国際宗教同志会 2020年度第3回例会 記念講演
陸上自衛隊 中部方面総監部幕僚副長
安井寛
ただ今ご紹介に与りました、陸上自衛隊の中部方面総監部で幕僚副長をしております安井と申します。本日はこのような場にお招きいただき、講演の機会を頂けましたこと、大変感謝しております。本来ならば中部方面総監の野澤真陸将がこちらに伺うべきところでございますが、本日はあいにく他用が入っており、現在広島に向かっているところだと思います。役不足と思いますが、代わって私が本日の講師を務めさせていただきます。
本日の講題は『自衛隊のコロナウイルス感染症への対応について』ですが、われわれ自衛隊がこれまでやってきたことや、何故、自衛隊が効果的に対応できたかということも含めてご紹介したいと思います。併せて一般的な自衛隊の活動も紹介させていただきたいと思います。最後まで聞いていただければ幸いです。ただ、一介の自衛官でございますので、あまり高尚なお話ができず業務的な内容となりますが、その辺はご容赦いただければと思います。
少しご紹介いただきましたが、私の現職は中部方面総監部という、この地域を担当する陸上自衛隊の部隊の司令部にあたるところで、防衛担当の幕僚ということで、参謀部長のような仕事をしております。幕僚副長は、会社でいうところの常務のような仕事で、社長に相当する方面総監の仕事の補佐や、各部長の業務指導にあたっております。今はこのような仕事をしておりますが、先ほどご紹介いただきましたように、元々はヘリコプターのパイロットでした。写真一番左のヘリは、4人乗りの軽自動車のようなヘリで、真ん中が10人ぐらい乗れるバンのようなものです。一番右は55人ぐらい乗れるバスぐらいの大きなヘリコプターです。これまでパイロットおよび指揮官を務めてまいりました。陸上自衛隊には1988年に入隊し、ここから程近い八尾駐屯地から自衛官としてのキャリアをスタートさせました。自衛隊は非常に人使いの荒い組織で、現在のポストがちょうど20個目にあたります。因みに、これまで16回引っ越しをしました。今、55歳で、元々は山口県の出身です。これまでたくさん引っ越ししてきましたので、5年前から単身赴任で妻を埼玉県の朝霞に残してきております。娘が1人居りますが、転校ばかりで小学校が4つと中学校2つに通いましたが、グレずに育ってくれました。独立ちして今は神奈川県川崎市に住んで会社員をしております。
次に本日の講演内容ですが、まず導入として、この地区を担当している中部方面隊がどのような部隊かについて紹介させていただきます。2番目が「自衛隊の任務とは」です。さまざまな任務がありますが、われわれがどのような考え方で任務に臨んでいるか紹介させていただきます。続いて本題であります「自衛隊の新型ウイルスへの対応」ですが、その特性と、先ほど申し上げました何故自衛隊が有効に活動できたかを最初に紹介させていただいて、その後、具体的にどのような取り組みを行ってきたか説明させていただきます。また、自衛隊はコロナウイルス対策だけではなく、このコロナ禍においても任務を継続しておりますので、そういったことも含めてここで触れたいと思います。最後に、自衛隊における慰霊や追悼等についても少し触れたいと思います。
まず、中部方面隊の概要でございます。陸上自衛隊にある5つの方面隊のうちのひとつで、東海、北陸、近畿、中国、四国を担当しております。この地域の防衛の他、担当地域で発生する災害に対応すると共に、他の方面隊で発生した災害や、世界の国々で発生する紛争解決のための国際協力活動に増援部隊を派遣することが、われわれの仕事となっております。中部方面隊の担当地域は非常に広く、全国面積の29%に相当します。都道府県の約45%、2府19県を担当しております。人口は日本全体の37%が中部方面隊の担当地域に所在しております。先ほど少し触れられましたが、北海道は北部方面隊、東北は東北方面隊、関東甲信越は東部方面隊、それから九州は西部方面隊となっております。昔はロシア、対ソ連ということで北海道が正面でしたが、今はだんだん西へ、西へということで、西部方面隊正面が熱くなってきているというところです。数年前に陸上総隊という、これら方面隊を統括する司令部が朝霞に創設されました。
方面隊は4つの警備区域に区分されます。東海・北陸地区は第10師団、近畿地区は第3師団、中国地区は第13旅団、四国は第14旅団が担当しております。それぞれ司令部が、愛知県名古屋市の守山駐屯地、兵庫県伊丹市の千僧駐屯地、広島県安芸郡の海田市駐屯地、香川県善通寺市の善通寺駐屯地に置かれています。方面隊全体では二万数千人の隊員が所属しており、区域内にある37個の駐屯地等に駐屯して勤務しております。以上が中部方面隊の概要ですけれども、続きまして自衛隊任務の考え方についてお話したいと思います。
自衛隊任務については、大きくは主たる任務と従たる任務に区分されます。スライドはそれをイメージしたものですが、主たる任務とは、図の中心に書かれています「わが国の防衛」であり、わが国の平和と独立、そして国民の安全、安心を、主に海外の敵から守ることであります。自衛隊の任務の中核となるものであります。この主たる任務の遂行に支障を与えない程度で、従たる任務、すなわち災害派遣活動や国際平和協力活動を実施いたします。これは、わが国の防衛のために自衛隊が保有している能力をこれらの活動にも適応できるため、ある一定の条件の下でこれらの活動を実施します。例えば災害派遣については、三要件(公共性、緊急性、非代替性)というものがあります。つまり公共のためになるかということ、それから急いでやらなければならないかということ、それから自衛隊でなければ対応できない仕事であるかどうかということであります。因みに今回お話しします新型コロナウイルス感染症の対応任務のほとんどは、災害派遣の枠組みで実施しています。そのため、コロナ禍においても、やはり自衛隊の主な任務はわが国の防衛でありますので継続して行っております。本日はそういったこともお話しさせていただきたいと思います。
続きまして、本題であります自衛隊の新型コロナウイルス感染症への対応について説明したいと思います。まず、何故自衛隊が派遣されたのか。そして何故有効に任務をできたかについて。続いて、自衛隊が実施した活動について、その全体像を説明いたします。同じようなガウン(防護服)を着た人の写真が続きますので、少し退屈かもしれません。そのため途中で少し趣向を変えたビデオ等も交えながらご覧いただこうと思います。この項目の最後に自衛隊が任務を継続してきたことを紹介させていただこうと思います。
