国際宗教同志会 2019年度第2回例会 記念講演

国内におけるニューカマー宗教の伸張とその影響

大阪国際大学 教授
三木 英

2019年10月4日、神徳館国際会議場において、国際宗教同志会(芳村正德会長)の2019年度第2回例会が、各宗派教団から約50名が参加して開催された。記念講演では、大阪国際大学教授の三木英先生を招き、『国内におけるニューカマー宗教の伸張とその影響』と題する講演を行った。


40人に1人が外国人

三木 英教授
三木 英 教授

ただ今ご紹介いただきました、大阪国際大学から参りました三木英と申します。よろしくお願い申し上げます。私の名前は英語の英と書きまして「ひずる」と読みます。私の父の趣味で付けた名前ですが、スッと読んでくださる方がなかなか居られないものですから子どもの頃から苦労しましたが、これだけ長く生きていると、どうでもよくなりました。この名前には「日が出(いずる)」という願いが込められたようですが、六十過ぎでもまだ出ていないようにも思います…。けれども、人生はまだ残っておりますので、これからも活躍して、少しでも「出ずる」ようになりたいと思っております。

本日は、この集まりにお招きいただき、大変光栄に思っております。私自身の研究の対象としては、これまであちらをかじりこちらを囓り…とやってきましたが、最近やっている研究が、本日の講題にございます「ニューカマーの宗教」であります。最近新しく日本にやって来られた方々(ニューカマー)の宗教を研究しております。自己紹介がてら申し上げますと、2012年にミネルヴァ書房から出版した『日本に生きる移民たちの宗教生活』や、2017年に森話社から出版した『異教のニューカマーたち』がございます。今日、私の話に1時間ばかりお付き合いいただきまして、「興味が惹かれる」、「面白い」という方が居られましたら、アマゾンなどでご注文いただければ幸いでございます。

増加する在留外国人

まず本論に入る前に、事実を確認していくところから始めたいと思います。これが今、日本で暮らしておられる外国人の方々に関するデータでございます。一番左が1950年で、59万8,000人程度と非常に少ない数でしたが、棒グラフ左から5番目の1990年代を境にして、在留外国人の方の数が非常に増えてきます。2005年には200万人を突破し、今は2,731,093人を数えるまでになっており、300万人突破はすぐ目の前です。日本の人口をざっと1億2,000万人と考えた場合、300万人という数字は「40人に1人が日本で暮らしている外国籍の方」ということになります。そういう時代がもうすぐやってきます。念のため、このグラフについて申し上げると、真ん中より右側に、やや右肩下がりになっているところ(註:2009年~2012年)がございますけれども、これはいわゆる「リーマンショック」と呼ばれる世界不況の影響と、2011年の東日本大震災の影響により、日本を離れて帰国する方々が増えたということでございます。ただその減少も終わり、今現在は右肩上がりの状況が続いております。

在留外国人の国籍

外国から日本で暮らす人々が増えました。では、何処の国から来た人々が多いのでしょうか。皆様の周りには何処の国出身の方が多く住んでおられるでしょうか? それをグラフ化したものがこちら(図省略)でございます。一番多いのが中国で273万人中、76万人ぐらいが中国の出身です。その次が韓国・朝鮮籍の方々です。国の統計では韓国籍と朝鮮籍と2つに分かれていますが、ここでは合算して提示させていただきました。合わせて48万人近くが韓国・朝鮮籍の方々でございます。3番目が、実はベトナムです。10年ばかり前に同じテーマで統計を取った時、3番目はブラジルでございました。今はベトナムが取って代わり、33万人でございます。ベトナム国籍の方の伸びが非常に著しいですね。4番目がフィリピンで約27万人。フィリピンもベトナムと並んで、最近増加が著しい国として注目されるべきところでございます。そして、5番目がようやくブラジルで、約20万人。以降、順番に申し上げていきますと、ネパールが8万9,000人、台湾が6万人、アメリカが6万人、インドネシアが5万6,000人、タイが5万2,000人、ペルーが4万8,000人、以下インド、ミャンマー、スリランカと続きます。ミャンマーから上が、2万人以上の人々が暮らしている国籍となります。したがって、2万未満の国々でも、1万人以上の対日人口を持つ国々もございます。いくつかご紹介するならば、バングラデシュが1万5,000人程度。パキスタンが1万6,000人、カンボジアが1万2,000人、イギリスが1万7,000人、フランスが1万3,000人、マレーシアが1万人…そういう感じで続いて参ります。中国からミャンマーまで上位12カ国の人数を合算すると、今、日本で暮らしておられる270万人超の外国人の方々の9割を占めています。

相撲の世界ではフィリピン勢の台頭が著しいということはご存知でしょうか? 大関の高安はお母様がフィリピン人ですが、先日優勝した御嶽海も、お母様がフィリピンのご出身です。日本のスポーツ界には、そういった日本人と外国人を両親に持つ「ダブル」の方々が大勢居られます。野球界では、ダルビッシュ有君は、お父様がイランのシーア派のイスラム教徒でいらっしゃいます。ひょっとしたら、彼は長い歴史を有するアメリカのメジャーリーグ・ベースボールの歴史上初めてのイスラム教徒ではないかと思いますが、そのことが話題に上ることはありません。そして芸能界にもダブルの方々が大勢居られます。タレント兼モデルのローラという女性も、お父様がバングラデシュ出身ですから、イスラム教徒から生まれたお嬢さんということで、自動的にイスラム教徒だと思います。日本で頑張って生きていくために肌を多めに露出しておられると思いますが、われわれの身近に居るイスラム教徒の方々も数多くなりました。


