させ、その間に実力を蓄える」という意味の言葉です。確かに「さもありなん」ということで理解できたと思いますが、最近は中国指導者の世代も変わり、また、中国もこれだけ経済力や軍事力を持ってきたことを考え、「いつまでも才能を隠し続けて実力を蓄えることもないのではないか。蓄えた実力を外に誇示して、われわれにできることをやる時期に来ているのではないか」という考え方が中国に出てきています。アメリカの相対的な力が弱った今、中国には戦略的なチャンスが到来しています。

何処で示して何をするのかということになりますと、中国近辺の大陸棚に地下資源があるのではないか。国防はもちろんのこと、シーレーン確保は中国の国益の話です。そのために、中国周辺の海である東シナ海、南シナ海で何かできることがあるのではないか…。この文脈においてわが国との関係でいうと、東シナ海では尖閣諸島の話になりますし、南シナ海において、国際法的には「領土」とみなされない「水没岩礁」を埋め立てて「人工島」を造成して眼前のベトナムやフィリピンを排除することによって、南シナ海ほぼ全域を「自国の領海」ないしは「排他的経済水域」にすべく、着々と動いています。中国の軍事力と経済力があれば、当面中国はなんでもできるということかもしれません。中国はこれに対し「核心的利益」という言葉を使って自己正当化していますが、これは、あくまでも「中国にとっての核心的利益」にすぎません。現在の中国は、増大した自らの国益をいかに最大化することができるかということに専念しています。
その端的な例が、連日に及ぶ日本の尖閣諸島周辺への侵入もそうですが、東シナ海で起きている資源開発であり、南シナ海における領海、排他的水域の確保です。中国によると「この領海および排他的経済水域を通航する第三国の軍艦は、事前に中国の許可が要る」ということです。これは、「たとえ軍艦であっても第三国の領海を通過するだけであれば世界中どこの海でも通行することができる」という無害通行権を保障した国際法の理念と完全に矛盾しています。現在、米海軍の基地はハワイやサンディエゴや横須賀にあって、スエズ運河以東の地域(太平洋とインド洋)をカバーしていますが、それらの艦船のほとんどは南シナ海を通過してインド洋に出ます。その際、もし、中国の許可が要るということになると、アメリカは納得できるのでしょうか…。そもそも、日本の尖閣諸島もそうですが、南シナ海はフィリピン、インドネシア、マレーシア、ブルネイ、ベトナム等の多くの国々に囲まれているにもかかわらず、中国はその真ん中の海を「全部自分のものだ」と言い張っています。

現在、ASEAN(東南アジア諸国連合)は経済交流が大変活発ですが、ASEAN各国は部品産業がバラバラにあるため、何処かの国に集約して組み立て、商品としてASEAN域外に輸出する体制を取っております。そのため、南シナ海内の貨物船の航行は自由でないとどうしようもありません。にもかかわらず、中国が一人この海の領有権を主張した場合、中国が南シナ海沿岸の国々と巧くいくはずがない。とはいえ、ASEANの国々にとって中国は最も重要な経済パートナーですから、単独で抗議することは難しくとも、ASEAN全体で集まった時に「この問題については国際法に基づいてやってもらわないと困る」と対応を迫っています。中国側もその文書に署名したりするんですが、たとえ署名したとしても国内事情が複雑ですから、なかなか約束が履行できない。東シナ海の油田・天然ガスについても、日中間で共同開発する旨の文書にも署名していますが、これもその後の中国国内の事情で履行できない状況です。しかし、これを中国側の視点で見ると「これだけ能力があるのだから、何かやろう」と思った結果として選んだ東シナ海や南シナ海への進出に周囲の国々が反発し、なかなかにっちもさっちもいかないという訳です。

このような問題を、国家主席に就任する前にアメリカを訪問しオバマ大統領と会談した習近平氏が「これは大国関係の問題だ」と言及しましたが、これはつまり「(実力のない周辺諸国なんか無視して)アメリカと中国の間で決着をつける話だ」という意味です。これには2つの意味があって、ひとつ目はアメリカとの関係です。外交的には、先に何らかの具体的な提案を申し出たほうがちょっと弱い立場になります。例えば、一方が「首脳会議をやりましょう」と提案した場合、もう一方は「やりましょう、やりましょう。けれども、首脳会議をやった場合、何を約束してくれるの?」と尋ねてくるでしょう。これは個人ベースのお付き合いでも皆そうですが…。先の習近平氏の「これは大国関係の問題だ」という言葉の意味は、「中国は、アメリカとの関係は大切にします」ということが前提ですが、「その代わり、周辺国との関係ではお願いしますよ」という話です。つまり、「大国関係で調整しましょう」ということです。その場合、日本も周辺諸国のひとつになるんですが…。


▼中国は責任ある国際社会の一員となり得るか?