まず、新型コロナウイルス感染症の特性と、自衛隊の有効性について説明したいと思います。今般の新型コロナウイルス感染症の対応任務の特性は、全国規模で災害派遣が実施された自衛隊初のオペレーションとなりました。東日本大震災の対応でさえも、主な活動地域は東北と関東の一部地域でしたが、今回はほぼ全国にわたって自衛隊が活動しております。見えない脅威に対して「危ないものは自衛隊にやらせろ」という考えがあるみたいですので、当初は自衛隊が対応しましたが、だいたいできることが判ってきた段階で民間事業者に適切に活動を移管しております。これは先ほど申し上げた緊急性や非代替性との関係で、だいたい1週間から2週間に期限を区切って実施したものであります。
続きまして、今回の新型コロナウイルス感染症の多くの部分は、基本的には地方自治体が担当しております。ここ大阪でも吉村洋文知事が頑張っておられましたけれど、各都道府県庁との緊密な連携が必要となっております。そして自衛隊が保有するハード・ソフトの能力を活用し、任務遂行中の感染者ゼロで、まだまだ任務継続中であります。先ほど紹介いただいた内容の中で、自衛隊は生物兵器にも対応できるとありましたが、そういったところも、われわれのひとつの助けとなったところであります。
何故自衛隊が有効に任務できたかについて、4つの観点から、今ご説明した特性も踏まえてお話ししたいと思います。
新型コロナウイルス感染症に対応するための例として、まず全国的な対応や自治体との緊密な連携の必要性。それから、感染防止措置を厳守する必要性。もうひとつは、防疫等にかかる専門的知見の必要性があったことが挙げられます。
自衛隊については、先ほど申し上げましたように、全国に展開していること、常日頃から自治体と緊密に連携を取り合っていること、そして決められたことを厳守する高い規律を保持していること、そして生物兵器にも対応できる専門的な知見を有していること。これらからダイヤモンドプリンセス号を始めとして、その後も自衛隊が効果的に、有効に対処することができたと考えております。
この図がこれまで自衛隊が行ってきた大きな区分であります。ひとつはクルーズ船対応ということで、一番最初にあったダイヤモンドプリンセス号への対応であります。それから水際対策ということで、帰国する邦人等に対して、東京国際空港(羽田)、新東京国際空港(成田)、関西国際空港、中部国際空港で活動をいたしております。これらの2つは先ほど申し上げた自治体ではなく、国が対応する対策に対して、自衛隊が支援したというものであります。3番目が市中感染拡大防止ということで、全国に感染が拡大した段階で、自治体と協力して自衛隊が活動したものであります。記載された期間・場所で活動しておりますので、それぞれの事例についてこれから説明申し上げます。
また、ちょっと変わった視点として、自衛隊病院における医療支援等についても紹介させていただきます。少し字が小さいため読みづらいかもしれませんが、全体像をイメージアップしていただくために準備したものであります。中部方面隊の担当地域のみですが、この図から自衛隊の活動が広範多岐にわたっていたことをイメージし理解する際の一助になればと思います。ダイヤモンドプリンセス号や、先ほど申し上げた関西国際空港、中部国際空港での活動はもとより、13府県という広い地域において、それぞれ生活支援、輸送支援、教育支援を実施してきました。
それでは先ほど申し上げたひとつの区分であります、クルーズ船での対応について紹介いたします。この時は最初のインパクトが非常に大きくて、最初のうちは自衛隊も何が起きているのかは掌握できていませんでしたが、最終的には約2,200件のPCR検査のための検体の採取、3,500名に対する輸送支援、それからクルーズ船から下船した陰性者に対する支援を、延べ2,200名の自衛官をもって実施しました。後ほど紹介いたしますが、クルーズ船の陽性者を自衛隊の中央病院でも受け入れております。中部方面隊からは、2月15日から3月9日までの間、3名の医官と看護官が派遣され、これらの活動を支援しております。幸い任務遂行中の感染者は発生せず、その点についても高く評価されております。ここからはガウンとマスクの写真ばかりですが、ご容赦ください。自衛隊による医療支援の状況です。当初はCOVID19がどの程度危険なウイルスか不明だったため、タイベックスーツという防護服 ―― これは自衛隊が放射線等に対応する際も着用するものです ―― や、医療用のガウン、N95という非常に防護性の高いマスクを着けて、完全防護した上で検体を採取したり、医療品の配布等を行っております。これがクルーズ船における医療支援の状況です。
続きまして、クルーズ船における輸送支援の状況です。輸送支援とは何かと申しますと、例えばPCR検査の結果、陽性になった方々を医療機関に輸送するのですが、(クルーズ船が停泊していた横浜港から)遠い所ですと、愛知県の藤田病院が有名になりましたが、そこまで感染が確認された方々を自衛隊が運んでおります。用意されたバスにはトイレが設置されていたり、いなかったりするものですから、バスの後ろからトイレを積んだ自衛隊のトラックが付いて走るといった経緯もあり、いろいろ苦労した面もあります。またPCR検査の結果、陰性となった人を、例えば法務省や財務省の学校で待機していただくのですが、その輸送も実施しました。またクルーズ船には外国人が多く乗船していたため、外国人帰国者のチャーター機への輸送支援、それから先ほど申し上げた施設で隔離期間を完了した方々を公共交通機関まで運ぶ輸送支援も自衛隊が実施しております。これらの写真は、クルーズ船における生活支援の状況であります。具体的には、持病のある乗客の方々に必要な薬を配ったり、食事を配布したり、汚染された廃棄物の回収です。「汚染された廃棄物」とは、陽性者かどうか判らない方も含めて、一度使ったものは感染している可能性があるものと見なして回収し、特別に処置していたということです。ダイヤモンドプリンセス号で当初感染が拡大した頃は、自衛隊にこのようなノウハウはありませんでしたが、ここで学んだことを逐次蓄積して、事後の市中感染の教訓へと繋げていきました。