何故、外国人労働者が増えたのか

そういった方々が、どの辺りに暮らしておられるかと申しますと、さすがに首都圏が多いですね。首都圏は仕事が多いということが最大の理由です。首都圏に次いで京阪神、あるいは名古屋周辺の工業地帯といった、いわゆる大都市圏でございますけれども、そこにお住まいの外国籍の方々が大勢いらっしゃることになります。では都会だけかと申しますと、いわゆる田舎農村や漁港にも、外国人の方々が数多く住むようになりました。外国から田舎にやって来て何をやっているのかと思われる方もいらっしゃると思いますが、農業や漁業といった仕事に従事しておられます。例えば、われわれが食べている鰹もインドネシアから技能実習生として日本にやって来て、鰹の一本釣り漁船に乗り込んで釣り上げてきたものかもしれません。日本全国、外国の方々と出会うことが日常的になりつつあるのが現代だと思ってください。

講演の様子

あらためて、何故増えたかについて確認しておこうと思います。新しく日本にやって来られたニューカマーの人々の出身国の政治や経済事情が、かつては多くございました。政治が安定しない。その結果治安がよろしくない。こういったところで子どもを育てていくのが不安でたまらないという方々が居られました。あるいは経済事情…。働けど働けど、豊かな生活は望めない。「これから先、どうなるんだろう」という未来に対する閉塞感を抱える人々に対して「日本へ働きに行かないか」と呼びかけがありました。その呼びかけに応じてやって来て増えてきた現状がございます。出身国の政治や経済事情が、いわば背中を押した「プッシュ要因」ということになります。もうひとつ最大の要因が「プル要因」です。

外国の方々を日本にプルする(引っ張ってくる)ための要因というものを、私たちはしっかりと直視しなければいけないと思います。それが、労働力不足です。仕事はたくさんあるのだけれど、その仕事に従事したくないという人が増えました。ある意味、当然であります。労働現場でかつて「3K(きつい、汚い、危険)」という言葉が一般に流布したことがありました。最近はあまり聞かれなくなりましたが、この3つのKで特徴づけられる建設現場の仕事などが典型的だと思いますが、そういった仕事に対する需要が東日本大震災の復興や、東京オリンピックの需要で絶えることはない一方、現在の日本の若者は高学歴化しており、高校を出て大学や専門学校に進む人々の割合が8割を超える勢いになってきていますから、せっかくそこまで教育を受けてきて3Kの仕事や単純労働の仕事には就きたくないという人が増え、その結果、私たちの日本では労働力不足の問題に悩まされるようになりました。

それがだいたい1980年代頃からです。このままでは日本の経済力が落ちてしまうのではないか。そういった経済界の声もあったのでしょう。国は1990年に「出入国管理および難民認定法」(いわゆる「入管法」)の改訂に打って出ます。この法律は何が特徴的かと申しますと、日本に滞在するにあたって必要となる資格として「定住者」という名前の資格を設定しました。これが特徴でございます。では、この定住者資格は、誰に向けて誰を意識して設定されたかと申しますと、日系外国人の方々です。既に100年以上の歴史がありますけれども、戦前日本から海外へ移民していった方々が数多く居られたことは、皆様ご承知のことと思います。ブラジル、ペルー、ハワイ、カリフォルニア、メキシコ…。いろんな所へ日本人は新天地を求めて移住してゆきました。そういった世界に散らばった日系人の方々に帰ってきてもらおうと…。日系人であるならば、「日系3世とその家族の方々まで、日本にやって来て何処でどんな仕事をしても良い」という条件で日本への労働力が募集されました。それにあたって定住者という資格を差し上げましょうということです。

当時、ハイパーインフレで悩んでいたブラジルやペルーの日系人たちが関心を示して多くの方が日本へ来られるようになり、日本における定住外国人のパーセンテージが1990年を境にして増加していく傾向が現在まで続いています。1990年以降の日本の特徴は「日系人の帰還」です。ただ、その日系人は、われわれと同じ東アジアの平べったい顔立ちをしているのですが、あちらで生まれ育ってあちらで教育を受けているため「ほぼ日本語が話せない」という方が多く、苦労を重ねながら日本で長く暮らす方も少なからず居られます。日本人と同じ顔立ちなのに日本人と同じように話すことができず、日本文化を知らないということで、かえって職場で辛い目に遭ったという方も多く居られるようです。