キッシンジャーの本を読んでいると、彼は「中国も大きくなったので、東アジア地域において一定の役割は認められても良いのではないか」という一般論を紹介してます。私はブラジル大使をしていた折に、アメリカや中南米以外の国ともいろいろやり取りをしていましたけれども、アメリカから見ると「相手国が反発している関係」でした。ちょうど私の在任期間中に、隣国のパラグアイでクーデターがあったのですが、その時にアメリカが「一度ブラジルにやらせてみるか」と任せたところ、ブラジルが巧くまとめました。ですから、アメリカにとって大きな問題がないところは、地域内の力をうまく活用していくことが、今後はより必要になってくるのではないでしょうか。例えば南米の場合でしたら、ブラジルにもある程度責任ある国際社会のメンバーになってもらうのが良いじゃなかという考え方がアメリカにあります。一般論として、中国との関係おいてもそういうものがあってもおかしくないと思います。

しかし、習近平氏がアメリカに行った際に「南シナ海は中国の核心的な利益だ」とはっきり言ったため、アメリカは驚いて、クリントン国務長官は「南シナ海はアメリカの利益でもあるんですよ」と言った訳です。現在、南シナ海や東シナ海で揉めごとが起きていますが、われわれ日本にとっては自分自身の問題ですから、それにどう対応するのかということですが、他方、この問題は「米中間の関係」にも表れていますから、彼らの動きもよく見ておかなければいけません。

第一列島線
第一列島線

また、あまり大きな問題すぎて誰も口にしませんが、実は台湾の行方は大変大きな問題です。中国はどういう意図でやっているのか…? なかなか他国の意図を正確に把握することは難しいのですが、少なくとも空母を就役させて、意図としては「第1列島線」という沖縄、石垣、台湾、尖閣からフィリピン諸島まで含めたラインより西側の広大な海域を、本来の国際法上の中国の「領海」である沿岸からわずか12カイリ(約22キロ)までの水域と同様に「内海」として扱い、それに加えて、中国に近い東シナ海だけではなく、東京から伊豆・小笠原諸島、グアムまで繋がっている「第2列島線」よりも西側の広大な公海まで中国は支配下に置きたいという意図で動いています。もちろん、そんなことをアメリカが黙って看過するはずがありませんから、その意味でも本当に中国はアメリカと大国関係を構築できるのか、ということが今後の大きな課題のひとつです。

最初に「鎖国」の話を少ししましたが、外国との関係を絶つことで日本の安全が守られるというのが鎖国―すなわち、江戸時代の日本における安全保障―の考え方でしたが、それを脱皮したのが明治維新でした。時代が大きく動く時、それが日本の安全保障と無関係であるはずがないのですから、そのことにちゃんと注目しないのはいかがなものかと思います。長い鎖国時代の最後のほうに黒船が来て、日本人も目覚めるという契機があったと思いますが、尖閣諸島における中国の挑戦は、まさにそういうことでしょう。私は「無為無策」というのはあり得ないと思っています。重要な問題ですから―だからといって、皆が同意見とは限りませんし、人によって考え方が大きく異なることは十分あり得る話ですので―戦後のいろいろなタブーを恐れずに、どんどんと議論すれば良いと思います。むしろ、「議論してはいけない」というほうがあり得ないのではないかと思います。しかし、その際にはやはり、相手が何を考えているかをちゃんと見極めて、今後どうすべきかを議論すべきだと思います。

幸いなことに、日本は東南アジアの多くの国々と友好関係を保っています。その理由のひとつは経済ですが、仮に経済だけで比較したならば、現在では、中国のほうが日本より強い立場にありますが、日本には戦後長年にわたって、これらの国々を支援してきた実績や友好的な姿勢もありますし、ソフトな日本の文化もあります。世界中にはいろんな国がある中で、ASEAN地域において日本は大変慕われているのですから、国際協調の下で何か動かす時には、私は日本が非常に良い役割を果たせるのではないかと思います。地域全体の利益のために、日本がこれまで培ってきた域内の国々との友好関係をベースに、主導力を発揮しているということが、より一層国際社会から期待されているのではないかと思います。本日の話は以上でございます。ご清聴有り難うございました。


(連載おわり 文責編集部)