続いて水際対策対応ですが、これは先ほど申し上げたとおり、各地の空港で海外から帰国する人々の検疫を行ったものであります。延べ1万7,000名の帰国者に対し、8,600名の自衛官が、検疫支援、輸送支援、生活支援等を実施しております。中部方面隊においては、4月3日から5月31日までの間、関西国際空港および中部国際空港において、3,000名以上の邦人に対して宿泊施設への輸送支援と生活支援を実施しております。この写真は空港における検疫の状況です。こちらの写真は、水際対策における輸送支援の状況で、到着する度にグループ単位で空港から最寄りのホテルへ ―― 近い所ですと空港から数百メートルですが、やはり外部の人と触れさせる訳にはいかないため ―― バスを使って輸送しております。グループの中に感染している人が居るか居ないか判らないため、1回運ぶ毎にちゃんと消毒を行いました。ちなみにこれらの活動に関わった自衛官も活動後2週間は「停留」といって、自衛隊の施設内で隔離されました。同じく水際対策における生活支援です。先ほど申し上げた通り、ここでも食事の提供やゴミの回収等を行っております。
ここでいったん「箸休め」ということで、ビデオを3本程ご覧いただこうと思います。1本目はブルーインパルスによる慰労飛行です。テレビ等でも話題になったため、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、元気づけられた医療関係者も多いと思います。
(ブルーインパルスの飛行風景の動画を見る)
以上がブルーインパルスのビデオですが、このような慰労飛行は他国でも実施されています。パイロットたちもシュッとしていて格好良いので非常に人気があり、サイン会を催すと、もの凄い人が集まるそうで、ちょっと羨ましい限りです(会場笑い)。
続いては、中部方面音楽隊による慰労動画『コロナに負けるな』です。いくつかのバージョンがありますが、今回はNHK連続テレビ小説『エール』でも話題になっている「栄冠は君に輝く」の映像をご覧いただこうと思います。左手のボーカルの女性は鶫真衣(つぐみ まい)という自衛官で、ファンも多く非常に人気のある女性です。
(中部方面音楽隊による演奏「栄冠は君に輝く」およびメッセージ動画を見る)
これは第4弾の動画ですが、これまでで一番人気がありました。今は第5弾を制作中ですが、そろそろ趣向を変えてやらないと、なかなか巧くいかないところがあります。このような航空機による飛行や音楽による慰労は、人を元気づける効果があります。各国の軍隊は音楽隊というものを必ず持っておりますが、その理由は、戦争などで沈んだ気持ちを少しでも慰労するといったところにあります。次が最後の動画になりますが、この動画は少し変わった取り組みとして、教育用の映像として自衛隊で制作されたものです。これから紹介する映像は「手洗い」といった日常的なものになりますが、防護服の着脱などさまざまなバージョンを準備して、自衛隊が作成した教育資料と共に各自治体、関係機関、そしてホテルなど宿泊施設での教育等で使用されているものです。手洗いも、ちゃんと行うと大変だと思いますが、感染対策の一環として是非、皆様が手洗いされる際の参考にしていただければと思います。
毎回このように手洗いをするとなると、ちょっと大変かと思いますが、外出先で「汚染されたかもしれない」と思われた時などに活用していただければと思います。続いて新型コロナウイルス感染症拡大防止への取り組みの3つ目の区分である市中感染対応(輸送支援、生活支援、教育支援)です。延べ人数で言うとそれほど多くはないのですが、活動自体の数としては最も多い活動となっており、こういった活動を自治体と協力しながらやっていくことで、自衛隊の持っているノウハウを皆さんに共有していただくことも目的のひとつであります。一部はまだ継続しておりますが、4月3日から民間宿泊施設等における陽性患者に対する生活支援や輸送支援、それから自治体職員、民間事業者に対する教育支援等を行っております。(スライド写真を示しながら)これは輸送支援の様子です。先ほどご紹介した輸送支援と同じですが、左下の写真はヘリコプターの空輸による患者の運搬です。パイロットや整備員は当然、タイベックススーツという防護服を着ているんですけれども、患者さんもアイソレーターという中を陰圧にしてウイルスが外に出ないような装置―自衛隊が生物兵器等に対応するために所有しているものですが―などを用いて、離島からの患者空輸を実施しました。
続いて生活支援ですが、これはホテル等で隔離された人々に対する食事の提供や、汚染地域(レッドゾーン)とそうでない地域(グリーンゾーン)にしっかりと区別するゾーニングの実施などにあたります。ただせっかく自衛隊がこういった取り組みを行っても、中にはホテルを脱走してコンビニに行ったりする人も居ましたが、こういった努力は少しでも役立ったと思います。続いて、活動の中では最も多かった教育支援です。やはり自衛隊だけでは人数も限られますので、さまざまな人に自衛隊のやり方を覚えていただいて、どんどん広げていくというものであります。この支援活動は現在も継続しており、次は「10月23日に広島で同じようなことをやってほしい」と依頼が来ています。だいたい5人以下の活動ですけれども、例えばホテルの従業員や自治体の職員、一番最初は刑務所の職員を対象に「刑務所で集団感染が発生した場合、どうするか」といった対処法について実施しました。教育支援は医療関係者にも実施したので、われわれも「本末転倒ではないか」と言っていたのですが、いろんな知識の普及ということで活動を実施してきております。
続きまして、ちょっと切り口が異なるのですが、自衛隊病院における医療支援であります。概要は先ほど少し申し上げましたが、自衛隊中央病院におけるダイヤモンドプリンセス号の陽性者の受け入れ、それから全国の自衛隊病院における一般感染者の受け入れ、それから保健所からの依頼による、感染疑い者のPCR検査の実施をしております。中央病院においては、2月18日から3月9日までの間、ダイヤモンドプリンセス号の陽性者を受け入れております。中部方面隊にある自衛隊阪神病院においても、多くの一般患者の受け入れやPCR検査を実施してきました。こちらはクルーズ船の対応ということで中央病院の状況ですが、ニュース映像がございますので、まずこちらをご覧ください。