3年後の193年には皆様もよくご存知の「技能実習制度」が創設されます。これは、日本は進んだ技術を持っている国であり、その進んだ技術を海外に移植してあげましょう。ついては、発展途上国の人々に期間限定ではあるけれども日本に来ていただき、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(仕事に従事しながら技能を学ぶ)で3年間学んでいただく。学び終えたら自国に戻っていただき、彼らの母国で技術を広めていただくことを目的として作られた制度です。ただご承知の方も多いと思いますが、この制度の実際の運用では、深刻な人権侵害を訴えるケースが多いことも忘れてはいけません。「日本の優れた技能を学び、国に帰って…」と、志を抱いて日本にやって来た若者から、逃げられないようにパスポートを取り上げ、契約通りの賃金を支払わず、就労の条件が劣悪であることもあったと聞いております。そして、残念ながら、今でも人権侵害を訴える技能実習生たちが居ることを、私たちは肝に銘じなければいけないと思っております。

今年(2019年)4月から出入国管理法が改定されました。簡単に申しますと、労働力として今までよりたくさんの方々に来てもらうことを意図して作られた法律です。この法律によりますと、これまでの「外国人技能実習制度」ならば3年間しか日本で働くことができなかったところが、今回の制度見直しで最長10年間働けるようになりました。ニューカマー側からすれば10年間働くことができるようになった訳ですが、雇う側からすれば、3年間働いてやっと一人前の仕事ができるようになったと思ったら帰国されるよりは、10年間一緒に働けるほうが労働環境としては良いものになるのかもしれません。この改正出入国管理法において、「特定技能」というカテゴリーも作られたことは新聞でご覧になられた方も居られると思いますが、特定技能というのは、何も「特別に高度な技能」という意味ではなくて、今後、圧倒的に人手不足が予想される職種に求められる技能を「特定技能」と呼び、そういった仕事にできるだけ多くの人々を雇い入れようということです。「雇い入れよう」という言葉を使っている時点で、技能実習ではないことになってしまいますが、技能実習が持つ教育的な側面を超えて、労働力として見ている側面が濃厚であることは否定できないようです。かくして、われわれの周りには多くの外国出身者の方々の姿を目にするようになりました。


ニューカマーにとって宗教は重要

街を歩いていても、外国から来られた多くの観光客の方々とすれ違うということは、私たちの日常経験の中でよくあることになりましたが、それだけではありません。「スーパーで惣菜のパックを取ろうとしたら、横からスッと伸びてきて来た手が浅黒くて誰かと思ったら外国出身者だった」とか「職場で机を並べる人たちも外国出身者だ」といったようなことが、ごく当たり前になってきました。その1990年代以降に日本にやって来て定着されるようになった方々を、私たち研究者の世界では「ニューカマー(新しく日本に来た人々)」と呼んでおります。比較をするために「オールドカマー」という言葉があるのかといいますと、一応ございます。例えば、第2次大戦以前に、当時、大日本帝国の一部であった朝鮮半島から日本に来られて、いわゆる在日として暮らしておられる方々がオールドカマーの典型になります。私が今、研究対象として注目しているのは、90年代以降に来日されたニューカマーの人々です。このニューカマーも、新聞であれ、テレビであれ、さまざまな角度から彼らのことが論じられる状況が現出しています。NHKでも特集が組まれたことがございますし、新聞でも、たびたび社説で取り上げられています。

ただ、宗教研究をやっている私からすると、かなり不満です。何故なら、ニューカマーを論じるマスコミは、ニューカマーと労働あるいは法、言語、教育、人権といったキーワードと共に語っています。何故、宗教について言わないのか…? 「ニューカマーと宗教」というテーマが見過ごされているのではないでしょうか。見過ごされている理由として、「ニューカマーにとって宗教は小さな問題だから」ということが言えるかもしれません。しかし、私は研究調査の一環として現場へ入っていくことを続けておりますが、彼らにとって宗教は非常に大きな問題で「なくてはならないもの」、いわばインフラストラクチャーです。われわれにとって電気やガスや水道がなくてはならないのと同じように、彼らにとって宗教は必要不可欠なものだと実感しています。「実感」だけでは説得力に欠けるかもしれませんが、ニューカマーと宗教の関係の深さを、ある程度物理的な証拠で示す必要があると思います。

ここでいくつか画像をご覧いただこうと思います。画像を通して、ニューカマーの宗教の教会やお寺をいくつかご紹介しようと思います。だいたい20年から30年前(1990年代)からニューカマーが増えてきたと申しておりますが、それに合わせて、日本にはニューカマーの宗教施設がたくさんできています。もちろん、タダではできません。買うならば土地代も要りますし、建物を借りるにしても新築ならば、それなりの資金が必要になるはずです。日本に働きに来て得た報酬の大半を母国に送金するという方が多いはずですが、そういった方々が裕福だとは思えません。そういう方々が、少しずつお金を出し合ってモスクやお寺を造る訳です。そういったものを造っていらっしゃるということが、ニューカマーにとって宗教がとても大切なものだということを証明しているのではないかと思います。

まず、イスラムを見ていただきましょう。イスラムは1日5回お祈りをするという宗教的なルールがあることは皆様ご承知と思いますが、中でもコーランの中で神の教えとして金曜日を「聖なる金曜日」と定めています。要するに「金曜日に皆で集まってお祈りしましょう」ということですが、これはイスラム教徒にとって宗教的な義務なのですね。集まるためにはスペースが必要になります。それが「モスク」です。モスクという呼び方はアメリカ風の呼び方で、本来アラビア語では「マスジド」と呼びます。このイスラムの礼拝所であるマスジドは、全国に既に100を超えて存在しています。1990年以前はたった4カ所でした。イスラム教徒人口の多い所ということで、神戸にひとつ、東京に3つありました。それから30年が経過し、現在、その数は100を超えた訳です。現在、私の知る限りでは、マスジドがない県は、近畿地方ですと、奈良県と和歌山県になります。確か四国は高知県、九州は宮崎県にはまだなかったと思いますが、他の43都道府県には皆、既にマスジドがあったと思います。

最も有名なのが東京の代々木にある東京ジャーミイです。非常に立派な建物で、トルコ政府のバックアップによって造られたものです。今は観光地になっており、多くの日本人の方々が代々木に現れた異国ということで、足を運んでおられます。この写真は福井マスジドです。福井県福井市に福井大学という国立大学がございますが、このキャンパスに隣接している民家を留学生たちが買い取って、彼らの祈りの場となっています。外観はこのとおり、普通の民家ですから、ここがマスジドだと知らなければ前を素通りしてしまうような建物です。私が訪れた時は、インドネシア人の学生さんが、昼休みの時間を利用してお祈りに来ていらっしゃいました。これが大阪西淀川区にあるマスジドですが、写真右側の緑に塗られている建物が、大阪セントラルマスジドです。道を挟んで向かいにあるのがパキスタン料理のレストランですが、ここはイスラム教徒が食べて良い食材を使って提供しているハラール・レストランです。金曜日に行きますと、1,200円で本場の味が食べ放題で楽しめます。お勧めです。誰が言い出したか判りませんがおそらくメディアが意図的に言い出したのだと思いますが「西淀川スタン」と呼ばれています。ハラール・レストランは2つ、それからイスラム教徒が食べられるお弁当屋さんもあります。それから、こちらはマスジドから歩いてすぐの所にあるゲストハウス(民泊)です。ここにインターネットで予約したイスラム教徒たちがやって来て宿泊し、朝には歩いて行けるところにお祈りの場所があることが魅力です。ゲストハウスになる前は、古びてはいますがマンションビルでした。


意外と近所にあるマスジド

この30年間で日本にたくさんマスジドができているとご紹介しましたが、いったいどのように造られるのでしょうか。イスラム教徒が居るから造ろうということになる訳ですが、例えば鳥取県にイスラム教徒が何千人も居る訳ではありません。100人居るか居ないかです。その内の多数は大学で勉強したり、教えたりしている人です。そういった人々が、土地建物を用意してマスジドを造るということは、なかなか難しいことです。そこで、ある程度手付金が貯まったら、全国に所在しているマスジド、イスラム教徒に宛てて、こういったビラを作ります。「私たちは今、マスジドを作ろうとしているが、あと1,000万円程足りない。ついては至急こちらの口座に振り込んでほしい」といった内容です。

右側の写真は、京都セントラルマスジドを造るための献金を募集するポスターです。このポスターに書かれている京都セントラルマスジドが実際造られたかどうか確認していないのですが、今現在、京都は河原町にひとつ、八幡市にひとつ、伏見区にひとつ、それから綾部市にもひとつあります。大阪には、先ほどご覧いただいた西淀川区のセントラルマスジドがひとつ、茨木市にひとつ、和泉市にひとつ、それから同じ西淀川区にもうひとつありますので、全部で4つあります。また、マスジドではありませんが、難波シティや大阪駅の辺りにイスラム教徒のツーリストのために作られた礼拝所もいくつか設けられています。兵庫県は、神戸に2つ、そして中部の三木市にひとつ、合計3つです。少し前まで京阪神には3つしかマスジドがなかったのですが、今は3倍になりました。それだけ、彼らにとって必要なものだとご理解いただければと思います。本年(2019)8月30日(金)に、学生と毎日新聞の記者と示し合わせて「阪神間4マスジド巡り」をしてまいりました。その記事は9月の半ばに毎日新聞に掲載されましたが、皆様は如何でしょうか。神戸マスジドは戦前からある、日本で最も美しいといわれるマスジドです。異人館にありますので、観光がてら行ってみては如何でしょうか。そこから東へゆっくり30分も歩けば、兵庫マスジドがございます。

兵庫モスクをご覧いただいたら、次は阪神電車に乗っていただきましょう。神崎川を越えてじまという駅で降りていただき、少し歩きますと、西淀川区に個人の邸宅といったような建物を改造した「大阪イスラミックセンター」に辿り着きます。写真はこの家の1階部分には床の間がございますが、モスクの特長は、メッカの方角を向いた所に目印として「ミフラーブ」という窪みがございます。この窪みに向かってお祈りするのがイスラムの作法ですが、床の間がメッカと同じ方角だったことから、上手く活用されている「和風マスジド」といった感じです。こちらに集まってこられる方は、まだそれほど多くありませんが、その方々の多くはイスラム教徒と結婚して改宗された日本人女性が多いです。実際このマスジドは、そういった方々によって造られました。出来島という駅に程近いこの大阪イスラミックセンターから30分ほど歩きますと、大阪セントラルマスジドに辿り着きます。「阪神間4マスジド巡り」というツアー、なかなか面白いのではないかと思います。