(自衛隊中央病院の対応を紹介するニュース動画)
動画は以上になります。自衛隊病院は全国にいくつもありますが、そこにおける医療支援の状況であります。特徴的なのは、右下の図はイメージ図になりますが、長崎でクルーズ船の感染者が出た際、主に外国人ですが、ドックに入っているクルーズ船からCTを撮る機械もないのでどうしようかという話があったため、自衛隊がCT車を派遣して肺にそういった映像があるかどうかを確認したものです。実は、自衛隊は各地でCTが撮れるようにということでCT車を保有しています。これもわが国の防衛のために持っているもので、台風被害の時に病院の機能が一部失われた際にも非常に活躍しました。まだ一両しかないため、今後増えればと思っています。以上が、新型コロナウイルス感染拡大防止の自衛隊の取り組みです。
続いて「コロナ禍における任務の継続」ですが、自衛隊が何故、任務の継続にこだわったかということについてお話ししたいと思います。最初に国家を守る安全保障の考え方、それから周辺情勢等を説明した後、何故自衛隊が、今申し上げた通りやってきたかというところ。そして、その訓練の状況やコロナ禍においても継続した他の災害派遣の状況について説明したいと思います。また、最後に自衛隊がいかに自らを防護したか、健全性の保持の観点から少し説明したいと思います。
まず「安全保障情勢」についてお話しさせていただきますが、国際宗教同志会様では今年、2月に外務省の山本条太関西大使から安全保障に関する講話があったと伺いました。高い見識をお持ちの皆様に対して少し失礼になるかもしれませんが、その考え方についてお話しさせていただきたいと思います。「国家国民を守る」といった国の安全保障については、外交と防衛は安全保障の両輪と言われています。国際関係においてニュースに取り上げられるのは外交がほとんどですが、その外交を効果的なものにするためには確固たる防衛力の裏付けが必要になります。喩(たと)え話でよく「有効な安全保障とは、右手で握手して、左手にナイフを隠し持つ」と言われます。表面上は友好的であっても国家的な利害が対立する状況において、仮に相手が襲ってきた場合、自らを守るだけの力が必要になります。また、相手に襲ってこさせないようにするためには抑止力が必要になります。この抑止力の中核が防衛力であり、われわれ自衛隊は抑止力を強力なものにするため、日々厳しい練成訓練を続けております。すなわち、ナイフの切れ味を鋭くするために、自衛隊は常にそれを研ぎ続けているところであります。
今説明した前提の下に、東アジアを取り巻く情勢を見てみますと、国家間ではやはり、中国とアメリカの対立が非常に厳しいものになってきています。これまではアメリカ中心で世界は回ってきましたが、やはり中国が台頭してきたということで、「2番目に出てきた杭は打たれる」ということで大きな問題になっております。出口が見えない日韓関係も今後どうなっていくのか…。そういった国家間の問題の他に、北方領土は問題自体が解決しませんし、軍事的にはロシアはそこで大規模な演習を行っています。「外交の上では進める」という話がありますが、なかなか進まない時に、やはり北方領土についても関心を持っていく必要があります。中国は海上だけでなく、沿岸部、それから内陸で大規模な演習をずっとやっています。コロナ禍で少し収まるかという話もあったのですが、なかなかそうはいかず、やはり外国の軍隊はコロナ禍においても自らのナイフを磨いているということでしょう。ひとつは何かあった時に使うというのがありますが、やはりそういうものを持つことによって、外交を、もしくは国と国との交渉をうまく進める。逆に日本からすれば、自衛隊を強くするのは決して戦うためではなく、そういったものを持っておくことが必要だと考えております。
ですので、われわれも隊員に「君たちが訓練をサボれば日本は弱くなる。そうすると外国に隙を見せることになるんだ」と常々言い聞かせております。今のところ、周辺国から日本の自衛隊は非常に精強な軍隊と映っているようですが、そのレベルはどうなのか。「コロナ禍だから」と、われわれが訓練を怠れば、隙を見せてしまうことになりますので、ここはわれわれが非常にこだわったところでもあります。これらの状況を踏まえて、自衛隊は訓練に限らず、さまざまな活動を行っております。当然、抑止力というのはわが国の防衛が中心になってきますが、東シナ海においては他国の艦船や航空機が日本の領海に侵入しないよう、海上保安庁と連携して365日、24時間、警戒監視を継続しております。また、訓練によるレベルの向上を図ると共に、レベルの高さをアピールする。すなわち、米軍との共同訓練を行ったり、自衛隊の精強さをわざと見せることによって「日本にちょっかいを出すと痛い目に遭うぞ」ということを誇示しています。
話が少し変わりますが、自衛隊は2004年からイラクのサマーワに部隊を派遣しました。当時、アルカイダという組織のテロが頻発しており、自衛隊もその標的になるのではないかということが非常に懸念されました。その際自衛隊は、例えば部隊が一糸乱れぬ隊列を組んで行進する、あるいは駐車場に止める車両を一直線に並べてキチンとするといった、規則正しい行動を続けておりました。一般の方からすれば大したことないように思われるかもしれませんが、軍隊の世界では、そういった「規律正しい軍隊は強い軍隊だ」と映ります。すなわち、それを見せることによって「この基地を攻撃すると少し危ない」ということを相手に理解させる。そういう目的を持って指導してきたところがあります。その成果もあってか、派遣中は大きな問題も生起せず、自衛隊もそれ以来、そういったことも大切だということを再認識したところであります。