これは和歌山県橋本市の山中です。山の中に何があるかと申しますと、墓地です。イスラム教徒は土葬でなければいけません。ただ、現在の日本は火葬がスタンダードですから、身近な都市近郊に土葬して良い墓地がそうある訳ではなく、30年前は山梨県の山中1カ所しかありませんでした。かなり辺鄙な場所ではありますが、墓地の場所を買い取り、田舎のお寺の霊園の側にあるのがこの礼拝所です。簡素な建物ではありますが、中はしっかりと造られたモスクであることが判ります。この写真はご遺体を運ぶためのものですが、さきほどのマスジドからこの墓地へお連れして土の中へ埋めることになります。この辺りは非常に地面が固いため、墓穴を掘るための重機もちゃんと備えられています。イスラム教徒の方々は、死後24時間以内に埋葬することになっているため、大阪市内の方ですとお亡くなりになるとすぐにイスラム教徒の仲間が集まり、自家用車で橋本市まで2時間から3時間かけて運び、お別れをして埋葬されます。この墓地は開設されたばかりで、まだまだ余裕があるようです。今日の講演を通して、イスラム教徒がこれだけ日本に定着してきている印象をお持ちいただければ幸いです。


非欧米発祥のキリスト教系新宗教

キリスト教といえば、欧米発祥のカトリックやプロテスタントの諸教派のミッション(伝道)を思い浮かべる方が多いと思いますが、ブラジル発祥のキリスト教、フィリピン発祥のキリスト教、(韓国発祥のキリスト教諸教派)も相当日本に入ってきています。韓国だけ括弧で表記しているのは、私が韓国のキリスト教に対する調査研究にまだそれほど及んでいないためです。典型的なブラジル発祥の教派の教会はこのような感じです。これは滋賀県長浜市にあるのですが、自動車工場であったか倉庫であったかを買い取って、2階部分を集会所にしています。ここに集まっておられるのは日系ブラジル人の方々です。土日に音楽と共に歌い踊る礼拝が開かれていますが、それが終われば一階に下りて皆でブラジル料理を食べながら情報交換をしています。

比較的スペースもあることから、日系ブラジル人の子どもたちにポルトガル語を教えたり、あるいは日本語を教えたりしています。非常に気の毒なのですが、これまでどちらの言語も中途半端に身に付いた形で成長してしまうケースが多かったのです。例えば、ポルトガル語はなんとか話せるけれども、読み書きができない。日本語もなんとか話せるけれど、こちらも読み書きができないといった状態です。この手作りの教会の一室を語学教室として地元の人々にも開放しておられます。もちろん、この教室で、キリスト教やブラジルの文化なども教えておられます。

こちらの写真は、浜松市にあるフィリピンからの移民の人たちの教会です。フィリピンは敬虔なカトリック国として有名ですが、実は他にもキリスト教系の新宗教もございます。イグレシア・ニ・クリスト(キリストの教会)という新宗教団体ですが、これ(写真)がその教会です。この団体の特徴は、三位一体説を認めていません。「父と子と精霊が一体である」という伝統的なキリスト教の教義に対し、彼らは「キリストは優れてはいるが人である」と考えます。この団体は、1914年にフェリクス・マナロというフィリピン人によって創始され、現在は三代目になります。このマナロという方が、キリストに次ぐ新たに誕生された救世主だという教義をお持ちです。

その結果、フィリピン本国では胡散臭がられていることも確かです。政治の中枢と深い付き合いがあるとも聞きますが、日本ではこのように活動しておられます。この教会は浜松駅から比較的近い所にあります。こちらは大阪ですが、ビルの3階部分の半分がイグレシア・ニ・クリスト大阪の教会です。実際に行ってみましたが、狭いです。中の写真は撮ることを禁じられていますが、ウェブをチェックしていて見つけた写真がこちらです。こちらは横浜の教会ですが、真ん中の通路を挟んで、正面に向かって左側が男性、右側が女性です。純白のスーツ、純白のハイヒールを着用している人も目立ちます。一番向こう側に何人か立っていますが、これはいわゆる聖楽隊です。フィリピン人と結婚した日本人も多いですから、この教会に訪れる日本人も多くおられます。


ニューカマー仏教の現状

次に仏教を見ていきましょう。これ(写真)は台湾仏教のお寺ですが、京阪電鉄門真市駅から徒歩数分の所にあります。台湾には4大仏教宗派が存在し、そのうちの2つが日本にお寺を展開しています。これ(写真)は中台山の日本分院である普東禅寺です。尼さんが4人常駐されています。私の通勤途上の駅にあるため、時々途中下車して顔を出しているのですが、最近はベトナムの方々が来られているようです。何故? と思われるかもしれませんが、同じ大乗仏教であること、それから門真市にはいくつか製造業があるため、技能実習でやって来たベトナムの方が休日にここへやって来て、自分たちでベトナム料理を作って食べているようです。ベトナム人技能実習生たちの慣れない日本での暮らしを台湾が支えているところが、なかなか素敵だと思います。こちら(写真)は兵庫県宝塚市にある佛光山のお寺です。旧暦の正月になりますと、春節祭が華僑系の方々の間で盛んに行われます。大阪ではミナミに中華学校があり、この学校を舞台にして春節祭が開かれます。その際には大阪佛光山寺から仏壇が出張してきて、中国系、台湾系の方々が初詣をされます。

佛光山

最近、私がしばしば足を運ぶのが、この(写真)ベトナム仏教のお寺です。このお寺は私の故郷でもある姫路市にありますが、兵庫県にはベトナムのお寺が2つございます。神奈川県大和市と兵庫県姫路市には1970年代後半に、ベトナム戦争集結後に赤化統一されたベトナムに居づらくなり、ボートピープルとして危険を顧みず海へ漕ぎ出し、インドシナ難民となったベトナム人たちで、日本に辿り着き、日本での生活を選ばれた方々を定住させるための定住促進センターが政府によって設けられました。これらの施設はとっくの昔に閉鎖されましたが、その影響で姫路市には現在でもベトナムのお寺がございます。

そのひとつが大南寺(ダイナムチ)というお寺で、2年前に阿弥陀如来のお祭りがございました。阿弥陀如来はベトナム語で「A di d à phât(アディダパット)」と言いますが、このアディダパットのお祭りに、老若男女の大勢の人々が集っておられました。集合写真の中央に居られる男性の方がご住職ですが、感心したのは若いお嬢さん方が民族衣装であるアオザイを着て、阿弥陀如来のご祭礼に参加されていたことです。若いお嬢さん方が心から仏を信じているかどうかまでは判りませんが、彼女たちがお寺に行くということは、ベトナムではそれほど珍しいことではないようです。違和感なくアオザイを着て儀式に一役をかっておられるところに、民族の強さのようなものを感じました。日本のお寺では、民族衣装を着た若い女性の一群を見かけたことがないのですが、是非一度、見てみたいものです。

姫路市にはもうひとつお寺がございます。古い民家をお寺に改修しているのですが、左のほうに赤い瓦屋根が見えると思います。これ(写真)は古い民家だけでは手狭となったため、1年前に新たに建てられた本堂です。中央奥に薄ぼんやりと見えますが、中央が釈迦如来、向かって左が阿弥陀如来、右が薬師如来でございます。この写真は9月半ばに撮影したものですが、20人程に尋ねたところ、ほぼ毎晩8時半頃からベトナムの方々が訪れ、ここでお経を唱えてお帰りになるそうです。子ども連れの方も居られました。

これ(写真)は兵庫県三田市にある、日本テーラワーダブッダ(上座部)仏教協会のお寺です。真ん中にスリランカで有名なスマナサーラ長老が居られますが、長老を取り囲んでいるのは、ほぼ日本人です。これは富士山の麓にある民家ですが、この民家がスリランカのお寺になっています。朱色の衣を着たお坊さんが居られますが、これ(写真)はスマナサーラさん以外の長老です。横に集まっている方のほとんどは、スリランカから来日して日本で暮らしている方々です。

こうやって見ていただくと、いろんな宗教施設があることを実感していただけると思います。私としては「行ってみたい」と思われる方が何人も現れると嬉しいですね。実際、足を運んでみると楽しいです。異文化体験にもなりますし、彼らニューカマーの宗教施設に通い守る人々は、われわれ日本人が来ることを嫌っておりません。むしろ「私たちのことを理解するために、よく来てくれた」と喜ばれるケースが圧倒的に多いです。


ニューカマーの心の拠りどころとして

私は、このニューカマーの方々の中で信仰心の篤い方々を「宗教的ニューカマー」と呼んでおります。ここ10年ばかり、宗教的ニューカマーの人々に会ってきましたが、彼らは以下のように考えています。イスラム教徒の人々は「日本人はイスラムのことをテロと結びつけるばかりで本当に知らない。悲しくて仕方がない」とよく仰います。また、昔と比較するとずいぶん良くなったとはいえ、まだまだ日本では食べ物に苦労しておられます。アルコールや豚肉が駄目な宗教ですが、豚から取られたゼラチンを使ったいろんな食材がございます。アルコールを使った醤油やりんもありますので、アルコールが入っていない、あるいは豚由来の成分が入っていないものを探すのが、なかなか難しいと嘆いています。日本で子育てして子どもを小学校に通わせている方は、豚肉が含まれる給食が問題だそうです。人によっては、今日はどんな給食かを予め学校から聞いた上で、その料理をわざわざ自宅でイスラムのハラール風に作って、子どもに弁当を持たせ、他の子たちに引け目を感じさせないようにしているという親御さんに何人も会いました。

日系ブラジル人やペルー人の方々は、いまでも景気の安全弁としての扱いに非常に不満を持っていらっしゃいます。要は会社の景気が良くなれば「さあ、働いてくれ」と言われる一方で、会社の業績が傾いてくると、派遣社員である彼らからクビを切られる訳ですから、落ち着いて働けない訳です。不安定な雇用に悩んでおられます。ブラジル国籍の子どもたちの場合は、義務教育というカテゴリーの外にある訳ですから、学校に行かない不就学の子どもたちも居ますし、仮に行ったとしても、からかわれたり、授業について行けず学校から足が遠のき、果ては禁止薬物に手を出したり、犯罪に手を染めるケースもありました。20年前がピークだったようですが、現在は1990年以降に子どもの頃に来日した、あるいは両親が来日した直後に生まれた子どもたちが立派に成長し、大学の教員や弁護士になった方も居られますし、高校の先生になって、日系人の多い高校でリーダーシップを発揮している方も居られます。若者たちの働きは賞賛に値します。