コロナ禍における練成訓練の状況ですが、左上の写真は今年(2020年)の4月に入った新入隊員の訓練の様子です。こういう時でも後継者の育成は重要になってきますので、新隊員の訓練を行っております。また自衛隊員にとって射撃は非常に重要ですので、機関銃の射撃、それから戦車・ヘリコプターの射撃を切れずに行っております。続いてこちらはもう少し規模の大きい訓練で、他国が興味を持ちそうな訓練を行っています。左上の写真のような米軍との合同訓練もありますが、「機動展開訓練」という訓練もあります。例えば左下の写真は離島を奪回する訓練ですが、南の離島に関して某国が様々なことを言っておりますけれども、われわれとしては、そもそも「来させないようにする」、もしくは「取られても取り返せるような能力を持ち続ける」必要があります。コロナ禍においても、しっかりとした感染防止対策を実施しております。訓練の状況については以上です。
次に災害への対応ですが、コロナ禍においても、豪雨災害、山林火災、緊急患者空輸、そして不発弾処理といったことを続けております。今年度は9月中旬の時点で緊急患者空輸が129件、そして不発弾処理が269件と非常に多くなっております。続いて、自衛隊における自己防護について説明したいと思います。まずわが国の防衛のために、自衛隊にしかできない任務が存在します。そのために常に任務を遂行できる状態を維持する必要があります。三密の回避、手洗いや消毒といった当たり前のことですが、自衛隊は決められたことを決められた通りにするように躾けられております。集団生活の環境下においても、感染レベルは比較的低く抑えられております。例えば私が勤務する中部方面総監部で、家庭内感染と思われる2名の患者が発生しましたが、その周囲の人は感染しませんでした。ですので、しっかり処置すればコロナウイルスに感染しないということが言えます。
先週までは「自衛隊ではクラスターは一件も発生していません」と言っていたのですけれども、報道でも話題になりましたが、女性自衛隊員の教育課程でクラスターが発生してしまいました。日帰りバーベキューに行ったと報じられていますが、三密のバスで1時間以上かけて赴き、現地で2時間ほど過ごした後、再び1時間半ほどかけてバスで帰ってきたということであります。集団生活ではこういったことが発生してしまう可能性がありますので、われわれは私生活上の指導もしっかりとやっていかなければなりませんが、ただ、先ほどご紹介申し上げたような訓練の場において発生した訳ではありません。われわれは感染対策をしっかり講じた上で、訓練を続けていく必要があるということを感じております。
最後に、宗教家の皆様の前ですので、自衛隊における慰霊や追悼についてお話ししたいと思います。宗教について直接的な関係はございませんが、少しお話しさせていただこうと思います。先ほど申し上げましたような国民の安全安心を脅かすものは敵からの侵略だけではなく、自衛隊の能力でしか対応できないような脅威も存在します。例えば福島第一原発事故におけるヘリコプターからの空中消火の時は、見えない放射能の脅威下での活動となりました。1986年にチェルノブイリの原子力発電所で事故が発生しましたが、この時は原子炉上空で活動したパイロットの多くが亡くなっております。そういった状況が福島第一原発の消火活動に当たったパイロットの耳に入っておりまして、直前は非常に混乱したようです。しかし「誰かがやらなければならない」ということで任務に向かったということです。また不発弾処理においても、こちらの写真が信管を取り除き安全化する作業を行っている様子ですが、非常に危険な状況です。真意の程は判りませんが、ここへ赴く隊員は必ず新しい下着を身に付けて出向くそうです。
今回の新型コロナウイルス感染症の対応についても、当初は「得体の知れないウイルスだ」ということで、まず自衛隊が対応しましたが、派遣された隊員はそれなりの覚悟を以て実施したところであります。このようなことから、古今東西を問わず、軍隊と宗教とは非常に近しい存在だと言われています。ご存知の方も多いと思いますが、例えば在日アメリカ軍は駐屯地の中に教会を持っているということであります。こちらはアメリカ軍が仙台駐屯地に残していった旧教会の写真です。アメリカ軍の場合、例えば死に対する恐怖の緩和や、仲間の戦死から来るショックの緩和、そして人を殺してしまったという罪悪感の緩和なども必須のものとなっています。自衛隊には未だそういったものがないのですが、ひとつの覚悟として、入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず身を以て責務の完遂に務める」ということを宣誓いたします。また、一部の自衛官は遺書をしたためているということもあります。
こういったことも踏まえて、自衛隊では殉職者を非常に大切にする組織文化があります。これは同じようにいのちを賭して任務を遂行する警察や消防も同様です。隊員の殉職に際しては、荘厳かつ厳粛な葬送式が執り行われます。また、定期的に追悼式や慰霊碑に対する参拝を行い、殉職者に対する哀悼や敬意を示すと共に、ご遺族に対する弔意、誠意を示し、隊員自らその遺志を引き継ぎ任務達成の誓いを行います。個人的にはこういったことも自衛隊の精強性を保つ一因になっていると思っております。
少し時間をオーバーしてしまいましたが、本日の講演は以上です。講演を終了する前に、少しだけ自衛隊の宣伝をさせていただこうと思います。自衛隊の募集に関するものですが、現在、われわれは後継者の確保に大変苦労しております。先ほど述べた通り、国民の安全安心を守っていくためには、任務遂行に崇高な意志を持った隊員が必要となります。もし皆様の周りに少しでも自衛隊に関心を持っている若者が居られたら、是非ご紹介していただけたらと思います。今日は自衛隊の厳しい面を中心にお話をさせていただきましたが、これからご覧いただく映像のように、自衛隊は入隊すれば楽しいことも沢山あります。私も楽しい経験を沢山しました。是非、宣伝をお願いしたいと思います。以上で講題のお話は終わりとさせていただきます。ご清聴有り難うございました。
三宅善信: それではただ今から、お時間の許す限り質問を承ろうと思います。現場の自衛官の方と直接お話しできる機会は貴重だと思いますので、ご質問のある先生方は挙手いただき、まずお名前とご所属を言われてから、それぞれのご質問をお願いします。