最近、ベトナムからの定住者が増えてまいりましたが、「日本の文化に慣れてくると、ベトナムの文化を忘れてしまう若者が多い」と、お年寄りの方々が嘆いておられます。「自分の孫が、ベトナム語を話せなくなったらどうしよう」と心配していらっしゃいます。また、外国出身の女性が結婚を契機に日本に来られているケースは、冒頭でフィリピンの女性を例に挙げてお話しましたが、タイ、フィリピン、旧ソ連、中国や台湾といった所からも相当な数の女性が日本人の男性と結婚して来日されていることは、皆様ご承知でしょうか。田舎に行けば、タイ出身やフィリピン出身の女性たちが、農村の花嫁、漁村の花嫁として元気に働いている様がテレビでもしばしば取り上げられていますが、外国出身の女性が日本人男性と結婚した場合、周囲から孤立してしまうケースが少なくありません。周りには同じ言語を話せる方が居らず、外に出ようにもお姑さんがうるさい。「あんたはもうウチの嫁になったのだから仏壇を拝め」なんてことを言われることもあるようですが、当人はキリスト教徒なので、そういった言葉に当惑することもあるようです。しかし、旦那さんや理解のあるお姑さんの協力を得てカトリック教会に行くと、同じような境遇の方々との出会いもあります。お寺、教会、モスクといった宗教施設に集まることで、彼らが抱えているさまざまなストレスが解消されるということがあるようです。

30年前ならば「こんな施設が日本にできたの?」とビックリするような宗教施設が、今、さまざまな社会的機能を果たしています。「祈りの場」であることは言うまでもありませんが、「助け合いの場」でもあります。不景気の時にブラジル移民の教会に集まった日系人たちは「良い仕事がないか」と仕事に関する情報交換をすることは、ごく普通のことでした。あるいは「あの家は旦那が会社をクビになって酒浸りになり、奥さんも子どもも泣いている」といった話を聞くと、「なんとか助けられないか」と、助け合う場所の拠点になることもございます。もちろん、宗教の教えを学び、民族の素晴らしさを学び、母国の言葉を学ぶ「学校」としても機能しています。何よりも、そこへ行けば使い慣れた言語で思い切り喋れる訳ですから、そこは祖国でもあり、心の安らぐ場所でもあるでしょう。会話以外にもお芝居や音楽やスポーツを楽しむことを通じて、いっそう絆が深まることもあります。


ニューカマーの宗教が日本に与える影響

30年前から増えてきたニューカマー宗教ですが、私たちの日本社会にどのような影響を及ぼしているのか。実は、ここからが私の本題だったのですが、結論から申しますと「影響はまだ出ていない」と思います。おそらくこれから影響が出てくると思いますが、その兆しと思われる事柄をここに書かせていただきました。そもそも、ニューカマーの宗教施設は「エスニックチャーチ」、要は同じ国、同じ宗教の人々が集まっている場所ですから、外部の人々からすると閉鎖的に見えます。日本人はなかなか入りづらいですが、中には自主的にイスラムに改宗した若者も居ます。金曜日に日本のマスジドに行ってみると、若い日本人男性のイスラム教徒の姿を垣間見ることもあると思います。ただ自主的改宗者は数の上ではそれほど多くはなく、一般的に多いのは配偶関係です。例えば、イスラム教徒の男性と結婚したことにより改宗される女性や「フィリピン人の奥さんがイグレシア・ニ・クリストの信者であったから、自分も教会へ足を運ぶようになった」とか、「奥さんがベトナム人だから、お寺でベトナムのお祭が開かれると聞き、一緒に来た」といった人々です。ポツポツではありますが、そういった日本人に出会いました。

これから5年、10年経つと、その日本人の血を引く子どもたちの姿もお寺やモスクで目にするようになるでしょう。その子どもたちが日本人のお友達を連れてくるかもしれません。マルチナショナルな人々が、ニューカマーの宗教施設に集まる姿はこれからより一層増えていくことでしょう。ちなみに、イスラムのモスクは何処でも、文化講座や料理教室を開催しています。日本人の方はあまり来られないのですが、われわれのほうから「教えてください」とアプローチすれば、喜んで迎え入れてくださるだろうと思います。イスラムには「神に許された」という意味のハラール(食物禁忌)がありますが、ハラールをキーワードとして産業界との交流が盛んになりつつあります。日本の産物をイスラムの世界に売り込もうという訳です。イスラムの世界は比較的親日的ですから、安定した貿易関係や経済関係が営めそうです。その人たちのために、アルコールが添加されていない特別な味噌や醤油、菓子類を輸出する中小企業も着実に増えてきています。

またイスラム教徒や台湾仏教徒の人々は、阪神淡路大震災、東日本大震災をはじめ、各地で発生した災害の被災地に駆け付けています。彼らはそこで「イスラム教徒になれ」とは決して言いません。彼らにしてみれば神を前にしたらすべての人々は平等で兄弟ですから、「兄弟が困っているならば助けるのは当たり前だ」という心構えで来られているということを、皆様にも知っていただきたいと思います。