大西龍心: 高野山真言宗観音院の大西と申します。日頃より国民のためにご尽力いただき、有り難うございます。最初に余談ですが、実は昨年、中部方面隊の方々に息子が大変お世話になりました。と申しますのは、息子は清風高校の新体操部に所属しているのですが、西宮であった音楽祭で中部方面隊の音楽隊の生演奏をバックに演技をさせていただきました。当日の様子は中部方面隊のYouTubeサイトでも紹介していただいておりますが、本人も「中学三年間の間に経験した演技の中で一番気分が良かった」と感動しておりました。この場を借りて御礼を申し上げます。今日の話をしたら息子も非常に喜ぶと思います。
質問と申しましても、たいした質問ではないのですが、水際対策としての空港での生活支援や、市中感染拡大防止のための生活支援に至るまで、自衛隊がこれほど多岐にわたる活動をされているとは存じませんでした。「ゴミ回収作業でコロナに感染した」という話も耳にしますが、自衛隊の防疫活動で回収されたゴミは、独自に処理する施設を持っておられるのでしょうか。あるいは市中のゴミ処理施設まで運ぶことが自衛隊の任務なのでしょうか。
また、最後に自衛隊の方々の死生観をお聞きして、私たち僧侶以上に「死ぬこと」を身近なこととして実感をもたれていることに感動しました。仏教では自分のためになること、他人のためになることという意味で「自利利他」と申しますが、利他に生きている人、利他行為によって亡くなった人に対する敬意というものを、今日最後にされたようなお話を通じてもっと多くの人々に伝えていただいたら、自衛隊に対する共感あるいは賛同が増えるのではないかと思います。私自身も寺に戻ったら壇信徒の皆さんにもお話ししたいと思うような内容でした。是非そういったこともアピールしていただきたいと感じました。
安井 寛: 有り難うございます。質問いただいたゴミを回収した後の処理施設に関しては、自衛隊は持っておりません。やはり特殊なものですので、特殊な施設で処理してもらいます。こういったゴミ回収などは、基本的に厚労省や自治体に協力するところですので、そういったところへお渡しすることになります。
「自利利他」のお話、有り難うございます。われわれとしてもそういったところをアピールしていきたいところです。隊員たちが一番やりがいを感じるのは、実態としては残念ながら、わが国の防衛ではないんですね。先ほど「匍匐(ほふく)前進ばかり」と申しましたが、もちろん匍匐前進はありますし、穴もたくさん掘ります。そういった訓練より災害派遣に赴いて皆のためになり、目の前で困っている人々の力になって「有り難う」と言われることが隊員たちの喜ぶところであります。自衛隊に入っていろんな勉強をしますが、隊員たち自身もそういった経験を通じて学んでくれたらと思います。
三宅善信: 有り難うございます。私も仕事でしょっちゅう海外に出かけるのですが、日本と海外の最大の違いは、諸外国では軍人の方が制服を着て普通に電車に乗っておられます。今日、安井先生もスーツで来られましたが、日本の場合、自衛官の方が制服を着て街中に出ることをご遠慮なさっているように感じます。これまでいろんなことがありましたし、おかしなことを言う人も居るのでしょうけれども、自衛官が堂々と制服を着て街中に出られることを宗教界からも応援できたら良いなと思います。災害支援などで実際に助けていただいた方々などは「自衛隊のおかげで……」と言いますが、それがなかなか報じられない。大規模災害時などでは、被災地に派遣されて自衛隊の活動が報道されるので、多くの国民がそのことを存じていますが、コロナ禍の現状においても自衛隊自らそれほど宣伝なさらないので、私もこれほど多岐にわたる支援活動を展開されているとは存じませんでした。
上村宜道: 失礼いたします。生島神社の上村と申します。まずは自衛隊の皆様に、国防だけでなく、われわれ国民の日常の幸せのためにいろいろと活動してくださっていることに深く感謝申し上げます。現在、世間はコロナ一色ですし、第二波、第三波という話も出ています。そのような中、われわれ一般人が心がけるべき予防対策はメディアでもたびたび取り上げられますが、訓練も含めてわれわれ一般人と異なる特殊な状況下で活動される自衛隊員の皆様が心がけておられるコロナ対策、あるいは感染予防対策などがあれば教えていただければと思います。
安井 寛: 特別にということはないのですが、やはり生物兵器等に対応する場合は、例えば検知機材で分析した結果、除染といって生物兵器を無毒化するようなノウハウは持っておりますが、今回のコロナウイルスの場合は生物兵器ほど危険ではないので、何が一番大切かと申しますと、「決められたことを決められた通りに規律正しくやっていく」ということです。お答えになっているかどうか判りませんが、今回のコロナウイルス対策に関して言えば、自衛隊特有の対応はございません。ただ、生物兵器一般に関して申し上げるならば、例えば生物兵器に対応できるような車両を持っておりますし、部隊も持っております。その部分はまた別の話として紹介させていただきます。関連する話ですと、ダイヤモンドプリンセス号に最初対処したのは、何があるか判らないので、生物兵器専門の部隊が対応いたしました。
あと、制服の話ですが、本日も本当は制服で伺いたかったのですが、残念ながら諸般の理由で、今日は私服で来させていただきました。私の若い頃は制服を着て公道を歩くことはできませんでしたが、今は制服を着て通勤もできますし、災害時の報道には必ず自衛隊の迷彩服が映っています。われわれも「自衛隊の迷彩服が映ったら安心してもらえるようになれ」と言われていますので、もっと頑張っていきたいと思います。
三宅善信: 有り難うございます。日本の場合、世の中がすっかり清潔になりましたから、われわれより上の世代はさておき、今の若者たちは、さまざまな病原体に対する免疫がありません。一方、日本の周辺の国々は急激に経済が発展しましたが、まだまだ予防接種を受けていない方が大半なんですね。今回中国から始まったコロナ感染拡大でも明らかになりましたが、仮に第三国が生物兵器による攻撃を意図的に行わなかったとしても、極端な話、海で遭難した北朝鮮の漁師を人道的見地から救助したとしても、その人から現場の海上保安庁や自衛隊の若い隊員たちにさまざまな感染拡大が起きる可能性があるのではないかと危惧しています。私が子どもの頃は日本自体が発展途上だったので、まだいろんな病気がありましたが、おそらく今現場に居られる若い自衛官の方々は、そのような病気を実際に経験されていないと思います。自衛隊において、コロナに限らず、そういった感染症に対する対策などは講じられているのでしょうか?
安井 寛: 自衛隊が国内で活動する場合は、そういったウイルスもある程度限定されますので、例えば破傷風といった風土病の予防接種は義務付けられています。海外に派遣される隊員については、必ず予防接種を打って行きます。海外の災害派遣に対応する部隊、もしくは海外で邦人の救出が必要になった場合に対応する部隊は、いつでも行けるように日頃からたくさんの種類の予防接種を打っています。私も打ったことがありますが、両腕に2日連続で接種したりしましたね。確かに、現代の日本人は病原菌に弱くなっているところがありますが、海外に派遣される隊員については、狂犬病なども含めた感染症に罹らないようにするため、事前に予防接種をして赴くことになっています。
三宅善信: 有り難うございます。あと10分ほどございますが、どなたかご質問ございますでしょうか?
上田尚道: 高野山真言宗明王院の上田と申します。今回の『自衛隊のコロナウイルス感染症への対応について』というテーマとはかけ離れておりますけれども……。最後の死生観のお話のところで「任務遂行への覚悟」というのがございましたが、ここで触れられた「一部の自衛官は、遺書等を認(したた)めていることもある」あるいは「殉職者に対する哀悼・敬意、ご遺族に対する弔意・誠意、隊員に対する遺志の共有・誓い」といったくだりに感銘を受けました。と申しますのも、実は私の母方の祖父は職業軍人でございました。戦前ですから時代は異なりますが、信太山駐屯地の陸軍大尉で中隊か大隊を率いておりました。私も詳しい事情は知らないのですが、中国の大連へ行く際に大阪の港から出港するんですが、その際に祖父の部隊だけ防毒面(マスク)を持参しなかったんですね。伝達ミスだったのだろうと思いますが、その責任を取って私の祖父は三人の子供を残して艦内で自決しました。当時、私の母が十歳ぐらいでしたから、当然私も生まれておりません。祖父は、長男、長女、次男の三人の子供を残して亡くなりました。当時は「腹切り大尉」と言われていたそうです。
今日はコロナウイルス感染症への対応に関するお話でしたが、お話の最後に出てきた「任務遂行の覚悟」について伺いながら、「そういう点で、うちの祖父は責任を取ったのだな」と考えておりました。時代は変わって、災害派遣となれば自衛隊の方々の活躍がニュースに流れて、国防というよりは国民の幸せのために活躍されている姿ですが、今から80年ほど前の祖父の覚悟を、自衛官の「任務遂行への覚悟」の中に感じるものがございました。私の父方の方はお寺の住職でございますので、私は宗教家をさせていただいておりますが、母方の祖父はそういう経緯があったため、現在も同じような思いで対応されていることに感謝しつつ、お話を聞かせていただきました。有り難うございます。
安井 寛: 有り難うございます。こういったお話はわれわれもためになります。昔の軍人さんはもの凄く胆力があると思います。例えば「この道沿いに攻撃してあの山を取れ」という命令を出すと、そこには必ず戦死者が出て、その背後にはご遺族や友人がいる訳です。そういった中で、それを分かっていて命令を出されたということは、ものすごい胆力、精神力だったであろうと思います。よく映画で指揮官がご遺族の家に赴き仏前で手を合わせるシーンがありますが、おそらく実際あったのではないかという気がします。今のようなお話を伺うと、あらためて旧軍の軍人さんはわれわれとは比べものにならないぐらい覚悟を持たれていたのではないかと感じます。有り難うございます。
三宅善信: 今年はコロナで行けなかったのですが、国際宗教同志会でもサイパンで慰霊祭を執り行っています。戦闘で亡くなられた将兵の人数は、日本兵9に米兵1ぐらいの割合で、圧倒的に日本軍の戦死者の比率が高いのですが、われわれが慰霊祭をさせていただきますと、米軍の退役軍人会の会長さんはもとより、サイパンの知事や市長、警察の総監などいわゆる公職に就かれている方がこぞって参列してくださいますが、一方、日本側はどうかと申しますと、領事が一人だけ参列されるような状況です。日本の僧侶や神職が司式する慰霊祭で、日本兵の慰霊祭であるにもかかわらず、敵味方関係なく、アメリカ軍の関係者の方は皆さん丁寧に日本式の焼香や玉串を上げてくださいます。
また、各国の軍隊には必ずチャプレンという軍隊所属の宗教者が居られますが、日本の自衛隊の場合は政教分離の関係で宗教家が直接コミットできないようになっています。しかし、「人が亡くなる」ということは生死の問題で宗教観の問題にかかわってまいります。公式的には宗教を否定している共産主義の国も含めてどんな国でも軍隊では慰霊追悼行事をされていることを踏まえて、宗教者に対して逆に自衛隊の方から要望などがあればお聞かせいただけないでしょうか?