逆に、伝道布教の現場では、キリスト教、とりわけ韓国系教会の方々が熱心に布教しておられます。釜ヶ崎では、カトリック教会の方もホームレスの方々に炊き出しをしておられますが、「これは何処かな?」と聞き慣れない名前に出会ったら、おそらく韓国系教会の方々です。本来、日本政府がやるべきところを韓国系のキリスト教会の方々が今もやっておられます。台湾仏教の寺に行きますと、中国語講座や禅教室を開催されていますが、ほぼ無料です。瞑想会を開催されている所もあり、それに惹かれて通う日本人も現れてきたと聞きます。小さいけれども、少しずつ接点が生まれてきています。

一番下に「日本の仏教寺院を宗教的ニューカマーたちの法要のために開放」とありますが、具体的に申しますと、北九州にある浄土真宗のお寺です。現在、日本全国でベトナムの方々が暮らしておられますが、ベトナムの方々が法要をする場を探していると聞き、浄土真宗のお寺のご住職が彼らのために本堂と境内を開放したそうです。こういった動きも出始めてきました。

最後になりますが、確実にニューカマー宗教の一層の伸張が予想されます。日本人と日本社会の接点は拡大していきます。ここには宗教者の方々が大勢居られますので、敢えて言葉を改めて申しますと、日本宗教とニューカマー宗教とが混じり合っていく可能性がゼロではありません。今挙げた本堂を開放するお寺のように、2つの異なる宗教が、ひとつの祈りの場で交差する事例も増えていくでしょう。「多文化共生」という言葉が一般に流布して久しいですが、私たちとは異なる宗教を信じるニューカマーたちと共に生きる時代です。それにあたり、ニューカマーの人たちに私たちのことを理解していただくことは当然必要ですが、彼らのことも私たちも理解しましょう。私たちが外国の方々を理解する時、3F(ファッション(Fashion)、食べ物(Food)、お祭(Festival))のお付き合いで終わることが意外と多いです。ないよりはマシですが、彼らは私たちの隣人として、私たちの地域で生活者として日々を送っています。これからは互いに生活者として、3Fを超えた交流も生まれてくるのではないでしょうか。子ども同士がお付き合いすることもあるでしょう。PTAの会合でお母さん方が宗教の境界線を超えてお付き合いすることもあると思います。それにあたって宗教者の方々は、一般の方々の模範になる可能性があると思います。ニューカマーの方々は宗教を信じていらっしゃる方が多いです。私たちは、そういう方々とどう接すれば良いのか。接しないほうがいいんじゃないか」と、迷っておられる普通の日本人の方々も少なからず居られると思います。そんな時に、皆様が接している姿を模範としてお見せすることが必要になるのではないかと思います。

今後の課題ですが、私自身は今後もこの研究を続けていくつもりです。ニューカマー集団の内部の人間関係を、もっと明らかにしてみたいと思っています。今日のお話では「ニューカマー」とか「イスラム教徒」と一言で申しましたが、実際は一括りにできるようなものではありません。例えば、イスラム教徒のニューカマー同士でも喧嘩しますし、ベトナム人同士でも、出会った際に挨拶も交わさない人もいます。私たちは、日本で暮らしている同郷の者は皆、一体感を持っていると思いがちですが、互いにそっぽを向いて、時には喧嘩している場合もあります。私たちも彼らが喧嘩する姿は見たくありませんが、そこへどのようにアプローチすれば良いのか、難しいところです。私は今後、ニューカマーのよりリアルな姿を追求していきたいと思います。彼らだって、必ずしも一枚岩とは限らないことを明らかにしていきたいと思います。


日本人にとっての『宗教』の意味

もうひとつ研究テーマにしたいと思っていることは、先ほどお話の中で、「テレビや新聞といったメディアがニューカマーとその宗教を取り上げる機会はほとんどない」と申し上げましたが、この状況を何とかしたいと思っています。理想的にはNHKでニューカマー宗教の話題が特集番組に組まれるぐらいのところまで持って行かなければ駄目なんじゃないかと思います。いつ頃からか、日本人は「宗教」と聞いただけで、「俺には関係ない」と思う人々が増えてしまいましたが、外国の方々にとって宗教はとても大切です。もちろん、日本人も宗教とは関係ないと言いながら、実際は深い関係があります。そうでなければお盆に墓参りしませんし、初詣もしない訳ですから…。

最後にもうひとつ。「東京オリンピックの金メダル候補」と言われていた競泳選手の池江璃花子さんは、現在白血病で闘病中ですが、彼女がこれから入院するという時にツィッターを更新して、「これから入院すること、白血病がとても厳しい病気であること、けれども神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っている」と書かれました。その書き込みが新聞やテレビでも紹介されましたが、誰も「池江さん、神様を信じているんだ」とか「池江さん変わっているよね。宗教を信じているんだ」とは言わなかったはずです。ここで彼女が示した「神様」の存在、超越したものへの共感をわれわれは持っているということです。宗教的ではないと言われつつも宗教的な日本人と、宗教を大切にしている海を越えてやって来たニューカマーがうまく共生していくために、微力ながらできればと思っております。本日はご清聴有り難うございました。

(文責:事務局)