安井 寛: 自衛隊もさまざまな慰霊行事を主催しておりますが、例えばそういう場にお寺や神社といった宗教家の方々をお呼びするのは、自衛隊の組織の成り立ち上、個人的には厳しいところがあると思います。しかし、例えば講話のような場に講師としてお越しいただいて法話をしていただくといったことは非常に有り難いと思っています。
三宅善信: 有り難うございます。十数年前に横須賀のアメリカ軍基地から「アフガニスタンに赴く兵隊に話をしてくれ」と頼まれたことがあります。その時はたまたま泉尾教会の祭事と重なって日程的に叶わなかったんですが、逆にアメリカ軍はそういうことにも取り組んでおられるのだなと思いました。あともうお一人、ご質問のある方が居られましたらどうぞ。
磯田芳竜: 失礼いたします。大阪市天王寺区にあります曹洞宗蔵鷺庵の磯田と申します。実はウチの檀家さんにも軍人さんの方が居られました。その方から「悲しいことだけれど、実は私は人を殺したことがある。200メートルほど先に居た敵軍を撃って殺した。殺(や)らなければ、こちらが逆に殺られるのだから仕方なかったのかもしれないが、今でもあの時の気持ちを引きずっている」という話を、私がまだ若かった頃に熱く語ってくれたことを思い出します。話を伺ったあの時、私にできることは何だったのかと、私自身今でも思い出します。本当なら辛い体験を打ち明けてくれた檀家さんに対して私も何らかの話をしなければいけないのですが、せめて話に耳を傾けることで引きずっている気持ちを少しでも和らげることができればと思います。
安井 寛: 私自身、人を殺したことはないので、実際に戦地でそういった経験をされた方のショックを推し量るしかないのですが、これはほぼすべての自衛官にも言えることかもしれません。人を殺(あや)めるだけでなく、自衛隊にはいろんな悩みを抱えている人がいます。自衛官は少し真面目なところもあるので、自殺率も高いのですが、自衛隊は各駐屯地に臨床心理士やカウンセラーも常駐しているのですが、なかなかそれだけでは対応できないところもあります。そういった中で、やはり皆様のような相談できる方が居られたら良いなと思うんですが、「お寺や教会に行って話を聞いてこい」ということは今の自衛隊ではできませんので、カウンセラーとして皆様にお願いすることがあれば良いかもしれません。
自衛隊は敵に対して武器を使ったことがありません。警告射撃はあっても実際に狙って撃ったことがないんですね。それは良いことではありますが、同時にわれわれの弱点であり、実際にそのような場面に遭遇した場合、どういう心の動きがあるか判らないといったところです。冒頭で少しご紹介いただきましたが、私は一時期ドイツに滞在していました。ドイツも長らく戦争がなかったので、兵士の多くは海外で人を殺したことがなかったのですが、アフガニスタンなどでそういった場面で撃ってしまった兵士は撃ったことのない自衛隊員と比較すると、やはり悩みをたくさん抱えていました。「そのような状況が日本の自衛隊にも発生した場合、どうなるのかよく調べてこい」と言われて、仕事でいろいろと海外の事情を調べたことがありました。その組織が経験したことがないことは一種の弱みでもありますが、ただ、実戦をやりたいかと聞かれたらどうでしょうか。悩みは他にもありますから、何かできれば良いと思います。
最後にご紹介したいのは、皆様ご存知かもしれませんが、真田山に陸軍墓地という昔の軍人さんの墓地があり、そこで自衛隊がボランティア活動として清掃を行っています。また、10月24日に慰霊祭がございますので、その前にお花の飾りなどもボランティアで行っております。例えばこういった活動も自衛隊の訓練の一貫じゃないかと考えています。中には「宗教と関わりがあるんじゃないか」とか「そのような活動を行って良いのか」といった声もありますが、特定の宗教と関わりがある訳ではありませんので、今後は真田山の墓地での活動を公務として捉えてしっかりやっていきたいと思っています。そのような中で、われわれが皆様に何かできることがあるかもしれませんし、逆にわれわれ自衛官にとって何らかの精神的な支えになってくださるような講話等を宗教者の皆様にお願いできれば良いのではないかと思った次第です。
三宅善信: 真田山の陸軍墓地には日露戦争の時代のお墓もございますので、是非一度訪れていただけたらと思います。東日本大震災の時も被災地へ十万単位の自衛官の方々が救援活動に入られましたが、津波で流されて助けることが叶わなかった方はもちろんですが、放射能の汚染地域はすぐに入ることができず、一、二カ月後に入った際、野犬などに囓られた無残なご遺体もたくさんあったそうです。そういったご遺体の回収に行かれた自衛官の方々は大変心が傷付かれただろうと思います。私自身が現場に行った訳ではありませんが、想像しただけでもそれが非常に酷な体験であることは明白です。一カ月以上野晒しの状態で放ったらかしにされていた傷ついたご遺体を回収された若い自衛官の方々のメンタルケアは、先ほど自衛隊は自殺率が高いと仰ってましたが、やはり大きな課題であっただろうと言う気がいたします。
そういったことに対して、政教分離の関係はありますが、別に一宗一派ということではなく、何か宗教の側としてお役に立てることができたらと思わせていただきました。お時間がそろそろお約束の時間が迫ってまいりましたので、質問はこれで終わらせていただこうと思いますが、皆様、個人的に何かお尋ねになりたいことがありましたら、伊丹から安井先生がご栄転等されない限り、できる限りお答えくださると思いますので、本日はひとまずこれで終わらせていただこうと思います。安井先生、本日はどうも有り難うございました。
(連載おわり 文責編集部)